パンドラ

猫の手

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二章

【約束-5】

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「やっと渡してくれたね」

 池内はスマホを受け取った。

「初めからこうしてくれればなにも無かったのよ」

 沙羅はヤレヤレと言った感じに言った。

「沙羅さん、早速作業に取り掛かります」

「ええ。お願い」

 池内は左手に持っていたアタッシケースを地面に置いて蓋を開け薄型のノートパソコンと通信ケーブルを取り出した。

「あなたのスマホのアドレスを消させてもらうわ。それとアドレス帳とメールの履歴も全て消させてもらうわ」

 それを聞いて修一は胸を撃たれたような気持ちになった。

「なんでですか? アドレスだけ削除すればいいんじゃないんですか? アドレス帳とメールの履歴を消すなんて、そんなこと言ってなかった!」

「あらそう? 言ってなかったかしら? それはごめんなさいね」

「そんな……。アドレス帳、それにメールの履歴なんか関係無いじゃないですか?」

「ところがあるのよ」

 沙羅はどこか意味深に言った。

 池内はパソコンを開き操作をしている。それから修一のスマホに通信ケーブルを差し込んだ。

「確実にプログラムの情報が世間に漏れないために徹底的にやらせてもらうわ。あなたには大変申しわけないけど、悪く思わないでちょうだい」

「やめてください! アドレスだけにしてください! アドレス帳とメールにはなにもしないで!」

 沙羅の言葉を聞き修一が叫んだ。

「悪いけどそうはいかないわ。万が一、アドレス帳とメールの履歴からプログラムの情報が世間に知れたら困るのよ」

「どうしてアドレス帳を消すんですか?」

「アドレス帳にプログラムのアドレスが登録されてたら困るのよ」

「あなた達の言うプログラムのアドレスは僕のだけですよ! 他の人のはありません!」

「本当かしら?」

「本当ですよ! それにメールの履歴はどうして?」

「あなたのメールの履歴にもプログラムのアドレスやその情報があったら困るからよ」

「さっき言ったようにそのアドレスは僕しか持ってない! だからメールの履歴なんか関係ないですよ! メール相手が僕のアドレスと同じような力のあるアドレスを持ってるなら話は別ですけど」

「私はあなたを信用出来ないわ」

「嘘はついてない」

「まぁ、あなたにはプログラムのことは全く理解は出来ないでしょうし、変化とかあなたに起こったことを誰かに話しても信じないでしょうけどね。話したら本当に頭のおかしい人に見られるわよ」

 修一は黙って聞いていた。

 その時、ノートパソコンの画面を見ていた池内が顔を上げ言う。

「アドレス帳を削除しました」

 それを聞いて修一は項垂れた。

「それではメールの履歴を全て消去させてもらうよ」

 池内は修一を見ながら言った。

「待ってください! 本当にちょっと待って!」

「どうしたのよ? 必死になっちゃって。彼女とのラブメールでも残してたいのかしら?」

「違います! そんなんじゃない! 僕はちょっと前まで友達なんか一人も居なくてメール相手も居なかったから、一件一件のメールが本当に大切なんだ! だから消して欲しくないんです!」

 この時、修一の頭にあったのはあの日の彩とのメールでのやり取りだった。

(アドレスを彩に教えてから彩がそのアドレスに変更して、そのあとに僕に送ってくれたメールが履歴にある。そのメールを見れば彩のアドレスがわかる。それをまた共有すれば僕は不思議なアドレスをまた手に入れられる。そうすれば刑務所から出所した彩にあのアドレスでメールを送れる。彩との約束は守れるじゃないか)

