暴食のグロリア

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第1話、プロローグ

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「ああ、君はどこまでも美しいね。本当に、美しい。私好みの御姫様だ」
「うぐぁ・・・!」

苦しい。首を掴まれて持ち上げられてるせいで、息が上手く出来ない。

地に足を突きたくても、その両足がもう私には無い。
釣られない為に手で支えようにも、その両手が無い。
更には両目も潰されて今の状況も解らない。

全てこの人に潰されたから。
闘技場で戦って、なす術無く切り落とされて、目も潰されたから。
それでも、それでも私は、死にたくない。生きたい。

「ふ、ふふ、この状態でも、まだ生きたいと藻掻く。本当に君は素晴らしい。ここまでされたら普通は心が壊れる。ああ、君は一体どこまでやれば壊れるんだろうね」
「あっ・・・がっ・・・!」

ぎゅうっと、首を絞める力が強くなる。苦しい。あたまがぼうっとする。

「本当に頑丈だ。普通はこの時点で首の骨が折れて死んでいるよ。ふふっ、その頑強さだけは君に敵う気がしないな。いや、私も努力をすれば同じ事が出来るのかな?」

楽し気な、心から楽し気が声が耳に届く。奴隷の首輪が主の声を聞けと頭に叩き込む。
主の言葉に逆らうなと、抵抗したいと思うたびに全身に激痛が走る。

「あははっ、本当に美しい。普通の刃物では、常人の技では傷一つ付けられない肌。その肌に傷をつけ、流れる血。君の紅い髪と、無くなった目と同じ、赤黒い血がとても綺麗だ。小柄な体躯とそれに見合う紅いドレスがとても似合っているよ」

頬が熱い。斬られた。血が、顎に垂れる。
興奮する声が、とても楽しげな声が、私の流れる血に満足した声が響く。
やけに、響く、気がする。ここは何処だろう。屋内じゃないのは確かだ。
獣の声が多い。それに人の声がない。私は何処に、連れてこられたんだろう。

「本当は君が死ぬまで手元に置いておきたい。こんなに美しいお姫様を手放したくなんかない。だがすまない。主に咎められてしまってね。全く酷いと思わないかい。私の愛しの姫君を手放せだなんて。悪趣味な事は止めて楽にさせてやれだなんて。私はこんなに君を愛しているのに」

愛している。確か何度か囁かれた覚えがある。
言葉の意味は良く解らない。だってこの人に初めて言われた言葉だから。
私を傷つける度に、嬉しそうに何度も私に告げた。

だからきっと、楽しいとか、そういう意味と同じ事なんだろう。
この人は私を斬る度に、殴る度に、とても楽しそうにそう言うから。

「侍女の告げ口が無ければ一生共に居られたのだけどね。今後はその事を踏まえて、傍に人を置かない様に考えるべきかな。なんて思いもしたんだけど・・・」

この人は私の返事なんて期待してない。ずっと一人で喋り続ける。
生きたいと足掻く私に、苦しむ私に愛しいと告げるだけ。

「私は君ほど美しい人間に私は出会った事が無い。まだ若輩者だから探せばどこかに居るのかもしれないが、そもそも自由に旅を出来る身でもない。何だかんだ言って、私は主の事をお慕いしているのでね。だから、ちょっと良い事を、考えたんだ」
「ぐぇ・・・あ・・・・!」

興奮しているのか、力の入っていた腕に更に力が入った。
首が尚の事締まり、堪える為に首に力を入れる。
それを抵抗と判断され、首輪の魔道具が動いて激痛が走り、力が抜けそうになる。

「ここはね『人食いの森』なんて呼ばれている森を見下ろせる崖なんだ。君は今その崖から落とされる。魔獣が跋扈する、まだ人の手が行き届いていない領域に、ここから落とされる」

落とされる? 崖?
高い所から、落とされるんだろうか。

「まあ落ちた程度で君が死ぬとは思っていない。確実に君は生き残るだろう。けれどその状態で、魔獣のはびこる森で、何時まで生き残れるだろうね。この森の魔獣は少々危険な物が多い。こんな所の開発に力を入れるなら、もっと良い所が他にある。つまり人の助けは無い」

魔獣がいっぱい居るんだ。そっか、いっぱい、魔獣が、居るんだ。

「・・・った、ら」
「何だい、お姫様。頑張って喋ってごらん」

私が勝手に喋った事を咎めず、優しい声音で告げる。
発言の許可が貰えたおかげか激痛が収まった。
けれど相変らず首を握りしめられたままで、苦しさに堪えながら声を出す。

「・・・勝った、ら、食べ、ても、良い、ですか」
「ふっ、ふはっ、ふははははははは! ああ、良いとも! 良いともさ! それでこそ私のお姫様だ! ああ、勝って食らうと良い! 勝てば幾らでも食べて良い!! この森で君の暴食を咎める物は誰も居ない! 四肢を捥がれ、目を潰されても尚闘う君を誰が咎める!!」

