パンドラ

猫の手

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五章

【侵入-1】

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 図書館でのメンバー結成から数日が過ぎた。

 シンドラーからは未だに連絡は来なかった。

 修一はコンビニのバイトに励み、仕事終わりに図書館に脚を運び、いつものように趣味の読書を楽しむ日々を送っていた。

 村野やオカマ達とはお互いに時間に都合がある時は遊びに出掛けたりもしていた。

 修一は仕事中に福井とパイストス社のことで周りには聞かれないようにコソコソと話をしていたら、店長にサボっていると勘違いされ店員としての評価を下げる羽目になってしまった。

 建築業をしている村野は冬も近いこの時期の寒さに耐えながら仕事をこなしていた。

 寒空の下でも汗を流しながら仕事を頑張っている村野は仕事に生き甲斐を見出していた。蒼太と紅太は学生として、毎日勉強に追われていた。二人は成績は優秀だったが、テストだけは苦手なようだ。

 福井は修一と同様にコンビニの仕事を頑張っている。だが毎日眠そうにしていた。修一が福井に訊いた話では、毎晩、夜遅くまでオンラインゲームをやっているらしい。

 メンバーのみんなは、やがて来るその日まで、そんな具合に今まで通りの生活を送っていた。しかし日々を送っているのはパイストス社も同じで、計画実行の日まで様々なトラブルを排除したり計画成功のために色々な作業に追われていた。

 そしてこの日のパイストス社では、社長、情報部清水部長、開発部亀井部長、情報部沙羅主任、開発部平松主任、そしてそれらの上司達の中にまじり、開発部の澤井広和も出席していた。六人が会議室に集まり会議を開いている。

 会議室は広々としていて、薄暗い部屋は妖しい雰囲気を出している。室内の奥にはでかいモニターが取り付けられており、会議で出される書類の内容を出席者全員が明確に見れるようになっていた。

「それでは、各自報告してくれたまえ」

 そう言ったこの男はパイストス社の社長である「駒村武夫こまむらたけお」だ。

 歳は五十代前半の男で、いかにも人の上に立つ人間だと周りに思わせる容姿をしている。髪はオールバックに決め、キレイに整った口髭を生やしていた。

「はい。まず我々情報部の報告は我が社のコンピューターに侵入したハッカーのことについてです」

 情報部部長の清水が言った。

「ハッキングの痕跡を見つけ、ハッカーの存在を明らかにしたものの、未だにハッカーの居場所は掴めてはおりません。そして現在も白井修一とハッカーが繋がっているのかもわかっておりません。ですが、例の廃墟ビル跡の件で白井修一が言っていたことと、開発部との意見を交わした結果、『パンドラ』のプログラムの力を利用しなにを企んでいるのかはわかりました」

「それは一体なんだね?」

 社長の駒村は軽く身を乗り出して言った。

「詳しい説明は開発部にしてもらいましょう」

 そう言って清水は開発部部長の亀井に目を向けた。

「では私から説明しましょう。白井修一に起きていた変化のことは以前、社長に報告しましたが、何故ハッカーはプログラムを改変して災いから変化の力に変え、白井修一にアドレスに改変して送ったのか、その理解は我が社の計画を阻止するためでしょうな」

「君達が先程から言っていることは以前、私に報告した内容と変わらんではないか。結局は全く進展はしていないのかね?」

 駒村はテーブルを叩き、怒りを露にして言った。

「いえ社長。まだ話は終わっておりません」

 亀井が両手を前に出し、駒村をなだめるように言った。

「新たにわかったことを報告したまえ」

 その時、澤井が口を開いた。

「計画阻止のための仲間集めか……」

 腕を組みながら会議室の隅の方で大人しく会議のやり取りを聞いていた澤井が言った。

「あなたには黙っていて貰いたい。今は私が社長に説明しているところなんだよ」

 亀井が不機嫌な顔を澤井に向けた。

「それはすまないな」

 澤井は素っ気なく返した。

「まぁ亀井部長、良いじゃないか。彼に説明させよう」

 清水が言った。

「ふん、そうですな。今は我々の部下だが元々は……」

「そんなことはどうでもいい。それに、『パンドラ』のプログラムこそ元々は……」

 亀井の言葉を遮って澤井が言った。

「やめたまえ諸君。それでは、さっきの話の説明をしてもらおう」

 駒村は澤井に言った。

「それはどうも。では話をまとめて順を追って説明していこう」

 澤井はまた素っ気なく返し、説明を始めた。

「初めにハッカーは我が社にハッキングし、『パンドラ』のプログラムをコピーして盗み出した。そしてプログラムを読み解きプログラムの力を理解した。それから我が社の計画を知り、計画が実行されることを黙って見てはいられなくなり、プログラムを改変して変化に変えた。変化の力は我々開発部が情報部の言っていた白井修一の情報とプログラムの仕組みを照らし合わせて推測し、ある程度のところまではわかっていた。そして再度検討した結果、変化は脳内麻薬の分泌を効率的にプラスに促進させ心に希望を与える。まぁこのことは既に全員が知っていると思うがな」

