PLAY LIFE -無責任な俺の異世界進化論-

有河弐電

文字の大きさ
上 下
9 / 51

命と引き換えの水

しおりを挟む
 予定通り次の日、俺とイヴは出かける準備をしてた。

 作ってもらったシャツとズボン、革製のショートブーツを着せてもらった。

 彼女は裁縫技術のみならず靴まで作れるらしい。

 表面は皮だけど裏面には柔らかくて厚手の布が張られてて、靴底には多分木製の板が仕込んであるっぽくて、とても歩きやすい。

 大事に使わせてもらおう。

 もともと身に着けてた靴や服も、ボロボロだったのを修復してくれたらしい。

 俺は居候の身ながら、結構な衣装持ちになってるようだ。

「どれくらい距離があるの?」

「果実の生る所は、あの先の川の岸です」

「ああ、風向きによって水音が聞こえることあるよね。川だったのか。そう遠くなさそう。果物は荷物になるから帰りに行く方がいいのかな」

「アベルを見つけた場所は、それより少し右の方向です。明日には着くと思います」

「ええっ!?そんな遠いの?」

「遠いですか?」

 距離感バグってるよイヴ。そんなに遠いとは予想外だった。

「すごい遠いよそれ!野宿するの?」

「はい」

「だって獣がいるよね?」

「分かりません」

 あの獣は5歳児の俺は当然として、イヴよりもはるかに大きかった。

 あの牙と目を思い出すと今でも身震いする。イヴを危険にさらしたくない。

 この安全な小屋にもっと近い場所だと思ってたんだ。

 そんなに遠いならすぐ避難も出来ない。

「……危ない場所に君を案内させるわけにはいかないよ」

「大丈夫です」

「……武器とかは、必要じゃない?」

「アベルは武器を扱えるんですか?」

「…扱ったことはないけど」

 魔法がある世界ってことは、剣とかがあると思う。

 勿論扱ったことはない。

 こちとら現代の日本で生きてた、普通のおっさんだし。

「でも丸腰はちょっと不安だよ」

「行くのをやめますか?」

 イヴ的には、行かないか、丸腰で行くか、の二択らしい。

「……いや、行きたい」

 どうしても行きたいから、そう答えるしかない。

 イヴの言葉を信じるしかない。


 最後におそろいの外套──俺のも作ってくれたらしい──を羽織って、俺たちは森へ入った。

 踏み込んでから、獣とは違う理由でこの森の厳しさを知った。

 地面が平らじゃない。

 あちこちに風雨によって地表にせり出した岩や木の根があって、でこぼこだ。まさに原生林。

 そのどれもが巨大で、森の散策というよりロッククライミングだ。

 手と足を最大限に使って昇ったり降りたりを繰り返す。

 しばらく雨は降っていないはずだけど、どこもかしこも水気を多く含んで滑るし、木々の枝葉に遮られて日が差さない。


 小屋が見えなくなるころには、俺は肩で息をしてる有様だった。


「こ、こういう時こそ…魔法を使うべきなんじゃ…ないの…」

 息切れの合間に、そう言うのがやっとだ。

「子供にみだりに魔法を使わせるのは、肉体の育成に良くないそうです」

 なにそれ…。

 ビデオゲームばっかやって外で遊ばない子供は不健康みたいな理屈…。

 子供時代は、もう経験済みだから復習はいらないよ。


 五歳児の体が憎いッ…!歩幅が!

 本当は、五歳児を言い訳に出来ないのは分かってる。

 阿部陽一35歳だったとしても、同じように疲弊したと思う。

 むしろ5歳児の今は、イヴが手を引いたり押し上げたりしてくれてる分、まだ楽してる。

「運びますか?」

「…いや、大丈夫…」

 抱っこかおんぶで運ばれたら、俺のプライドがズタズタになる。

 そう思って断ったけど、すぐ後悔することになる。

 そこからはもう喋る元気もなくて、黙々とイヴに助けられながら進んだ。

 彼女はロングスカートなのに身軽に、岩から岩、木の根から根へひょいひょいと進む。

 自分は魔法使ってない?

