普段は堅物で厳しいバディが敵から「チャーム」を食らった結果。

御厨カイト

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2日目

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 結局、あの後は水瀬が一人で車に乗って帰ったため、俺は電車に乗って帰らないといけなくなった。昨日はあの依頼1件だけだったから俺も彼女もさっさと家に帰ったのもあって、それからお互い顔を合わせていない。

 いや、どんな顔して会えばよいのか分からないのもあるのだが。昨日の反応で彼女が魅了チャームに掛かっているのはほぼ確定と言っていいだろう。……でも、本当に魅了チャーム掛かってるのか?行動がいつもと変わらなすぎやしないか。

 まぁ、取り敢えず何事も無い事を祈るだけなのだが……。
 そんな事を心の中で思いながら、俺は今日も職場に足を踏み入れる。すると、件の人物は昨日と同じ椅子に座りながら本を読んでいた。

「おっはよ~」

 俺が挨拶をしながら彼女の向かいに座ると彼女は「……あぁ」と返すだけ。いつもならここで嫌味の1つや2つ飛ばしてくるはずの彼女の素っ気なさに、早速出鼻を挫かれながらも俺はこの気まずい空気に飲まれないように果敢に会話を挑む。

「あー……体調の方はどうだ。何か異変とかあったか?」
「……特に無い。大丈夫だ」
「そ、そうか。それなら良かった。あっ、今日の依頼はどうなってる?」
「今の所何も入っていない。上からは昨日の報告書を作っておけとの事だ」
「な、なるほど」

 ……いや、これはどうにもならんな。よく考えれば、いつも負けてる奴がこんな時に都合よく勝てる訳が無いわな。はぁ、今日は大人しく言われた通り報告書でも作りますかね。

「じゃ、じゃあ俺は作業でもしてるから何かあったら呼んでくれ」

 俺がそう言うと彼女は「……分かった」と言って再び本に目を移した。そうして、昨日の依頼についての書類を引っ張り出し、パソコンと紙を取り出した俺は報告書作りを始める。





「……ふぅ、やっと終わった」

 最後の文字をキーボードで打ち終えた時、壁に掛かっている時計に目を向けると針は12時を指そうとしていた。集中してると時間が過ぎるのって早いな。そんな事を考えながら、俺は腕を伸ばして軽くストレッチをする。ふと、彼女の様子を見ると未だに本を読んでいた。と言っても、朝と同じ本では無く別の小説を読んでおり、読み終わったであろう本は傍に置かれている。そのため、この机には俺の書き終わった書類と彼女の読み終わった本が積まれていた。

 ……そんな余裕があるのなら少しはこっちの作業を手伝ってくれたらいいのに、なんて言葉が不意に出そうになったが反撃がダルいので脳の隅っこに追いやっておく。もう昼時という事もあり、その丁度空いた脳のスペースに「今日の昼食について」を捻じ込み、思案する事にした。

 いつも通り、近くの牛丼屋に行くか……いや、最近オープンしたラーメン屋も捨てがたい。あっ、そうだ。折角だから彼女も誘おう。いつもは誘っても間髪入れず断ってくるが、こういうイレギュラーな状況の時はもしかしたら誘ったら来てくれるかもしれない。なんて、淡い打算で動くから普段から断られているのかもしれないが、「思い立ったが吉日」ということわざもあるし早速……。

 そう思いながら、顔を上げると彼女もこちらを見ていたようでパチッとお互いの目が合った。というか、彼女に至っては俺が顔を上げるよりも前から俺の事をジッと見つめていたように感じる。

「……どうした?」
「いや、別に」

 お互いがお互いを黙って見つめるという変な空気が流れていたため、それを打破しようと口を開いたのだが、結果無下なく返されてしまった。取り敢えず、今は彼女に話し掛けられる雰囲気ではないため、一旦彼女を誘うのは諦め、俺は今日行く店を最終決定する。

 よしっ!やっぱり今日はいつも行く牛丼屋でいいかな。この間、新しい店行って失敗したばっかりだし安定の方を取ろう。そうと決まれば、早速向かう事にしよう。あの店、時間ミスるとマジで並ぶからな。それだけは勘弁だ。

 ついでにデザートとか付けるか、なんて財布の中身を思い出しながら席を立とうとした時、彼女は読んでいた小説をパタンと閉じ、俺を見つめながら口を開いた。

「……新見」
「ん、何?」

 先程までと何か違う空気を感じながらそう返す。だが、彼女はまたしても呼ぶだけ呼んで黙り込んでしまった。

「水瀬?」

 ……本当にどうしたんだ?体調でも悪いのか?
 彼女にそう問いかけようとした時、彼女は再び口を開いた。

「お前は昼食を食べに行くんだよな」
「えっ、あぁ……そうだけど」

 俺がそう言うと彼女は突然座っていた席から立ち上がり、一度この場から離れたかと思ったら紙袋を手にこちらに戻ってきた。そして、そのまま俺に近づいてきたかと思うと目の前で立ち止まり、紙袋の中から紫の布に包まれた箱状の物を取り出して机の上に置く。いきなりの行動に驚きながら俺はそれをおずおずと受け取った。

