パンドラ

猫の手

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三章

【プログラム-7】

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 自宅へと帰ってきた修一は、部屋に入るなりベットの上で横になった。

 修一はベッド横にある本棚に手を伸ばして読みかけの『プルターク英雄伝』を取り出した。

 この本は図書館から借りてきた本ではなく自分で買った物だ。この『プルターク英雄伝』は修一のお気に入りの本で何度も読んでいる。

 理由は元気が出る本だからだ。

 ナポレオンやベートーベンなどの偉人も自分を元気にするためにこの本を読んでいたらしい。だから修一も昔からこの本を読んでいる。しかし、修一にとっては元気になる効果は無く、自分自身を変えるキッカケにはならなかった。

 本が好きで読書を趣味に色々な本を読みあさっても、なにも自分の心を変えてはくれなかった。

 修一は『プルターク英雄伝』を開いて読みかけのページに挟んでいた栞を取り続きを読み始めた。

(自分が変わってから読むとまた違って見える。やっぱり良いものだな)

 そう思いながらも修一の心の中には一つのほつれがあった。

(でもアドレスが無くなったら僕の人生はどうなるんだろう? また昔の僕のままで生きていって終わるのか? コレから先もこのアドレスは存在し続けるんだろうか?)

 考えの中で一つの答えに修一は辿り着いた。

(アドレスに頼ってるままじゃ本当の意味で自分は変われない)

 それは修一の人生の中で事実であり本当に重要な真実だった。

 それから読書は続き時計の針は夜の十一時五十分になろうとしていた。

(あと少しで今日も終わりか)

 時計を見て修一は頭の中で言い、本を閉じて本棚に戻した。

 そして電気を消してからベッドに横になり布団に入った。

(今日は楽しかったな。村野もオカマ達も本当の友達だ。僕達四人はコレからも仲良くいたいな)

 そう思いながらまぶたを閉じ眠りに入ろうとした。その時、修一のスマホが鳴り出した。

(ん、なんだ? メールかな?)

 電話での着信があった。

(誰だろう? 非通知だ……)

 スマホは鳴り続けている。

(出てみるか。変な電話だったらスグに切ればいいし)

 そうして修一はボタンを押して電話に出た。

「もしもし」

 修一はハッキリとした口調で言った。

「どうもこんばんは。白井さん」

 電話の相手は落ち着いた口調で言った。しかし修一は驚いた。相手の声がおかしかったからだ。それは明らかに変声機を使った声だった。

「あの……誰ですか? それにその声は……」

 修一は動揺しながらも言った。

「ああ、すいません。声のことはわかると思いますが変声機を使っているんです」

「それはわかります。どうして変声機なんか使ってるんですか?」

「声を知られたくないからです」

 わかりきった説明をされて修一はムッとなり、電話を切ろうとしたが気持ちを改めた。なにか好奇心のようなモノが心に湧いた。

「そうですか。それじゃ、あなたは何処の誰ですか?」

「私の本名は教えられませんが、ネットの世界ではシンドラーと呼ばれています」

「本名は教えられないって……怪しいですね。それになんですかシンドラーって? ネット? ハンドルネームかなにかですか?」

「その通りです。ネットの世界でシンドラーの名を知らない人間はいないんです」

 修一は少し呆れていた。

(なんなんだコイツは)

