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五章
【侵入-7】
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蒼太と紅太、二人のオカマ達は待合室にあるテーブルの下で息を潜めていた。もちろん懐中電灯のライトを消して。
「紅ちゃんマズイわよ」
「そうねぇ、蒼ちゃん。どうしようかしらぁ」
自分達の居る場所に近付いてくる誰かの足音を聞いたオカマ達はスグに身を隠すため、待合室に入って扉を閉めた。
そしてオカマ達は待合室の暗闇の中でコツコツとフロアに響く足音を聞きながら身を潜める。
「いったい誰かしら?」
「足音からして村野ちゃん達じゃないわよねぇ」
オカマ達は小声で話ながら少しだけ扉を開け待合室の外を覗いた。
視界には沙羅の姿が入る。
「あ、あの時の女よ」
驚き蒼太は紅太に顔を向けた。
「ヤバいわよぉ」
そう言って紅太も蒼太に顔を向ける。
「スーツの男に続いてあの女」
「蒼ちゃん、どうしましょう」
「紅ちゃん、今はあの女が立ち去るのを待つのよ。それから、みんなのところに行きましょ」
「そうねぇ……この様子じゃこのまま見張りを続けててもねぇ」
池内に続き沙羅の姿を見たオカマ達は、それぞれの現状の悪さを考え、修一達の危機を悟った。
「早くどこかに行きなさいよ」
「みんなは無事かしらぁ?」
焦る気持ちの中でキョロキョロと周りを見渡す沙羅を見ながら呟く。その時に沙羅が事務室に目を向け歩き出した。気を失い体をロープで縛られた状態の池内がいる事務室に。
「紅ちゃん、ヤバいわ。あの男がいる場所に行くじゃない」
「あの女に見付かったらヤバいわぁ」
焦ったオカマ達は思わず大きな声を出してしまっていた。
沙羅は事務室に向かう歩を止め、待合室に視線を移す。待合室の扉を少し開け、目を覗かせているオカマ達と沙羅は目が合った。
「あらあら、どなたかしら? こんな夜中にこの場所でなにをしてるのかしら?」
二人の存在を確認した沙羅はわかりきっていることをオカマ達に言って、笑みを浮かべる。
月明かりに照らされた沙羅の顔は月明かりにより出来た影も合わさり、その笑みはオカマ達に恐怖を与えた。
「出てきなさい。色々とあなたたちのことはわかってるのよ。廃墟ビル跡に居合わせた二人のオカマちゃん達」
沙羅のその言葉を聞いた蒼太と紅太は、これ以上この待合室の中にいる意味など無いと悟り扉を開けて待合室から出た。
「な、なにをしに来たのよ?」
「そうよぉ」
怯えながら待合室の外で沙羅に問い掛けた。
沙羅はオカマ達に近付いてきた。お互いは正面で向かい合う。
「池内という男が音信不通だから来たのよ。あなた達も会ったことのあるスーツの男よ。知らないかしら?」
沙羅はオカマ達に問い返す。
「知らないわよ。知るわけがないじゃない」
「そうよぉ。私達はずっとここにいたものぉ」
オカマ達はただ誤魔化すことしか出来なかった。
「おかしいわね。ここにずっといたのなら池内と会わないわけがないのよね」
沙羅はオカマ達をからかうように言う。
「知らないものは知らないのよ」
「知らないんだからもういいじゃないのよぉ」
オカマ達はいっぱいいっぱいになりながら沙羅に言い返した。
「あらそう。誤魔化しても意味は無いのよね。どうせその待合室にでもいるんでしょう?」
沙羅はオカマ達の目をジッと見ながら言った。オカマ達は目を反らしたが、思わず事務室に目線を向けてしまった。
「ああ、事務室にいるのね」
そう言って沙羅は笑った。
「い、居ないわよ!」
「そうよぉ、そうよぉ!」
オカマ達の顔は青くなっている。
「フフ、簡単に引っ掛かるのね。笑っちゃうわ」
「だから居ないわよ!」
「もう、しつこいわぁ!」
なにも誤魔化しの言葉が出てこないオカマ達は、そんな言葉しか言えなかった。
