本当に神様がいるのなら

猫の手

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【頭の中の取り除けないモノ-2】

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 昨夜、寝る前に飲んだ睡眠薬が効いたのか、望美は久しぶりに長時間の睡眠をとることが出来た。しかし身体はダルく、体調は万全とはいえない。だが、それが睡眠薬というものだと望美は納得していた。

 望美は寝起きということもあってか、ふらつく重たい身体をベッドから出し、洗面所へと足を運ぶ。

 一般の女性がする最低限の身だしなみを整え、着替えを済ませてから家を出て仕事に向かった。

 望美は車を持っていないため、いつもの通勤はバスを利用している。富田町に望美の自宅はあり、その近くを通る国道脇に設置されているバス停でバスが来るのを待った。

(今日はノンちゃん、誰かに気に入ってもらえるかしら?)

 頭の中で一人言を呟き、ため息を吐き出す。

(ダメね……もう四歳になるんだもの、誰も相手にしないわ。もう、あの店の中じゃお払い箱……)

 悲観的に考えを巡らせて、望美は再びため息を吐く。

(高校時代の私と同じ役無しだもの……)

 それから何度ため息を吐いたのか、しばらくしてからバスはやって来た。

 十五分ほどして、仕事先である「野中ペットショップ」へと到着した望美。早速、仕事着に着替えて職場に顔を出す。

「やあ、おはよう!」

 望美を見かけるなり言ったのは、店長の「野中裕一のなかゆういち」だ。

 年齢は望美の七つ上の二十七歳。髪は短髪で、髭はキレイに剃られている。爽やかな印象を他人に与えるタイプだ。

「あ、おはようございます。よろしくお願いします」

 望美はペコリと頭をさげて、早速、仕事を開始しようと売り場の裏側にある動物達がいる飼育室へと向かった。

「なんか田辺さん、今日はいつも以上に眠そうだね」

 飼育室のドアノブに手を掛けた時に、野中は望美のそばに寄ってきて顔を覗き込むようにして言った。

「はあ、まあ、そうですね」

「いつもみたいに寝不足かな?」

「いえ、ある程度は寝たんですけど、色々と……」

「色々って?」

「それは……いえ、なんでもないんです。とりあえず色々です」

 そう言って、望美は話をはぐらかす。

「ふーん。そっか、まぁ仕事を頑張って」

 野中は深く追及することはなかった。

「はい。それでは……」

 ガチャリとドアを開き、望美は飼育室へと入っていった。中に入るなり二人の女性が元気に挨拶をしてくる。

「おはよう田辺ちゃん!」

「田辺さん、おはようございます!」

 最初に言ったのは先輩従業員の「三森澄子みもりすみこ」で、あとに続いて挨拶をしてきたのが後輩の「高橋恵子たかはしけいこ」である。

「おはようございます。よろしくお願いします」

 野中に言ったのと同様に、望美は礼儀正しく挨拶を返す。

「昨日の休日はゆっくり休めたかしら?」

 三森が望美に訊いた。

「普通です。特に用事もなかったですし」

「田辺さんって休みの日はなにをして過ごしてるんですか?」

 高橋は興味ありげに訊いてくる。

「色々かな」

 またまた野中に言ったのと同じ言葉で、望美は話をはぐらかす。高橋と三森はお互い顔を見合わせてキョトンとした。

 このペットショップに勤めてから二年近く経つが、望美は職場のみんなに自分が心療内科に通っている事実を伏せていた。

 理由は単純に自分が他人にどんな目で見られるか、そんな意識によるもの。イジメが原因となって他人とは常に一線を引いてしか接することの出来ない望美からすれば、人の目を気にしてしまうのは仕方がなかった。職場では店長の野中や他の従業員とも上手くコミュニケーションをとれてはいるが、所詮はうわべだけの関係。望美は誰にも心を許してはいなく、誰も信用はしていない。

 そもそもペットショップの仕事を選んだのも、人間嫌いなのが理由であった。

「それじゃ、田辺ちゃんにココは任せるわね。私達は店内の作業をするわ」

「あとはお願いします。田辺さん」

「あ、はい」

 望美が頷くと、三森と高橋は飼育室から出ていった。

「さてと、仕事を始めよ」

 一人飼育室で呟いて、手をスプレーで消毒してから動物達の小さな檻の前へと立ち、お気に入りの猫であるノンちゃんに顔を向けた。

 望美が「ノンちゃん」と名付けた猫は、四年前にこの「野中ペットショップ」で生まれた猫だ。

 メスのシャム猫で人気のある種類ではあるが、毛並みは他の猫と比べると至って普通で、毛色もまばらなために客の目に全くとまらない。

 それらの理由や、ましてや四歳ということもあり、今も売れ残りとして店にいて利益の面ではなんの役にもたたずにいた。

「アナタは昔の私と同じで、舞台上に立てない存在。役無しでしかないの……」

 売れ残り、店の在庫でしかないノンちゃん。他の猫達の姿を舞台下で眺めているだけのノンちゃん。望美は自分の高校時代を思い返しながら、目の前の檻の中で静かに佇むノンちゃんを見て、凄く切ない気持ちにさせられた。

「アナタも憎いでしょう? あんな可愛くて華のある子達がいなければ、ノンちゃんは主役になれたのかもしれないわ」

 憎しみをたぎらせながら、言葉の通じないノンちゃんに話し掛ける。

「今頃は優しい飼い主の家で幸せに暮らしてるのかもしれないわ」

 望美の声に反応しているのか、ノンちゃんは耳をピクピクと動かす。

「そう……私は主役になれたのかもしれない。そう……私は好きな人と一緒に……」

 望美がそう言った直後、ノンちゃんはシッポを上にピンと伸ばした。殺意の込められた望美の表情に警戒心を持ったのかもしれない。

「特別にノンちゃんにだけ見せてあげる」

 含みを込めてそう言い、望美は飼育室から出ていき、そして二分程してからスグに戻ってきた。

 左肩には皮製の赤いバッグをさげており、外出時にはいつも望美が持ち歩いているバッグである。

「この中にね。私の武器が入ってるの。敵を倒すための武器よ」

 そう言ってバッグの中に手を入れ、キラリと怪しげに光る金属物を取り出した。

「いつでも実行出来るように、いつもバッグに入れて持ち歩いてるの。コレでグサッと突き刺したら死んでくれるわよね?」

 望美の手には長さ二十五センチ、太さ一・五センチほどの重量感のあるアイスピックが握られていた。先端は鋭く尖り、円錐形をしている。

 アイスピックの先を檻の隙間からノンちゃんに近付け、エサと勘違いして鼻先でクンクンと匂いを嗅ぐノンちゃんに望美は冷たい視線を送る。

「私は殺してやりたいの。もし、ノンちゃんが私だったらどうするかしら?」

 エサではないと理解したのか、ノンちゃんは檻の隅でゴロンとしてしまった。

「でもね……本当は殺したくないの。もし、ノンちゃんが私だったらどう思うかしら?」

 ノンちゃんはソッポを向いたまま、舌で毛繕いを始めた。もはや望美の問いかけなど聞いてはいない。

「どうしたらこの悩みを解決出来るのかしら? どうしたらあの女を殺さないで済むのかしら? 本当にどうしたら?」

 自問はするが、自答出来ない苦しみに顔を歪めて頭を掻く。

「神様はいるのかしら?」

 目を閉じ眠りの世界に入ろうと微睡みかけているノンちゃんに呟くが、当然なにも返ってはこない。

(本当に神様がいるのなら……)

 望美はアイスピックを固く握り、小さな飼育室の中で願いを込めた。
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