重いと自覚しただけに。

御厨カイト

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重いと自覚しただけに。

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かえでって重いよね」


 最初は友人のそんな何気ない一言からだった。
 その日は高校時代の友人と久しぶりに予定が合ったため、一緒に気になっていたカフェへ行き、ネットでバズっていたスイーツに舌鼓を打ちながら、会話を弾ませていた。
 最近あった事やハマっている事に始まり、そしていつの間にかお互いの彼氏の話(惚気)にシフトチェンジしていったのだが、私が自分の彼氏の話をし終わった後に友人が放った一言目がそれだったのだ。

 私は話すために食べる事を中断していたパンケーキを一切れ、口に運ぼうとした時にそう言われたものだから動揺のあまりパンケーキがフォークの先からポロッと落ちる。


「お、重い……?」


 衝撃的な一言によって頭の処理が間に合っていない私の問いに「うん」と頷く友人だったが、私がここまで動揺すると思っていなかったのか苦笑いしながら次の言葉を紡いだ。 


「まぁ、『重い』っていうのはちょっと言い方が悪いかもしれないけど……あっ、そうそう『愛情が深い』だね」


 正直、今言われても遅いレベルのフォローではあるのだが、このまま私がショックを受けすぎて、気まずい空気が流れてしまうのも私の本意ではない。
 何だったら、友人と久しぶりに会えているこの時間をこんな変な空気のまま終わらせたくはないのだ。
 なので――


「あー、なんだ愛情が深いって事ね。そっかそっか、それなら良い事だよね、うん。あっ、このパンケーキ美味しい!」

「……そうそう、愛情なんて深いに越したことは無いからね、うん。おっ、ホントだ。これ美味しいね!」


 私は精一杯の作り笑顔と共に、さも気にしてないという演技をしつつ、そのまま自分のパンケーキを食べることに集中する事にした。
 彼女もそんな私の意図を汲み取ってくれたのか、頑張って私のノリに合わせてくれる。
 改めて良い友人を持ったと思った(爆弾を投下してきたのも友人ではあるのだが)

 という感じで、その後は気まずい空気もなくなり、楽しく会話しながら私達は再びパンケーキを食べ切り、カフェを出た後はショッピングや映画を見たりして楽しい時間を過ごす事が出来た。
 だが、私の本心としてはやはり彼女に言われた『重い』という言葉がずっと引っかかっていたのだ。

 取り敢えず友人と駅前で別れた後、私は愛する彼氏がいる我が家へ帰ることにした。
「今日は高校の時の友達と遊んでくる」と言ったら私が気兼ねなく楽しめるようにと今日の家事を全部引き受けてくれた彼へのお土産も忘れない。
 彼の事を考えていると自然に速くなる足を何とか抑えながら、私はアパートの階段を上り、部屋のドアに手を伸ばす。

 ガチャっとドアの鍵を開け「ただいま」と言ったところで、玄関から居間へと繋がるドアから顔を出しながら彼が「おかえり」と声を掛けてくれた。
 さっきまでキッチンに居たのか彼はお気に入りである紺色のエプロンをつけている。
 彼と一緒に暮らすようになってから数ヶ月は経つのに未だに『おかえり』という言葉を聞いて無意識に顔を綻ばせながら、私も靴を脱ぎながら改めて「ただいま」と返事をした。
 そして、居間の方へ向かう。


「どうだった?今日は楽しかった?」

「うん、凄く楽しかったよ!行きたかった場所とかにも行けたし、話したかった話も色々出来たからね」


 キッチンでカチャカチャと洗い物をしている彼にそう答えると、彼は「それは良かった」と嬉しそうに微笑んだ。


れんこそ今日はありがとね。家の事、殆ど任せちゃって」

「これくらい全然何ともないよ。寧ろいつも家事をして貰ってる方だからこれくらいはやらないと」


 食器を洗い終わったのか捲っていた袖を元に戻しながらそう言う彼にもう一度「ありがと」と言った私は、持っていた物を片付けようと隣の部屋へ向かおうとする。
 すると――


「……何かあった?楓」


 隣の部屋のドアノブを握りしめた所で、彼がそう声を掛けてきた。
 その言葉に私は一瞬動揺するが、どうにか平静を保ちながら慌てて答える。


「えっ?いきなりどうしたの?」

「いや、なんかちょっと元気が無いような気がしたからさ。何かあったのかなと思って」

「あー、なるほどね。そういう事か。特にそんなことは無かったよ?」

「ホント?」

「うん、ホント」


 まだ心配そうな表情を浮かべている彼にそう返すと、彼はまだ少し納得していない顔で「ふ~ん、そっか」と呟いた。
 ……余りにも察知能力が高すぎてビックリした。全くそんな様子は出していなかったはずなのに。ていうか、まだ疑ってるし。
 一旦お茶を濁すためにも、私は買って来たお土産を話題に出す。


