ちょいと超能力

右京之介

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     「ちょいと超能力」
     
                               右京之介

 ボクは好運神社の賽銭箱に、今後もご縁がありますようにと五円玉を入れると、手を合わせて、願いがかなったことへのお礼を、小さな声でモゴモゴと述べた。
 タウン誌に載っていた懸賞で、牛丼のタダ券が三枚も当たったのである。
 応募してすぐに、当たりますようにと祈願に来て、本当に当たったものだからビックリした。
 ボクはよくこの神社にお参りに来る。ただ、家の近所にあるというだけの理由なんだけど。
 でも、このボクの信心深さと反比例して、良いことは何一つ起こらない。牛丼のタダ券が三枚当たったというだけでも、奇跡なのだ。そして、そんな奇跡がまた起きますようにと、お賽銭まであげて、お願いをしたわけである。 
 
 わずか五円のお賽銭にもかかわらず、しつこいくらいにお祈りをしたボクは、家に帰ろうと長い石段を下り始めた。そして、タダ券三枚の当選に浮かれていたボクは、上から四段目あたりで足を踏み外した。
 気が付くと斜めになって伸びていた。映画のように上から下までゴロゴロ転がり落ちたわけではなく、ただ、二、三段ずり落ちて、頭を打っただけのようだ。時計を見ると、失神していた時間は三分ほどだった。
 幸いなことに誰にも見られてないようで、ボクは何事もなかったように立ち上がり、頭の小さなタンコブをさすりながら、石段を下り始めた。
 
 目の前に座っている余田くんの学生服の背中にカレーライスの映像がユラユラと現れた。
――何だこれ?
 五時間目の日本史の授業そっちのけで、その映像を凝視する。どう見てもカレーライスだ。
 添えてあるのは福神漬けではなく、なぜか、ラッキョウだ。
 学生服に写真が浮き出てくる仕掛けがしてあるのか?
 イタズラで誰かに写真を貼り付けられたのか?
 授業が終わるまで、その映像は消えなかった。
 
 休み時間になって、背中にカレーライスを写したままの余田くんに声をかけた。
 映像がなぜ写っているのかは分からないが、今晩のメニューじゃないかと思ったからだ。
「余田くん、今日の晩ごはんはカレーライスだろ」
「何だろ。分からないなあ」
「決まってないの?」
「給食みたいに献立表はないから分からないよ。で、なに、その変な質問は?」
「いや、何でもないけど、余田くんの家は福神漬け派じゃなくて、ラッキョウ派?」
「そうだよ。おばあちゃんが鳥取県に住んでるから、毎年、名物の鳥取砂丘ラッキョウを送ってくるんだ。って、なんで知ってるんだ?」
「まあ、まあ、まあ」と言ってごまかす。

 数人が余田くんの後ろを通り過ぎた。背中も見えただろう。でも、誰一人として、カレーライスに気づかなかった。ということは、ボクにしか見えてないんだ。まさか、晩ごはんが何かの力で写り込んだのでは、と思ったので、聞いてみたのだが、答えは明日の朝のお楽しみということで、気になりつつも帰宅した。
 カレーライスの映像は帰るときも写っていた。

 翌朝の教室。余田くんはボクを見つけると、興奮して話し始めた。
「昨日の晩ごはん、カレーだったぞ! ラッキョウも付いてたし、何で分かったんだ?」
「余田くんの背中にカレーライスの映像が写ったんだ」とホントのことを言ってみる。
「そんなもん写るわけないだろ。じゃあ、今日は何が写ってるんだ?」当然、疑う余田くん。
「ソーメン」と答える。本当にソーメンが写っていたからだ。
「ソーメン?」余田くんは学生服を脱いで、背中に何も写ってないことを確認すると、ボクに文句を言ってきた。「何で晩ごはんがソーメンだよ。今は真冬だぞ。ソーメンなんか喰うかよ!」
 
 翌朝の教室。
「昨日の晩ごはん、ソーメンだったぞ!」余田くんがまた興奮気味に話して来た。「夏の残り物があったんだけど、急にお父さんがもったいないから食べようと言い出して、押し入れからソーメンスライダーを出して、真冬の流しソーメン大会だよ。といってもお湯で流したんだ。だから、にゅうめんになったんだけどね。でも、カレーライスもソーメンも偶然だよね、当たったのは」信じられない余田くんはそう決めつける。
「そうだね」とりあえず、承諾しておく。
 ボクも晩ごはんが当てられるという変な能力は信じたくないからだ。
「今晩の献立は何が写ってるの?」
「揚げパンだよ」と教えてあげる。
「それはないよ。揚げパンは小学生の給食で出たパンだぞ。晩ごはんがパンなわけないでしょ」
 ボクたちは中学生だ。もう給食は出ない。お弁当か購買部で買うパンを食べている。購買部に揚げパンは売ってない。でも、余田くんの背中には、ホントに揚げパンが写っていたんだ。

 翌朝の教室。
「昨日の晩ごはん、揚げパンだったぞ! ――お前、変じゃね!?」
 ボクも変だと思う。でも、晩ごはんが揚げパンだって、そっちも変でしょ。
「うちのオヤジは製粉会社に勤務していて、新作の揚げパンを開発しているらしいんだ。その失敗作が大量に余って、昨日の晩ごはんになったんだよ。失敗作でもおいしいんだけど、十個も喰ったら、腹はパンパンだったわ。パンだけにね」
「……」
 余田くんの渾身のギャクは滑った。でも、そうじゃなくて、ボクの変な能力に、自分でも驚いて言葉が出なくなっていただけなんだ。