食べて、良いんだ。そっか、いっぱい、食べて良いんだ。怒られないんだ。

「ああ、本当に素晴らしい。思いついてよかった。やはり君をただ殺すなんてつまらない。君が生きて、また私の前に現れる。その可能性に賭けた方が、余程楽しい」

楽しげにそう語ると、チュッと音がした。
頬に柔らかい物が当たった気がする。

「行ってらっしゃい、私の姫君。この森はまだ人類がほぼ手を付けていない土地。ならばその奥には・・・ふふっ、もし生き残ったら―――――」

ふっと、首に掛けられていた力が抜け、落ちていく感覚を覚える。
かけられた言葉は最後まで聞こえなかった。普段なら絶対聞こえるのに。
いや、聞こえなくても良いか。もう、指示は、貰った。

「・・・勝って、食べる」

そうすれば、私は、生きられる。いや、絶対に、生きる。
・・・それにしても、まだ地面に付かない。これは多分、凄く、痛い気がする。
ぐっと全身に力を込めて、地面にぶつかる痛みに備える。

「が―――――――」

凄まじい音を立てて地面にぶつかり、そのまま何度も撥ね飛んだ。
跳ねながら転がり、どんどん、どんどん落ちて行っている様な気がする。
目が無いから感覚だよりだけど、転がり落ちてると思う。

「いぐっ!」

暫く頃がる痛みに耐えていると、バンッと何かにぶつかった。
鈍く響く痛みを堪え、動けそうだと判断して周囲の様子を窺う。
鳥の鳴き声や木の擦れる様な音が聞こえ、けれど大きな獣の息遣いは感じない。

「・・・魔獣、いない」

魔獣が居ないと、戦えない。戦えないと、勝てない。勝てないと―――――

「食べられ、ない。お腹、空いた・・・」

ずりずりと、地面を這いながら進む。手足が無いから、体を使って。
魔獣を求めて。戦う相手を、食らう相手を求めて。

そうして暫く、ずりずりと進み続ける。
何時までそうしていたのか解らない。
ただ途中で、何か変な音が聞こえた気がした。

きぃんと、響くような音。なぜかその音につられて、その音の方へと向かう。
すると途中で何か固い物に触れて、唐突にそれがなくなった。

「あうっ・・・なん、だろう、これ」

気のせいか地面がやたら固い。多分土じゃない。けど石畳とも違う。これ、何だろう。
不思議に思いつつも、また進み続ける。まるで何かに誘われる様に。

『―――――来たか、適合者』
「・・・誰? 何処?」

声は聞こえたけど、人の気配を感じない。声が反響してる。
良く解らずに目の無い顔をきょろきょろと動かしてしまう。

『いくら適合者とはいえ、その状態で一人とは、余程事態は急を要していると見える』

何を言ってるんだろう。別に急ぎじゃない・・・お腹は空いてるから急ぎなのかな。
魔獣がたくさんいるって聞いてたのに、全然獣の気配とかしないし。
その前に生き物の気配がない。ここは一体どういう所なんだろう。

『酷いな。手足も、目も・・・それに全身に負傷が・・・痛かっだろう』
「痛かったけど、もう、慣れ、ました」
『慣れた、か。強いのだな、君は』

どうだろう。強いと、闘技場では良く言われていた。けど結局勝てなかった。
新しい主人に両手両足を切り落とされた自分は、強いと思って良いのだろうか。

『君の名は何という』
「グロリア、です」
『そうか、グロリア。私の名はガライド。正式な型番は別に有るが、そう呼んで貰いたい』
「・・・ガライド? 型番?」
『手を伸ばせ、グロリア。君の力を、手に取れ』

手を? でも今の私は、手が無い。伸ばせと言われても、困る。
けど命じられたことに逆らうのは良くない。首輪に締められるのは嫌だ。
そう思って、肩を突き出す、手を伸ばす様に。

『世界を救う力を、生き残る力を、君の手に』

大きく響くその声と同時に、光が、襲って来た。
目が見えないはずなのに、何故い光が目の前いっぱいに。
赤い、とても紅く、強い光が。

思わず目を塞ごうとして、何の意味もない事に気が付く。
だって私の腕は、無いのだから。目を防げる筈が―――――。

「・・・あれ? なに、この、黒いの」

ふと、目の前に黒い物が、手の形をした黒い何かが見えた。
あれ。見えた? 目が、見えてる。目が治った?

『ふむ、接続は良好の様だ。適合係数は基準値を遥かに上回っているな』

声が頭に響く。まるで奴隷の首輪で、強制的に話をされてる時の様に。
そこでふと、首元を触った。奴隷の首輪が・・・無い。

あれ、待って、触った・・・手が有る。いや、手の様な黒い物が。
肩口から黒くなっていて、ふと視線を下げると足も同じ様になっていた。
何だろう、これ。動かそうと思うと、思った通りに動く。

『何だこの体調は。まさか負傷前は無理なダイエットでもしていたんじゃないだろうな。水分も全く足りていないじゃないか』

また頭に声が響く。でも何でだろう。嫌な感じがしない。
奴隷の首輪から響いてくる声は、何時も嫌な気分になったのに。
そもそも何処から声がしてるんだろう。誰が話しかけてるんだろう。