「もちろんそんなことは報告を聞いてわかっておる。私が聞きたいのは計画阻止のための仲間集めについてだ」

「説明は順序良くだ。話し合いはそういうものじゃないのかね?」

 澤井は腕を組み合わせ得意気に言った。その澤井の表情からは威厳が見て取れた。

「ふん、そうだな。では説明を続けてくれたまえ」

「簡単な話だ。変化の力により希望や善意が心にもたらされれば正義感も当然芽生えるハズだ。何故、白井修一に目をつけたかはわからんがな。白井修一にプログラムを改変したアドレスを送ったのは我が社の計画を阻止するための仲間にするためだろう。単純に考えればそれしかあるまい。話をまとめるとそういうことだ」

「ならば、ハッカーと白井修一は我が社の計画を阻止しに来ると言いたいのかね?」

「その可能性は高い」

「しかし、確証は無いだろう」

「そうだな。しかし、他の人間にも変化のアドレスを送っている可能性もある」

「ですが社長。探知機によりプログラムの電波はあれ以降はキャッチしていません。ですので、白井修一はもうハッカーとの繋がりは無いかと思いますな。当然電波をキャッチしていないのならば、ハッカーが他の者に変化のアドレスを送っている可能性も無いと思いますな」

 清水が割って入り言った。

「だが、可能性はゼロではないんじゃないのかね?」

「完全にゼロとは言えませんな。しかし、白井修一に関しては常にではありませんが倉木に身辺調査を行かせたりもしています。彼女の調査報告の内容は曖昧なところもあり完璧ではありませんが、現在我々情報部はハッカーとの繋がりも、白井修一に関する変化のことも限りなくゼロだと考えています」
「なるほどそうかね」

「それに白井修一に関しては以前の廃墟ビル跡で痛い目にあったことにより、我が社に関わる気はもう無いと思えますな。ハッカーが他の者にも変化のアドレスを送っても、白井修一に起きたことから仲間集めをしても結果は目に見えていることはハッカー自身も理解しているハズです。それに如月彩に関しては彼女は刑務所に居るので問題外」

「うむ」

 駒村は考え込む。

「白井修一がハッカーから我が社の計画やプログラムのことを全て教えてもらい、その話を廃墟ビル跡に居たという友人達と思われる者に話したとしても、そんな話を信じるわけがない。よって、白井修一の友人達も問題外ですな」

 清水は淡々と説明する。

「そうか。ならば警戒しなければいかんのはハッカーだけだな。仲間が居なければ我が社の計画を阻止など出来まい」

 駒村は清水の説明に納得した。

「とりあえず話はまとまった。ハッカーが持っているプログラムのコピーのことも気掛かりだが、我が社の計画が無事成功すればあとは問題あるまい。だが、我が社の計画が確実に成功するためにハッカーの警戒を怠るな」

 駒村の言葉に全員返事を返した。

 だが、澤井だけは返事をしなかった。

「それでは、今日の会議はこれで終わりだ」

 社長の駒村はそう言って席を立ち会議室から出ていった。

 清水、亀井も駒村に続き席を立ち、会議室をあとにした。

 結局最後まで沙羅と平松は会議中に一言も口を開きはしなかった。

 それから沙羅と平松も席を立ち二人も会議室から出ていった。だが澤井は席に座り続けたままでいた。

「考えの足りない男どもだ……」

 澤井は一人会議室の中で呟いた。



 さらに数日が過ぎ、修一がシンドラーと電話で会話をした日から二週間が経過していた。

 セキュリティソフト『パンドラ』が発売されるのは一週間後に迫っていた。

 修一はこの日バイトの残業で、帰ってきたのは夜の九時だった。

 交代で来るハズの学生バイトの子が欠勤したせいで残業する羽目になってしまったのだ。

 クタクタの体で自宅に着き、母親が夕飯を用意していてくれたので、スグに空腹の腹を満たした。

 そのあとに修一は母親から郵便小包を渡された。

「なにこれ?」

「修ちゃんがバイトに行っている時に届いたのよ」
「そうなんだ」

 そのあと小包を自分の部屋に置いてから風呂に入り、自分の部屋に戻った。

 そして、いつもの読書タイムは始まった。

 しかし本を数ページ読む度に本を閉じてしまう。パイストス社の計画が実行される日が一週間後に迫っているために不安で気分が落ち着かないせいだった。

(シンドラーさん、どうしたんだろう? あれから二週間。まさか掲示板の書き込みを見てないわけでは無いだろうし)

