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第5話
演劇部 佐原春乃の憂鬱 ③
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黄色ハチマキは、水鉄砲の銃口を私の顔に向けている。
あの引き鉄を引かれたら最後、生気を失い、「貝になりたい…」とただつぶやくだけの「廃人」になってしまう。
だが、緑ハチマキに腕を捕まれ、身動きのとれない今、私になす術はない。
唯一の頼みの綱は早見くんだが、おそらく今絶賛ウ……お手洗い中だし、仮にすっきりしていたとしても、彼のいる女子トイレとここは教室3,4個ぶん離れている。どう考えても間に合わない。
くそ……ダメか……。
ポキリ、と何かが心の中で折れた音がした。今日の朝からの記憶が、まるで走馬灯のように脳裏にフラッシュバックする。
寝坊して、遅刻。
学校に着いたら全生徒が廃人。
グラサン男に追いかけまわされ、校内中を逃げ回り。
なんとか難を逃れて、早見くんと合流し、女子トイレに身を隠し。
様子を見にうろうろしてたら捕まり……イマココ。
だがまあ、何というか、頑張ったほうなのではないか、私は。
何度か死線を切り抜けたし、あんなに走ったのも久しぶりだし。
そもそも、たまたま遅刻してから生き残ってただけなわけで、それだけで全校生徒のために、明日の文化祭のためにと、私が頑張る義理なんて、ないのだ。
ここで諦めたら、演劇部の最後の公演ができなくなる?
それは……それは、残念だけれど、しょうがない。
どうせ、できたところで……公演できたところで、
西田の言う通り、たかが知れてる。まばらな観客の前で微妙な後味になるのがオチなのだ。
ごめん、早見くん、あたしここでKOみたいだ。
さようなら、高校生活最後の文化祭、さようなら、演劇部最後の公演。
目の前の黄色ハチマキが引き鉄へとかかる。
私は、ぎゅっと目をつぶる。
ベコッ。
……………ベコッ?
何かが、何かに当たってつぶれるような、嫌な音がした。
パチリ、と目を開く。水鉄砲で撃たれた感触もなく、やる気を失ってもいない。正常な私だった。
その代わり……というのも変だが、ほんの数秒前まで私に水鉄砲を向けていた黄色ハチマキが、地面に膝をつき、痛みに悶えるような顔をして、両手で後頭部を痛そうに抑えている。
“何か”が、当たったのだ。ヤツの頭に。
「いってぇな!!クッソ、何なんだ一体……あぁ!?何だコリャ!!」
その“何か”は、急な不意打ちで冷静さを欠いている黄色ハチマキのすぐ後ろに、半分グシャ、とつぶれた状態で、コロ、と転がっていた。
リンゴだった。
あ……と、私は、さっき覗いた教室で見かけた「りんご飴 スティーブ・〇ブズ」の看板と、段ボール箱に入ったたくさんのリンゴを思い出した。
つまり、誰かがあのリンゴを投げて、黄色ハチマキの後頭部にヒットさせたのだ。
とはいえ、あの2年5組の教室からここまでゆうに30mはあるはずだけど……
と、私も、不意打ちを食らった黄色ハチマキも、私を抑えている緑ハチマキも揃って、リンゴが飛んできた方向にバッと目を向ける。
「……ん?」
「……あ?」
「……は?」
3人が、揃って締まりのない声を漏らした。
視線の先、まさに30mほど離れた、身を隠していた女子トイレ辺りのところに立っていたのは、人間ではなく、段ボールだった。
いや、正確には、「全身に段ボールをまとった、人間」だった。
頭には、箱形の段ボールを逆さに被り、目のところだけ穴が開いている。胴も、腕も、足も、ガムテープで固定した段ボールで覆われている。角ばったシルエットは、旧式のロボットのようだった。ポンコツの。
「佐原さぁーーーん、無事かぁーーー!!?」
段ボール人間が、こっちに向けて声を張り上げる。
聞き覚えのある声。十中八九、早見くんだった。
ああ、そういえばあの人、朝会ったときいっぱいの段ボール背負ってたっけ、と思い出す。
いや、だとしても、ちょっと目を離した隙にそれを体に身に着ける意味は毛ほども分からないんだけど……。武装、のつもりなのだろうか……?