「そうね。しつこいわよね。あなた達みんなが社内に侵入してから、それぞれがどこに向かいどこにいるのかを把握してて、この場所に向かわせた池内が居なくて、あなた達が無事でいるこの現状を私が理解出来てないわけがないものね」
「池内って人なんか来てないわよ」
「だから無事なのは当然よぉ」
沙羅の言っている言葉の意味を理解したオカマ達は顔が青くなりながらも強気に返すが、もはや誤魔化しや言いわけは意味を成さないとオカマ達は気付いていた。
「とりあえず池内は失敗したのね。油断大敵よ」
そう言って沙羅はこの一階での出来事を把握し、ため息を吐いた。
「まあいいわ。そういうことなら次の行動に移せば問題無いわ。あなた達オカマにはもう用は無いわ」
そして沙羅は事務室に向かおうとする。その時に澤井からの電話が掛かってきた。
福井は開発部の中で平松と対峙していた。
福井が開発部を離れずにまだこの場に留まっていたのは下手に行動をすると危険は増える。そう考えてのことだった。
しかし村野が気になり行動に移そうとした福井は、開発部の扉の鍵が開く音を聞き身構えた。扉は開き平松が姿を現す。
平松の表情を見た福井はこの場に自分がいるのを初めから相手が知っているということを読み取った。そして福井はその場で先に口を開く。
「言いわけは通用しそうにないですね?」
「ええ、もちろんよ」
「大人しくこの場を見逃してくれもしないですよね?」
「ええ、当然よ」
会話の中で福井はこの状況を打破するための方法を考えた。だが自分の今のこの現状と平松の表情を見て考えるのを止めた。
平松はどうあっても自分を許さない。そんな表情をしていたからだ。なにも通用はしないと福井は初めからわかっていたが再度思い知らされた。
決定的な根拠は平松の視線がコンピューターの画面に向いた時だ。
画面を見た平松の目からは怒りが読み取れた。
プログラマーである平松は全てを把握した。
社長室での会話により、もはやわかっていたことではあったが改めて現実を見せられ怒りが沸き上がる。
そんな平松を見た福井は諦めの結論を出した。
「マズイなぁ」
「マズイのは私の方。それにしても見事にメインコンピューターを破壊してくれたわ」
「こうしないといけなかったんですよ。あなた方のやろうとしていることを阻止するために」
「コンピューターの知識はあるみたいね? じゃなきゃ、こんなことを出来ないわ」
そう言って平松は福井を見据える。
「そうですね。ある程度はありますよ」
福井の言葉を聞いて平松は腑に落ちないといった顔をする。
「ある程度?」
「ええ」
「まさか? ある程度ってどの程度よ? 軽い知識じゃとてもコンピューターを破壊なんか出来ないわ」
「確かにそうですが、ウイルスを使いましたから。ですので少しは手こずりましたけど軽い知識でもなんとかなりますよ」
福井は淡々と話す。
「なるほどウイルスねぇ」
納得しそうになるが、メインコンピューターであるサーバーの手前にあるパソコンを見てさらに腑に落ちないといった顔をする。
サーバーにはディスクを挿入するところが無い。ウイルスを送り込む方法は別のコンピューターから送り込むしかない。そのパソコンを見て平松は答えを導き出した。
「あなたってプログラマーとしてやっていけるわよ。プログラムの知識がなければ、あのパソコンからメインコンピューターにウイルスを送り込めないもの」
「それはどうも。ですが回線は元々繋がってましたし簡単ですよ」
「簡単には出来ないわ。メインコンピューターとの回線が繋がっていても簡単な手順じゃ上手くいかないハズよ。ウイルスを送り込もうとすればパソコン内のワクチンが当然に働く。だけどウイルスはメインコンピューターに送り込まれた。あなたはワクチンの働きを遮断したのよ」
「さすがはIT企業の人間ですね。自分の行動が筒抜けにわかっている」
