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四章
【駒-5】
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「本当かよ……」
修一の話を聞き終えた村野が呟いた。
他のみんなも声には出さなかったが、反応はみんな同じだった。
信じられないような話しだが、全員に先程の勉強会の効果があらわれていた。
無知な状態でこの話を聞いても、聞いた者の中ではウソ話で終わるが、ある程度でも話の根拠になる知識があれば、信じる気持ちにはなる。
そうなるように仕向けた修一の計算は成功だった。
「本当の話だよ」
修一が気持ちを込めて言った。
「そんなことが起きたら世の中どうなるのよ?」
「嫌よぉ、怖いわぁ」
オカマ達の言動からは修一の話をほとんど信じているということが伝わる。
「世の中は破滅するよ。秩序も人の善悪も狂う。災いにより、心と世の中には絶望しか残らない」
修一はやがて来る現実を見据えて答えた。
「どうしてパイストス社はそんなことをするんだい?」
福井が修一に訊いた。
「それはわかりません。どうしてそんなことが出来るのか……」
それから五人は黙り込んだ。完全に修一の話を信じたわけではないが、それぞれが修一の話を聞いて平常心ではいられず、不安な気持ちに駆られて縮こまっていた。
数分間その状態は続いたが修一が立ち上がり、みんなに顔を向けて口を開いた。
「みんな! 僕の話を信じて欲しい!」
修一はそれだけ言って口を閉じた。
修一の言葉を聞いて誰もなにも言わなかった。
修一は誰かが口を開くまでその場に立ち尽くし、言葉を待った。
少ししてから村野が立ち上がり、修一を見て口を開いた。
「修一。お前は嘘は言わないからな信じるぜ。それにお互いに過去を語り明かした仲だしな。疑うことは出来ないぜ」
「村野……」
「耳を疑うような話だがお前を疑いはしない。信じられないような話だがお前のことは信じるぜ」
「ありがとう」
オカマ達も立ち上がり、口を開いた。
「そうよね。話の内容はとんでもない内容だけど、修一さんが嘘を言うわけないもの」
「そうよぉ。信じなきゃいけないのは話じゃなくて修一ちゃんのことよぉ」
福井も立ち上がり口を開く。
「確かにみんなの言う通りだな。僕は修一君とはバイト先で付き合いが長いからわかるけど、君は嘘はつかないものな」
修一はみんなの言葉を聞いて頭を下げた。
みんなの気持ちが伝わり感動し、頭を下げたくなった。だからこそ「感謝」と言うのだろうと修一は心から思った。
「みんな本当にありがとう」
そう言ってから修一は頭を上げた。
「それで? 俺達はなにをしたらいいんだ?」
村野が言った。
「うん……実は……」
修一はそれ以上の言葉言えずに口をつぐんだ。
話した電話でのシンドラーとの会話の中でパイストス社の計画阻止のためのメンバー集めのことは話していなかった。
友達を危険な目に遭わせたくないという修一の考えは変わっていない。
「どうしたんだ? 修一」
「実はパイストス社の計画を阻止するには、そのためのメンバーが必要なんだ……」
「そうなのか?」
「うん。今のところは僕とシンドラーさんだけなんだ」
「メンバーが足りないのか?」
「そうだね……」
「なら、俺もメンバーに加わるぜ」
それを聞いて修一は驚く。
「いや、ダメだよ。物凄く危険なんだ。この前の廃墟ビル跡の時はあれだけで済んだけど、今度ばかりは本当に無事じゃ済まないよ」
「だけどよ、その計画とやらが実行されたら世の中が無事じゃ済まないぜ」
「それはそうだけど、みんなを危険な目にあわせたくないんだよ」
修一は必死になって言った。
「お前は計画を阻止するためにパイストス社に行くんだろ?」
「もちろん行くよ。黙っていられないし」
「俺もお前と同じ気持ちだぜ」
村野のその言葉を聞いて修一は言い返せなかった。
