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俺とアンドロイドと残酷な運命と
しおりを挟む俺は生きる「理由」を失った。
だが、生きる「意味」は見失わなかった。
********
「マスター、もう朝です。起きてください。今日もやることがあるのでしょう、マスター」
「……ぅ、うぅん……分かった分かった、起きるよぉ…………」
「その様子でしたらまた眠りになられるのでしょう。ちゃんと起きてください」
メイド服に身を包み、見た目だけだと少女にしか見えないアンドロイドのアリスは起きない俺に業を煮やしたのか、その綺麗な青髪を揺らしながらバンバンと俺の体を叩き始める。
「いっ、痛たたたたたたっ、お、起きた起きたから!痛いからもうやめて!」
「本当に起きましたか?二度寝はしませんか?」
「しないしない!しないから止めて!」
「……分かりました」
渋々と言う様子で手を止める彼女。
ふぅ……助かった。
これ以上彼女を怒らせないように、俺は手早く起き上がり部屋着に着替える。
「マスター、朝食はどうなさいますか?」
「うーん、お腹空いて無いから要らないかな」
「そうおっしゃると思って準備しておりませんでした」
いつも通り無表情で淡々とそう答える彼女。
だが、心なしかドヤッとしているのも感じた俺は素直に彼女を褒め称える。
「おぉ、流石だね!」
「ですが、コーヒーはお飲みになると思いましたのでそちらは準備しております。どうぞ」
「……流石だね」
開発者である俺の予想を遥かに超える学習率及び成長率に俺は多少の恐怖を覚えながらも、いつもの椅子に座る。
そして、コーヒーを一口。
うん、美味い。
目が覚めたところで今日のやるべき書類と計算機を取り出す。
すると、出した書類が後ろからの風によって少し広がってしまった。
「あっ」と思いながら、書類をもう一回纏める。
そして、今の風の元凶の窓と呼ぶには余りにも大きすぎる壁の穴の方へ振り返った。
あの穴の向こうにはいつも通り瓦礫の山が広がっている。
……この風景にも「見飽きる」ようになってきたか。
俺は今でも脳裏に焼き付いている「あの時」の事を思い出す。
『災いが空から降ってきた』
あの場面をもし詩人が見ていたら後にそう表すだろう。
あの日、俺は全てを失った。
ただ一瞬の光の間に家族も思い出も、恋人さえ……
辛うじて残ったのは大穴が空いた自分の家ぐらい。
いや、これだけでも残っただけ良かったのかもしれない。
いつの間にか周りの家や店は瓦礫の山になっていたのだから。
原因は結局よく分からない。
確か「どっかの国が核兵器を飛ばしたんだ!」って言っていたやつもいたな。
まぁ、そいつももう死んでしまったが。
と言うか生き残っていた奴の殆どが同じような病気で死んでいったからあいつが言っていたこともあながち間違っていなかったのかもしれない。
……正直に言うとこの世にはもう何も未練は無かった。
何なら、皆がいる天界に行きたかった……
だが、そうはしなかったのは単純に恋人との「夢」を思い出したからだろう。
そんな事を思い返しながら、コーヒーを一口飲む。
彼女との「夢」というのは「月に行くこと」
これほど言葉で言うのは簡単で、実現するのが難しいことは無いだろう。
それに彼女が考えていたのは月へのワープ装置。
既存のロケットなんかじゃなくて全く新しい方法で行こうというのだ。
いくら天才的な頭脳を持っていた彼女からの話といえど、俺は確か「無理だ」と少し苦笑いをしながら言ったはず。
だが、今では俺がそれをやろうとしている。
残っていた彼女のメモと自分の頭脳で成し遂げようとしている。
始めた当初は「もしかしたら何とかなるかもしれない」と思っていた自分がいた。
でも、現実はそんなに甘くなかった。
彼女ほどの頭脳を俺は持っていなかったし、そもそもこんな瓦礫だらけの世界で生きること自体が大変だった。
「おっと……」
手で回していたペンがカタンと落ちる。
「……気をつけてください」
「あぁ、ありがとう」
それを傍にいたアリスが拾い、屈んだ際に前に垂れてしまった前髪を耳にサラッとかけながら渡してくれる。
そう、そんな大変な状況を打破するために作ったのが”彼女”だった。
AIアンドロイドを作ることがこの状況が変わると考えたのだ。
そう考えた俺は早速行動に移した。
設計図やプログラミング、材料さえも俺は1人で拵えた。
幸い知識に関しては常人より全然あったし、設備も奇跡的に無事だった事もあって案外簡単に出来た。