「そう言ってもね。我々はマイナスな要素を残したくはないんだ」

「さっきも言ったけどやるなら徹底的にやるわ」

 修一は相手にすがってお願いするしかないと決意を固めた。沙羅と池内の両方の顔を見てから頭を下げ言った。

「お願いします! メールの履歴だけは消さないでください!」

 修一は身振り手振りで必死に言う。

「無理よ!」

「そんな……」

「私達があなたのスマホの電波をキャッチして、あなたをターゲットにしたのは言ったわよね? 最初にあなたのスマホの電波をキャッチしたのは一ヶ月前なのよ」

 それを聞いて修一は話の結末を悟りだした。

「今と同じくらいの時間でこの場所だったわ。確かそうだったわね池内」

「はい、その通りです。二つの電波をキャッチしました」

「まぁ、探知機で電波をキャッチしたのは偶然だったんだけどね」

 そこまで聞いて修一は全てを悟った。修一は目の前が真っ暗になった。

「私達はこの場所でなにがあったのかを次の日の新聞で知ったわ」

「我々は全て知っているんだよ」

 二人は心を見透かす目線で修一を見た。

 修一は風で飛ぶ枯れ葉を見ている。

「如月彩だったわね」

 その名前を聞いて修一は反応した。不安と怒りが合わさったような感情が生まれた。

「彩に手を出すな! 彩には関係ない! 今は刑務所で自分の罪をシッカリ償って頑張ってるんだ!」

「手を出すって、刑務所の中じゃ接触は出来ないでしょ」

 修一はそれを聞いて少しばかり安心した。

「私達、彼女の家にも行ったのよ。知人のふりをしてね。だけど彼女の家にスマホは無かったわ。それで家族に訊いたらスマホと財布とかの私物は刑務所にあるみたい」

「彼女のスマホは刑務所の保管所にあって、我々もどうしょうもないんだよ」

「彩の家族にはなにもしてないですよね?」

「私達、無用なトラブル嫌いなの。だからなにもしてないわ」

「本当に?」

「本当よ。如月彩のアドレスは放っておいても問題無いわ。我が社の計画に影響ないから」

「計画?」

「いえ、なんでもないわ。あなたには関係無いから気にしないでちょうだい」

「よくわからないけど彩のアドレスは放っておいても問題が無いならいいじゃないですか」

「それは一応ね」

「彩には近づくな」

 修一は彩の家族のことを思い出した。母親とは事情聴取の時や裁判所で何度か顔を合わせていた。彩の母親から聞いた話しでは、彩の父親は半年前に離婚していていない。娘が犯罪を犯したこと、そして半年間もそれを知らずに生活していたというなんとも言えぬ苦しみが襲い母親は疲弊していた。だがしかし、それでも頑張って生活している。

「僕は彩とあれ以来会っていない。裁判とかで見ることはあっても二人で接触したのはあの日が最後だ。そして、あなた達が僕を使って彩に接触するつもりなら絶対に僕は協力しない」

 修一は彩とは面会もしていなかった。それは、彩がもう少し落ち着いてからの面会を望んだからだ。今のところは家族の人間の他は面会謝絶の状態だった。

「誰もあなたに協力してもらおうとは思ってないわよ」

 沙羅は首を振った。

「それに刑期を終えたら彼女は出てくる」

 池内が言った。

「そのあとに接触してスマホを奪ってアドレスを消すわ。ま、我が社の計画が成功していれば必要ないけど」

「やめてくれ! 彩は確かに僕が教えたアドレスを共有して持っている」

「言われなくても知ってるわよ」

「彩が出所したあとに僕からあなた達に彩のスマホを渡す。だから彩には……」

 アドレスや約束よりも、彩の無事が大事だった。

「あら、それはご親切にどうも。でも信用は出来ないわね。あなたはワガママで隠しごとのする人間。それが私の印象よ」

「なんだっていいです。だから……」

「ハイハイ、話しはこの辺で終わりにしましょう。池内、メールの履歴を削除しなさい」

「わかりました。準備はもう終わってます。あとはキーを押すだけですから」

 池内はキーを押すため指を動かした。

「待ってくれ! それには僕の今までの大切なメールが」

「如月彩ともメールをしたはずよ。そのメールの履歴を見ればアドレスは取り戻せるでしょ」

 そして、沙羅が言い終わると同時に池内はキーを押した。

「やめろ!」

 修一の声は空しくも辺りに響いただけだった。

「メールの履歴を全て削除しました」

 池内が言った。

「次はアドレスを消してちょうだい」

 沙羅が池内の持っているノートパソコンの画面を見ながら言った。

 修一はただ立ち尽くしたまま黙っていた。

「あら、ショックだったかしら?」

 沙羅は修一を見て言った。

 修一にとってショックは大きかった。なにも答えず無言で下を向いたままだ。

「沙羅さん、準備が出来ました」

「そう、わかったわ。あと君に言っておきたいことがあるの」

「はい……?」

 修一はボソリと言った。

「あっちにいるあなたの友達のアドレス帳にもあなたのアドレスが登録されてるはずよね?」

「誰にもなにもしないくれ……」

 修一には反抗する気力は残っていなかった。

「だったら私達があなたのアドレスを消したら、新しいアドレスに変更することね。そのアドレスを友達に教えれば、友達はあなたの今までのアドレスを消して上書き登録するから問題はないわ。私達にとっても、あなたにとってもね」

「はい……」

 修一はそれだけ言った。

 村野のスマホのメール履歴に修一とのメールが残っていたとしても、そこからアドレスを手に入れる気はもう残ってない。そうしないと今現在起きていることが繰り返されるのはどんなバカでも理解出来る。

「それじゃ、池内やってちょうだい」

 池内はキーを押しアドレスを削除した。

 数秒の間があった。そのあとに修一に異変があった。
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