「ケーキ、お土産で買って来たから後で一緒に食べよ」

「おっ、いいね!」


 近くに居た彼に持っていたお土産を渡すと彼は嬉しそうに受け取り、冷蔵庫の方へと向かっていった。
 見た目こそ大人しそう彼だが、意外にも喜怒哀楽が表に出やすい。
 付き合いたての頃はビックリしたりもしていたが、今ではそのコロコロと変わる表情は私を癒してくれる一つの要因にもなっていた。

 取り敢えずの話題も出来たところで今度こそ自分の部屋へ入り、着ていた余所行きの服を脱ぎ、部屋着にパッと着替え、居間のソファにダイブする。
 そして、ずっと心の中にしこりとして残っていた友人の一言について調べる事にした。

 正直な話、彼女に言われた時点ですぐにでもスマホで調べたくはあったのだが、それだと「凄く気にしている」と思われそうでなんか嫌だったのだ。

 ソファに座り、スマホを開いた私は検索エンジンに[重い女 特徴]と打ち込み、「検索」を押す。
 すると、すぐにこの検索に引っかかったサイトがズラッと出てきた。
 意外と結構な量のサイトがあり、どれを見ればいいのかよく分からなかった私は取り敢えず一番上に出ていた「『重い女』のここがダメ!特徴7選」というリンクを踏む。

 こういうサイト特有の無駄に長い前書きは読み飛ばして「『重い女』の特徴とは?」という欄に目を通していく。
 そこには重い女の特徴と嫌われる理由について1個ずつ、つらつらと書いてあった。
 流石に全部当てはまる訳では無かったが、何個か自分に刺さるものがありダメージが積み重なっていく。

 特に――

 ・頻繁に連絡を取る
 ・どこで何をしているか知りたがる
 ・嫉妬深い

 という3点に関しては、自覚はあるし何なら直そうと考えていた部分でもある。
 だって、LINEの返信が遅いだけで文句言ったり、いちいち何をしていたか事細かに聞いたり他の女性と話しているだけで嫉妬したりするのなんて重たいと言われないはずがない。
 ……でも、寂しいし連絡が無いと不安になるし「彼を他の女性にとられたくない!」という恐怖心もあるしで中々直せずにいたのだ。

 そうか、なるほど。こういう気持ちが話の中で染み出していたから友人は私の事を「重い」って言ったんだろうな。
 こりゃ確かに重いよねー……自分でも分かってるんだけどなー。でも、そうやって分かってるのに気づいていないフリをしてきたツケが回ってきたのかも。

 そんな事を考えながらソファで「うーん……」と唸っていると、突然「どうしたの?」と後ろから私の肩に顔を乗せてきた彼が声を掛けてきた。
 私は驚きのあまり「わっ!?」と声を上げながらも、今自分が見ていた内容を見られないようにサッとスマホの電源を消す。
 だが、そんな行動がいけなかったのかさっきよりもより一層心配するような声色で彼は再度口を開いた。


「楓、今日やっぱり何かあったでしょ」

「えっ?そんな事ないよ……?」

「いやいや、だっていつもよりテンション低いじゃん」


 慌てて否定する私の言葉に被せるようにそう言う彼の言葉に図星を突かれた私は何も言い返せなくなる。
 そんな私を見かねたのか、彼はそのまま後ろから私を優しく抱きしめると諭すように私に話しかけてきた。


「何かあったのなら遠慮なく相談してほしいな。それとも……俺ってそんなに頼りないかな?」


 その言葉に咄嗟に否定しようとした私は彼の顔を見て、言葉を飲み込む。
 彼が悲しそうな顔でこちらを見ていたから。
 私が悩んでいる事で彼に余計な心配をかけたくないという気持ちと、正直に打ち明けた所で彼に失望されたくないという気持ちが私の中でぶつかり合い、数秒間静寂が訪れた後に私は意を決したように彼に問いかけた。


「……ねぇ、蓮。私って『重い』のかな」


 そう尋ねると、彼は一瞬キョトンとした顔になりながらも「うん?んー……」と声を零しながら私を抱きしめていた腕をゆっくりと離す。
「……やはり、彼にはもう見放されてしまっただろうか」なんて一人で落ち込んでいると彼はソファの裏から回って私の正面にやってきた。
 そして、いきなり私の足と腰に手を添えたかと思えばヒョイっと私の事をお姫様抱っこして持ち上げてしまう。


「えっ、れ、蓮?」と困惑しながら尋ねる私に花が咲いたような綺麗な笑みを浮かべながら彼はこう言った。



「全然重くないよ、お姫様」



 まるで私の悩みを全て見透かしているような、そしてそれらを「愛」で掻っ攫っていくような彼の行動に思わず私の顔はトマトのように真っ赤になってしまう。
 好きだ。大好きだ。「愛が重い」と言われても我慢できないくらいに彼の事が好きなのだ。

 この溢れんばかりの想いや顔の火照りを隠すために顔を横に向けると、彼は私が怒っていると勘違いしたのか私の事を下ろそうとしてきたのでそこは「……もう少しだけこのままでいたい」と零す。


 すると、彼は「ふふっ」と軽く嬉しそうに笑いながら「仰せのままに」と答えた。




 あぁ、こんな幸せな時間がずっと続きますように。
 彼の温もりの中で私はそうひたすらに祈るのであった。






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