 家に帰るなり、お母さんがさっき好運神社に救急車が来ていた話を始めた。
「石段で女の子が転んで救急車を呼んだんだけど、到着する頃には意識が戻って、自力で歩いて帰って行ったんだよ」と、隣の奥さんに聞いた話を、まるで見て来たように言う。
「あの石段はコケが生えてるから滑りやすいんだよ」と返事をしたところで気づいた。
 ボクの変な能力はあそこで転んで頭を打ってから、備わったんじゃないかと。

 翌日、登校してみると、今までは余田くんだけだったのに、クラスメイト全員の背中に晩ごはんが写っていた。一時間目の英語の授業が始まったけど、みんなの背中を観察する方が面白い。
 ハンバーグ、唐揚げ、焼き鳥、焼肉が多い。――定番だからなあ。
 女子はサラダ、パスタ、グラタンか。――これも定番だなあ。
 えっ、ポテチだけ? 偏食過ぎるだろ、大井さん。
 和食店の息子の亀井くんの背中には懐石料理が写ってるけど、食材の余りで作ったものだろうなあ。お金持ちの金城くんの背中にはイタリアンのフルコースか、すげえなあ。
 あれっ、食材しか写ってない人がいるなあ。そうか、まだ献立が決まってないんだ。
 この食材を使って料理するんだな。
 あっ、田中くんの背中でお寿司が動いてる。
 分かった! 回転寿司に行くんだ! そうか、背中には動画も写るのか。
 先生の背中にも写ってるぞ。――ビールとおつまみ。ああ、一人で晩酌か。独身だもんなあ、やっぱりこうなるか。わびしいなあ。とニヤケていると「何をキョロキョロしてるんだ」と晩酌先生に怒られた。
 でも我慢できず、もう一度、生徒の背中を見渡してみると、小西さんの背中には何も写ってなかった。
――どうしてだろう?
 
 休み時間。スブタくんが余田くんをイジメていた。
 すぐにボクは割って入った。
「やめろよ。イジメは腹が減るぞ」
 スブタくんが言い返して来た。
「腹が減ったら、喰うだけだ!」
「ダイエット中で、おからしか食べてないんじゃないの?」背中の映像からの情報だ。
「な、何で知ってるんだよ!」スブタくんが顔を真っ赤にする。
 周りの生徒が笑いだす。
「ダイエットなんてお年頃のOLがやることだぞ」「しかも、おからダイエットかよ!」
 怒りで真っ赤になっていたスブタくんだったが、今度は恥ずかしさで真っ赤になって、余田くんへのイジメをやめた。
 余田くんからは感謝された。
 ボクの変な能力も役に立つことがあるんだ。
 
 ボクは余田くんに、なぜか背中に何も写らない小西さんのことを訊いてみた。
「お父さんの具合が悪くて、仕事ができないらしいよ」
 そうか、だから、晩ごはんがなかったんだ。
 ボクは牛丼のタダ券三枚を小西さんの机の中にそっと入れておいた。
 今日まで使わなくて、よかった。
 三人家族らしいので、枚数もちょうど合った。

 帰り道、また新たなことに気づいた。道行く人の背中には何も写っていない。写っているのは、なぜか学校関係者だけだったのだ。つまり、ボクの家族の背中にも写らないというわけだ。
 今日からお母さんは仕事の出張で三日間、家を空ける。
「明日の朝ごはんから、自分で何とかして食べなさい。中学生だからできるでしょ」と突き放された。
 面倒だから朝ごはん抜きで学校へ行こうと決めた。

 翌日の放課後。帰宅途中で小西さんに呼び止められた。
「牛丼のタダ券三枚、ありがとう。これ、お返しの朝定食券を三枚ね」
「えっ、なんで?」
「朝ごはんはちゃんと食べないとダメだよ」
「えっ、何でボクが明日の朝ごはんを抜くことを知ってるの?」
「だって、背中に何も写ってないから」
「見えるの!?」
「そう。みんなの背中に朝ごはんが写るの。それで、牛丼の券が机に入っていたのを見て、誰か晩ごはんが見える人がいるんじゃないかと思って観察していたら、キョロキョロしている人が若干一名いたというわけ」
「ボクだ」
「そういうこと」
 ボクたちは家の方向が同じだったから、並んで帰る。
「それで、お父さんの体の具合はどうなの?」
「それが…、昨日…」
 えっ、まさか…。そんな…。
 その先は聞きたくないんだけど…。
「就職が決まったの! 体も良くなったから働けるの。最初のうちはお給料の前借りでしのいで、来月からは大丈夫だって。だから、今日から晩ごはんが食べられるんだよ!」
「そうか。よかった」
 安心したボクはあることに気づいた。
「もしかして、好運神社の石段で転ばなかった? 近所で騒いでたけど」
「お父さんの具合が良くなるようにお祈りをした帰り、足が滑っちゃった。ああ、そういうこと? あそこで転んだらこの能力が付くの?」
「よく分からないんだけど、ボクもあそこで転んだんだ」
「晩ごはんが見える人と朝ごはんが見える人。だったら、昼ごはんが見える人が、どこかにいるんじゃない?」
「うん、そうなるね」
「でも、授業中にキョロキョロしていた人は他にいなかったから、まだ現れてないかもしれないね」
 
 授業中にキョロキョロしていたボクは思った。
 こんな能力は邪魔なだけだと思っていた。
 社会には何も役に立たないじゃないか。
 でも、そうじゃなかった。
 幸運なことに小西さんと仲良くなれた。
 小西さんはクラスで一番の美人なんだ。
 まさか五円のお賽銭の効果があったなんて。
         
                             (了)
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