後藤家の日常

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約束の休日前の昼休み

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「草野、あんた次の休み明んちに遊びに行くんだって?」

何時もの昼休み、春さんに何気ない感じで雛はそう言った。
箸を春さんに突き付けながら、片眉を上げて見つめている。
先輩にする態度ではないが、雛は春さんにだけはこの態度を崩さない。

「そうだけど、坂本も来るのか?」

だが春さんは雛の態度を一切気にせず答える。
二人の会話は普段からこんな感じだから、春さんもある程度は慣れてしまった。
最初の頃こそ私も雛にその態度は良くないといった事はあるけど、春さんが別に気にしないというのでそのままだ。

「あたしは行かないけど、明に聞いたからさ。あんたその日は親が居ないのも知ってんの?」
「へ、咲さん居ないの?」

雛の言葉に驚いた様子で私の方に振り向く春さん。
そういえば春さんには言って無かった。
今更な事だけど、春さんの口から咲さんって出ると何かイラッとするな。

「ええ、両親は出かけています」
「そうなんだ・・・」

家族が居ないという事を告げると、箸を咥えながら「んー」と唸って悩む様子を見せる。
どうしたんだろう、お母さん達に用でも有ったんだろうか。

「まあ、聞けばいっか」

そう小さく呟くと悩む様子も消え、春さんは食事を再開した。
雛は春さんの答えがきに食わなかったのか、若干の半眼で見つめている。
聞けばいいとは何の事なのか気になったけど、私が聞くのも変だろう。

「親が居ないからって手を出すなよ?」
「お前じゃないんだからしねぇよ」

雛がびっくりする事を春さんに言うが、春さんは軽く受け流す。
驚いているのは私だけだ。解っている。春さんがそんな事考えるはずが無い。
焦った所で私の一人相撲だ。落ち着け。

「しっつれいな! あたしは空也さんの事だーい好きなの! それなら当たり前の事でしょ!」
「お、おう、す、すまん」

だが雛はそんな事よりも自分の事を引き合いに出された事を怒っている。
その剣幕に春さんは気圧されながら謝っていた。
雛の行動は本当に好きで、全力で迫っている結果だから、そういうった状況とか雰囲気にのまれて行動に移す事と比べられるのは嫌なんだろう。

「あたしはね、空也さんが望むなら今でも子供を作って良いと思ってるから! 空手だって辞めて良いよ! それぐらいの覚悟持ってやってんの!」

雛はただでさえ自己主張の激しい胸を張って、声高らかに叫ぶ。
そして私は知っている。雛のかばんには常に婚姻届けが入っている事を。

だから彼女の言葉は全て本当の事だ。けど学校でそれを叫ぶのはどうだろうか。
教師辺りに聞かれたら面倒な事になると思う。主に空也さんが。
雛はむしろこれ幸いにと、問題にならない様に籍だけは入れようとか言い出すと思う。
そうなると今度は雛に行動がさらに過激になると思うので、その辺りも考えて空也さんは籍を入れたりはしないのだと思っている。

「すげえな、坂本」

空也さんと雛の様々な攻防をざっくりとしか知らない春さんは、雛の覚悟と想いだけを見てそう言った。
私も凄いとは思うけど、雛は時々やり過ぎだとは思う。
親友だし、雛の事は好きだから応援したいけど、時々空也さんが大変そうと思う時が有る。

本当に裸エプロンをしたと聞いた時は、流石に何をやってるのかと思った。
しかもそれがお母さん発案だというから更に頭が痛い。
その辺は空也さんに会った時に謝っておいたが、彼は笑って許してくれた。

「雛ちゃんだからね。もう慣れたよ」

と聞いた時には、本当にあの親友は一体他に何をやったのだろうと思ったものだ。
良好な関係である事も聞いているから安心出来たが、そうでなかったら雛を止めていただろう。
例え好きな人相手でも、いや、好きな人相手だからこそ止まった方が良いと。

止まり過ぎて何も発展していない自分に言われるのは不服かもしれないが、それで嫌われるよりは良いと思う。
雛の場合は止まらなかったからこそ、良い結果にはなったのだが。
そういう意味では、雛の言葉は自身の成功談からの言葉なのだろう。
そしてその言葉はある程度正しいと私も思っている。

『行動しなければ何も起こらない』

私はそんな当然の事を言われているだけなんだ。
何が悪かったとか、ここを改善しようとかじゃない。
とにかくやりなさいと言われているだけ。
そう思うと、やっぱり雛のこの行動力は凄いと思う。

「そうですね、雛は、凄いと思います」

だから私も春さんの言葉に同意する。
心底凄いと思う。私には絶対出来ない行動力で好きな人を射止めた。
振られる事を怖がっている私とは大違いで、振られても振られても好きだと言い続けた。
本当に、この親友は凄いと思う。

「私も雛ぐらい、強くありたいと思います」

思わずそんな言葉が出た。
多分、心の底では雛の事を羨ましいと思っているんだろう。
雛の強さかとても羨ましいと。

例え雛に組手で勝てる技量と体格が有っても、心の強さでは一切敵わない。
親友は昔から、私なんかよりもずっとずっと強くて素敵だ。

「俺も、見習わないと、な」

自分の事を分析していると、春さんがそんな風に小さく呟いたのが聞こえた。
その瞬間、自分の心臓が跳ねるのを感じた。
今の流れで、春さんが、自分もと言った。
それは彼に好きな人が居るという事なんじゃないだろうか。

だが雛がそのままのテンションで空也さん自慢をし始めたので、春さんの言葉を確かめる事は出来なかった。
私は、その内容を聞けなかった事に安堵してしまっていた。
ついさっき強くなきゃと言っていたくせに、この人の今の言葉の真意を聞くのが怖くなった。

もし本当に、彼が誰かの事を好きならばと思うと、心臓が締め付けられる。
今度春さんが家に遊びに来るというのに、そんな日の前に聞きたくなかった。

だが結局その場で問う事も出来ずに昼休みは終わり、いつも通り解散となる。
そして春さんに改めて問う事も出来ず、次の休日まで気持ち悪い感情を抱えて過ごす事になってしまった。
本当に、お腹のあたりが気持ち悪い・・・。
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