後藤家の日常

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決心

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「すみませんでした。もう大丈夫です」

まだ少し目尻に残る涙を拭いて、春さんに頭を下げる。
あの後暫く涙が止まらず、オロオロする春さんをそのままにさせてしまった。
彼は何も悪くないのに、とても申し訳なさそうな顔で私を見つめている。

「ごめんね、明ちゃん。その、俺が変な事言ったから、だよね」

私が落ち着くまで、春さんは一言も言葉を発さずに待っていてくれた。
その優しさすらうれしく思っているのに、春さんはあくまで自分が悪いという様に言った。
だから私はあえていつもの表情で、普段通りの自分になって彼にきちんと向き直る。
彼が不安にならない様に。

「いえ、春さん、違うんです。そうじゃないんです」

この人の言葉がきっかけという点は確かに間違いない。それは確かにそうだ。
けど彼に悪い所なんて何一つない。むしろとても嬉しいからこそ私は醜態を見せてしまった。
あまりにも望んでいた通りの言葉をくれた事に、感極まってしまっただけだ。

「嬉しかったんです。春さん」

春さんの手を取って、素直に心の内を口にする。
とても嬉しかったのだと、貴方の告げてくれた事があまりにも嬉しかったのだと。

「私はずっと不安でした。春さんと仲良くなればなるほど、自分の人と違う部分を見せるのが」

私は普通の女の子とは絶対に言えない。
ただでさえあまりに大きすぎる身長と、女性としてはがっしりし過ぎている体格。
それだけでもまず男性が引くに値するものだ。

その上に私は面倒な持病を持っていて、そのせいでやれる事に制限がかかる。
春さんと遊びに出る時も彼に随分気を使って貰っている。
この事もずっと不安だった。この人がいつか関わるのを面倒だと思わないかと凄く不安だった。

「私は、自分で自分が普通じゃないって、自覚しているつもりなんです」

自身の趣味嗜好外の部分でも、私は明らかに普通では無い。
それが昔からのコンプレックスだ。
幼少期から私は成長が早かったし、この持病は生まれつきの物だ。

ずっと、普通の体質と普通の女の子の体格に憧れていた。
自分の普通では無い物を、どうにか心の中では誤魔化しながら付き合っていた。
雛という親友が居て、あの騒がしいお母さんのおかげで私はそれでもやって来れた。

でもそれは、やっぱり私は普通にはなれないと諦めていた事でもある。
そんな普通じゃない私を好いてくれる人は、きっと珍しい人だと。
だから、こんな私を気に入ってくれる雛を大事にしたいと思っている。

「だから、普段もずっと不安で、怖くて、いつ春さんに見限られるかって、思ってました」

手に力が籠ってしまうのを自覚しながら、それでも彼の手を放さずに続ける。
初めて異性で好きになった男性に、どう思われているのか凄く怖かった。
雛とお母さんのおかげであまり気にしなくなったこの体の事が、いつもいつも気になった。

「見限るなんてそんな、気にしすぎ・・・って言ったら明ちゃんに悪いか。でもそんな事俺は気にしないよ」

知ってます。貴方が行動で示してくれたから、全部解ってます。
出会ってから一年、ずっと貴方は私の性格も体質も許容してくれた。
だからこそ私は貴方に惹かれてしまった。

例え貴方が私の持たないものを持つ人だとしても、ただその可愛らしさだけで心を奪われたりなんかしない。
貴方のその暖かさを、いつまでもその暖かさを感じられる所に居たい。
そう思う様になったからこそ、貴方の事が一層可愛く思えてしまった。
そして同時に、この人が私の傍から居なくなる可能性を考えるのが怖くなった。

だから、言えなかった。
この酷くアブノーマルな趣味を伝えるなんて出来なかった。
春さんが私に負の感情を見せる目を向ける事を想像すると、手が震えた。

「ありがとうございます」

静かに、あくまで心を落ち着けてお礼を伝える。
私に出会ってくれてありがとう。友達になってくれてありがとう。
こんな困った事を話されても笑顔を向けてくれてありがとう。
今までに思った全ての感謝を伝えるつもりで口にした。

「大好きです、春さん」

だから、今こそちゃんと伝えよう。何もかも全部。
彼に対する、心の底からの好意を。

「うん、そっか。どういたしまして。俺も好きだよ」

けど彼は、何時も通りの返事を返す。
友達として、後輩として好意を持っていると。
自分も君の事は嫌いじゃないと。

いつもなら、私はここで踏み込めない。
彼が私の好意を友人として受け取っている以上、それ以上は怖くて踏み込めない。
けど、さっき決心した。すべて伝えると。

「春さん、好き、です」
「え、明ちゃん、何をんぐっ――――」

私が普段と様子が違う事に気が付き、戸惑った様子を見せた彼の唇を塞ぐ。
初めてする口づけ。少なくとも私の記憶の限りでは初めてだ。

私の唇に感じる彼の唇の感触が柔らかくて、もっと押し付けたくなる。
舌に感じる彼の舌の生暖かさと感触が心地よくて、もっとその感触を求めたくなる。
上手く息が出来ずにいる彼の反応が、とても可愛らしく感じる。
自身も上手く呼吸が出来ず、意識が微妙に朦朧としている様な気がしてきた。

このまま時間が止まれば、ずっとこの心地よさを感じていられるのだろうか。
朦朧とする意識の中でそう思いながら、今暫く、彼の唇を求めた。
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