 読書に集中出来る気分ではないが、なにもせずに過ごしているよりはマシだと思い、修一はまた読書を始めた。

 本を読んでいるうちに眠くなり、修一はウトウトし始めた。その時にスマホの着信が鳴り修一の眠気が吹き飛んだ。無意識に手を伸ばしスマホを手に取った。

 スグさま電話に出た。電話口からは前回と同じく変声器で変えた声が聞こえた。

「こんばんは、白井さん。お久し振りです」

「こんばんは。シンドラーさん元気にしてましたか?」

 普通に挨拶をしたが、そんな会話をしている場合じゃないことに修一は気付いた。

「シンドラーさん、一体今までなにをしていたんですか? 計画が実行されるまであと一週間ですよ」

「わかっていますよ。遅くなったことは申し訳ありません。ですが全ての準備は整いました」

「本当ですか? 良かった!」

「小包が届いているハズですが中身を確認しましたか?」

「小包?」

 修一は机の上に置いたままにしていた小包に目を向けた。

「はい届きましたよ。まだ中身は見てませんけど」
「それでは小包を開けてください。中には大事な物が入っていますから」

 それから修一は小包を丁寧に開封した。中には一枚のディスクが入っていた。

「これはなんですか?」

「パイストス社の開発部にあるメインコンピューター内の全データを破壊するためのコンピューターウイルスです」

「コンピューターウイルス?」

「ええ。本当は、私はウイルスなどは作りたくなかったんです。ウイルスでコンピューターのデータなどを破壊することは私が好きじゃないことなので。しかし、この場合は仕方ありません」

「ハッカーとしてのプライドとかこだわりですか?」

「そうですね。それより、それを作り上げるのに時間が掛かりました。お陰でパイストス社の計画実行までの残り時間が一週間になってしまいました」

 そういうことだったのかと修一は思った。

「そうだったんですか。それじゃ僕達がパイストス社に侵入したらこれを使えば?」

「そうです。しかし問題はデータディスクの方です。データディスクはパイストス社の保管庫に保管されているハズですから。ですので、その保管庫を開けるための鍵が必要になります」

