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4日目

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「……遅いな」

 事務所で業務に勤しんでいた俺は壁に掛かった時計を見ながら呟いた。時刻は始業時間である9時を越える9時半を回ったところだが、バディを組んでいる水瀬が中々やって来ない。いつもは俺よりも早く事務所にやって来ていて、始業時間まで本を読んで待機しているはずなのに今日に限っては一向に姿を見せる気配がない。何かあったのかと心配になってきた頃、不意に事務所のドアが開き水瀬がやって来た。

「……おはよう」

 そんな彼女の姿を見て俺は思わずホッと胸を撫で下ろす。

「おはよう、水瀬。……珍しいな、お前が遅れるなんて」

 俺がそう言うと、彼女は少しバツの悪そうな顔を浮かべながら口を開いた。

「少し寝坊してしまったんだ。……悪いか」
「別に何も言ってないだろうが」

 思わず苦笑いを零しながら俺がそう言うと、水瀬はムスッとした表情でそっぽを向く。そんな彼女の姿が何だか可笑しくて、俺は思わずククッと笑いを漏らすのだった。そんな俺の態度が気に入らなかったのか彼女は不機嫌そうにしながらもいつもの席へと向かって行く。そして、デスクの椅子に腰を下ろしてパソコンを立ち上げると水瀬は小さな声で俺に告げた。

「……昨日は悪かったな」

 いきなり彼女から謝罪の言葉を告げられ、俺は一瞬固まってしまった。しかしすぐに言葉の意味を理解して俺は返事をした。

「気にすんなよ、誘ったのはこっちだしな。むしろ俺の方こそ悪かった」
「いや、私の方こそ……」

 お互いに謝り合っている内に何だか可笑しく感じて来たのか、俺は堪えきれずに笑い始めた。そんな俺を見て彼女は最初は目を丸くしていたが次第に彼女もクスクスと笑い始める。

「なんだか可笑しいな」
「そうだな。……まぁ、それだけお前と過ごすのが楽しいって事だよ」

 俺がそう答えると水瀬は少しだけ頬を赤く染めると少し顔を背けてしまった。ここ最近よく見る彼女の仕草に可愛いなと思いながら、俺も自分のパソコンに目を向けるのだった。


 程なくしてタイピング音が部屋に響き始め、いつも通りの業務をこなして行く。そんな中、俺は水瀬の事を何となく目で追っていたのだが妙に仕事に集中できていない様に見えた。そんな彼女の様子が気になった俺は作業の手を止めて水瀬に尋ねる事にした。

「なぁ、なんか今日はやけにボンヤリしてるけど大丈夫か?」

 俺がそう尋ねると水瀬はハッとしてこちらに顔を向ける。

「あ、あぁ……ちょっと考え事をしていた」

 彼女は視線を逸らしながらそう言うと再びパソコンに目を向けて作業を再開するがやはりどこか上の空な様子だった。そんな様子に違和感を覚えながらも俺は再びパソコンに目を落として仕事に集中する事にした。しかし、どうにも気になるのでキリの良い所で一旦手を止めると再度彼女に尋ねる事にしたのだ。

「なぁ、本当に大丈夫か?体調が悪いならちゃんと休めよ」

 俺がそう言うと彼女は一瞬だけ俺の方に目を向けてから小さく溜め息を吐いた後、少し間を置いてからぽつりぽつりと話し始める。

「……実は昨日の事を思い出してたんだ」
「昨日の事?何か嫌な事でもあったか?」
「いや、昨日は本当に楽しかったんだ……ただ、あの……」

 そこまで言うと水瀬は少し言葉を濁らせた後、少し恥ずかしそうに口を開いた。

「昨日言ってたことなんだが……アレはその……本当にそう思っているのか?」
「ん?アレ?」

 水瀬の言っている事がいまいちピンと来ず、俺は思わず首を傾げてしまった。そんな俺の反応を見た水瀬は少し語気を強めながらも尻すぼみしながら言葉を続けていく。

「だから!……あのバディの話……」

 そこまで聞いたところで俺はようやく理解が追い付き「あぁ」と納得したような声を上げた後で改めて彼女に答えた。

「冗談なわけねぇだろ?俺はお前と一緒に仕事していく内に本当にそう思ってんだよ」

 俺がそう言うと、水瀬は赤い顔を隠す様にして俯いてしまった。しかし、耳まで真っ赤になっているせいであまり意味を成していない。そんな彼女が凄く愛おしく思えて俺は思わず笑ってしまった。彼女はそんな俺の態度を見て不機嫌そうにしながら睨んできたが、赤い顔で睨まれても怖くも何ともない。むしろ可愛いくらいだ。