 原住民だから道に慣れてるってのもあるんだろうけど、ずるいよ。

「ああーもうだめだ」

 俺はどさりと腰を下ろしてしまう。

 俺がが寝そべっても余りあるほどでかい根っこの上だ。

「ハードすぎる…。こんなじめじめしてるのに、喉もカラカラだ」

「どうぞ」

 イヴが変なものを差し出してきた。

 紐がらせん状に巻かれた透明な筒みたいなやつ。

「なにこれ?」

「お茶を持ってきました」

 受け取ってよく見てみると、上の方の紐が少しほつれて、そこから中身を飲めた。

「ぷはー、うまい」

 俺が飲むと、紐の形状が少し変わって高さが減った。

「これも魔法?」

「魔力を通した紐です」

「いつも腰から下げてた紐だよね?へぇ」

 ただの飾りだと思ってた。

 紐と紐の間には何もないみたいだけど、中の液体には触れない。水を紐だけで留めてる。

 内容量によって形状が変化して、少なくなるとよりコンパクトになるっぽい。

 中身がなくなったらただの紐に戻るのか。

 これすごいなぁ。容器っていう概念を覆すものだよ。

「でもお茶を運ぶより、水鏡みたいに現地で水を魔法で作り出す方がいいんじゃないの?」

 俺の悪い癖だ。より効率を求めて、プロフェッショナルに意見してしまう。

「魔法の水は飲むのに向きません」

「飲めないの?」

「いいえ。純粋すぎて美味しくないだけです」

「ははっ。なるほどね」

 地球でも同じだ。精製した水は不味い。

 水を飲んで美味いって感じるのは、ミネラルだの不純物だのの味だ。

 山の水がうまいのもそのせい。

「魔法ってすごい便利なのに、イヴはあまり使わないんだね」

「分かりません」

「必要に応じてなら使うって感じ?この暑さどうにかならない?」

 小屋を出る時は、なんとものどかな陽気だったのに、激しい運動してると暑くて仕方ない。

 そのうえ湿度が高くて汗が蒸発しないから、熱が籠りまくる。


 イヴが静かに手を横に差し伸べる。

 光が現れると同時に、その手から水がばしゃばしゃと流れ落ちた。

「これが水を生み出す魔法?」

「この水は、周囲から集めたものです」

「へぇ便利だなぁ」

 俺はその小さな滝から水を掬い、頭や首にぱしゃぱしゃかけてしばらく楽しんだ。

 ちょっと口に入ったけど、やっぱり美味しくない。

「かなり涼しくなった」

 イヴが、すっと手を下ろす。

 手から流れ落ちていた小さな滝も同時に止まる。下には小さな水たまりが出来てた。

「今この森で、沢山の命が消えました」

「はい?」

「周囲の小さな者たちが、私の魔法によって水を奪われ死にました」

「小さな者…?」

 周囲を見回すけど、生き物の気配のないさっきまでと同じ薄暗い森の中だ。

 小さなってことは小動物とかか?

「水滴の中に住まう者、木々の合間でしずくを吸う者、この森には数多の命があります」

「あー…微生物とか?」

「はい」

 "微生物"って言葉が通じるかは謎だったけど、通じたようだ。

「殺すのが可哀想だから、あんまり魔法使いたくないってこと?」

 微生物の存在を気にするって、俺にとっては変な感じだ。

 むしろ日本では雑菌微生物殺す為に躍起になってた節がある。

「いいえ」

 え?じゃあ今の話はなんだったの?

 命を奪っちゃうからみだりに魔法は使わないよーって話じゃなかったの?

「水鏡の水は消えたよね?あれは周りに水を戻したってこと?」

「水鏡を構成する水は、私の体内から取り出したものなので戻しました」

 少量なら自分の水分使えるんだな。

「もう歩けますか?」

「え、あ、うん。進もうか」

 イヴ的にはもう話は終わったらしい。

 俺はイヴの意図がさっぱりだ。



 もうちょっと詳しく話を聞こうと思ったけど、進み始めたらまたロッククライミングなわけで、喋りながら進むとか不可能なわけで、俺は息を切らしてイヴを追いかけるので精いっぱいだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...