後藤家の日常

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今日から新学期

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母が起きて来ない。昨日は夜遅くまで仕事をしていた様だしほおっておくか。
とりあえず作った物はラップして、冷蔵庫に入れておこう。
中に有れば勝手に食べるだろう。
どうせ無くても材料さえあれば自分で作れる人だ。そこまで気にする必要もない。

「明、行って来る」
「うん、いってらっしゃい、お父さん」

私は満面の笑みで、玄関より少し手前で父を見送る。
学校に出る時間が早まる予定が無い限りは何時もの光景だ。
父は良い笑顔で玄関の扉を閉めて仕事に向かう。

それを見届けてから居間に戻ると、母が居間のテーブルについていた。
いや、正確にはテーブルに突っ伏していた。何時の間に居たのか。
既に居たなら父を見送るぐらいしても良いだろうに。

「明ちゃーん。ママの朝ご飯は―? あとたーくんどこー?」

私を見ずに言う母を無視して学校に行く支度をする。
制服はもう出しているので、日焼け止めを塗って紫外線を防ぐ肌着を着る。
後は、メガネの上にかけられるサングラスも忘れない様に持つ。

私はこれらが無いと外に出れない。肌と目が弱くて、そのまま出ると火傷を負ってしまう。
生まれつきそういう体質だ。
子供の事はその不便さに色々と思う所も有ったが、最近はもう慣れた。
慣れるしかなかった、ともいうけど。

「ママ、無視は寂しいなぁ」

この体の何処から私が生まれたのか不思議になるぐらい小さい体が、私の背中に飛び乗る。
2メートルあるこの体に飛び乗れる脚力は相変わらず凄い。
とはいえ飛び乗られても120しかない母では、大して重くはない。
体重は筋肉のせいで見た目よりちょっと重い。と言ってもやはりたかが知れている。
けど重くないのと邪魔かどうかは別問題だ。

「邪魔」
「ひーどーいー」

私の言葉に文句を返し離れない母を放置し、冷蔵庫から食事を出してテーブルに並べる。
温めるのは面倒くさい。と言うよりも時間があまり無い。
もし温かいのが食べたければ流石に自分でやってもらう。
そろそろ出ないとゆっくり歩いて通学できる時間じゃなくなる。

「はい」
「わーい、明ちゃんだーいすきー」

そう言って子供の様にテーブルに着く母を見て、思わず溜め息を吐く。
いつもいつもこの人はこの調子だ。昔から変わらない。

私が小さい頃は、出先では姉妹かと聞かれる事はざらだった。
小学校の高学年になった頃には私が姉かと良く聞かれたものだ。
いや、それならばまだ良い。最近は私服だと母親かといわれる始末だ。
化粧品の試供品等の呼び込みで「お母さん」と呼ばれた時は何時もイラッとしている。

「んで、たーくんはー?」
「仕事」

平日の朝にそれ以外の何処に行くのか。
貴方の様に時間の融通の利く仕事じゃない。

「そっか。今日は行ってらっしゃい出来なかったから、夜にサービスしてあげなきゃね!」
「そういうの娘の前で言うの止めて。お願いだから」

他人の話ならともかく、実の両親のそんな会話態々聞きたくはない。
というか、してる気配が解るんだから態々言わないでほしい。
流石に親で欲情する性癖は持ってない。
夫婦仲が良い事は好ましいけど、それとこれとは別問題だ。
少なくとも私は母の性事情など聞きたくない。

「明ちゃんの部屋にも有るじゃない、そういう本とDVD」
「あれは別。実の親で考える趣味は無い」

私の収集しているポルノ作品に確かにそういう物はあるが、お父さんとしたいとは思わない。
親子物は別に嫌いではないけど、自身と重ねてみる様な事はしない。
あれらはあくまで鑑賞する上での趣味だ。
それに私は別にそれしか見ないわけじゃ無い。スカグロ以外の物は大体見る。

「じゃあ、私はもう行くから」
「あれ、今日って登校日だったっけ?」

この人は一体何を言っているのだろうか。もう今日は9月だ。
曜日感覚はともかく、月は把握してないとダメなのではないだろうか。
締め切り大丈夫なのかこの人。

「今日、もう2学期」
「あ、そうか。はいはーい、雛ちゃんによろしくぅー」
「ん」

雛とは私の親友だ。幼児期からの友人で、私の尊敬する人の一人。
って本人に言うと恥ずかしがるので言わないけど。

私は制服を着て、腰まである白髪をゴムで後ろに纏め、玄関前の姿見で確認する。
問題ない事を確認したら日傘を取り、外に出て日に当たる前に日傘をさし、通学路を歩き出す。