「俺だって黙っていられねぇよ。それに修一が危険な目にあってるのに俺だけ安全地帯に居るなんて耐えられねぇ」
「でも、村野……」
「俺達は友達だろう?」
その言葉で修一の中でなにかが弾けた。
もし自分が村野の立場だったらと考えたら、村野と同じことを言っていただろうと修一は思った。
修一は計画を阻止したいと思う村野をメンバーに入れないわけにはいかなかった。
「村野わかったよ」
修一は村野に手を差し出した。
「よし決まりだ」
村野はそう言って差し出された修一の手を握り、固く握手をした。
「蒼太と紅太。お前らはどうする?」
村野はオカマ達を見て言った。
「なにを言ってるのよ。私達もメンバーに加わるに決まってるじゃない」
「そうよぉ。当たり前じゃない」
「でも、お前らは未成年だぜ。万が一で将来を棒に振ることになるかもしんねぇぞ?」
「村野さんだってそんなに歳は変わらないじゃない」
「そうよぉ。それに未成年だからこそ、警察沙汰になった時の後始末が軽いわぁ」
「いや、そういうことじゃなくてよ……」
オカマ達の勢いに村野は押され気味だ。
「でも、確かに最悪のパターンは考えておかないといけないな」
福井が言った。
「それは確かにそうっすけど」
「こちらがどういうやり方で計画を阻止するかも考えなければ」
「もしかして、あんたもメンバーに加わってくれるんすか?」
「もちろん! 君達と同じ気持ちだよ」
村野は福井に手を差し出した。福井は握り返して固い握手を交わした。
「オカマ達も福井さんも本当に良いの? 本当に危険だよ」
修一が言った。その言葉を聞いて三人は深く頷いた。
三人の決意は修一にしっかりと伝わり、修一は感謝の笑みを浮かべた。
「ところで修一、一体どうやって計画を阻止するんだ?」
村野が訊いた。
「かなりのリスクがあるけど、パイストス社に侵入するしかないみたい。侵入してパイストス社の開発部にあるメインコンピューター内の『パンドラ』のプログラムの全データを削除して、それとは別にプログラムの入ったデータディスクもあるらしいから、それも破壊するしか計画を阻止する方法はないみたい」
「マジかよ。不法侵入になるよな」
「うん。だけど、それしか方法が無いんだ。データディスクがあるんだから仕方ないよ」
「でもよ、コンピューター内のプログラムのデータだけはシンドラーって奴がハッキングしてコンピューター内のデータを削除すりゃ問題ないんじゃねぇか? データディスクだけは俺達がパイストス社に侵入して直接ぶっ壊さねぇとダメだけどよ」
「それが、ハッキングは難しいって言ってた。セキュリティが強化されてて失敗に終わる可能性が高いみたいだから」
「それならパイストス社に侵入するしかねぇな……」
「だからこそ危険なんだ。みんなそれだけは覚悟して」
修一は四人を見て言った。
「でも、侵入するための詳しい方法はどうなの?」
蒼太が訊いた。
「そのことについてシンドラーさんから後日、僕に連絡があるんだ。今はシンドラーさんが侵入するための手順を考えているみたい」
「そうなのぉ。ハデな方法だったらは嫌だわぁ」
紅太が言った。
「いや、シンドラーさんは慎重な人みたいだから、上手いように考えてくれてると思うよ」
「それに、そのシンドラーって人も『パンドラ』の発売までの時間はそんなに無いから、急いでると僕は思うな」
福井が言った。
「そうですね」
そのあと、会話の途中で福井が椅子から立ち上がった。
「どうしたんですか? 福井さん」
「いや、トイレに行きたくてね」
そう言って福井は席を外した。
「修一。メンバーが集まったのは良いけどよ、シンドラーって奴に報告しなくて大丈夫か?」
村野の言葉を聞いて修一はハッとした。
「ああ、そうだった。書き込まないと」
「書き込む?」
「うん。メンバーが集まったらサイトの掲示板にそのことを書き込んでくれって言ってたから」
修一はケータイを開き、シンドラーが指定した「チャネラー」というサイトに繋いだ。
