後藤家の日常

四つ目

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さらなる試練

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「雛、どうしよう」
『いや、どうしようって言われても』

私の苦悩を電話で伝えられた雛は、電話越しでも呆れているのが解る声で返した。
解っている。呆れられて当然だと思う。

ここ数日、春さんとの話題が尽きない。話題の内容は勿論かした本の事だ。
複数の本を貸したおかげか、春さんはその内容の多様さを楽しんでくれていた。

それは良い。とても良い。
私の趣味を知っても引かないでいてくれたどころか、興味を持ってくれた。
その上感想を話し合える様になった。この事自体はとても嬉しい。

けど、一つ困った事が起こった。
春さんは貸した本を全て読み終わってしまった。
まだ貸してから一週間も経っていないというのに。

いや、それ自体は良い事だ。春さんが楽しめたという事だから。
けど春さんの官能作品に対する衝撃は思いの他大きかったらしく、他にも有るなら貸して欲しいと言われてしまった。

そこで私は「ではまた見繕っておきますね」と返せば良かったのだと今なら解る。
だがその時の私はかなり慌てていた。

先に貸した分ですら選びに選んだものだったのに、もう一度ちゃんと選べるのかと。
選べる気がしない。どうしよう、どうしたら良いと大いに慌てた。
その結果、私はとんでもない事を口走ってしまった。

「良ければ、家に来て一緒に選びますか?」

彼にそう、言ってしまった。
家に来て選んで貰うという事は、あの書庫に入って貰うという事だ。
そして書庫には本どころではなく、様々な映像作品や道具もある。
あのカオスな部屋に春さんを入れるという事だ。

「あの部屋、入れて大丈夫だと思う?」

雛はあの部屋の存在を知っている。
むしろあの部屋に勝手に入って本を借りて行っている。
なので春さんとのその会話と、今後の相談をしようと電話を掛けた。

『・・・いや、その前にもう手遅れじゃん。家に誘ったんだし。今までにも家に誘った事有るんだから明の普段の自室も見られてんじゃん。もう誤魔化しようがないでしょ』
「だよね」

言われずとも解っていた。解っていたけど誰かに聞いて欲しかった。
春さんは何度か私の家に来ている。お母さんと顔見知りなのはそのせいだ。
連絡先交換していたのは予想外だったけど、仲が悪いよりは良い。

お母さんはあれで実は少し過保護な面もある。
春さんが男だと知っていても遠ざけないのは助かる。

今回の事も、おそらくお母さんは喜ぶ事だろう。
娘が好きな人に素直になったと、単純にそう思う事だろう。
けど本人である私にはそんな裕は無い。
あの部屋を、あの道具を見せて、まともな思考と感情でいられる自信が無い。

「雛、次の休み、一緒に居てくれない?」

次の休日にゆっくり選ぼうと、春さんとは約束をしている。
そしてその日、お母さんとお父さんは二人で出かける予定が有る。
あんな空間で春さんと二人っきりなんて、まともな状態でいられる自信が無い。

『ごめん、次の休みは無理。空也さんとデート』

だが雛は無情な答えを突き付けてきた。
でもそれじゃ邪魔できない。雛が空也さんと一緒になる為にどれだけ頑張ったか知っている。
雛は私なんかと違って全力で頑張っていたんだ。
あの頃の親友の頑張りを知っているだけに、流石にこれ以上は言えない。

『いい加減覚悟決めなよ。前にも言ったじゃん、多少エロい事に興味ある女嫌いな男なんて滅多に居ないって』
「・・・空也さん」
『例外は居るけど大多数はそうなの!』

未だに手を出さない雛の彼氏の名を口にすると、大声量で怒られた。
でも空也さんも手を出さないだけで、雛のそう言う所を嫌がっているとは聞いていない。
何度もあった事が有るわけじゃ無いけど、彼は雛の事を大事に思っていると言っていた。
雛に言うと行動が過激になるから内緒でねと言われたけども。

『明、そろそろはっきりさせなよ。あんた草野の事好きなんでしょ?』
「・・・うん」
『なら素直にそう言いなよ。前にも言ったけどいつまでも同じままではいられないんだから』
「うん・・・ごめん」

親友のもう何度言われたか解らないお説教に、気落ちしながら謝る。
世の恋愛している男女は皆凄いな。こんな気持ちを持ちながらしているんだから。
私は怖くて堪らない。振られる事を想像するとお腹が痛くなる。
図体ばかりがでかくてまるで駄目だ。

でも、親友の言う通りかもしれない。
これは逆にチャンスなのかもしれないんだ。
隠していた全部を全て見せて、何もかも言ってしまえるチャンスかもしれない。

言わないでいつまでも悶々としているよりきっと良いんだと思う。
思うんだけど、頭では解っているんだけど、感情がそれを恐怖してる。
ああもう思考がグルグルして来た。

『もし本当にどうしようもないと思ったらまた電話しなよ。その時は空也さんに謝ってすぐに行くから』

また混乱し始めていると、雛がとても優しい声でそう言ってくれた。
大好きな人とのデートを後回しにしてまで助けてくれると。

「雛・・・うん、ありがとう。頑張ってみる」
『おーっし、それでこそ明だ!』

私の出した答えに、嬉しそうに返す雛。
そこまで言われてしまったら、流石にやるしかないだろう。
うん、やる。頑張る。頑張れ私。お願い頑張って。
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