PLAY LIFE -無責任な俺の異世界進化論-

有河弐電

文字の大きさ
上 下
29 / 51

巡る生と死

しおりを挟む
 ──音がまず聞こえた。


 大きな水滴が水面を打つような音だ。


 俺とスライムの手に、しずくが落ちた。



 そこから波紋が広がり、それに押し出されるように見慣れた部屋の風景が薄れ、瞬きもしていないのに情景が変わった。


 俺は浅い水の上に横たわっていた。


 痛みが消えていることに気づき、起き上がる。ベッドはおろか、手に触れていたスライムも、側に立っていたイヴもいない。

 見渡す限り霧深い水面しか見えない。水深はくるぶしに届く程度でとても浅い。

 俺の微弱な動きにも波紋を返す水面は、はるか遠くまで続いていた。


 女神と出会った、あの場所に少し似ているが、霧と共に俺の鼻腔に届く濃い水と土の匂いは、あそことは違った。

 そして俺の足は水面下の大地を踏んでいる。

 一歩踏み出すと水の抵抗が思ったより大きい。ポタージュとかシチューくらいの濃密さを感じさせた。

 足の下の感触は滑らかに心地よい冷たさで、自然のものというより人造のプールを思わせる。

「俺に何をした」

 この場所は、スライムが俺に何かしたせいだっていうのは分かる。


 でも、問いかけに応えはなかった。

 更に数歩進むと霧の中から島が現れた。

 島と呼ぶのも大げさに聞こえるほど、こじんまりとした丸い丘だ。多分十畳もないだろう。

 深い考えもなく、その島にあがろうとして、ふと気づく。
 

 島に点々と小さな緑が芽吹いていた。


 普段ならなら気にせず、踏み潰していた程度の草の芽だ。

 でも、この水に覆われた場所に、唯一植物が芽吹ける場所である、この島にあるそれは、そこにしか生きられない希少性を感じさせた。


 だから俺は上げた足を、そのまま水へ戻した。


 その芽は、見る間に変化した。

 定点カメラの高速再生のように、みるみる育ち島全体が緑に包まれた。

 そして花が咲き、どこからか現れた虫が花々の間を飛び回る。

 ひときわ大きな芽が噴き出したと思ったら、小ぶりな木になった。

 枝葉の隙間に、叢の合間に、小動物が見え隠れしてる。ネズミのようなやつや、トカゲのようなやつ。

 それぞれが自らより弱い生物を食い、彼らもまた早回しのように生き、そして死んでいった。


 その亡骸に白い膜のようなものが網目に走る。ぐずぐずと皮の内側が盛り上がり、ガスが抜けたように萎み、奇妙なキノコが生え、腐り落ちていった。

 腐敗した体液なのか、粘液がその表皮にうごめいたかと思うと、白い骨が剥きだしになり、その骨すらも砕けて土と混ざった。


 その土にまた緑が芽吹き……それを繰り返し繰り返し……。


 望まれずとも祝われずとも命は生まれ、他者を貪る。
 惜しまれずとも弔われずとも死は訪れ、他者の腹を満たす。


 死は悲劇でもなんでもなく、悠久に続く鎖の一輪。


 一つの命だけに集中していると見えない、大いなる螺旋。


「分かったよ。お前が言いたいことは」

 俺は小さく、そうつぶやいた。






-----------------------------------------------------------






 いつの間にか部屋で一人、ベッドに横たわっていた。

 最初に目覚めた時、外はまだ明るかったが空の色を見るに、もう日暮れが近い。

 スライムに握られていた手を見おろす。

 あの島の情景は、夢だったのかスライムに見せられた幻想だったのか、分からない。

 ベッドから起き上がろうとして、体中に走っていた痛みが既に無いことに気づく。巻かれていた包帯の下を覗くと、傷はきれいに塞がっている。

 でも傷跡は残りそうだ。

 肩から反対の腰に掛けて、まるで袈裟懸けの刃を食らったように傷が走ってる。


 気持ちの方はというと、ずいぶん落ち着いていた。見せられた夢のせいだけじゃない。単純に頭が冷えたんだ。

 リマを殺したのは、あのスライムじゃない、それは事実だろう。

 スライムは地中の菌や微生物のようなものだとしたら、有機物質──人間の死体──を分解するのは、当たり前のことだ。


 獣にあれ以上、食い荒らされないように埋葬したリマは、地中で静かに彼らの糧となった。


 人間の言葉に置き換えると「死体を食う」となる。

 言葉の印象が違うだけで、彼らが行う行動は当たり前の生物活動だ。


 全てを納得したわけじゃない。当たり前であっても、人間の死体を食う行為に嫌悪感を消しきれない。

 理解しても心が追い付かないってやつだ。


 でも俺の怒りが、どうしようもないエゴだったと自覚する程度には頭が冷えた。


 落ち着いた頭で思い返すと、引っかかる部分がある。"とんだ弱者"だの"力を返せ"だの、俺が浴びた罵詈雑言だ。

 あれはどういう意味だったんだ?

 契約っていうのは、あのスライムが俺の配下になることじゃなかったのか?なんで俺に攻撃してきた?


 ドアの向こうから話声が聞こえる。

 イヴは最初から、あのスライム幼女に対して敵対的ではなかった。

 きっと今も普通に会話しているんだろう。

 俺もあいつに聞きたいことが沢山ある。


 ……ちゃんと話してみよう。


 俺は意を決してドアを開けた。

「……は?」

 俺の目に入ったのは、予想していたものじゃなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...