「な、何で笑うんだ」
「悪い悪い。あんまりにもお前が可愛いからさ」

 俺が笑いながらそう言うと彼女は更に顔を赤くしながら俺を強く睨みつけていた。だから怖くないってば。日に日に軟化しているとはいえ、まだ素直になれない彼女の姿を見てそんな所が可愛いと思えてしまう俺も大概だなとは思うのだが。だけど、こういう場面は今までもこれからも一切無いと考えられるので今が攻め時なのである。不謹慎かもしれないがここだけは彼女に『魅了チャーム』をかけてくれた化け物に感謝だ。微笑みながらそんな事を考えていると不意に彼女がポツリと呟いた。

「……私は可愛くなんかない」

 そんな彼女の反応に思わず「そういうところが可愛いんだよ」と言いたくなるがグッと堪える。ここでそんな事を言ったら彼女は拗ねてしまいかねないからな。

「はいはい、分かったよ。それでいいから早く仕事戻れ」

 俺の言葉に水瀬は不機嫌そうにしながら「ふんっ」と言ってソッポを向いてしまった。

(本当……素直じゃない奴だな)

 思わず苦笑を零しながらそんな事を思ったのだった。



 ―*―*―*―



(今日は一段と疲れたな……)

 溜まりに溜まった書類仕事を終えて、俺は事務所のソファーに倒れ込むように腰を下ろすとそのまま天井を見つめて溜め息を漏らした。

「お疲れ様」

 ふと視線を天井から外すといつの間にか水瀬が側に立っていて、彼女はそう言いながら俺の前に缶コーヒーを差し出してきた。「おお、悪いな」と言ってそれを受け取った後、俺はプルタブを開けてその中身を喉に流し込む。コーヒーの苦みが疲れた体を癒してくれるような気がして心地が良い。そんな俺とは対照的に彼女は何も手に持たずに立ったまま、コーヒーをチビチビと飲んでいる俺をじっと見ていた。

「どうした?座らないのか?」

 からかうように俺がそう言うと、彼女はムッとした表情を浮かべて俺の隣にドカッと腰を下ろしてきた。

「別に。ただ、疲れ切ったお前の姿を見てるのが面白いだけだ」
「うわ、ひっでぇ」

 俺が笑いながらそう言うと彼女はフンッと鼻を鳴らして俺から顔を背ける。彼女のそんな様子が可笑しくて俺は小さく笑うと、彼女は不機嫌そうにしながら俺の脇腹を小突いてきた。地味に痛いから止めてくれ。

「ったく……疲れてる奴に暴力振るうなよ」
「なら私をからかわなければ良いだろう?」
「はいはい、分かったよ」

 俺の返答に納得したのか、彼女はそれ以上俺に対して何も言う事はなかった。そして少し無言の時間が流れる。……しかし、不思議と気まずくはないんだよな。水瀬と一緒にいる時の沈黙は嫌いではないしむしろ心地良く感じてしまうくらいだ。再びコーヒーを口に含みながらそんな事を考えていると、不意に水瀬がポツリと呟いた。

「週末は仕事が多いから嫌になるな……」
「そうだな。まっ、こればかりは俺達にはどうしようもない事だけど」
「全くだ。休みが恋しいよ」

 そんな風に言葉を交わしながら俺達はまた少しの時間、穏やかな沈黙が流れるのだった。やがて缶コーヒーを飲み終えた俺は、空き缶を片手で弄びながら口を開く。

「よっし、じゃあ今日はもう帰るかな」

 そう言いながら俺が立ち上がると、彼女は帰る準備をせずにそのままの状態でジッと俺の様子を窺っていた。

「水瀬はまだ帰らないのか?」
「うん?あぁ、まだ自分の分の仕事が終わって無いからな。書類仕事は苦手だ」
「なんだ、先に言ってくれよ。缶コーヒーくれたお礼に手伝ってやるさ」

 俺がそう言ってパソコンの前に座り直そうとすると、水瀬は「大丈夫だ」と言ってそれを制止してくる。

「流石に自分の分ぐらい自分でやるさ」
「そんな寂しい事言うなよ。130円分の働きぐらいはするから」
「いやいやいや、本当に大丈夫だって」
「えー……でも……」

 俺が渋っていると水瀬はやれやれと言った様子で首を横に振った。

「はぁ……律儀な奴め。そこまで言うんだったら、代わりに少しお願いがあるんだ」
「何だ?」

 首を傾げながら俺が尋ねると、彼女は少し照れくさそうにしながら口を開いた。




「……明日、一緒に出掛けないか?」






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