パンドラ

猫の手

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五章

【侵入-6】

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 二人きりになった社長室で修一が先に口を開く。

「それで? 僕と二人きりで話したいことってなんですか?」

「そうだな……実は色々とあるんだよ」

「なにが色々あるんです?」

「話したいことがだ。何処から話せばいいやら……」

 そう言って澤井は考え込む。

 あなたと話すことなんかなにも無いです」

「いや、ところが沢山あるんだ。ふむ、そうだな……」

 そう言って澤井はまた考え込む。

「僕にとってはあなたと話すことなんかなにも無いし、話したくもない」

 修一は社長室の扉に視線を向けた。

(この人に構ってる暇はない)

 今、相手は澤井一人だけだ。隙を見て社長室から脱しようと考えていた。

「ふむ、まずは礼を言っておこう」

 虎視眈々と澤井の様子をうかがっていた修一に言った。

「お礼? 一体なにに対しての」

「如月彩のことに対してだ」

「彩? どうしてですか?」

 修一は意味がわからなかった。

「君には世話になったようだからな」

「いや、だからなにがですか? どうしてここで彩の話が出てくるんですか? それに世話になったって……」

 そこで修一はハッとした。

「もしかして廃墟ビルでの出来事のことですか? 僕が彩が自殺しようとしているのを止めたことに対して言ってるんですか?」

「まぁ、そうだな。だが、正確には感謝などはしていないがね」

 修一はさらに意味がわからなかった。

「あなたはなにを言いたいんですか? わけがわからない」

「感謝はしていないが、一応例は言っておこうと思ってな。その節はどうも」

 澤井は素っ気なく言った。

「ああ、いや、当然のことをしただけですから」

 そう言って修一はまたハッとした。

「いやそれより、そんなことをどうして僕に言うんですか? あなた達パイストス社は僕が彩にアドレスを送ったことをマイナスとして捉えていたじゃないですか」

「そうだな」

「それじゃ、お礼を言う意味がわからない」

「身内の命を救ってくれたことに対しての礼だ。それだけだ」

 それを聞いて修一は困惑した。

「彩の身内の方?」

「元が付くがね……」

「元が付く? どういうことです?」

「そのままの意味だ」

「なら、如月家と離縁したってことですか?」

「まぁ、意味としては同じようなものだな」

「まさか、そんな……」

 修一は驚いていた。パイストス社に彩と血縁関係のある人間が居ることに。

「彩とは結構付き合いがあったんですか? 親戚とかだったんですよね?」

「いや、親戚という関係は間違いだ」

「親戚じゃない? でも、彩とは付き合いはあったんですよね」

「ああ、それなりな」

「離縁してからは彩とは会っていないんですか?」

「一度も会ってはいない。約半年以上になるな」

「約半年以上……」

 修一の心になにかが駆け巡った。それと同時に脳裏に彩との刑務所での面会の会話が浮かんできた。

〔彩のお父さんとお母さんが離婚したのって約半年前だっけ?〕

〔うん。私が放火事件を犯した時期のほんの少し前なんだけどね〕

 修一は澤井を見詰め言う。

「あなたはもしかして……」

「ああ、彩の元父親だ」

 その言葉は修一に大きなショックを与えた。

「そ、そんな……」

「さっきの会話に間違いは無いだろう? 所々が曖昧だがね」

「それはそうですけど。ど、どうして彩の父親のあなたがこんなことを?」

「元だ。元父親だ。それに私が彩とどのような関係だろうとも、それは君の疑問とはなにもリンクはしないのだよ」

 澤井は顔色一つも変えず、ただ無表情に修一の問いに返す。

「彩に対して、娘に対して恥ずかしいと思わないんですか? 恐ろしい計画を実行しようとしているのに」

「元娘だ。それになにを恥ずかしいと思うんだね? くだらんな」

「く……この」

 修一に怒りが沸き上がってきた。だが、その時にまた修一の脳裏に刑務所での彩との会話が浮かんできた。

〔彩のお父さんってそんなに忙しい大変な仕事をしてるんだ?〕

〔そうよ。だって会社社長だもの〕

 鮮明に言葉が浮かんでくる。

「ん? どうしたんだね?」

 腑に落ちないといった表情をしている修一を見て澤井は言った。

「あなたが言っている話はおかしい。彩の父親は会社の社長だったハズ。あなたが社長なんですか?」
「いや、私は開発部の一員だ。さっきまで居た沙羅や平松よりも社内での立場は下だ。彼女達は主任の立場なのでな」

