パンドラ

猫の手

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二章

【約束-6】

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 修一は頭を押さえていた。心の苦しみに耐える一人の青年の姿だった。

「修一! どうした?」

 様子を見ていた村野は自然と叫んでいた。

「オイ! 修一!」

「修一さん!」

「修一ちゃん!」

 村野達は同時に口を揃え修一に向かって叫んだ。
 
 三人が目にする修一は明らかに様子がおかしい。不安の感情がこもった叫びだった。

「彼、どうしたのかしら?」

 沙羅が怪訝な表情をして池内に言う。

「私にもわかりません。ただ彼の心になにかが起こった。それだけしか今は……」

 修一は村野達の声に反応しみんなを見て呟いた。

「心が苦しい……」

 沙羅と池内は目の前の修一を見ている。

「くっ……うっ……」

 修一の目からは涙が落ちた。

「また戻ってきた……。うっ、グス……この気持ちが……」

 自分を責め、ひたすら自分自身に罵声を浴びせ始めた。

「僕は……自分が嫌いだ……」

 村野と蒼太と紅太が立ち上がり修一のいる場所に向かおうとする。

「クソガキども、どこ行こうとしてんだ!」

「うるせぇ! どけクソ野郎!」

 村野は痛む脚に力を入れ荒木に突進した。

「てめぇはバカだぜ! 何度やられたら気がすむんだ」

 荒木は再び戦闘体制で村野に飛びかかる。

「荒木!」

 村野と荒木はその声に動きを止めた。

「その三人を痛めても無意味。目的は達成したんだから」

 沙羅は言った。

 動きを止めた荒木を見ながら、横を村野と蒼太と紅太の三人が駆け抜け修一の元に走る。

「村野さん、修一さんどうしたの? 今日初めて会ったから今までの修一さんを知らないけど、さっきまでと違うじゃない」

「俺にもわかんねぇよ」

「でも、変じゃないのぉ。さっきまでの修一ちゃんはなんだかんだで男らしい感じがしてたし、どこかたくましかったわぁ」

「俺もあんな感じに泣きべそかく修一は初めて見るぜ……」

 三人は今まで見たことのないような生き物を見た驚きだった。

(修一……どうしたんだ? 今までのお前は物凄く前向きで勇気があったじゃねぇか……)