修一はスグに掲示板に書き込んだ。「駒は揃った」と。
「よし、完了」
そう言って修一はスマホをポケットに戻した。
少ししてから福井がトイレから戻ってきた。
「大事な話の途中で席を外してしまって悪いね」
そう言って、福井はハンカチで手を拭きながら席に戻った。
「あの、みなさん」
望野が修一達に声を掛けた。
「ん、なんですか? 望野さん」
修一が言った。
「そろそろ閉館時間なので……」
「もうそんな時間なんですね。わかりました」
修一は椅子から立ち上がり、続いて他のみんなも椅子から立ち上がった。そのあとに村野が福井に言う。
「あ、福井さん」
「ん、なんだい?」
「連絡先を教えて貰っていいっすか? 知っといた方が良いかなって」
「そうだね。わかった」
村野と福井はスマホを取り出して、お互いの連絡先を交換した。
「それじゃ、みんな今日は帰ろう」
修一がそう言ってから、みんなはその場を離れ、図書館の出口に向かった。出口の扉を開け図書館から出ようとした時に望野がみんなに声を掛ける。
「みなさん。帰る前にどうせなら図書館の会員カードを作っていきませんか? 本を借りるための利用カードですけれども、みなさん良かったらどうですか?」
「みんな作っていったら?」
修一が言った。
「私はいらないわぁ」
「私もよぉ」
オカマ達はハッキリと言った。
「僕も図書館を利用はしないから遠慮するよ」
福井も同じだった。
「村野はどうする? 作っていったら」
修一が村野に勧める。
「村野さんですか。是非とも作っていって下さい」
「どうすっかな?」
「是非とも!」
望野は村野に対して強く勧めた。
「ああ……まぁ、別に作っても良いぜ」
村野はそう言ってから望野のいるカウンターに行った。
「それではこの用紙に記入をお願いします」
村野は用紙の記入事項を全て書き終え、望野に渡した。それからスグにカードは出来上がった。
「それではいつでも図書館をご利用下さい」
そう言って望野は村野にカードを渡した。
「それではみなさん、帰り道お気をつけて」
それから五人は図書館を出た。
「修一。俺達はシンドラーからの連絡があるまでは大人しく待ってればいいんだよな?」
「うん。いつ連絡があるかはわからないけど必ず連絡は来るから」
「そうか、わかったぜ」
そう力強く言った村野の言葉を聞いて、修一は思った。
村野には変化のアドレスの共有は必要ないと。それは蒼太と紅太もだ。もちろん福井も同様だった。
「あの、みんな」
修一が言った。
「アドレスの共有のことなんだけどさ、今さらだけど、みんなには必要ないよね?」
「シンドラーの話をしてる時にそんなことを言ってたな。でも俺はいらねぇよ。まぁ面白そうだけどな」
そう言った村野からは強い意志が見えた。
「私も遠慮しとくわ。大丈夫だから」
「私もぉ。みんなが居るから大丈夫よぉ」
オカマ達にも強い意志が見えた。
「僕は今まで通りの自分で十分だよ」
福井だけは、どこか遠慮気味に見えた。
修一は良かったと満足していた。それと同じく感謝の気持ちも大きい。それはメンバーが集まったことに対してではなく、変化のアドレスを共有して、変化の力に頼ることなくパイストス社の計画を阻止すべく、それぞれが自らメンバーに加わり協力してくれることに対してだ。
(みんなは心が強いんだな。僕は変化の力が無かったら、このメンバーの中にはいないよ……)
修一は四人を見ながら頭の中で言った。
「とりあえず、今はこの毎日を大切にして、その時が来るまで待っていよう」
今、修一の言ったことは四人の心に響いた。普通でなにも悪いことが起きない日々こそが最も大切だ。だからこそ普通こそ愛しい。 修一を含めた、みんなは今を大切にしなければと心から思った。 五人は歩き出し、待ち構えている現実を考えながら、それぞれは帰路についた。
その日の夜。シンドラーは「チャネラー」のサイトを見ていた。 スグに掲示板に書かれている目的の書き込みを見つけ、シンドラーは笑みを浮かべた。