「見ればわかるわよ。それしかないもの。そして、あなたがズバ抜けたプログラムの知識を持っていることもね」
それを聞いた福井は軽く笑みを浮かべた。
「ズバ抜けてはいませんよ」
「パソコン内のワクチンの働きを遮断するなんてコンピューターの知識、すなわちプログラムの知識がなければ無理よ。あなたはパソコンを操作して人為的にそうしたのよ」
「そうですね。あなたの言う通りですよ」
「そうしないとウイルスを送り込めないものね。あなたはパソコンとメインコンピューターの回線を完璧に繋ぎ終えコンピューターを破壊した」
「少し大変でしたよ。ワクチンは当然にIT企業に関わらず一般の家庭にあるパソコンまでインストールしているから想定内でしたが、ワクチンを突破することは大した作業ではありませんでした。しかし、まさかメインコンピューターにディスクを挿入するところが無いなんて想定外でしたね」
福井はプログラムを含めたコンピューターに対する知識がズバ抜けているという事実を平松に見抜かれていることに抵抗は無かった。
「ディスクを挿入するところが無いのは、万が一に間違えて余計なデータをメインコンピューターに入れないためよ」
「そうでしょうね。大事なプログラムが入ったコンピューターですもんね」
それを聞いて平松は顔が強張る。
「その大事なプログラムを破壊したのはあなたじゃないの!」
「そうですけど僕は自分の任された仕事をこなしただけですから」
「誰に任されたのかしら? ハッカーからかしら?」
「パイストス社の人達は知っているですね。ハッカーのことも」
「色々と手こずりはしたけれど」
「名前は知らないんですか?」
「あなたに知らない事実を教えるのも嫌なんだけど、名前はわからないわ」
「それは良かった」
「あなたは知っているんでしょう? 教えてくれないかしら」
「いえ、知りませんよ」
「知らないわけがないでしょ。あなた達はそのハッカーの考えでこの場所にいるんだから」
「まさか、違いますよ」
「あら、私達は気付いたのよ。ハッカーが我が社に対してなにをしてくるかも。当然あなた達を含めてよ」
「ハッカーの話はいいじゃないですか」
「よくないわ。プログラマーの私が驚くほどにとてつもないプログラムに対する知識を持っているハッカーを見付け出すわ」
そう言って平松は福井を見て考える。ハッカーが計画を阻止するためにどう行動しているのかと。何処に居てなにをしているのかと。
平松は自分なりの解釈で一つの結論を導き出した。
口を開こうとした時に電話が掛かってきた。
「平松です。澤井さんどうしました?」
そう言って平松は電話で澤井と話を始めた。福井はただ黙ったまま平松の話し声を聞いている。
隙をついてこの場から逃げ出そうとも考えたが行動には移そうとはしなかった。
「そうですか池内は失敗しましたか……」
沙羅に先に電話を掛け、そのことを聞いていた澤井の話を聞き平松は肩を落とした。
会話を聞いている福井はニヤリと笑う。
「こちらも結果は同じです。荒木の姿は無く、もう一人の仲間の男もいません。メインコンピューターは破壊され、コンピューター内の『パンドラ』のプログラムは消されました」
少しの沈黙のあと会話は続いた。
「ええ、残るプログラムはディスクのみです。ディスクを取り返して下さい」
修一の手中にあるディスクを取り返さなければ全ては終わる。
平松も澤井も自分達の現状が思っている以上に悪いことを知った。
「はい、では」
平松は電話を終えた。
「やってくれたわねぇ……」
そう言って福井に顔を向ける。そして、先ほどから気になっていることを福井に尋ねる。
「ところであなた」
それぞれが対峙する中、パイストス社の屋上で村野はへたり込みながら荒木の死体を見詰めていた。
「頼むから目を開けてくれ」
村野は消え入りそうな声で呟いた。