 修一はブツブツ呟き始めた。

「僕は友達いない。僕は恋人いない。僕には夢がない。僕は根性がない。僕は弱虫」

 沙羅と池内はただ見ているしかなかった。

「僕は耐えられない。そんな毎日が耐えられない。そんな人生が耐えられない」

 頭を押さえ泣きながら、これまでの人生やこれまでの自分を思い出していた。修一の頬に涙が流れる。

 そこに三人が駆けつけた。

「修一、どうした? 大丈夫か?」

「修一さん、大丈夫?」

「修一ちゃん、どうしたのぉ?」

 三人は修一に寄り添った。

「村野……オカマ達」

 その声は消え入りそうなくらい小さかった。

「どうしたんだよ?」

「村野……」

 修一は泣き止み無表情で村野を見る。

「本当にどうしたんだ? いきなり泣き出したり、ブツブツ独り言とかよ」

「ゴメン。少し取り乱して」

「どうしたのよ? 修一さん」

「心配するわぁ」

「前の自分の心に耐えられなくて……」

「それって、以前お前が俺に話した昔のお前のことか?」

「うん……変わる前の僕……」

 オカマ達は二人の会話がよくわからなかったが黙って聞いていた。

「修一……お前は特別明るい奴じゃなかったけど、もっとポジティブだったろう」

「村野が言う僕は変化した僕だよ……。昔の僕のことは村野に話したよね……」

 修一の目からは輝きが失せていた。

「修一さん、本当にさっきまでと違うわ」

「表情も口調も全然違う。なんか変わっちゃったみたい」

 オカマ達が修一の顔を覗き込みながら言った。

「変わったんだよ……。自分でもわかる……」

 オカマ達に言葉を返す。

「なにが変わったんだよ?」

 村野が言った。

「正確には戻ったかな……。昔のダメな僕にね……」

 修一達が話している間に荒木が来ていた。

「沙羅さん。あのガキ、どうしたんです?」

「詳しいことはわからないけど、変化が彼に起きてたのが関係してるわね」

 その話を聞いて池内と荒木は顔をしかめた。

「なんですか、その変化とは? 災いしかプログラムされてないハズですが」

「さっき、彼と二人で話してる時に言ってたのよ」

 そして沙羅はその時の会話を正確に話した。

〔それで災いでも起きたかしら?〕

〔災い? いや、起きたのは心の変化です。生まれ変われた。不思議な出来事だ。ケータイで変わるなんて……〕

「そう言ったの」

「しかし、変化なんか……」

 そう言い、池内は驚きの顔を沙羅に向ける。

「そうなのよ。おかしいのよね……」

「ワケがわかんねぇですね」

 荒木は首をかしげている。

 三人はお互いに思案を巡らし、池内が先に口を開いた。

「しかし、彼の今の現状ならある程度わかりました」

「話してみなさい、池内」

「プログラムは人の心に災いを与えます。しかし、彼には災いではなく変化が起きた」

 池内はそこで少し間をとってから話を続けた。

「その変化によって彼は変わっていたが、アドレスを削除したことによりケータイにインストールされていたプログラムの力を失いそれが原因で元の彼に戻った」

 沙羅と荒木は納得したようだ。

 沙羅達は修一を見ながら哀れみの眼差しを向けた。

「なるほどね。元の彼に戻った」

「ガキがどう変わってたかなんてことは関係無いんですけどね」

「それは関係無くても彼に起こった変化のことは問題よ」

「沙羅さんの言う通りだ。どうして災いではなくそんなことが」

「そして、どうして彼があのプログラムで変換したアドレスを持っていたか。それをどうやって手に入れたか」

 三人は腕を組み考えを巡らす。

「恐らくプログラムを改変し、アドレスに変換して彼に送った人間が居るようですね」

 池内が言った。

「あのガキが自分でやったんじゃないですかい?」

「いや、それは無いだろう」

「あのガキにそのことを詳しく聞いたんですかい?」

「それは聞いてないわ。まずはプログラムを取り戻すのが優先だったもの」

「軽く締め上げりゃスグ吐くでしょ」

 荒木はニヤリとしながら修一を見た。

「ダメよ。本来の目的は達成したわ。荒木にはさっきお楽しみを与えたでしょう」

「そうですね。わかりやした」

「それに彼はなにも知らないと思うわ。友達が危ない目にあってる中でも必死になってプログラムの謎を知りたがっていたもの。私達も変化のことは知らないのにね」

「しかし、それだけでは根拠としては薄いかと」

「そうね。プログラムのことは本当に知らないんでしょうけど、変化のことは知ってるわ。そして、アドレスを送った人間のことも知ってるかもしれないわね」

 三人は修一達に歩み寄る。

「ちょっとお取り込みの途中悪いんだけど」

 村野は顔を向けた。

「お前ら修一になにをしやがった?」

「なにもしてないわよ」

 沙羅は受け流すように言った。

「そんなわけないじゃない! 修一さんの様子がおかしいわ!」

「なにしたのよ? あんた達が修一ちゃんにヒドイことでも言ったんじゃないの?」

 オカマ達は怒鳴って言った。

「話したところで理解出来ないわよ」

 沙羅は村野達の質問に答える気も受け合う気もなかった。

「お前らが修一になにをしたか知らねぇけどよ。これ以上、俺達になにもすんな。こんなことしてタダで済むと思ってんのか?」

「警察に言いつけるわよ」

「あんたらなんかスグ捕まるわ」

 荒木が前に出る。

「うるせぇ! 黙ってろ!」

 沙羅が荒木の前に腕を伸ばし制止する。

「わかってますって。もう手は出しませんよ」

 荒木は一歩下がる。

 そして沙羅が不敵な笑みを浮かべて言った。

「警察に言ったところで傷害罪で捕まるだけよ。スグに保釈金でも払って出てくるわ」

「そして君達を探して捕まえる。そのあと、我々は君達をどうにでも出来るんだよ」

「そん時のお楽しみは最高の祭りになりそうだぜ」

「誰か他の人間を使うことも出来るわ。それが一番良い方法ね」

 そう言った沙羅達は危ない表情をしていた。村野達は沙羅達を見て、決してハッタリではないと感じた。

「お前らは傷害だけじゃないぜ。修一にヒドイことをしたんだ。スマホのアドレスがどうとかよ」

 村野は沙羅達に怒りをぶつけたい気持ちになった。

「私達が彼にしたのはアドレスの削除、アドレス帳の削除、メールの履歴の削除をさせてもらっただけ」

「人のスマホを勝手にどうこうしやがって! それも十分ヒドイことだぜ!」

 村野は修一をもう一度見た。そして続けた。

「けど、それだけじゃないハズだぜ! 修一を見りゃわかる。他になにか原因があるだろ?」

「さっきも言ったでしょ、言っても理解出来ないって。それにそのことを警察に言っても頭がおかしい人に見られるだけよ。彼だってそれは良くわかってるわ」

「それに原因を知ったところでどうにもならない」

 池内が言った。

「なんだと!」

 傷ついた体で沙羅と池内を怒鳴る。

 その時、みんなの会話を黙って聞いていた修一が口を開いた。

「もういいよ……やめよう。今日は疲れたから帰りたい……」

 修一は虚ろな目をしている。

「そうだな……わかった。スグに帰ろう」

 そう言って村野は修一の肩に手を置いた。

「ありがとう……村野」

 修一はそう言い歩き出す。オカマ達もあとに続いた。

「ちょっと待ってちょうだい!」

 沙羅の声が響いた。

「あなたに訊きたいことがあるの!」

 修一は振り返り沙羅を見る。

「なんですか……?」

「あなたは誰にアドレスを教えてもらったのかしら? あなたのことを知ってる人間じゃなきゃ、あなたにアドレスを教えられないわよね?」

 沙羅は単刀直入に訊いた。そして修一は囁くような声で答えた。

「わかりません。何故か送信者が不明でしたし。最初の時以来メールは送られてこないし」

「それじゃ変化ってなにかしら?」

「それはあなた達の方が詳しいんじゃ?」

「さっきも言ったけど、本来は災いしか起きないのよ。だけどあなたには、その変化が起きた。それが不思議なのよ」

「僕に起きた変化は僕の心を変えて救ってくれた」

「救ってくれた?」

「はい」

 沙羅は少し考えたが修一に言った。

「わかったわ。もう行っていいわよ」

 修一は再び歩き出し敷地の出口に向かった。

 沙羅達は去り行く修一達をただ見ていた。修一達はやって来た時と同じく自転車に二人乗りで乗り、出口を曲がり暗い闇夜に消えた。
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