(よし、駒は揃った。あとはどういう形で駒を動かすかだな)
修一の話を聞き終えた村野が呟いた。
他のみんなも声には出さなかったが、反応はみんな同じだった。
信じられないような話しだが、全員に先程の勉強会の効果があらわれていた。
無知な状態でこの話を聞いても、聞いた者の中ではウソ話で終わるが、ある程度でも話の根拠になる知識があれば、信じる気持ちにはなる。
そうなるように仕向けた修一の計算は成功だった。
「本当の話だよ」
修一が気持ちを込めて言った。
「そんなことが起きたら世の中どうなるのよ?」
「嫌よぉ、怖いわぁ」
オカマ達の言動からは修一の話をほとんど信じているということが伝わる。
「世の中は破滅するよ。秩序も人の善悪も狂う。災いにより、心と世の中には絶望しか残らない」
修一はやがて来る現実を見据えて答えた。
「どうしてパイストス社はそんなことをするんだい?」
福井が修一に訊いた。
「それはわかりません。どうしてそんなことが出来るのか……」
それから五人は黙り込んだ。完全に修一の話を信じたわけではないが、それぞれが修一の話を聞いて平常心ではいられず、不安な気持ちに駆られて縮こまっていた。
数分間その状態は続いたが修一が立ち上がり、みんなに顔を向けて口を開いた。
「みんな! 僕の話を信じて欲しい!」
修一はそれだけ言って口を閉じた。
修一の言葉を聞いて誰もなにも言わなかった。
修一は誰かが口を開くまでその場に立ち尽くし、言葉を待った。
少ししてから村野が立ち上がり、修一を見て口を開いた。
「修一。お前は嘘は言わないからな信じるぜ。それにお互いに過去を語り明かした仲だしな。疑うことは出来ないぜ」
「村野……」
「耳を疑うような話だがお前を疑いはしない。信じられないような話だがお前のことは信じるぜ」
「ありがとう」
オカマ達も立ち上がり、口を開いた。
「そうよね。話の内容はとんでもない内容だけど、修一さんが嘘を言うわけないもの」
「そうよぉ。信じなきゃいけないのは話じゃなくて修一ちゃんのことよぉ」
福井も立ち上がり口を開く。
「確かにみんなの言う通りだな。僕は修一君とはバイト先で付き合いが長いからわかるけど、君は嘘はつかないものな」
修一はみんなの言葉を聞いて頭を下げた。
みんなの気持ちが伝わり感動し、頭を下げたくなった。だからこそ「感謝」と言うのだろうと修一は心から思った。
「みんな本当にありがとう」
そう言ってから修一は頭を上げた。
「それで? 俺達はなにをしたらいいんだ?」
村野が言った。
「うん……実は……」
修一はそれ以上の言葉言えずに口をつぐんだ。
話した電話でのシンドラーとの会話の中でパイストス社の計画阻止のためのメンバー集めのことは話していなかった。
友達を危険な目に遭わせたくないという修一の考えは変わっていない。
「どうしたんだ? 修一」
「実はパイストス社の計画を阻止するには、そのためのメンバーが必要なんだ……」
「そうなのか?」
「うん。今のところは僕とシンドラーさんだけなんだ」
「メンバーが足りないのか?」
「そうだね……」
「なら、俺もメンバーに加わるぜ」
それを聞いて修一は驚く。
「いや、ダメだよ。物凄く危険なんだ。この前の廃墟ビル跡の時はあれだけで済んだけど、今度ばかりは本当に無事じゃ済まないよ」
「だけどよ、その計画とやらが実行されたら世の中が無事じゃ済まないぜ」
「それはそうだけど、みんなを危険な目にあわせたくないんだよ」
修一は必死になって言った。
「お前は計画を阻止するためにパイストス社に行くんだろ?」
「もちろん行くよ。黙っていられないし」
「俺もお前と同じ気持ちだぜ」
村野のその言葉を聞いて修一は言い返せなかった。
「俺だって黙っていられねぇよ。それに修一が危険な目にあってるのに俺だけ安全地帯に居るなんて耐えられねぇ」
「でも、村野……」
「俺達は友達だろう?」