早見くんって、思ってたよりずっと、頭がアレな人なのかもしれない……、と私は天を仰いだ。
あの引き鉄を引かれたら最後、生気を失い、「貝になりたい…」とただつぶやくだけの「廃人」になってしまう。
だが、緑ハチマキに腕を捕まれ、身動きのとれない今、私になす術はない。
唯一の頼みの綱は早見くんだが、おそらく今絶賛ウ……お手洗い中だし、仮にすっきりしていたとしても、彼のいる女子トイレとここは教室3,4個ぶん離れている。どう考えても間に合わない。
くそ……ダメか……。
ポキリ、と何かが心の中で折れた音がした。今日の朝からの記憶が、まるで走馬灯のように脳裏にフラッシュバックする。
寝坊して、遅刻。
学校に着いたら全生徒が廃人。
グラサン男に追いかけまわされ、校内中を逃げ回り。
なんとか難を逃れて、早見くんと合流し、女子トイレに身を隠し。
様子を見にうろうろしてたら捕まり……イマココ。
だがまあ、何というか、頑張ったほうなのではないか、私は。
何度か死線を切り抜けたし、あんなに走ったのも久しぶりだし。
そもそも、たまたま遅刻してから生き残ってただけなわけで、それだけで全校生徒のために、明日の文化祭のためにと、私が頑張る義理なんて、ないのだ。
ここで諦めたら、演劇部の最後の公演ができなくなる?
それは……それは、残念だけれど、しょうがない。
どうせ、できたところで……公演できたところで、
西田の言う通り、たかが知れてる。まばらな観客の前で微妙な後味になるのがオチなのだ。
ごめん、早見くん、あたしここでKOみたいだ。
さようなら、高校生活最後の文化祭、さようなら、演劇部最後の公演。
目の前の黄色ハチマキが引き鉄へとかかる。
私は、ぎゅっと目をつぶる。
ベコッ。
……………ベコッ?
何かが、何かに当たってつぶれるような、嫌な音がした。
パチリ、と目を開く。水鉄砲で撃たれた感触もなく、やる気を失ってもいない。正常な私だった。
その代わり……というのも変だが、ほんの数秒前まで私に水鉄砲を向けていた黄色ハチマキが、地面に膝をつき、痛みに悶えるような顔をして、両手で後頭部を痛そうに抑えている。
“何か”が、当たったのだ。ヤツの頭に。
「いってぇな!!クッソ、何なんだ一体……あぁ!?何だコリャ!!」
その“何か”は、急な不意打ちで冷静さを欠いている黄色ハチマキのすぐ後ろに、半分グシャ、とつぶれた状態で、コロ、と転がっていた。
リンゴだった。
あ……と、私は、さっき覗いた教室で見かけた「りんご飴 スティーブ・〇ブズ」の看板と、段ボール箱に入ったたくさんのリンゴを思い出した。
つまり、誰かがあのリンゴを投げて、黄色ハチマキの後頭部にヒットさせたのだ。
とはいえ、あの2年5組の教室からここまでゆうに30mはあるはずだけど……
と、私も、不意打ちを食らった黄色ハチマキも、私を抑えている緑ハチマキも揃って、リンゴが飛んできた方向にバッと目を向ける。
「……ん?」
「……あ?」
「……は?」
3人が、揃って締まりのない声を漏らした。
視線の先、まさに30mほど離れた、身を隠していた女子トイレ辺りのところに立っていたのは、人間ではなく、段ボールだった。
いや、正確には、「全身に段ボールをまとった、人間」だった。
頭には、箱形の段ボールを逆さに被り、目のところだけ穴が開いている。胴も、腕も、足も、ガムテープで固定した段ボールで覆われている。角ばったシルエットは、旧式のロボットのようだった。ポンコツの。
「佐原さぁーーーん、無事かぁーーー!!?」
段ボール人間が、こっちに向けて声を張り上げる。
聞き覚えのある声。十中八九、早見くんだった。
ああ、そういえばあの人、朝会ったときいっぱいの段ボール背負ってたっけ、と思い出す。
いや、だとしても、ちょっと目を離した隙にそれを体に身に着ける意味は毛ほども分からないんだけど……。武装、のつもりなのだろうか……?
早見くんって、思ってたよりずっと、頭がアレな人なのかもしれない……、と私は天を仰いだ。
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