「どういうことです? 本当は彩の父親じゃないんですね?」

 修一は澤井を睨み付ける。

「怖い顔をするんじゃない。簡単な話だ。このパイストス社は株式会社なのだよ。株式会社は株主が自分の持ち株に応じて会社に対する経営権があり、尚且つ、会社での決定事項なども決める権利があるわけだ。そして、株主総会で様々なことを決めるのだよ。当然会社の株を多く持っている者が決定権も会社での権力も強い」

 修一は言っていることは理解出来ているが澤井がなにを言いたいのかがわからなかった。

「つまりは?」

「株主総会で私は社長の座から降ろされたのだよ。それに、このパイストス社は社員だけでそれぞれが株を所有しているんでな。だから外部の干渉は全く無く、様々な取り決めは色々と自由なのだよ」

「なら、あなたは元社長ってことですか?」

「ああ、その通りだ。今は開発部のプログラマーの一員だ」

「でも、株は社長だったあなたが一番所有してるんじゃないんですか? それなのにどうして」

「世の中は多数決でね。私が一人でいくら株を所有していても、株主総会で社員達が結託して様々な案件を決定出来るのだよ。塵も積もれば山となる。ま、何処の世界にも派閥と言うものはある。つまり私は負けたのだよ」

 修一は納得した。しかし、それは同時に澤井が彩の父親だという事実を受け入れることにもなった。

 何処か妙に納得もしていた。彩と同じくキリッとした目に整った顔立ちが修一にそう思わせた。

「それじゃ本当にあなたは……」

「元父親だ!」

 澤井はハッキリと言った。

「そんな……」

「頭の足りない社員どもときたらこの私を……」

 澤井の表情からは恨みが見て取れた。

「ですけど、あの沙羅って人や平松って人達はあなた側の社員ですよね? あなたの指示でこの場所に居るって言ってたし」

「君の言う通り数名は私側の社員だ。言っただろう、派閥があるのだよ」

「どうりであなたに対する態度に敬いがあると思いましたよ」

「だが、他の者は私ではなく、現在の社長である駒村についた。二年前にこのパイストス社を設立したのが私だというのに」

「設立したのがあなた?」

「なにも驚くことはなかろう。以前の社長が私なのだから、それは容易にわかることだと思うがね」

「それは確かに」

「パイストス社を設立したのは約二年前だ。今は無能な者が社長だがね」

「あなたは初めから『パンドラ』を使い、災いを起こして世の中を破滅させるためにパイストス社を作り上げたんですか?」

「ああ。その通りだ」

「そして、開発部に『パンドラ』を作らせたんですね?」

「そうだな。いや、正確には開発部だけで作り上げたのではないと言った方が正しいな」

「どういうことですか?」

 修一は怪訝な顔で訊いた。

「私はパイストス社を設立する前はプログラマーとして仕事をしていてね。ある日、仕事が終わり自宅に帰ってから、仕事の残業として自宅で新製品のソフトウェアの開発のためにプログラミングをしていたのだよ。その時、偶然かどうかは知らんがあるプログラムを思い付いたんだ。そのプログラムが『パンドラ』の元となった」

 そこで澤井は一呼吸ばかり置く。

「あなたが『パンドラ』の元になるプログラムを考え出した。つまり発案者」

「ああ。そして『パンドラ』を完成させるためにパイストス社を設立したんだ。『パンドラ』を完成させるのは一人では難しく、優秀な人材が必要だったのでな。それでも完成までは一年半ほど掛かったがな」

