後藤家の日常

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久々の試合

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二人が来る前に道着に着替えて準備運動を済ませておく。
本当に最近やって無いから、体がちゃんと動くかやっぱり少し不安だ。
毎日毎日稽古やってる雛の相手になるかどうか。
体格差が有るからその分の有利を思いっきり使わせて貰おう。

「さーてさって」

雛がトントンと跳ねながら嬉しそうにしている。雛は本当に稽古が好きだな。
いや、今回はその力がどこまでの物になったのかを確かめるのが楽しみ、と言ったとこかな。
おじいちゃん、物凄く強いからなぁ。本気でやられるとまともに触れる事が出来ない。

「おう、もう準備は済んどるか」

おじいちゃんはどうやら家の方で着替えて来た様だ。
袴姿がよく似合う。もう結構年のはずなのに本当に元気だ。
背筋も曲がった様子が無いし、100まで生きそうなおじいちゃんだと思う。

「うえー、ほんとにあたしもやんのー?」

お母さんも同じく道着姿だ。多分おじいちゃんに言われて着替えたんだろうなぁ。
お母さんの袴姿は、何時見ても小学生の七五三か何かにしか見えない。
私と身長を分け合って欲しい。私は160センチぐらいで十分だった。

「咲さんがやらないなら、連れて来た意味がないでしょーが!」

やる気のなさげはお母さんに文句を言う雛。
最初っからお母さんとやるつもりで誘っているから当然だ。

「雛ちゃん、あたしまだ酒完全に抜けてねいのよー」
「ぬけてねいくても相手してもらうもんねー」

お母さんの良く解らない日本語を、そのままの言葉で返す雛。
雛はいつかお母さんに勝つ気でいるからなぁ。私は面倒臭いからそこまで本気でやる気は無い。
お母さんはあの体格なのに、腕力も体捌きもちょっと物が違う。
子供の時からお母さんに色々教えられているけど、私はあそこまでやる気にはならない。

「ほいじゃ、最初は俺が相手になろうか」
「押忍!」

おじいちゃんがすっと前に出て、自然体で立つ。その正面に気持ち良く応えた雛が構えた。
私は道場の端によって、その光景を視界に全部入れられる様にする。
お母さんは邪魔にならない程度に避けた所で胡坐をかいて座っている。
若干つまらなそうな表情だ。

先に仕掛けたのは雛。まっすぐに踏み込んでの正拳3段。
おじいちゃんは2発は手で逸らし、3発目は躱しつつ懐に踏み込んだ。
体重移動から察するに雛はもう一発撃とうとしていた様だが、無理だと判断したらしい。
おじいちゃんの踏み込みに合わせて、伸びた腕を引く勢いも使って膝蹴りを入れようとする。

おじいちゃんはその膝蹴りに対し、膝下辺りに手を添えて雛の胴に接するように押し込み、自身の体でその足を一瞬固定。
そのまま襟首をつかんで雛が踏ん張る暇もなく足を取り、背中から落ちる様に引き落とす。
雛は倒れ様に一撃正拳を入れようとしていたが、完全に空を切っていた。

「あーもう、早業過ぎる!!」

倒れた雛は悔しそうに叫んだ。
おじいちゃんは強すぎて私達は相手にならないのに、それを悔しいと思える雛は凄い。
私はあれに勝とうとか全く思えない。それだけ雛が本気だって事なんだろうな。

「はっは、俺相手に足技を使おうとするのが悪い」
「使わなくたって投げられるから一緒じゃない!」
「空手以外の技も覚えれば良いだろうに。受け身取るぐらいしか出来んだろう、お前さん」
「無理ですー。あたしは明や咲さんみたいな天才じゃないのー」

雛はああいうが、私だって別に得意なわけじゃない。
ただ幼い頃から教えられて、ある程度体に染みついているだけだ。
その技だってお母さんには勝った事が無いんだし。

お母さんはともかく私は凡人だ。ただ積み重ねた時間と体格のおかげだ。
体格の方も凡人で在りたかった。2メートルも要らない。

「じゃあ次は咲、やるか」
「パス」

おじいちゃんがお母さんを呼ぶが、お母さんはきっぱりと断った。
そしていつの間にか寝転がっていた。

「お前なぁ・・・」
「雛ちゃんか明ちゃんとはやっても良いけどジジイとはやんない。あんたムキになるし」
「そりゃムキにならなきゃ負けるからな、お前には」
「ちったあ耄碌しろジジイ」
「やなこった」

この二人は本当に仲が良いな。血が繋がって無いとは思えない時がある。
いや、繋がってないからこその気安さというのが有るのかもしれない。
私にはその辺はまだ解らない。解るほどの歳を重ねられていない。

「じゃあ、そうだな。雛ちゃんと明ちゃんでやるか?」
「おうーっし」
「ん、わかった」

おじいちゃんの言葉に応え、雛の正面に立って礼をする。雛も空手式の礼をして構える。
私はおじいちゃんやお母さん程に自然体で動ける技量は無い。
だから、雛と同じように私も構える。
本当は構えなんて有って無い位になるのが一番らしいけど、そんなのは私には無理だ。
お母さんも完全に自然体で出来るわけじゃ無いのに、私にできるはずが無い。

「いっくよー!」

雛は様子見などと言う言葉とは無縁で、全力で踏み込んでくる。
私はその攻撃をなるべく引き気味に、全て力を逸らす様に、散らす様に受け流していく。
踏み込み過ぎず、逃げ過ぎず、相手が打ち込める距離で、でも無駄に逃げ回らない様に。

ちょっとずつ、ちょっとずつ、相手のリズムに自分のリズムを合わせていく。
時々入る不規則なリズムにも同じ様にリズムを刻む。
リズムを掴めたと思った絶好のタイミングで来た正拳の手首を片手で握り、体で肘を一瞬極めつつ、手の甲で雛の目を覆う様に額側に少し力を入れつつ足を払う。

「おおう!?」

雛は視界が塞がれたままいきなり体の感覚が狂う事に叫び、その一瞬で倒されたと悟って受け身を取る。
そしてその喉元に私の正拳が有るのを見て、悔しそうに参りましたと口にした。

「ウエー、また負けた―」
「もうちょっと、体力使わされてたら、まけてた、けどね」

汗だくになりながらも割と余裕そうな雛と違って、こっちは息が切れている。
やっぱり稽古を欠かさない人間の体力は違うな。もう少しでこっちの体力が切れる所だった。
雛が突っ込み過ぎない持久戦を望むタイプなら完全に負けている。
雛だってそれは解っているはずだけど、それでも彼女は前に出る事を止めない。

「やっぱり強いねー、明は」
「そんな事、ないよ。雛の、方が、よっぽど」
「負けたのに言われても説得力ナーシ!」
「あはは、でも、雛程、体力が、無いから、ね」
「鍛えてますから!」

にかっと笑いながら言う雛は、とても楽しそうだ。
私も久々に楽しかったかもしれない。
毎日やる気にはならないけど、雛の相手が出来る程度には稽古はしておこう。
別に負けても構わないけど、雛と遊べる様にはしておきたい。

「じゃあ、お次はあたしかなーん?」
「押忍! お願いします!」

お母さんが楽しそうにこちらに向かって来くると、雛は喜々としてそれを受ける。
やっぱり体力有るなぁ。私はちょっと休憩させてもらおう。

切れた息を整えようと端っこでへたり込む。
そしてそのまま楽しそうに不節を振るう雛を見て私も笑う。
私の親友はいつでも本気で格好良いな。
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