「頼むよ」
目の前の変えようの無い現実は村野を苦しめる。
変化の力が働いていても、自分の犯したこの事実はどうしようもなかった。むしろ、変化の力が働いていることにより、村野は苦しめられていた。
根っからの悪党ならば人を殺したところでなにも思いはしないだろう。しかし村野は違う。友達のために自分を犠牲にできる人間だ。変化の力が働き心にプラスの作用が湧き、正義感が溢れている村野からすれば、目の前の現実はマイナス。逆に変化によってそれは大きくなった。
それはある意味、一つの副作用。
村野にとって人を殺してしまったことは絶望そのものだった。
「俺はどうすれば」
どうしようもなかった。村野はただ苦しんだ。
「修一、蒼太、紅太、誰か助けてくれ……なあ……」
村野の頭には過去の過ちがフラッシュバックしてきた。
自分が許されないことをした出来事。
被害者の人生。
被害者の家族。
例え生きてはいても自分のせいで一人の人間の人生を潰してしまった事実。
それらが村野をまた苦しめる。
村野はそんな事実を振り払うように両手を地面に叩きつける。
拳を握り強く強く何度も叩きつけた。
拳の地面を叩く音が屋上に響く中で村野はまた荒木の死体を見た。
「悪かった……悪かった……」
村野は荒木にそう言いながら頭を何度も下げだ。しかし、なにも変わりはしない。どうしようと許されはしない。村野に仕方がなかったんだ、殺意はなかったんだ、というような言いわけは出てこなかった。
「どうすりゃいい?」
村野はただ呟いた。それは荒木に対する問い掛けなのか、自分に対する問い掛けなのかもわからなかった。
「なあ……俺はどうすりゃ……どうすりゃ償えんだよ? 誰か教えてくれよ」
それから時間が経った。それはたかだか数分。だが、村野にとっては数十分に思えるような長い感覚の時間だった。
「そうか」
自分の中で自分の心で償いの方法を見付けた村野は静かに立ち上がった。
「みんな、ごめんな……」
そして村野は辺りを見渡し、歩き出すために最初の一歩を進めた。
それは逃げの一歩だった。
「紅ちゃんマズイわよ」
「そうねぇ、蒼ちゃん。どうしようかしらぁ」
自分達の居る場所に近付いてくる誰かの足音を聞いたオカマ達はスグに身を隠すため、待合室に入って扉を閉めた。
そしてオカマ達は待合室の暗闇の中でコツコツとフロアに響く足音を聞きながら身を潜める。
「いったい誰かしら?」
「足音からして村野ちゃん達じゃないわよねぇ」
オカマ達は小声で話ながら少しだけ扉を開け待合室の外を覗いた。
視界には沙羅の姿が入る。
「あ、あの時の女よ」
驚き蒼太は紅太に顔を向けた。
「ヤバいわよぉ」
そう言って紅太も蒼太に顔を向ける。
「スーツの男に続いてあの女」
「蒼ちゃん、どうしましょう」
「紅ちゃん、今はあの女が立ち去るのを待つのよ。それから、みんなのところに行きましょ」
「そうねぇ……この様子じゃこのまま見張りを続けててもねぇ」
池内に続き沙羅の姿を見たオカマ達は、それぞれの現状の悪さを考え、修一達の危機を悟った。
「早くどこかに行きなさいよ」
「みんなは無事かしらぁ?」
焦る気持ちの中でキョロキョロと周りを見渡す沙羅を見ながら呟く。その時に沙羅が事務室に目を向け歩き出した。気を失い体をロープで縛られた状態の池内がいる事務室に。
「紅ちゃん、ヤバいわ。あの男がいる場所に行くじゃない」
「あの女に見付かったらヤバいわぁ」
焦ったオカマ達は思わず大きな声を出してしまっていた。
沙羅は事務室に向かう歩を止め、待合室に視線を移す。待合室の扉を少し開け、目を覗かせているオカマ達と沙羅は目が合った。
「あらあら、どなたかしら? こんな夜中にこの場所でなにをしてるのかしら?」
二人の存在を確認した沙羅はわかりきっていることをオカマ達に言って、笑みを浮かべる。