「一年半……今から約半年前……」

 修一は頭の中でなにかが引っ掛かっていた。

「完成まで長く掛かった。苦労した」

 澤井は過去にふけるように静かに言った。

「パイストス社が社員だけで株を所有してるってことは、パイストス社は今の社員達が協力して立ち上げた会社なんですね?」

「その通りだが、一人だけは違う。最近入社した社員でパイストス社の設立時には居なかった社員もいる。だから当然、その社員だけは株を所有してはいないがね」

「そうですか。こんな会社に入社する人もいるんですね」

 修一は皮肉を込めて言った。

「これでも我が社は急成長中の企業だ。少なからず入社希望者はいる。だが、あくまでも我が社の計画に賛同した者だけだがね。その社員は倉木と言う若い女だ。君は会ったことがあるハズだな」

 それを聞いて修一は問い返す。

「僕と会ったことがある? 誰ですか、その女性は」

「言ってもわからん。私が振った話だがその話はどうでもいい」

「なら、いいです」

「そうかね」

 そう言って澤井は鼻で笑う。

「というか、そもそもあなた達はパイストス社を設立するためにどうやって集まったんですか? 全員が昔からの顔見知り?」

「いや、二年前にパイストス社を設立する時に知り合った。それまではみんながそれぞれ別々の仕事をしていて、別々の生活をしていた。会ったこともない」

「じゃあ、あなたはどうやって社員を集めたんですか?」

「サイトで知り合ったのだよ。今の世の中にはネット上で様々な交流を目的としたサイトがあるからな」

「そのサイトで意気投合した人間達がパイストス社の社員達ってことですか?」

「そうだ」

「それで全員があなたの考えに賛同したと? そしてパイストス社を設立することに協力したと? さっき言ってた最近入社した倉木って言う若い女性も?」

「ああ、私を含め全員がそうだ」

 澤井は修一の問いに無表情に答えるだけだ。

「そんな単純で簡単な出会いだったんですね」

「キッカケは問題ではない。大事なのは意気投合するに値する内容だ。『パンドラ』を完成させ、計画を実行し、世の中を破滅させる目的に賛同することだ」

 澤井は表情を変えた。その顔には悪意が満ちている。

 修一は内心臆していた。目の前にいるこの澤井と言う男が全ての黒幕だったことを知り。

「どうして計画を実行して世の中を破滅させるんですか? あなた達にそうさせる理由は一体なんなんですか? それに若い女性まで居るなんて……」

 修一はそれを思うと心が痛んだ。若者が、そのうえ、女性が恐ろしい計画に関係していることに。

「若者だろうと女性だろうと関係は無いと思うがね。最近の若者の犯罪は多発しているしな」

「た、確かにそうかも知れないですけど、その倉木って女性はいくつなんですか?」

「確か二十歳だったな」

「二十歳? そんな……僕の一つ下……」

 修一は自分と同じ若者が世の中を破滅させることを企んでいるなんて思いたくなかった。

「それで? 聞きたい話はなんだったかね?」

「計画を実行して世の中を破滅させる理由と、あなた達にそうさせる理由ですよ。どうして?」

「単純なことだ。この世の中を破滅させる理由は、この世の中に嫌気がさすからだ。私達にそうさせる理由はこの世の中に恨みがあるからだ。それだけだ」

 それを聞いて修一は怒りではなく、澤井も含めパイストス社の社員達に対し、情けない気持ちが湧いた。臆した気持ちは消えていた。

「なにを子供みたいなことを言ってるんです」

「なんだと!」

 今まで感情を露にしなかった澤井が語気を強めた。

「くだらない」

「なにがくだらんのだ!」

「世の中を破滅させようとしているあなた達に対してですよ!」

 修一は澤井に負けじと強く言い返す。

「世の中を破滅させるなんて、なにか特別な理由があるのかなって思ってました。だけど世の中に嫌気がさすからって、恨みがあるからって、なんだよその理由」

 修一はガッカリしていた。理由が単純、深い理由があるのかと考えていていた修一からしたら当然だった。いや、他のメンバー全員が同じように思うだろう。

「君のような若僧になにがわかるんだね? 長い人生を生きてきた私や我々の辛く苦しい人生を君は理解出来るのかね? 私の半分以下の人生しか生きてはいない君には私達の世の中に対する嫌気や恨みは理解することは出来んだろう!」