今日も日差しがきついな。この体には辛い。
もう流石に慣れたけど、夏に皆が海やプールに行くのに付いて行けないのは、いつも寂しい。
だから今年もそういった所には行っていない。

行っても端っこで日傘をさして座ってるだけなのでつまらない。
そのうえ完全武装していないと酷い目に合うのが目に見えている。
まあ、日差しだけで言うならば冬の方がきつい時も多いけど。

「あ」

前方に見覚えの有る人が見えた。
あの可愛らしい人を私が見間違えるはずがない。
私の大好きな人。初恋の、人。

「春さーん」

私の呼びかけが聞こえたらしく、ショートボブがとても似合う可愛らしい顔がこちらを向く。
私と同じ女性制服を着た、素敵な笑顔で私に手を振ってくれるその人に速足に近づく。
スカートが風邪でなびく姿が絵になる。本当に可愛らしい。
その姿を見ているだけで胸に何とも言えない感情が溢れて来る。

「明ちゃん、おはよう」
「おはようございます。今日も可愛いですね、春さん」
「・・・うん、ありがと」

しまった。
春さんに朝から会えて少しテンションが上がりすぎてしまって、可愛いと言ってしまった。
この人は可愛いとは言われたくない人なのに。
基本的にこの人は女性の誉め言葉を言われると、悲しそうな顔になる。
だから普段は言わない様に気を付けているのだけど、偶にこうやって口を滑らせてしまう。

「その、すみません」
「いや、それは良いよ、慣れてるし。単純に、今日はこの服じゃなかったはずなのになぁって思いだしただけだから」
「服ですか?」
「うん、制服、買ったんだけどね・・・姉貴にいつの間にかすり替えられてた」
「それは・・・もしかして」
「・・・うん、男子制服」
「・・・ご愁傷さまです」

目の前にいるとても可愛い女の子。どう見ても女の子にしか見えないこの人。
同じ学校の3年生で、実は男の人だ。

身長は140程でとても可愛らしい顔立ちなので、男物の服を着ても男装にしか見えない。
実家がオカマバーで、お姉さんが春さんを着せ替えるのが大好き、という家庭だ。

子供の頃はよく解らずにドレスなどを着ていたらしい。
そのせいで昔からこの人は女物ばかりを着ているそうだ。
子供のころの写真を見せて貰った事が有るが、とても可愛らしかった。
もう全部焼き増しして下さいと言いたくなるぐらい可愛かった。

「もう、家を出るまで諦めません?」
「いや諦めないぞ! 俺は絶対諦めない! 私服はいくつか男物を着ても気が付かれてないし、絶対に諦めないぞ!」

それは貴方が男物を着ている可愛い女の子にしか見えないからいいや、って思われてるだけだと思います。
それに春さんは、男の人の感覚では難しい肌の手入れを自然にやっている。
その時点で少し手遅れな気がする。この人髭もないし。
それを伝えても悲しい思いしか産まない気がするので黙っておこう。

相変わらずお姉さんは春さんに可愛い格好をさせる事に心血を注いでる。
とはいえ本気で抵抗する気ならどうとでもなるのに、家の仕事手伝ったり結局女物を着たりと、お姉さんに甘い。そういう所が春さんの良い所だけど。

「明ちゃん、一緒に行くかい?」
「はい、是非」

春さんのお誘いだ。私が彼の誘いを断るはずも無い。笑顔で頷く。
私は春さんと並んで学校に向かう。
道中、同じ学校の生徒に何度もちらちら見られつつ学校に辿り着く。
私と春さんは学校では割と有名人だ。私は悪い方に。春さんは良い方に。

ああもう下駄箱近づく。もっと長く一緒に居たいのに。
楽しい時間は何故こんなに短いんだろう。

「じゃあ、またね、明ちゃん」
「はい、また」

春さんは下駄箱で靴を履き替えると、私に別れを告げて自分の教室へ向かった。
私もそれを名残惜しく見届けた後に自分の教室に向かう。
今日は朝から春さんに会えて良かった。少しいい朝だ。
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