その言葉で修一の中でなにかが弾けた。
もし自分が村野の立場だったらと考えたら、村野と同じことを言っていただろうと修一は思った。
修一は計画を阻止したいと思う村野をメンバーに入れないわけにはいかなかった。
「村野わかったよ」
修一は村野に手を差し出した。
「よし決まりだ」
村野はそう言って差し出された修一の手を握り、固く握手をした。
「蒼太と紅太。お前らはどうする?」
村野はオカマ達を見て言った。
「なにを言ってるのよ。私達もメンバーに加わるに決まってるじゃない」
「そうよぉ。当たり前じゃない」
「でも、お前らは未成年だぜ。万が一で将来を棒に振ることになるかもしんねぇぞ?」
「村野さんだってそんなに歳は変わらないじゃない」
「そうよぉ。それに未成年だからこそ、警察沙汰になった時の後始末が軽いわぁ」
「いや、そういうことじゃなくてよ……」
オカマ達の勢いに村野は押され気味だ。
「でも、確かに最悪のパターンは考えておかないといけないな」
福井が言った。
「それは確かにそうっすけど」
「こちらがどういうやり方で計画を阻止するかも考えなければ」
「もしかして、あんたもメンバーに加わってくれるんすか?」
「もちろん! 君達と同じ気持ちだよ」
村野は福井に手を差し出した。福井は握り返して固い握手を交わした。
「オカマ達も福井さんも本当に良いの? 本当に危険だよ」
修一が言った。その言葉を聞いて三人は深く頷いた。
三人の決意は修一にしっかりと伝わり、修一は感謝の笑みを浮かべた。
「ところで修一、一体どうやって計画を阻止するんだ?」
村野が訊いた。
「かなりのリスクがあるけど、パイストス社に侵入するしかないみたい。侵入してパイストス社の開発部にあるメインコンピューター内の『パンドラ』のプログラムの全データを削除して、それとは別にプログラムの入ったデータディスクもあるらしいから、それも破壊するしか計画を阻止する方法はないみたい」
「マジかよ。不法侵入になるよな」
「うん。だけど、それしか方法が無いんだ。データディスクがあるんだから仕方ないよ」
「でもよ、コンピューター内のプログラムのデータだけはシンドラーって奴がハッキングしてコンピューター内のデータを削除すりゃ問題ないんじゃねぇか? データディスクだけは俺達がパイストス社に侵入して直接ぶっ壊さねぇとダメだけどよ」
「それが、ハッキングは難しいって言ってた。セキュリティが強化されてて失敗に終わる可能性が高いみたいだから」
「それならパイストス社に侵入するしかねぇな……」
「だからこそ危険なんだ。みんなそれだけは覚悟して」
修一は四人を見て言った。
「でも、侵入するための詳しい方法はどうなの?」
蒼太が訊いた。
「そのことについてシンドラーさんから後日、僕に連絡があるんだ。今はシンドラーさんが侵入するための手順を考えているみたい」
「そうなのぉ。ハデな方法だったらは嫌だわぁ」
紅太が言った。
「いや、シンドラーさんは慎重な人みたいだから、上手いように考えてくれてると思うよ」
「それに、そのシンドラーって人も『パンドラ』の発売までの時間はそんなに無いから、急いでると僕は思うな」
福井が言った。
「そうですね」
そのあと、会話の途中で福井が椅子から立ち上がった。
「どうしたんですか? 福井さん」
「いや、トイレに行きたくてね」
そう言って福井は席を外した。
「修一。メンバーが集まったのは良いけどよ、シンドラーって奴に報告しなくて大丈夫か?」
村野の言葉を聞いて修一はハッとした。
「ああ、そうだった。書き込まないと」
「書き込む?」
「うん。メンバーが集まったらサイトの掲示板にそのことを書き込んでくれって言ってたから」
修一はケータイを開き、シンドラーが指定した「チャネラー」というサイトに繋いだ。
修一はスグに掲示板に書き込んだ。「駒は揃った」と。
「よし、完了」
そう言って修一はスマホをポケットに戻した。
少ししてから福井がトイレから戻ってきた。