 修一はまた電話を切ろうとしたが思い止まり、相手に言葉を返す。

「そのシンドラーが僕になんの用ですか?」

 そう言ってから修一はハッとした。そして続ける。

「あなたはどうして僕のスマホの番号を知ってるんですか? しかも非通知。あなたは僕のことを知ってる誰かですか? 僕の名前も知ってるし」

「私はあなたのことを知ってますよ。番号はある方法で知り得ました。そして非通知なのは声を変声機で変えてるのと同じ理由で私のことを知られなくないからです」

 修一は頭が混乱してきた。

「僕を知ってる人間? なら逆に僕もあなたのことを知ってるってことだ。なら隠す必要は無いじゃないですか。どうして自分の正体を隠すんです?」

「正体を知られたくないからです」

「答えになってない!」

 シンドラーの言葉に腹が立ち修一は怒りを露にし言った。

「色々と知られると問題があるからですよ。確かに失礼かも知れませんがわかってもらいたい。お願いします」

 それを聞き修一は気を落ち着けた。

「なら、どうやって僕の番号を知り得たんですか? 僕のスマホに保存されている番号は数名の少人数だ。あなたは絶対に僕の友達の人間とかじゃないし」

「あなたのスマホの番号を知り得た理由はハッキングと言う方法を使ったんですよ。私のシンドラーと言うハンドルネームもハッカーとしての名前ですから」

 修一は遂にわけがわからなくなった。

「ハッカー? ハッキング?」

「そうです」

「ちょ、ちょっと考える時間をください……」

「はい」

 修一は自分を落ち着かせてから会話の内容を整理し、口を開いた。

「僕のスマホの番号はハッキングをして知った?」

「そうです」

「僕のスマホにハッキングをして番号を知ったんですか?」

「いえ違います。スマホの電話会社にハッキングをして、そこから白井さんの個人情報を探しました。まぁ、契約情報ですね。そして白井さんの情報を見つけて、それで番号を知りました。白井さんの情報は膨大なデータの中から探したから少し骨が折れました。しかし氏名や年齢、住所などから特定は出来ましたから」

「そんなことを本当に……。でもどうして僕の名前と年齢と住所を知ってるんですか?」

「それは秘密です」

「ど、どうして?」

「それも秘密です。その話はいいとして、だからこそ番号を知ってるんですよ。それに白井さんに『SMS』でメールを送れたのも番号を知っていたからです。ですが『SMS』で送ったのはあのアドレスを載せて送るためだったんですけどね。白井さんの元々のアドレスはスマホの電話会社にハッキングした時に見た情報には初期のアドレスしか載ってなかったので、その後に白井さんがアドレスを変更したりしてたらその初期のアドレスではメールは送れないのでダメなんですよ。だから、スマホの番号で『SMS』でのメールを送ったんです。もちろん非通知で送信者がわからないようにしてですが」

 それを聞いた修一は驚きを超え、スマホを持つ手に力が入った。

「アドレスを送った。それじゃあなたが……?」

「その通り。私が白井さんにアドレスを送ったんです」

 修一の頭の中にシンドラーの言葉が何度も響いた。

(このシンドラーって人が僕にアドレスを……)

 修一は疑いはしなかった。確信するための根拠はさっきのシンドラーの言葉に全て含まれていたからだ。そして修一はシンドラーに言う。

「あなたはどうして僕にアドレスを教えてくれたんですか?」

「白井さんを選んだ特別な理由は実は無いんです。単純に白井さんを見てこの人に決めたって感じです。いや、白井さんの雰囲気や性格は理由になります。変化が起きたらよりハッキリと変わりようがわかりますから」

「そういうことですか」

 修一は納得してしまう、確かにシンドラーの言う通りだと思ったからだ。

「どうしてまたアドレスを送ってくれたんですか? 僕がアドレスを失ったことを知っていたんですか?」

「そのアドレスを作ったのは私ですから当然、白井さんのアドレスは知っています。そしてそのアドレスの白井さんのスマホにメールを送っても送信エラーになったので、まさかと思ったんです」

「それで?」

「また電話会社にハッキングして、同じように白井さんの番号を見てから、私は自分のスマホを通信ケーブルでパソコンに接続し、スマホで白井さんにメールを送り、その時に発する電波を回線に利用してパソコンから白井さんのスマホにハッキングしました」

 そこまで聞いて修一は心底感服していた。この電話相手のシンドラーと言う人間のハッカーとしての凄さに。

「そして、白井さんのスマホのデータに私が送ったアドレスは無かったのでアドレスを失ったんだとわかりました。しかし送信エラーの時点で結果は見えていたんですが」

「そうだったんですね。でも、そこまでするとは驚いたな」

「私はハッカーですから、そういうやり方もするんです」

「そうなんですか。でも本当に大丈夫なんですか?」

「なにがですか?」

「今回のアドレスは電波によって探知機で探知されないようにさらにプログラムを改変したってメールに書いてありましたけど」

「不安ですか?」

「はい……また電波をキャッチされて同じことが繰り返されるかもって考えてしまいます……」

「大丈夫です。それに電波をキャッチされていたら既に同じことが起きているハズですから。だから安心してください」

「そうですよね。わかりました」

 そう言って修一は不安を消した。

「でも、そう考えるとあなたは僕に起こった出来事を知っているんですね?」

「ええ、知り得る範囲内ではですがね。プログラムを開発した人間達なら探知機で電波をキャッチして発信元を見つけるのも容易いでしょうし、それを使い白井さんの居場所を突き止めたんでしょう」