あとはAIだから言葉を覚えさせ、反復させるだけ。
俺は”それ”を椅子に座らせ、空いた時間に話しかけるようにした。
最初は簡単な挨拶から。
「おはよう」と言えば、『おはようございます』と返してくれる。
それに慣れてきたら、今度は日常会話。
「今日も良い天気だね」と言えば、『そうですね、私もそう思います。』と返してくれる。
最初はたどたどしかった彼女の言葉も何日も続けるとだんだんスラスラと自然に返してくれるようになった。
そして、言葉の中の感情や気持ちまでも読み取るようになり、最終的にはアンドロイドだと分かっていても人間と話しているように錯覚する。
失ってしまった恋人と同じ見た目にしてしまったからか初めて『感情』を手に入れニッコリと微笑みながら喋るアリスにドキッとしてしまったのを今でも覚えている。
言葉を教えてからの彼女の成長は本当に凄い。
家事も瞬く間に覚え、今では俺の好みのコーヒーまで淹れられるようになった。
本当に彼女を生み出して良かったなと心の底から思う。
「……マスター、そんなに私をジッと見てどうかなさいましたか?」
「あ、いや、君を生み出して本当に良かったなと思ってね」
「そんなお世辞を言っても何もなりませんよ。というかお仕事の方は進んでいるのですか?先ほどから一文字も進んでおりませんが」
「……ちゃ、ちゃんと進んでるよ?」
「嘘を言っても私の目は誤魔化せませんよ。さっきからペンをクルクルと回しているだけではありませんか」
「そ、そんなことは無いんだけどね。今、頭の中で色々書くことを整理していたんだよ」
「20分もですか?」
サッと目を逸らした俺にじとーっとした視線を浴びせながらアリスは軽く溜息をつく。
「……ふぅ、ちゃんとやらないと今日の晩御飯は無しにしますよ」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ。今から、今からちゃんとやるからさ」
「今からという事はやっぱり今までちゃんとしてなかったんじゃないですか!」
「あっ……」
……なんか性格までも生前の彼女に似てきたんだが。
嬉しいは嬉しいんだけど、余計なところまで似てきてしまったかな?
「ホント、厳しいなアリスは」
「そうは仰られても、行き詰っていたら厳しく言ってくれと言ったのはマスターの方ではありませんか」
「まぁ、そうなんだけど……ね」
「と言うか普通行き詰った時は応援するものだと思うんですが、厳しく言ってくれだなんてマスターはドMなんですか?」
「Oh……」
アンドロイドにさえこんな事を言われてしまうなんて……
「なんて言うのは冗談ですが、マスターがそこまで仰るという事は本当に成し遂げたいことなのでしょう?でしたら、その背中を押すのが私の役目です」
「アリス……分かった、頑張るよ」
「その意気です、マスター」
後押しするかのように優しく微笑む彼女。
そんな彼女の様子を見て、俺はちゃんと最後まで頑張ろうとそう思えた。
********
「……マスター、マスター!どうして……どうして起きて下さらないのですか!」
耳元でアリスのそんな声が聞こえる。
クッソ……まさかここまでとは……
俺は混濁する意識の中、そう悪態をつく。
あれから数か月、だんだんと体の自由が利かなくなってしまった。
多分、今まで死んでいった奴と同じ『核』によるものだろう。
どこかで「自分は大丈夫」と思っていた俺がいた。
でも、まぁ、これが当たり前の結果なのかもしれない。
……だが、やっぱり「夢」を最後までちゃんと形にすることが出来ずに終わってしまうのは心残りだ。
残念だし、普通に悔しい。
いや、やっぱり1番の心残りはこの横で泣いている彼女を置いて逝ってしまう事か。
あぁ、どうか泣かないでくれ。
こういう時だけはアンドロイドとして感情無く接して欲しいと思うのはエゴなのだろうな。
まったく……泣き虫なところまで”彼女”に似やがって。
…………勝手に生み出し、勝手に逝ってしまうマスターのことを、
どうか…………許してくれ…………
********
爽やかな風が今日も大穴が空いた家を吹き通る。
きっと今まで家主が使っていたであろう椅子の近くには1体の動かなくなってしまったアンドロイド。
そして、そのアンドロイドの横には短くなった鉛筆と「月移送装置」という文字の上に二重線が引かれ、代わりに「過去遡行装置」と書かれた紙が置いてあったのだった。
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