 修一は無言だった。

「その通りだとは思わないかね? 私の言っていることに間違いはあるかね?」

 修一はなにも言い返さなかった。澤井はさらに続ける。

「我々はみんながそれぞれ辛く苦しい人生を生きてきた。だからこそ世の中を破滅させるという目的にみんなが賛同した。そのためにパイストス社を設立した。『パンドラ』を完成させるために日夜頑張った。この腐った世の中を破滅させるためにだ」

 澤井の口調と言っていることは、もはや狂気のさただった。

「そして私も沙羅も平松も池内も荒木もだ。無能な部長の清水や亀井や現社長の駒村もだ。最近入社したばかりの倉木もそれ以外の社員達もみんなが同じ目的でパイストス社にいる」

 修一はただ黙って話を聞く。

「そして約半年前に『パンドラ』は完成した。あとは発売されるのを待つだけなのだよ。だから君達は邪魔だ」

 澤井は切り捨てるように修一に言った。

「あなた達に一体どんな過去があったんですか? どうしてそこまでして世の中を破滅させたいんですか?」

「理由を聞いてくだらんと思ったんじゃないのかね?」

「確かに世の中に嫌気がさして、世の中に恨みがあるからって理由で世の中の破滅を企んでるのは共感出来ないです。だけど、やっぱりなにか特別な理由が他にあるんじゃないんですか?」

 それを聞いて澤井は目をつぶった。なにか過去を思い出しているようだ。しばらくしてから目を開け口を開く。

「幼少期、少年期、青年期、その中で色々な出来事はある。辛く苦しく堪えられないようなことも。そして成人を迎え社会に出て何年何十年と経つ。だが、その間にも昔と変わらず辛く苦しい出来事がある。生きてきても良いことなどなにもありはしなかった。いくら努力しても幸せになれはしなかった。なにも満たされはしない。私や、私達はそんな人生を生きてきた」

 澤井は悲しい表情になっていた。

「日々起こる犯罪。日々流れる悲しいニュース。欲に埋もれた馬鹿な人間ども。金、女、男、トラブルの絶たない現代。年々増える犯罪率。平和の言葉も正義の言葉なんぞただの文字。秩序もなにも無い」

 修一は黙り聞いている。

「世の中に嫌気がさし恨みがあるのは当然だろう。こんな世の中を破滅させたいのは当然だろう」

 そう言って澤井は修一を見た。澤井の気持ちが伝わってきて修一は澤井の視線を反らすことが出来なかった。

「そうは思わないかね? 人生経験の浅い君には理解出来んか」

「ぼ、僕も辛く苦しい人生を生きてきました。あなた達に比べれば大したこと無いかもしれないですけど」

「どんな過去があるんだね? どんな人生を生きてきたんだね?」

 それから修一は今までの自分の人生を事細かに話した。

 だが、それを聞いた澤井の反応は冷たかった。

「それこそ、くだらんな」

「な……」

 修一は一瞬言葉を失った。

「なんだって? 僕の人生がくだらない?」

「ああ、くだらん。甘いんだよ。所詮は若者の甘えだ」

「毎日毎日が苦しかったんだ! それでもなんとか生きてきた!」

「生きてきただけだ」

「く……色々と話してくれたあなただからこそ、僕の話をわかってくれると思ったのに……」

 修一は落胆した。

「私が君に色々と話した? 私は自分の過去を詳しく話したわけじゃない」

「それはそうですけど。でも、僕の人生に、僕の話に共感してくれると思ってた」

「君のその考えも君の過去の人生も甘いんだよ。自分自身に甘えた人間はみんながそうだ。今の若者が良い例だな」

 修一はなにも言い返せなかった。言われて納得してしまった。

「確かにあなたの言う通りです」

「よろしい」

「だけど、世の中を破滅させようとしているあなたに偉そうに言われたくはないです」

「それもそうだな」

「あなたの過去を詳しく話してくれませんか?」

 それを聞いて澤井は反応する。

「君に話す必要はない!」

 澤井は眉間に皺を寄せキリッとした目が鋭くなった。

「話したところで君にはなにも理解出来まい。甘ったれた人生を生きている今の若者にはな」

「そんなことは……いや、わかりました」

 修一は澤井と心を通わすことを諦めた。

「とりあえず言えることは私も含め、パイストス社の社員達はみんなが世の中を破滅させるだけの理由を持っているのだよ。最初に君はくだらんと言ったがね」

「それでも、やって良いことと悪いことは……」

「黙れ!」

 修一は澤井の一喝に言い返すことが出来なかった。

「一つ教えてやっても良い話は我々パイストス社の社員達はそれぞれお互いの詳しい過去は知らんのだよ。賛同し集まったと言ったが、わかっているのはお互いに世の中を破滅させるに値する理由を持ち合わせていることくらいだな」