「どこに、居るん、ですか?」
『・・・成程、色々と説明が足りないのだろうな。この体調を見るに、本当に急いで見つけた適合者なのだろう。それを考えれば、先の状態はまさか無理矢理か。そこまでせねばならぬ程か』

無理矢理と言われれば、確かに無理矢理かもしれない。
私も体を斬られたかった訳じゃないし、崖から落とされたかった訳じゃない。
けど奴隷だったから、首輪があったから、命令には逆らえなかった。

『グロリア、君は何故ここに連れてこられたか、理解しているか?』
「生きたければ、ここで魔獣を倒せって、言われ、ました」
『魔獣? 変異獣の事か? 成程。本当の最低限は伝えられていると。ここには何人で来た?』
「二人、です」
『成程・・・それで今ここに居るのは君一人と言う事か、かなり酷い状況だな。ふむ・・・検索した所、周囲は変異獣だらけ。それでも、君だけでも生かす為に、懸命に送り届けたか』
「・・・?」

さっきから何を言ってるのか全然解らない。変異獣って、魔獣の事、なのかな。
でも周囲が魔獣だらけって言ってるから違うのかも。私はまだ一度も会ってないし。

『グロリア、私は対変異獣、おそらく君の言う魔獣との戦闘用端末の一つであり、君に話しかけているのは戦闘補助の為に組み込まれたAIだ。適合者が居ない事で長らくスリープ状態になっていたが、君の力が流れ込んできた事によって起動した』
「たん、まつ・・えーあい?」
『他の端末が完全破壊された時の予備でもあったのだが、新しい適合者が出た事は喜ばしい。いやむしろ、適合者を急いで送り届けねばならぬ程、切迫した状況―――――』
「・・・えっと」
『そう考えれば君のこの体調は強行軍が原因。そうか、この周囲は既に変異獣に落ちた地か。それでも来なければならなかったという事は・・・私が最後の端末か。いやだが――――』
「・・・その」
『安心してくれ。私は確かに予備ではあるが、正式な適合者が居なかったという理由もある。力が無い訳ではない。むしろ少々特殊故に適合者が居なかっただけで―――――』
「・・・」

どうしよう。何を言ってるのか、全然、全く、解らない。
凄く丁寧に説明してくれてるのは、何となく解る。それだけは解る。
それに何故か知らないけど嫌な気持ちが無くて、むしろ胸がポカポカしてくる。
けどやっぱり、何を言われているのか、私はどうしたら良いのか解らない。

『理解して貰えたかな、グロリア』
「・・・ごめん、なさい。全然、わかりません、でした」
『なに!? そ、そんな馬鹿な!?』
「ご、ごめん、なさい」
『あ、いや、こちらこそすまない。怯えないでくれ。そうか、だがそうなると、やはり君は完全な一般人。その上何も事情を知らない。これは本当に、状況は最悪だな』

何だか落ち込んだ声が頭に響き、悪い事をした様な気になって来る。
ただそこで、ぐ~っとお腹が鳴ると、明るい声が響いてきた。

『すまない。空腹だという事を忘れていた。しかし本当に酷い状態だ。良く生きているな君は。いや、私に完全適合できたのだ。その力で生きながらえていたのだろう。ああ、今はそんな事は措いておこう。食糧庫が向こうにある。流石に保存食しかないがな』
「ふえ!? な、なに、これ!?」

突然視界に手だけが出て来て、何処かを指さした。
驚いて飛びのいても、手との距離が離れない。何これ。

『今私が君の眼の代わりになっている。私が君の視界として手に入れた情報を脳に―――――』

・・・また長い説明が始まったけど、お腹が空いて余り入って来ない。
そもそも多分、聞いても解らない。さっきも解らなかったし。

『解ったかな?』
「・・・解り、ません。お腹、空き、ました」
『・・・取り敢えず食糧庫に向かおうか。あの手は私の手だと思ってくれ』
「・・・食べて、良いん、ですか?」
『勿論だ』
『まだ、戦って、勝って、ないですよ?』
『君は・・・そうか、君は事情を知らずとも、戦士なのだな』

戦士。それは、多分そうだと思う。私は闘技場の闘士だ。
だから闘わないと食べられない。勝てないと食べられない。
食べないと、生きて、いけない。

『む・・・なんだ、これは、嘘だろう。食糧が全て駄目になっている・・・この時間表示は施設の故障かと思ったのが・・・まさかこれは・・・。』
「食べ物、駄目、なんですか?」
『ああ、すまない。だがここまでの状況になるには・・・いやしかし・・・』
「・・・良く解らない、ですけど、外に出ても、良い、ですか?」
『外に? どうするつもりだ?』
「魔獣と戦って、勝って、食べます」
『いやだが、その報酬となる食料が無いのだが』
「勝てば、食べれます」
『勝てば食べれる? 一体何を、どうやって』

何をどうやってって、そんなの決まってる。

「魔獣の、肉と、血を。戦って、勝って、食べます」
『・・・は?』

私の常識で応えると何故か『意味が解らない』という感じで返された。
なにか、おかしかった、かな。何時も通り戦うつもり、だったんだけど。
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