月明かりに照らされた沙羅の顔は月明かりにより出来た影も合わさり、その笑みはオカマ達に恐怖を与えた。
「出てきなさい。色々とあなたたちのことはわかってるのよ。廃墟ビル跡に居合わせた二人のオカマちゃん達」
沙羅のその言葉を聞いた蒼太と紅太は、これ以上この待合室の中にいる意味など無いと悟り扉を開けて待合室から出た。
「な、なにをしに来たのよ?」
「そうよぉ」
怯えながら待合室の外で沙羅に問い掛けた。
沙羅はオカマ達に近付いてきた。お互いは正面で向かい合う。
「池内という男が音信不通だから来たのよ。あなた達も会ったことのあるスーツの男よ。知らないかしら?」
沙羅はオカマ達に問い返す。
「知らないわよ。知るわけがないじゃない」
「そうよぉ。私達はずっとここにいたものぉ」
オカマ達はただ誤魔化すことしか出来なかった。
「おかしいわね。ここにずっといたのなら池内と会わないわけがないのよね」
沙羅はオカマ達をからかうように言う。
「知らないものは知らないのよ」
「知らないんだからもういいじゃないのよぉ」
オカマ達はいっぱいいっぱいになりながら沙羅に言い返した。
「あらそう。誤魔化しても意味は無いのよね。どうせその待合室にでもいるんでしょう?」
沙羅はオカマ達の目をジッと見ながら言った。オカマ達は目を反らしたが、思わず事務室に目線を向けてしまった。
「ああ、事務室にいるのね」
そう言って沙羅は笑った。
「い、居ないわよ!」
「そうよぉ、そうよぉ!」
オカマ達の顔は青くなっている。
「フフ、簡単に引っ掛かるのね。笑っちゃうわ」
「だから居ないわよ!」
「もう、しつこいわぁ!」
なにも誤魔化しの言葉が出てこないオカマ達は、そんな言葉しか言えなかった。
「そうね。しつこいわよね。あなた達みんなが社内に侵入してから、それぞれがどこに向かいどこにいるのかを把握してて、この場所に向かわせた池内が居なくて、あなた達が無事でいるこの現状を私が理解出来てないわけがないものね」
「池内って人なんか来てないわよ」
「だから無事なのは当然よぉ」
沙羅の言っている言葉の意味を理解したオカマ達は顔が青くなりながらも強気に返すが、もはや誤魔化しや言いわけは意味を成さないとオカマ達は気付いていた。
「とりあえず池内は失敗したのね。油断大敵よ」
そう言って沙羅はこの一階での出来事を把握し、ため息を吐いた。
「まあいいわ。そういうことなら次の行動に移せば問題無いわ。あなた達オカマにはもう用は無いわ」
そして沙羅は事務室に向かおうとする。その時に澤井からの電話が掛かってきた。
福井は開発部の中で平松と対峙していた。
福井が開発部を離れずにまだこの場に留まっていたのは下手に行動をすると危険は増える。そう考えてのことだった。
しかし村野が気になり行動に移そうとした福井は、開発部の扉の鍵が開く音を聞き身構えた。扉は開き平松が姿を現す。
平松の表情を見た福井はこの場に自分がいるのを初めから相手が知っているということを読み取った。そして福井はその場で先に口を開く。
「言いわけは通用しそうにないですね?」
「ええ、もちろんよ」
「大人しくこの場を見逃してくれもしないですよね?」
「ええ、当然よ」
会話の中で福井はこの状況を打破するための方法を考えた。だが自分の今のこの現状と平松の表情を見て考えるのを止めた。
平松はどうあっても自分を許さない。そんな表情をしていたからだ。なにも通用はしないと福井は初めからわかっていたが再度思い知らされた。
決定的な根拠は平松の視線がコンピューターの画面に向いた時だ。
画面を見た平松の目からは怒りが読み取れた。
プログラマーである平松は全てを把握した。
社長室での会話により、もはやわかっていたことではあったが改めて現実を見せられ怒りが沸き上がる。
そんな平松を見た福井は諦めの結論を出した。
「マズイなぁ」