「その鍵はどうやって手に入れれば?」

「探し出すんです。大事な鍵ですから、社内の誰でも出入り出来るような場所には置いてないハズです」

「となると?」

「鍵のある場所は社長室でしょうね。会社の最高責任者である社長が鍵の管理をしているのは当たり前だと思いますので」

「なら、社長室の中を調べるしかないですね。わかりました」

 そうは言ったが、修一は自分がやろうとしていることの重大さに軽く怯み気味になった。

「お願いします白井さん」

「ところで、僕達が計画を阻止するためにはパイストス社に侵入しなければならないってことはわかってますけど、方法や手順はどうすれば? 詳しくはどうすれば?」

「もちろん、その方法や手順も考え済みです。それでは詳しく説明します」

 そう言ってから、シンドラーは修一にパイストス社の計画を阻止するための方法と手順を詳しく説明した。

 侵入の方法、侵入してからの各自の行動、メンバーそれぞれの役割を事細かに説明した。

 計画阻止のための方法は修一が思っていた通りに直接的で危険の大きい方法だった。

「わかりました。それしかありませんね」

 そうは言ったが、不安に襲われ修一は呼吸が息苦しくなった。

「ええ、お願いします。白井さんを含めた五人には是非とも頑張って貰いたいです」

 修一はシンドラーのその言葉を聞いてなにか違和感を感じた。

「ところでシンドラーさんは、どのように行動するんですか?」

「私は私のやり方で色々と行動します」

「すいません。意味がわからないんですけど。具体的にはどうするんですか?」

「それは教えられません。何故なら私はハッカーですから」

 修一は理解出来なかった。

「とりあえず、私はパイストス社に侵入出来るように侵入する直前にパイストス社の警備システムを遮断します」

「そんなことが出来るんですか?」

「出来ます。社内のコンピューターのセキュリティは強化されているでしょうけど警備システムまでは強化していないでしょうから」

「なるほど」

「それに、どの会社も警備会社と契約をしていますから。ですので私は警備会社にハッキングをしてパイストス社の警備システムを遮断します。それならば成功します」

 シンドラーの説明を聞いて修一は納得した。

「わかりました。お願いします」

「まかせてください」

「それでシンドラーさん。パイストス社に侵入するのはいつになるんですか?」

「五日後です」

「五日後? 五日間も余裕に過ごしてる場合じゃないですよ」

「問題はありません。計画が実行されるのはそれから二日後。要はそれまでに計画を阻止すれば良いのですから」

「確かにそうですけど、余りにも……」

「焦りは禁物です。白井さん達五人はこの五日間を使い、気持ちを整理したり、士気を高めたりと色々と有意義に過ごして下さい」

「そうですね。焦ったって意味はないですよね」

「ええ。ですから侵入の日までは今まで通りに過ごしてください」

「わかりました」

「あっ、ところで白井さん。変化のアドレスはメンバーの誰かに送ったんですか?」

 シンドラーはそのことを訊き忘れていたのを思い出した。

「いや、彩以外の人には送ってません。みんな変化アドレスは必要ない人達ですから」

「そうですか」

「送った方が良かったですか?」

「そうですね。変化の力を受けていた方が色々と計画阻止のためにプラスになりますから」

「でも僕以外のメンバーの全員は変化の力は必要ないですよ」

 修一は自信を持って言った。

「それならば安心です」

「メンバーの一人で村野って言う僕の友達は特に必要ないですね」

「村野? 以前話してくれた廃墟ビル跡の出来事の時に居合わせたっていう白井さんの友達の?」

「はい。そうです」

「その村野さんはそんなに強い心を持っているのですか? いざという時には大丈夫なんですか?」

「いざという時? どういう時ですか?」

 修一は不安気に訊いた。

「例えば、廃墟ビル跡の時のように万が一またパイストス社の社員と対峙する羽目になった場合に闘えますか? 廃墟ビル跡の時みたいな場面に出くわしたら大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。本当はケンカはしないって決めてるみたいなんですけど、友達のためなら仕方なく闘います。でも過去の過ちからケンカの時に本気で力を出せないみたいなんですけど……」

「過去の過ち?」

「ああ、いえ、村野には過去に色々とあったんですよ。すいませんけどそれは話せません」

 村野の辛い過去を勝手に話すことなど修一には出来ない。

「なるほど、そうですか。ですが話から察するにケンカが原因のようですね」

 それを聞いて修一はギクッとした。

 修一は苦笑いするしかなかった。

「ですが、白井さんが言うように大丈夫なら問題はありません」

「そうですか。でも本当に村野は強い心を持っていて、本当に優しいんです。たまに口は悪いし我が強いんですけど誰かの頼みは断れない人間なんですよ。カードを作るのを勧められても断らないし」

「カード?」

「はい。僕の働くコンビニの会員カードを作るのも、図書館の利用カードを作るのも素直に応じてくれました」

「そうですか。なるほど、それはいい……」

「え? なにがですか?」

「いえ、なんでもありません。それではもうこんな時間なので話は終わりにしましょう」

「まあ、そうですね。それでは……」

 そう言って修一は電話を切ろうとしたが、一つ言い忘れていたことを思い出した。

「あ、シンドラーさん」

「はい、なんでしょう?」

「すいません。前もこんなことがありましたね」

「そうですね。それで、なんでしょうか?」

 修一は一呼吸間を置いてから言う。それは先程感じた違和感の答えだった。

「シンドラーさんは僕のことを知っている人間なんですよね? そして僕が知っている人間の誰かがシンドラーさんなんですよね?」

「そうですね」

「僕はシンドラーさんに指定された通りに『チャネラー』って掲示板に『駒は揃った』と書き込みましたが、人数までは書き込んでませんよ。それなのにどうしてメンバーは僕を含めて五人だとわかったんですか?」

「それは……」

 それ以上シンドラーはなにも言わなかった。
「あと、それに……」

 そう言ってから修一は少し間を置いて言う。

「多分ですけど、シンドラーさんの正体がわかったかも」

「それでは失礼」

 そう言ってシンドラーは電話を切った。

(な、なんだよ……いきなり切ることないのに)

 それから修一はメールを作成して、メンバー全員にメールを全送信した。

(これで良し。明日みんなに計画阻止の方法と手順を説明しよう)

 そして、修一はスマホを閉じベッドに寝転がる。

 一つ一つの物事を着実に進めていく中でも修一の憂いは消えない。

 それは全てを終わらせ一段落しても、その先には果たすことの叶わない彩との約束が残っているから。

(本当にどうしよう?)

 ため息まじりの言葉を頭に浮かべ、まぶたを閉じた。

(それにしても、シンドラーって人は凄いな。なんでも出来るんだろうな)

 そんなことを思いつつ微睡みかける中で、彩との約束、シンドラーに対しての考えが重なりあった。
(ハッカーか……)

 修一は閉じたまぶたを開き、起き上がった。

(そうか、わかった。シンドラーさんがあの時言った言葉はそういう意味か。もしそうなら……)

 確実とはいかないまでも、憂いの種を摘みかけた。
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