後藤家の日常

四つ目

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初めての

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「お邪魔します」
「どうぞ、入って下さい」

ぺこりと頭を下げて挨拶する春さんを可愛らしく思いながら返事を返し、彼を家に招き入れる。
春さんは靴をちゃんと手で揃えてはしに避けている。
その際にスカートを抑えているのを見ると、やっぱりもう普通の男に戻るのは無理だと思う。
この姿が春さんの自然体だ。

今日の春さんは休日なので当然ながら私服だ。
全体的に可愛らしさを重視した服装は、春さんの低身長と可愛らしい顔つきに合っている。
普段通りのショートボブも、春さんの活発さと可愛さ両方の魅力を引き出している。

「明ちゃん?」
「あ、はい、どうぞ。付いて来てください」

春さんをじっと見つめていると首を可愛く傾げながら名前を呼ばれ、それで正気に戻った。
今日の春さんはとても気合いが入っているのでかなり危なかった。
上から下までとても私好みで化粧もしている。可愛くて堪らない。
今日はなるべく直視しない様に気を付けよう。間違いなく意識がどこかに行ってしまう。

春さんをなるべく視界の端にする様に心掛けながら、彼を書庫まで案内する。
いや、その扉の前で一度立ち止まり、深呼吸をする。
これからあれを見せる。部屋いっぱいのポルノグッズを。
その後の春さんの反応を想像すると震えて来る。


でも、今更引けるわけがない。


「明ちゃん、どう、したの?」

ドアノブを掴んで少し固まっていると、春さんが横から覗き込む形で私の様子を確認して来た。
折角視界の端にと思っていたのに、しっかりとその顔を見てしまう。
眉を軽くひそめながらの上目遣いの破壊力。

狡いでしょうそれは。貴方は本当に男の子ですか。
本当にいつもながら、その辺に居る女の子よりよっぽど可愛い。可愛すぎる。

「あの、明ちゃん?」
「いえ、何でもありません。往きましょう」

折角の深呼吸も完全に無意味になり、思考は一切働かないようになって勢いのままに扉を開く。
そしてその先に広がる部屋いっぱいの棚と、これでもかと詰め込まれているボルノグッズ。
ここがポルノ系の店舗のコーナーの一角だと言われても納得できるであろう量が、この部屋には詰め込まれている。

「・・・これは、また、すごいね」

春さんは部屋に入って周囲を見渡すと、どういう感情なのか読めない表情でそう言った。
私は私でとうとう春さんにこの部屋を見せた事でいっぱいいっぱいだ。
顔が熱い、今なら人体発火ができるんじゃと思えるぐらい熱い。
顔どころか体中熱い気がしてきた。

「明ちゃん、これ、全部明ちゃんが?」

春さんは驚いているのであろう表情で私に聞いて来る。
その表情は単純に驚きから来るものなのだと思うが、今の私は頭がゆだっていてよく解らない。
とりあえず答えなければという思いだけで返事を口にする。

「はい。元々は部屋を一周するだけの棚しか無かったんですが、集めているうちにどんどん増えてこんな感じになりました。なので壁側にある物は基本古い物が多いですね。あっちの一角は道具類を纏める為に数度動かしているので、少し違いますけど。こっち側は映像作品が多いですね。最近はDVDなのでスペースを取らなくて良いですが、VHSビデオの粗さもそれはそれで雰囲気が出ていていい物ですよ。とはいえ古い物をかき集めるほどのお金もありませんので、そこまで多くは無いですが。それに保存場所の確保も大変ですからね。やっぱりディスクの良さは単純にそのスペースの確保という点でしょう。最近はネットダウンロードも多いですけど、パッケージの良さという物もあると思うんですよ。本も本だからこその良さという物が有る気がするので、現物が有る方が私は好き――――」

そこで春さんが目を丸くしているのを見て、やってしまった事を自覚する。
私は一体何をやっているのか。何を誰に饒舌に語っているのか。
血の気がさっと引いて行くのを感じる。

完全パニックになって余計な事をした。
質問だけに応えればよかったのに私は一体何をしているのか。
これはまずい。本当にまずい。

思わず春さんから目を逸らし、どうにかできないかと思考を巡らせる。
けどこれはもう無理だ。完全なアウトだ。
別に私はこの趣味が普通だなんて思って無い。世間から見ても異常だと解っている。
だからこそ、それ以外の点ではまともに見せておきたかったのに。

「明ちゃんがそんなに長々喋るの初めて見た。よっぽど好きなんだね」

だが春さんの反応は、私が予想した様なものでは無かった。
何だか楽しそうに笑って、とても素敵な笑顔でそう言った。

「その、ひかないん、です、か?」

先程の事を思いながら恐る恐る聞くと、彼は首を傾げる。
その表情からは本当に不思議そうな気配が伝わってくる。

「好きな物の事語る人なんて、皆あんなもんでしょ?」

―――解った。春さんはこういう事に耐性が有ったんだった。
この人は家のお店の手伝いをしている。酔っ払いの自分語りなんて慣れたものだ。
つまりはさっきの私の行動は、酔っぱらってお店に来た人達と変わらないんだ。

引かれなかったのは助かったけど、なんだか切ない。
私はお店に来る中年酔っ払いと同じか。
いや、春さんが引かなかった事を喜ぼう。今はとりあえずそれだけでいい。

春さんの初めてのこの部屋への訪問自体はクリアしたと思おう。
まだこれから難関が有るんだ。へこんでいる場合じゃない。
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