「マズイのは私の方。それにしても見事にメインコンピューターを破壊してくれたわ」
「こうしないといけなかったんですよ。あなた方のやろうとしていることを阻止するために」
「コンピューターの知識はあるみたいね? じゃなきゃ、こんなことを出来ないわ」
そう言って平松は福井を見据える。
「そうですね。ある程度はありますよ」
福井の言葉を聞いて平松は腑に落ちないといった顔をする。
「ある程度?」
「ええ」
「まさか? ある程度ってどの程度よ? 軽い知識じゃとてもコンピューターを破壊なんか出来ないわ」
「確かにそうですが、ウイルスを使いましたから。ですので少しは手こずりましたけど軽い知識でもなんとかなりますよ」
福井は淡々と話す。
「なるほどウイルスねぇ」
納得しそうになるが、メインコンピューターであるサーバーの手前にあるパソコンを見てさらに腑に落ちないといった顔をする。
サーバーにはディスクを挿入するところが無い。ウイルスを送り込む方法は別のコンピューターから送り込むしかない。そのパソコンを見て平松は答えを導き出した。
「あなたってプログラマーとしてやっていけるわよ。プログラムの知識がなければ、あのパソコンからメインコンピューターにウイルスを送り込めないもの」
「それはどうも。ですが回線は元々繋がってましたし簡単ですよ」
「簡単には出来ないわ。メインコンピューターとの回線が繋がっていても簡単な手順じゃ上手くいかないハズよ。ウイルスを送り込もうとすればパソコン内のワクチンが当然に働く。だけどウイルスはメインコンピューターに送り込まれた。あなたはワクチンの働きを遮断したのよ」
「さすがはIT企業の人間ですね。自分の行動が筒抜けにわかっている」
「見ればわかるわよ。それしかないもの。そして、あなたがズバ抜けたプログラムの知識を持っていることもね」
それを聞いた福井は軽く笑みを浮かべた。
「ズバ抜けてはいませんよ」
「パソコン内のワクチンの働きを遮断するなんてコンピューターの知識、すなわちプログラムの知識がなければ無理よ。あなたはパソコンを操作して人為的にそうしたのよ」
「そうですね。あなたの言う通りですよ」
「そうしないとウイルスを送り込めないものね。あなたはパソコンとメインコンピューターの回線を完璧に繋ぎ終えコンピューターを破壊した」
「少し大変でしたよ。ワクチンは当然にIT企業に関わらず一般の家庭にあるパソコンまでインストールしているから想定内でしたが、ワクチンを突破することは大した作業ではありませんでした。しかし、まさかメインコンピューターにディスクを挿入するところが無いなんて想定外でしたね」
福井はプログラムを含めたコンピューターに対する知識がズバ抜けているという事実を平松に見抜かれていることに抵抗は無かった。
「ディスクを挿入するところが無いのは、万が一に間違えて余計なデータをメインコンピューターに入れないためよ」
「そうでしょうね。大事なプログラムが入ったコンピューターですもんね」
それを聞いて平松は顔が強張る。
「その大事なプログラムを破壊したのはあなたじゃないの!」
「そうですけど僕は自分の任された仕事をこなしただけですから」
「誰に任されたのかしら? ハッカーからかしら?」
「パイストス社の人達は知っているですね。ハッカーのことも」
「色々と手こずりはしたけれど」
「名前は知らないんですか?」
「あなたに知らない事実を教えるのも嫌なんだけど、名前はわからないわ」
「それは良かった」
「あなたは知っているんでしょう? 教えてくれないかしら」
「いえ、知りませんよ」
「知らないわけがないでしょ。あなた達はそのハッカーの考えでこの場所にいるんだから」
「まさか、違いますよ」
「あら、私達は気付いたのよ。ハッカーが我が社に対してなにをしてくるかも。当然あなた達を含めてよ」
「ハッカーの話はいいじゃないですか」