「大事な話の途中で席を外してしまって悪いね」
そう言って、福井はハンカチで手を拭きながら席に戻った。
「あの、みなさん」
望野が修一達に声を掛けた。
「ん、なんですか? 望野さん」
修一が言った。
「そろそろ閉館時間なので……」
「もうそんな時間なんですね。わかりました」
修一は椅子から立ち上がり、続いて他のみんなも椅子から立ち上がった。そのあとに村野が福井に言う。
「あ、福井さん」
「ん、なんだい?」
「連絡先を教えて貰っていいっすか? 知っといた方が良いかなって」
「そうだね。わかった」
村野と福井はスマホを取り出して、お互いの連絡先を交換した。
「それじゃ、みんな今日は帰ろう」
修一がそう言ってから、みんなはその場を離れ、図書館の出口に向かった。出口の扉を開け図書館から出ようとした時に望野がみんなに声を掛ける。
「みなさん。帰る前にどうせなら図書館の会員カードを作っていきませんか? 本を借りるための利用カードですけれども、みなさん良かったらどうですか?」
「みんな作っていったら?」
修一が言った。
「私はいらないわぁ」
「私もよぉ」
オカマ達はハッキリと言った。
「僕も図書館を利用はしないから遠慮するよ」
福井も同じだった。
「村野はどうする? 作っていったら」
修一が村野に勧める。
「村野さんですか。是非とも作っていって下さい」
「どうすっかな?」
「是非とも!」
望野は村野に対して強く勧めた。
「ああ……まぁ、別に作っても良いぜ」
村野はそう言ってから望野のいるカウンターに行った。
「それではこの用紙に記入をお願いします」
村野は用紙の記入事項を全て書き終え、望野に渡した。それからスグにカードは出来上がった。
「それではいつでも図書館をご利用下さい」
そう言って望野は村野にカードを渡した。
「それではみなさん、帰り道お気をつけて」
それから五人は図書館を出た。
「修一。俺達はシンドラーからの連絡があるまでは大人しく待ってればいいんだよな?」
「うん。いつ連絡があるかはわからないけど必ず連絡は来るから」
「そうか、わかったぜ」
そう力強く言った村野の言葉を聞いて、修一は思った。
村野には変化のアドレスの共有は必要ないと。それは蒼太と紅太もだ。もちろん福井も同様だった。
「あの、みんな」
修一が言った。
「アドレスの共有のことなんだけどさ、今さらだけど、みんなには必要ないよね?」
「シンドラーの話をしてる時にそんなことを言ってたな。でも俺はいらねぇよ。まぁ面白そうだけどな」
そう言った村野からは強い意志が見えた。
「私も遠慮しとくわ。大丈夫だから」
「私もぉ。みんなが居るから大丈夫よぉ」
オカマ達にも強い意志が見えた。
「僕は今まで通りの自分で十分だよ」
福井だけは、どこか遠慮気味に見えた。
修一は良かったと満足していた。それと同じく感謝の気持ちも大きい。それはメンバーが集まったことに対してではなく、変化のアドレスを共有して、変化の力に頼ることなくパイストス社の計画を阻止すべく、それぞれが自らメンバーに加わり協力してくれることに対してだ。
(みんなは心が強いんだな。僕は変化の力が無かったら、このメンバーの中にはいないよ……)
修一は四人を見ながら頭の中で言った。
「とりあえず、今はこの毎日を大切にして、その時が来るまで待っていよう」
今、修一の言ったことは四人の心に響いた。普通でなにも悪いことが起きない日々こそが最も大切だ。だからこそ普通こそ愛しい。 修一を含めた、みんなは今を大切にしなければと心から思った。 五人は歩き出し、待ち構えている現実を考えながら、それぞれは帰路についた。
その日の夜。シンドラーは「チャネラー」のサイトを見ていた。 スグに掲示板に書かれている目的の書き込みを見つけ、シンドラーは笑みを浮かべた。
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