PLAY LIFE -無責任な俺の異世界進化論-

有河弐電

文字の大きさ
上 下
5 / 51

最初の女

しおりを挟む
 生首は音もなく近づいてきて……窓からの光がその姿を照らした。

「まだ起き上がらない方がいいです」

 生首が喋った。穏やかで冷静な声だ。

 恐怖にすくんだ俺の耳が、その言葉を理解するまでちょっと時間が掛かった。

 理解すると同時に、その声の主が生首じゃないことに気付いた。

 女性だ。ベッドのすぐ側に立って俺を見おろしてる。

 真っ黒な髪に真っ黒な服を着ているせいで、輪郭が闇にぼやけてるけど、ちゃんと体がある。

 その女性が手をかざすと、サイドテーブルの上に置かれてたランタンに灯がともる。

 強い光じゃないけど、暗さに慣れてた目には充分だった。


 その灯りに照らされた声の主を、改めて見る。

 なんて綺麗な女性だ。

 あの女神もきれいだと思ったけど、この女性は印象が違う。

 女神はギリシャ彫刻のような彫りの深いヨーロッパ的な美人だとして、この女性は国籍が分からない。


 ランタンから俺に移されたその瞳は、それ自体が光を放っているかのように輝く薄い水色だった。

 十代に見えるけど、落ち着いた声と所作で二十代にも思える。

「……」

 彼女は最初の言葉以外、何も発しなかった。ただ俺をじっと見てる。

「…君が助けてくれたの?」

 しばらく見とれてしまっていたけど、彼女は俺の言葉を待ってるのだと察して、問いかける。

「ここへ運びました」

 肯定と取れる返事。でも曖昧だ。

 まさかこの子も"女神です"とか言い始めないだろうな。そういうのはもういらない。

「…ありがとう」

「はい」

「……もう一人いたよね?あの小さい女の子……」

 この場所のこととか、彼女自身のこととか、聞きたいことは沢山あるけど、なにより気がかりだったあの幼女のことが口を出た。

「あの子は既に死んでいました」

 淡々と告げられる事実に、目をぎゅっと瞑ってしまう。

 でも俺だって既に分かっていたことだ。

「……うん」

 あの恐ろしいシーンが頭を巡る。

 生々しく匂いと音まで蘇る。無意識にシーツを握りしめていた俺の手が目に入る。

「?」

 なんだか俺の手じゃないみたいだ。

 小さい?

 ためすつがめつする。俺の手と思えないほど小さい。まるで子供の手だ。

 痛みをこらえて手以外の場所も確認する。そして顔に手を触れた。

 それに声にも違和感がある。

 喉を傷つけたのか声が微妙に出しづらい。

 そのせいと思ってたけど声も普段の俺の声じゃない。まるで子供のような……。

「……俺いくつに見える?」

 30超えた辺りからナイトクラブでよく口にしたアホな質問だ。

 状況にそぐわないと分かってるけど、この違和感を他人にジャッジして欲しい。

「わかりません」

 なんの興味も無いかのように一言で返される。

 いやもっとこうあるだろう。10代っぽいとか30代っぽいとかそういうのだけでも。

「鏡あるかな?」

 それ以上何も情報をくれなそうだから、自分で確認する方が早い。

 俺の言葉を受けて、彼女は手を差し出すと、その手の上に光る欠片のようなものが現れる。

 細く長い指がそれに触れると水が舞い上がって楕円を描いた。

「は!?な、なに!?」

 突然の物理法則放棄な手品に、狭いベッドの上で後ずさる。

「水鏡です」

「いやっそうじゃなく、なにが起き…」

 その"水鏡"とやらに映っているものに目を奪われる。

 そこには、金髪の子供が映ってた。

 手を振るとその子供も手を振る。頬に擦り傷がある。

 俺は自分の頬に手を触れる。子供も全く同じ動きをする。

 そしてざらりとした擦り傷の感触が手に伝わる。

「これ俺か!?」

「はい」

 いくつくらいだ?

 就学してる年には見えない。5~6歳だろうか?

 なんで今まで気づかなかった?

 青く影を落とす金髪に紫っぽい色の目。

 今俺がしてるんだろう呆けた表情をしてても、擦り傷だらけでも、びっくりするほど整った顔をしている。

 確実に俺の幼少時代の顔じゃない。

 女神が言っていたことを思い出す。


──新しい人生──幼い体に生まれ変わる──魔法のある世界──


 この姿が、俺の第二の人生の体だってことか?

 俺はこの子供の体を乗っ取ったのか?

 この子の元の人格や精神はどこへ行った?

 そして、魔法……。"水鏡"をよく見ても、種も仕掛けも分からない。

 独立して空中に浮かんでいる。

 そしてその反射精度は水より遥かに高い。光を透過せず完全に反射していて向こう側が見えない。どうなってんだ?

 色々考えながら観察している間、黒髪の女性はずっと手を掲げて水鏡を差し出していてくれてることに気付く。

「ごめん、もういいよ」

「はい」

 そう言うと、彼女はすっと手を下げた。

 それと同時に水鏡も消える。水どこいった?

「それで……えっと、君は魔法使い?」

「いいえ」

「えっ?今使ったの魔法じゃないの?」

「魔法は誰でも使います」

「そうなんだ……」

 魔法が当たり前の世界……。

 誰でも使うから、職業や個人の趣旨としての"魔法使い"っていう存在はいないのかな?

 そりゃ俺も科学が溢れてる世界で生きてたけど、使うからって科学者とは名乗らない。

 科学者的な位置で魔法使いは存在するのかもしれない。

 でもそれを今聞くのはやめておこう。

 この世界での当たり前を知らないってことは、俺がどこから来たか説明しなきゃいけなくなる。


 そしてこの女性もよく分からない。

 質問には答えるけど口数が異様に少ない気がする。表情はずっと無で何も読み取れない。

 現実離れした美貌もあいまって、人形みたいだ。

「君の名前聞いてもいい?」

「イヴです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...