「そんななにも交流の無い社員達なんですか?」

「ああ。プライベートのことも話はしない。だが、沙羅と平松は例外のようだ。我が社に入社する前からの付き合いがあるみたいなのでな」

「あの二人もパイストス社の設立時から居るんですか?」

「そうだ。やり手の二人だ。だからこそ情報部、開発部の主任なのだよ」

「それにしても社内でなにも交流の無い会社なんて」

「目的のために集まった人間達だ。お互いのプライベートの話など必要無いだろう。当然、家庭のこともだ。それぞれがそれ相応の歳で家庭を持っている社員達も居るがな」

「あなたもそうだったんですよね?」

「離婚する前まではだがね。それにパイストス社の社員達の全員が私と彩との関係は知らんのだよ」

「どうりでパイストス社の社員達の彩に対する態度や行動が敵扱いだと思いましたよ」

「私の娘と知らないうえに部外者だから当然だ」

「あなたは彩に対してなにも思わないんですか?」

「なにを思うんだね?」

 澤井は無関心で無表情だった。

「さて、そろそろディスクを渡したまえ」

 またもや修一は黙り込んだ。

「どうしたんだ? 聞いているのかね?」

 ずっと黙ったままの修一の顔を覗き込むように言う。

「聞いてますよ」

 その口調には感情はこもっていなく、ただボソリと言っただけだ。

「ならば……」

「嫌です。ディスクは渡しません」

「最近の若者には我々の気持ちは理解出来んようだな」

「そんなことはありません」

 修一は毅然として言った。

「どうだかね。だが、倉木は若者だが彼女も人生経験は少ないとはいえ、辛く苦しい人生を生きてきた。だからこそ、我が社に入社することを許可したんだかね」

「二年前にあなた達がサイト上で知り合ったのと同じように、倉木って女性もサイト上であなた達と知り合ったんですか?」

「そうだ。一、二名ほど情報部に社員を追加したかったのでな。以前我々が使用していた同じサイトに求人募集の書き込みをしたのだよ。そして変わった形式ではあるがサイト上で数名の希望者の面接をした。文字上での会話だがそれを一時審査として倉木は合格した。次にパイストス社に来てもらい二次審査をし、直に面接をして話をした結果、倉木は採用になった」

「その倉木って女性は本当にあなた達と同じ考えなんですか?」

「若者とはいえ短い人生の中でも色々と辛く苦しい人生を生きている者もいる。倉木はそれ相応の人生を生きてきたようだ。だからパイストス社の社員として採用した。当然、一番の理由は我が社の計画に賛同したからだがね」

「なにも若者まで……それに女性なのに……」

「君と違い甘い人生では無かったようだ。それより倉木の話などはどうでもいい。ディスクを渡したまえ」

 そう言って澤井は手を修一に向けて言った。
「だから嫌です」

「聞き分けの無い人間が一番面倒だ」

 澤井は遂に修一に歩み寄ろうと一歩前に出た。

「近付くな! それ以上近付こうとしたらディスクを踏み潰す」

 修一の決意を察した澤井は後ろにさがった。

「それをしたら自分や仲間達がどうなるかわかっているのかね?」

「わかってます! でも、みんなの安否がわからない。だからそれまではディスクは渡さない」

「君の仲間達が全員無事だったとしても、君は大人しくディスクを渡すとは思わんがな。元々はディスクを破壊するために侵入して君はこの社長室に居るわけだしな」

 澤井は修一の目を深く覗きこみ、修一の考えを見透かすように言った。

「あなたは仲間達が無事だとわかったあとに僕がディスクを破壊すると考えてるんですね?」

「そうだな。だが、結局は仲間達が無事という現状がわかるだけで、そのあとの結果は変わらんよ。我々は君達を無事に帰しはしない。我が社の計画の邪魔になるんでな。それに全てを知っている」

