PLAY LIFE -無責任な俺の異世界進化論-

有河弐電

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最初の女

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 生首は音もなく近づいてきて……窓からの光がその姿を照らした。

「まだ起き上がらない方がいいです」

 生首が喋った。穏やかで冷静な声だ。

 恐怖にすくんだ俺の耳が、その言葉を理解するまでちょっと時間が掛かった。

 理解すると同時に、その声の主が生首じゃないことに気付いた。

 女性だ。ベッドのすぐ側に立って俺を見おろしてる。

 真っ黒な髪に真っ黒な服を着ているせいで、輪郭が闇にぼやけてるけど、ちゃんと体がある。

 その女性が手をかざすと、サイドテーブルの上に置かれてたランタンに灯がともる。

 強い光じゃないけど、暗さに慣れてた目には充分だった。


 その灯りに照らされた声の主を、改めて見る。

 なんて綺麗な女性だ。

 あの女神もきれいだと思ったけど、この女性は印象が違う。

 女神はギリシャ彫刻のような彫りの深いヨーロッパ的な美人だとして、この女性は国籍が分からない。


 ランタンから俺に移されたその瞳は、それ自体が光を放っているかのように輝く薄い水色だった。

 十代に見えるけど、落ち着いた声と所作で二十代にも思える。

「……」

 彼女は最初の言葉以外、何も発しなかった。ただ俺をじっと見てる。

「…君が助けてくれたの?」

 しばらく見とれてしまっていたけど、彼女は俺の言葉を待ってるのだと察して、問いかける。

「ここへ運びました」

 肯定と取れる返事。でも曖昧だ。

 まさかこの子も"女神です"とか言い始めないだろうな。そういうのはもういらない。

「…ありがとう」

「はい」

「……もう一人いたよね?あの小さい女の子……」

 この場所のこととか、彼女自身のこととか、聞きたいことは沢山あるけど、なにより気がかりだったあの幼女のことが口を出た。

「あの子は既に死んでいました」

 淡々と告げられる事実に、目をぎゅっと瞑ってしまう。

 でも俺だって既に分かっていたことだ。

「……うん」

 あの恐ろしいシーンが頭を巡る。

 生々しく匂いと音まで蘇る。無意識にシーツを握りしめていた俺の手が目に入る。

「?」

 なんだか俺の手じゃないみたいだ。

 小さい?

 ためすつがめつする。俺の手と思えないほど小さい。まるで子供の手だ。

 痛みをこらえて手以外の場所も確認する。そして顔に手を触れた。

 それに声にも違和感がある。

 喉を傷つけたのか声が微妙に出しづらい。

 そのせいと思ってたけど声も普段の俺の声じゃない。まるで子供のような……。

「……俺いくつに見える?」

 30超えた辺りからナイトクラブでよく口にしたアホな質問だ。

 状況にそぐわないと分かってるけど、この違和感を他人にジャッジして欲しい。

「わかりません」

 なんの興味も無いかのように一言で返される。

 いやもっとこうあるだろう。10代っぽいとか30代っぽいとかそういうのだけでも。

「鏡あるかな?」

 それ以上何も情報をくれなそうだから、自分で確認する方が早い。

 俺の言葉を受けて、彼女は手を差し出すと、その手の上に光る欠片のようなものが現れる。

 細く長い指がそれに触れると水が舞い上がって楕円を描いた。

「は!?な、なに!?」

 突然の物理法則放棄な手品に、狭いベッドの上で後ずさる。

「水鏡です」

「いやっそうじゃなく、なにが起き…」

 その"水鏡"とやらに映っているものに目を奪われる。

 そこには、金髪の子供が映ってた。

 手を振るとその子供も手を振る。頬に擦り傷がある。

 俺は自分の頬に手を触れる。子供も全く同じ動きをする。

 そしてざらりとした擦り傷の感触が手に伝わる。

「これ俺か!?」

「はい」

 いくつくらいだ?

 就学してる年には見えない。5~6歳だろうか?

 なんで今まで気づかなかった?

 青く影を落とす金髪に紫っぽい色の目。

 今俺がしてるんだろう呆けた表情をしてても、擦り傷だらけでも、びっくりするほど整った顔をしている。

 確実に俺の幼少時代の顔じゃない。

 女神が言っていたことを思い出す。


──新しい人生──幼い体に生まれ変わる──魔法のある世界──


 この姿が、俺の第二の人生の体だってことか?

 俺はこの子供の体を乗っ取ったのか?

 この子の元の人格や精神はどこへ行った?

 そして、魔法……。"水鏡"をよく見ても、種も仕掛けも分からない。

 独立して空中に浮かんでいる。

 そしてその反射精度は水より遥かに高い。光を透過せず完全に反射していて向こう側が見えない。どうなってんだ?

 色々考えながら観察している間、黒髪の女性はずっと手を掲げて水鏡を差し出していてくれてることに気付く。

「ごめん、もういいよ」

「はい」

 そう言うと、彼女はすっと手を下げた。

 それと同時に水鏡も消える。水どこいった?

「それで……えっと、君は魔法使い?」

「いいえ」

「えっ?今使ったの魔法じゃないの?」

「魔法は誰でも使います」

「そうなんだ……」

 魔法が当たり前の世界……。

 誰でも使うから、職業や個人の趣旨としての"魔法使い"っていう存在はいないのかな?

 そりゃ俺も科学が溢れてる世界で生きてたけど、使うからって科学者とは名乗らない。

 科学者的な位置で魔法使いは存在するのかもしれない。

 でもそれを今聞くのはやめておこう。

 この世界での当たり前を知らないってことは、俺がどこから来たか説明しなきゃいけなくなる。


 そしてこの女性もよく分からない。

 質問には答えるけど口数が異様に少ない気がする。表情はずっと無で何も読み取れない。

 現実離れした美貌もあいまって、人形みたいだ。

「君の名前聞いてもいい?」

「イヴです」
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