「よくないわ。プログラマーの私が驚くほどにとてつもないプログラムに対する知識を持っているハッカーを見付け出すわ」
そう言って平松は福井を見て考える。ハッカーが計画を阻止するためにどう行動しているのかと。何処に居てなにをしているのかと。
平松は自分なりの解釈で一つの結論を導き出した。
口を開こうとした時に電話が掛かってきた。
「平松です。澤井さんどうしました?」
そう言って平松は電話で澤井と話を始めた。福井はただ黙ったまま平松の話し声を聞いている。
隙をついてこの場から逃げ出そうとも考えたが行動には移そうとはしなかった。
「そうですか池内は失敗しましたか……」
沙羅に先に電話を掛け、そのことを聞いていた澤井の話を聞き平松は肩を落とした。
会話を聞いている福井はニヤリと笑う。
「こちらも結果は同じです。荒木の姿は無く、もう一人の仲間の男もいません。メインコンピューターは破壊され、コンピューター内の『パンドラ』のプログラムは消されました」
少しの沈黙のあと会話は続いた。
「ええ、残るプログラムはディスクのみです。ディスクを取り返して下さい」
修一の手中にあるディスクを取り返さなければ全ては終わる。
平松も澤井も自分達の現状が思っている以上に悪いことを知った。
「はい、では」
平松は電話を終えた。
「やってくれたわねぇ……」
そう言って福井に顔を向ける。そして、先ほどから気になっていることを福井に尋ねる。
「ところであなた」
それぞれが対峙する中、パイストス社の屋上で村野はへたり込みながら荒木の死体を見詰めていた。
「頼むから目を開けてくれ」
村野は消え入りそうな声で呟いた。
「頼むよ」
目の前の変えようの無い現実は村野を苦しめる。
変化の力が働いていても、自分の犯したこの事実はどうしようもなかった。むしろ、変化の力が働いていることにより、村野は苦しめられていた。
根っからの悪党ならば人を殺したところでなにも思いはしないだろう。しかし村野は違う。友達のために自分を犠牲にできる人間だ。変化の力が働き心にプラスの作用が湧き、正義感が溢れている村野からすれば、目の前の現実はマイナス。逆に変化によってそれは大きくなった。
それはある意味、一つの副作用。
村野にとって人を殺してしまったことは絶望そのものだった。
「俺はどうすれば」
どうしようもなかった。村野はただ苦しんだ。
「修一、蒼太、紅太、誰か助けてくれ……なあ……」
村野の頭には過去の過ちがフラッシュバックしてきた。
自分が許されないことをした出来事。
被害者の人生。
被害者の家族。
例え生きてはいても自分のせいで一人の人間の人生を潰してしまった事実。
それらが村野をまた苦しめる。
村野はそんな事実を振り払うように両手を地面に叩きつける。
拳を握り強く強く何度も叩きつけた。
拳の地面を叩く音が屋上に響く中で村野はまた荒木の死体を見た。
「悪かった……悪かった……」
村野は荒木にそう言いながら頭を何度も下げだ。しかし、なにも変わりはしない。どうしようと許されはしない。村野に仕方がなかったんだ、殺意はなかったんだ、というような言いわけは出てこなかった。
「どうすりゃいい?」
村野はただ呟いた。それは荒木に対する問い掛けなのか、自分に対する問い掛けなのかもわからなかった。
「なあ……俺はどうすりゃ……どうすりゃ償えんだよ? 誰か教えてくれよ」
それから時間が経った。それはたかだか数分。だが、村野にとっては数十分に思えるような長い感覚の時間だった。
「そうか」
自分の中で自分の心で償いの方法を見付けた村野は静かに立ち上がった。
「みんな、ごめんな……」
そして村野は辺りを見渡し、歩き出すために最初の一歩を進めた。
それは逃げの一歩だった。
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