 修一はそう言った澤井から危機感を感じだ。

「君達の後ろにいるハッカーは厄介な存在だ。そのハッカーから全てを教えて貰ったんだったな? そうじゃなければ君達が深く『パンドラ』のこともプログラムに関することも、我が社の計画を知ることも出来んからな。まぁ、それはさっき沙羅や平松が話していたことだが」

「そうです。あなた達の恐ろしい計画も全てを教えて貰った。プログラムをインストールした通信機器から発せられる電波が人間の脳に特殊な作用を与えることも、『パンドラ』プログラムの力で人の心に災いを起こして悩み苦しみを増長させ人々を大量自殺させたり、ストレスを刺激して犯罪を多発させたり、絶望や悪意により社会の秩序や人間を狂わせて世の中を破滅させる計画のことを」

 修一は澤井に強い口調で、全てを見透していることを伝えるように言った。

「それに脳内麻薬なんて普通は考えつかないような物の作用で人の心を変えるなんて……」

「君はその脳内麻薬に世話になっているのではないのかね? それはハッカーが改変したプログラムの変化の力による作用だがな」

「それは確かそうですけど……」

「とりあえずは誰なんだね? そのハッカーの正体は」

「教えられません」

「教えられません? ならば君は正体を知っていることになるな」

 修一は自分の発言に後悔した。

「知りません」

 修一は首を横に振る。

「ハッキングの技術がかなりあり、有名なハッカーとなると『アラン』か『シンドラー』くらいか……」

 それを聞いて修一は軽くドキッとしたが平静を装う。

「もしくは『電脳夜叉』か……」

「知りません」

「その『電脳夜叉』は過去に活動していたハッカー。現在は噂を聞くことも無い。まあ、当然そうなるんだが」

「ハッカーの話なんて詳しくわからない」

「なににしても卓越した技術を持ったハッカーは『アラン』と『シンドラー』と『電脳夜叉』の三人だ」

「本当に知らないし、知っていようと知っていなかろうとあなたには関係無い」

 修一は頑として言った。

「やれやれだ。まぁいい。ディスクを渡したまえ」

「何度も繰り返さないで下さい。嫌です」

「ならば取引をしよう。ディスクを渡せば警察沙汰にはしない」

「警察も含め表沙汰にしたくないのはお互い様でしょう」

「確かにその通りだ。だが、さっきも言ったが現実を考えれば悪者は君達だ。我々はこの件が表沙汰になったとしても実際のところはダメージは無いのだよ。我々はただ単に世間の我が社に対する印象を下げたくないだけだ。事件があったなどとニュースや新聞で報道されれば我が社に対する世間の評価も下がるからな。特に今はセキュリティソフト『パンドラ』の発売が間近だ。計画が実行されたら当然規模は大きい方が良い。そのために『パンドラ』の購入者を減らさないために我が社としては世間の印象や評価を下げたくない」

 澤井は威厳を放ちながら、修一に説明した。

「だったら、警察には通報出来ないハズです! あなたの言ってる意味はそう言うことだ」

「ふん、あくまでも今説明したような理由があるから警察には通報しないだけだ。勘違いするな。通報出来ないのではなく、しないだけだ。結局は計画に支障が出なければ問題無い。だが、この時点で十分に支障は出ているがね」

「そうですか」

「初めからわかっていたことだと思うが、そうなると分が悪いのは君達だ。ディスクを渡せば警察沙汰にはしないと約束しよう。そして君も含め、仲間達になにも危害は加えないことも約束しよう」

「約束? そんなの嘘に決まってる! それにみんなが現在無事なのかもわからない!」

「本当に面倒な男だ。ディスクを渡したまえ」

「だから何度も同じ会話を繰り返さないで下さい!」

「それは君も同じだ!」

 澤井は語気が荒くなる。

「まずは仲間達の安否を確認させて下さい。それ以上の話はそのあとです。僕は一歩も引きませんよ」
 そう言った修一の強い意思を感じ取ったのか、澤井はケータイを取り出した。

「本当は沙羅と平松の方から連絡が来るんだが仕方がない。私から連絡しようじゃないか」

 そして澤井は電話を掛けた。
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