「その通りです。推理力が抜群ですね」

「ですがその時、他に白井さん達になにがあったのかはわかりません。詳しく話してくれませんか?」

 修一はシンドラーに廃墟ビル跡での出来事を話した。

「そんなことがあったんですか。大変でしたね」

「はい、大変でした。ところでシンドラーさん……」

 修一はずっと気になっていたことを訊く。

「この特殊なアドレスはコンピュータープログラムをアドレスに変換して作り出したのは聞きました。そのプログラムは一体なんなんです?」

 シンドラーはスグに返答した。

「アドレスがコンピュータープログラムを変換して作ったのを知っているなら話は早い。そのプログラムは人間の脳に、ある特殊な作用を与え人間の心を変えるプログラムです」

「人間の脳に特殊な作用を与える?」

「そうです」

「それで心が変わるって?」

「そうです」

 修一はまたわけがわからなくなった。

「そしてプログラムは心に災いを起こす。そういう力のあるプログラムです。それを私が災いから変化の力が起こるようにプログラムを改変したんですよ」

 修一は廃墟ビル跡での沙羅の二つの言葉を思い出した。

〔変化なんか本来プログラムされてないのよ〕

〔災いしか起こらないはずなのに……〕

「そういうことだったんですね。でも、どうしてプログラムが人間の脳に特殊な作用を与えるんですか? 一体どうやって……」

「正確にはプログラム自体が脳に作用を与えるのではなく、プログラムをインストールした通信機器から発せられる電波が人間の脳に特殊な作用を与えるんです」

「電波が?」

「そうです。そして、通信機器などは特に電波を強く発していますから、プログラムの力がより強く働きます」

「本当に……そんなことが……」

「事実なのは白井さん自身がよくわかっているじゃないですか」

「確かに僕には変化が起きた。それに通信機器ってことなら僕の場合はスマホから?」

「はい。そして、白井さんが自分のスマホのアドレスを私が送ったアドレスに変更した時にプログラムがスマホにインストールされたんですよ。それによりスマホから発するプログラムの力を含んだ電波が白井さんの脳に作用を与え心を変えた。変化ということを起こした」

 修一は理解した。しかし全てを理解したわけではない。アドレスの謎は解けたが、プログラムの謎はまだ残っている。

「まだ訊きたいことがあります。変化は僕の心を変え僕を救ってくれた。だけど詳しくはどういう効果があるんですか?」

「プログラムにより起きる心の変化は人の心の悩み苦しみや様々なストレスを解消して心に希望や善意をもたらします」

「確かに僕は悩みや苦しみが消えた。将来に希望を見い出せた。前向きになって元気になって友達も出来た」

 修一はプログラムに改めて感謝した。そして、アドレスを自分に与えてくれた電話相手のシンドラーにも。だが、まだ謎は残っている。

「あなたの説明で変化のことはわかりました。でも、災いはなんなんですか? 前の僕のアドレスを消した人達も言ってたし、あなたもさっき言ってた」

「アドレスを消した人達? パイストス社の社員達ですね」

「パイストス社?」

「いえ、その話は順を追ってあとで話しましょう。それより災いとは……」

 そこでシンドラーは一呼吸ついてから続ける。

「人の心の悩み苦しみや様々なストレスを刺激して心に絶望や悪意をもたらします」

 それを聞いた修一にショックが走った。

「それ、僕に起きた変化の反対ですよね? そんな恐ろしい力が」

「そうです。本来のプログラムはそのような力があったんです」

「どうしてあなたはプログラムを改変したんですか?」

「そんな災いの力を知って恐ろしくなりました。そして、その災いの力でとんでもないことをしようとしているパイストス社の計画も知り、自分の気持ちのままにプログラムを改変したんですよ」

 修一はこのシンドラーという男からは正義感を感じた。

「でも、なんですか計画って? いや……そういえば」

 また沙羅との会話を思い出した。

〔我が社の計画に影響は出ないから〕

「僕のアドレスを消した人達が言ってた、計画って。でも一体なんの計画なんですか? あの人達はなにをしようとしてるんです?」

「白井さんが言うあの人達とはIT企業パイストス社の社員達」

「パイストス社……その会社はなにを……」

 次のシンドラーの言葉を聞き修一は誇大妄想の世界にでも入り込んだのかと錯覚してしまう。

「パイストス社はプログラムの力で世の中を破滅させるつもりです。人の心に災いを起こして、悩み苦しみを増長させ人々を大量自殺させたり、様々なストレスを刺激して犯罪を多発させたり、絶望や悪意により社会の秩序、人間を狂わせ、世の中を破滅させる、それがパイストス社の計画です」
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