「……これは?」

 俺がそう問いかけると彼女は少し目線を逸らしながら口を開く。

「……弁当だ」
「えっ」

 彼女のその発言に驚いて手元の包みに目をやる。そして、思考回路が固まったままの俺はそのままの表情で「えっと……」と言いながらもう一度彼女に目を向ける。

「……お前が作ったのか?」

 俺がそう言うと彼女は相変わらず目を合わせないまま「あぁ」と短く答えた。

 ……まさか、あの水瀬が俺に弁当を作ってくるとは。今までにない程の驚きで脳内処理が追い付かない。普段なら悪態を付いてくる彼女が俺のために弁当まで作ってきてくれるなんて誰が思うだろうか。いや多分、今後二度と無い出来事だと断言できる程の出来事だろう。試しに自分の頬をつねってみても、目の前にある包みは消えない。

 恐る恐る「開けていいか?」と俺が問いかけるとようやく目をこちらに向けて小さく頷く彼女。耳がほんのりと赤くなっている彼女から、そんな許可を得た俺は手に持っていた包みを丁寧に開けていく。中には弁当箱が入っており、それをゆっくりと取り出すと少し大きめな二段重ねの弁当箱が現れた。蓋を開けると、中身は一段目に海苔が上に敷かれた白米が、二段目に数種類のおかずが入っているようで唐揚げや卵焼きなど自分が好きなのも入っていてとても美味しそうだった。

「これを……水瀬が?」

 俺がそう問うと彼女はまた小さく頷く。

「お前の好きな物が分からなくて取り敢えず自分が作れる物を詰めたんだ。……まぁ、要らなかったら捨てればいい」

 そうして、少し顔を俯かせる彼女。心無しか頬を少し赤らめている気もする。

「い、いや!要る!超要るよ!」

 俺が慌ててそう言うと彼女は「……そうか」と一瞬安心したような表情を浮かべた後、すぐに視線を下に向けた。そんないつもと違う様子の彼女に少しドギマギしながらも、俺は弁当に目を向けて彼女に話しかける。

「そっか。いやぁ……作ってきてくれるとはな……」

 そう呟くように言いながら再度顔を水瀬の方向に向けると何やら彼女の顔が明らかに赤く染まっていた。(おっと、これはマズい)と思った時にはすでに時遅し。彼女の羞恥心が爆発する。

「うぅ……もういいからサッサと食べてくれっ!」

 彼女のその大きな声にビクッとしながらも「わ、分かった」と素直に頷く。そして、俺は一緒に入っていた割り箸を使って早速弁当のおかずに箸を伸ばす。

 まずは大好きな唐揚げからいこうかな。少し冷めている唐揚げを口に入れると未だにジュワッとした肉汁が溢れ出る。噛むと程よい固さになった鶏肉の中からニンニクの香りと共に旨味たっぷりの肉汁が口の中に広がった。

「おぉ、めっちゃ美味うまい!」

 思わず、そう叫ぶと彼女はホッとしたように顔を綻ばせる。

「そうか……なら良かった」

 あっ、笑った。今日は珍しい表情ばかり見れて驚きの連続だ。そんな中で普段は見られない彼女の笑顔に俺はドキッとする。いや、普段のクールな彼女が微笑んだだけでも大分破壊力があるのだが、笑顔とのダブルパンチは流石にヤバい。普段からこんな風に笑ってくれればなぁ……いや、それは彼女に失礼か。俺としてはこっちの方が良いからな。そんな誰に意思表明しているのかも分からない事を考えながら俺は次に卵焼きを口に放り込んだ。すると、ふわふわとした食感と共に濃い目の味付けが口の中に広がっていく。

「これも滅茶苦茶美味うまいな!」

 弁当を口に運ぶ手と感想を言う口が止まらない俺を見て、彼女は嬉しそうに微笑みながら頷く。そんなこんなで、結局俺はあっという間に弁当を完食してしまった。

「ごちそうさん!いやぁ、美味おいしかったよ!」

 手を合わせながら、水瀬の方を向くと彼女は「あぁ」と言葉少ないが満足そうな表情を浮かべていた。

 ……いや、それにしても食べ終わってしまうのが惜しいぐらいの絶品だったな。まさか、彼女がここまで料理が上手いとは思ってもみなかった。これが毎日食べられたらどれだけ幸せだろうか。食後の血糖値の上昇で頭がポワポワしていた状態でそんな事を思ったからか、理性の関所を通らず、思ったままの言葉がそのまま口から出てしまう。

「なぁ、水瀬。この弁当美味うまかったからさ、また作ってくれないか?」

(しまった)と口を押さえた時には既に遅く、とっくに彼女の耳へ届いてしまったからか目を軽く見開く彼女。「また最初みたいな気まずい空気に逆戻りだ」と後悔しかける俺の耳にすかさず届いたのは彼女から意外な返しだった。

「……ふふっ、気が向いたらな」

 口調はどこかぶっきらぼうだが、彼女は最早上機嫌なのを隠さない。今日は本当に珍しいものが見れるな。そんならしくない様子の彼女にまたしてもドキッとしてしまう。
 ……ヤベェ、このままじゃ多分俺はダメだ。理性が保てなくなる。そんな危機感を抱いた俺は早急に撤退を図る事にした。

「そ、それじゃあな!弁当、ご馳走様!」

 空になった弁当箱を強引に彼女に押し付けた俺は、戸惑う彼女を背に当ても無く事務所を飛び出した。






 こんな感じでは余りにも情報過多で頭も心も一杯一杯になった2日目(実質初日)は過ぎていくのだった。


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