暴食のグロリア

四つ目

文字の大きさ
上 下
14 / 23

第13話、身の上

しおりを挟む
「俺達に話を聞きに来たんですか?」
「いや、懐かしかったから見学に来ただけ」
「え……」
「俺、ここの卒業生だから」
 紘彬が部室を見回しながら答えた。

「先輩ってことですか?」
「そ。可愛い後輩達の顔見に来たんだ」
 紘彬の言葉に反応に困った一史達は顔を見合わせた。
「ここんとこ部活出来なかったんだって? これ以上邪魔しちゃ悪いから帰るよ」
 紘彬はそう言ってから、
「あ、でも、それ渡してもらえるか?」
 聖子が持っていた紙を指した。
 差し出された紙を如月が手袋をめた手で受け取ると部室を後にした。

「あんなこと言ってたけど、刑事さんがあれ持って行ったってことはホントに見立て殺人って事?」
 弥奈が不安そうに言った。
「ここの部員が狙われ……」
「バカなこと言うんじゃない!」
 垂水が厳しい声で弥奈の言葉をさえぎる。

「でも、ここの部員の名字、被枕ひまくらにある名前ばかりだよねぇ」
 弥奈がそう言うと、
「え、朝霞に掛かる枕詞ってあった?」
 耕太が言った。
「朝霞は聞いたことないけど……」
「じゃあ、朝霞さんだけは大丈夫ってこと?」
 弥奈と耕太の言葉に部員達の疑うような視線が由衣に集まる。

「わ、わたしは……」
 由衣が慌てる。
「見立てが出来るほど和歌に詳しいのに自分だけ被害者から外れたら疑ってくれって言うようなものでしょ。それに結城だってないし」
 聖子がバカバカしいというように言った。
「え、あたしですか!?」
 今度は結城が狼狽うろたえたように言った。
「他にも無い人がいるって意味よ」
 聖子はぴしゃりと言って結城の言葉をさえぎった。
「…………」
 一史は何も言わずに全員の表情を見ていた。

「いい加減にしろ。部活を始めるぞ」
 垂水がそう言ったが部員達は心ここにあらずと言った様子で皆集中出来なかった。

 部活が終わり、垂水が職員室に戻ると紘彬と如月が職員室に入ってきた。

「学校を見て回られてたんですか?」
 垂水が訊ねた。
 紘彬のさっきの言葉を間に受けたようだ。
 母校というのは事実だが。

「いえ、署に戻ってたんです」
 小野以外に死亡した生徒がいるという話は聞いていなかった。
 警察署は近くだし、教師達に話を聞くにしても詳しいことは署で調べた方が確実である。
 それで一旦戻って調べてきたのだ。

「見立て殺人と言ってましたね。詳しい話を聞いても?」
「あ、いや、あれは生徒達の冗談で……」
「冗談なら話しても問題ありませんよね」
 如月にそう返されて垂水は言葉にまった。
 垂水は如月にうながされて渋々部活の一環として枕詞を書いた紙のことを説明した。

「その紙、まだありますか?」
 話を聞いた紘彬が垂水に訊ねた。
 垂水は一瞬迷ってから、机の引き出しから紙を取り出す。
「紙に書いてあったのが『あさじうの』で、倒れていた生徒が小野ですか」
 そして今日、部室の机に『ももしきの』と書かれた紙が置いてあった。
 被枕は『大宮』

「小野は棚の下敷きになったんですから事故でしょう?」
 垂水が言った。
「棚を固定している器具が古かったそうですし、細工した後もなかったと聞いてます」
 紘彬は否定も肯定もせずに、
「箱もお預かりしたいんですが」
 と言った。

「桜井さん、どう思いますか?」
 校門から離れたところで如月が紘彬に訊ねた。
 これから警察署に帰るのである。
 如月は枕詞の紙が入っている箱を抱えていた。
 この箱は証拠品である。

「小野と大宮に接点があるかだな。それと大宮が殺人なのかどうか」
 そうなのだ。
 調べてみたが大宮は階段から落ちたのが死因だった。
 駅の階段だから突き飛ばされた可能性もなくはないのだが――。

 わざわざ殺人を示すような紙を置いて連続殺人だと思わせたところでメリットがあるとは思えなかった。

五月二十一日――鞍馬の山――

 垂水は授業を終えて職員室の自分の席に戻った。
 椅子に座るとサプリを出して机の上のペットボトルの水でカプセルを飲み込む。

「それは?」
 カプセルを嚥下えんかした時、背後から声が聞こえた。
 振り返ると紘彬と如月がいた。
「これはビタミン剤ですよ」
 垂水はそう答えてから、
「何か?」
 と紘彬達に訊ねた。

「確認したいことがありまして」
 如月が答える。
「なんでしょうか」
「この箱と紙、先生が作った時のままですか?」
 如月が箱と証拠袋に入った大量の紙を置いた。

 垂水は箱を手に取って改めた。
 箱に変わった点はなかった。

 が――。

「『はるひの』は入れてない」
 垂水が言った。
「どうしてですか?」
「『はるひの』は『万葉集』にしか使用例がないから入れなかったんです」
「『はるのひの』なら……」
「間に『の』が入る場合、被枕は『春日かすが』じゃなくなるんです。ですが生徒達には授業で『はるひの』の被枕は『春日』だって教えてるので……」
 垂水が入れなかったというのが事実なら誰かが入れたと言うことだ。
 と言うことは――。

「部員に春日がいるんですか?」
 そう訊ねると垂水が深刻そうな表情で頷いた。
 紘彬と如月が顔を見合わせる。
 昨日紹介された中にはいない。
「最近休んでたので……」
 垂水が弁解するように答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

処理中です...