パンドラ

猫の手

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二章

【約束-1】

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 七瀬川沿いでまたデカイ声が修一の耳をつんざく。

「修一! なに、ボーッとしてんだよ!」

 修一はハッとした。

「ごめん、チョット思い出してて……」

 一ヶ月前の出来事を思い出していた修一は現実に戻された。

「一体なにを思い出してたんだ?」

 村野が気になったような顔で訊いた。

「いや、なんでもないんだ。気にしないで」

 修一は焦りながら返した。

「まっいいや。でっ、廃墟ビル跡に行くのか? 行かないのか?」

「行っても良いけど行ったところでなにも無いよね」

「暇なんだからいいんだよ! それについ最近あのビル燃やした放火犯捕まったじゃんよ。事件解決して廃墟取り壊して空き地になったんだし行こうぜ。俺、なんか空き地とか行きたくなるんだよな」

 あまり気が進まなかったが、修一は仕方なく決めた。

「それじゃ行こう」

「よし!」

 嬉しそうに村野は歩き出した。

 村野の後姿を見ながら、修一はよっぽど暇だったんだなと思いつつ頭の中で呟く。

(僕も人のことは言えないな)

 秋も終わりに近いこの富永町に冷たい西風が吹く。そんな中を二人はブラブラと七瀬川沿いを歩きながら若者の男同士らしい会話で盛り上がる。

「お前、もうちょっとオシャレしねぇと女にモテないぜ。やっぱ寒くなってくると女が恋しいよな」

「そうかな? 僕はあんまり……」

「お前はそんなんだから、まだ童貞なんだよ!」

「デカイ声で言わないでくれよ!」

「ハハハ! 悪い悪い。まぁ気にすんな!」

 どうみても村野は悪びれていなかった。

「きっと僕にも彼女が出来るよ。生きてれば良いことあるんだし」

「相変わらず修一は前向きだな。俺もそんな性格になりたいぜ」

 そう言った村野は少しうつむいた。

「やっぱり、あのことが村野をまだ苦しめてるんだね。だけど、考えすぎは良くないよ」

「ああ、確かにそうだよな」

「でも誰にも悩みはあるからね。村野が苦しい時はいつでも相談してよ。その原因は知ってるけどさ」

「ありがとよ。俺は大丈夫だぜ。他には悩みは無いしな」

 村野にどこか影がさす。修一はそれに気づいていた。

「なら良かったよ」

「そうか、とりあえず早く行こうぜ」

「うん。ここに居ても寒いし。まぁ、外にいたら一緒だけど」

 そして二人はまた男同士の会話で盛り上がりながら歩き出す。

「ん……あいつら」

 前方から自転車でやって来る二人の男達に村野が気づいた。

「よお! 蒼太と紅太!」

 二人は村野の方を振り向いた。修一はその二人を見て少し驚く。 理由は二人が同じ顔をしていたからだ。

(双子か……)

 そのあと修一は本当の意味で驚く。

「あら、村野君じゃない。こんなところでなにしているのよ?」

「久しぶりじゃない。元気かしらぁ?」

 修一は少し時が止まったような気がした。

(双子のオカマ……)

「暇だったんでよ、ブラブラしてたらブラブラしてるコイツに会ったんで、ブラブラ歩いて廃墟ビル跡に行こうかなってな」

「あら、そうなの?」

 オカマが言った。

「まぁ、ブラブラ!」

 もう一人のオカマが言った。

「お前らコレから何処か行くのか?」

「ううん、家に帰るのよ。用事が済んじゃってね」

「そうなのよぉ。ネイルサロン行ってきたのよぉ」

「爪なんかいじってもなぁ」

 村野は自分の爪を見ながら言った。

「見て村野君。キラキラしてるでしょ!」

「私のも見てよぉ」

「よくわからん」

 修一は黙ってやり取りを見ている。

「修一、お前はどう思う?」

「キレイだね……」

 オカマ達は修一を見て言う。

「あら、あなたどなた?」

「誰かしらぁ?」

「あ……初めまして。白井修一です」

「二ヶ月前くらいに知り合った俺の友達だ。そういえば二人に紹介してなかったな」

「初めまして『柴田蒼太しばたそうた』です。よろしくね、修一さん」

 丁寧なオカマの挨拶。

「私は『柴田紅太しばたこうた』よ。よろしくねぇ、修一ちゃん」

 オカマらしさがある。

(しゃべり方が丁寧な方が兄の蒼太で、しゃべり方が明らかにおねぇ系な方が弟の紅太か……。どっちもどっちだけど他に見分け方は無いな。見た目はそっくりだし……)

「コイツらは俺の通ってた高校の後輩なんだ。高校二年の十七歳の女子高生だ。一応な」

(男子だよ……どうみても)

「お前ら、この修一は生まれてからずっとフリーだから彼氏候補にどうだ?」

「あら、そうなの。可愛いわね」

「生まれてからずっとフリーって可愛いじゃない」

 オカマ達は獲物を見る目で修一を見た。

「でも私は村野君みたいに男らしい感じが好きだわ」

 修一は胸を撫で下ろした。

「そのたくましい身体がたまらないのよぉ」

「いや、勘弁してくれ。俺も今はフリーだけど、さすがにお前らは無理だ……」

 さすがに村野も遠慮した。その顔はひきつっていた。

「村野、そろそろ行こうよ」

 修一は言った。

「そうだな、行くか」

 そう言ってからオカマ達を見た。

「お前らも行かねぇか? 廃墟ビル跡」

「帰ってからすることも無いから良いわよ」

「そうねぇ。男二人、女二人で何処かに行くのも良いわぁ」

 話は簡単に決まった。

「自転車で二人乗りして行こうぜ。都合よく二台あるしな」

 そうして、オカマを後ろに乗せながら修一は自転車を漕ぎ、目的地に向かう。

(まいったよ……)



 自転車で向かっただけあって、さすがに早く着いた。相変わらず人通りは少なく、辺りは静けさがあり、廃墟ビルは完全に取り壊され廃材も全て片付けられていた。

 もともと広い土地だったが廃墟ビルが無くなったことによりさらに広くなったように思える。

「よし到着!」

「村野さんのスピードが良かったわ!」

 村野の後ろに乗っていたオカマの蒼太が言った。
「ん? 修一どうした? ゼエゼエして」

 修一は改めて自分の体力の無さを実感していた。

「ゼェ……二人乗り……キツイよ。しかも……ゼェ……途中の坂道が……ちょっと……ハァ」

 修一は息切れしながら言った。

「でも頑張ったじゃない。さすがは男ね!」

 オカマの紅太が言った。

「修一、ところで来たのは良いけどなにすんだ?」

「村野が行きたいって言ったから来たんだから」

「まぁ、暇だったからな。空き地にちょっと行きたいって、だだそれだけのノリだったしな。でも実際来てみるとなんか別にだな」

 それを聞いて修一は頭の中でぼやく。

(それ、言い出しっぺがよくもたらすパターンだよ)

 先程までと比べると辺りが暗くなってきた。秋の終わりに近い今の時期は、一ヶ月前にこの場所で彩と出会った頃と比べると日が落ち始めるのがさらに早かった。

(彩……)

 修一は彩のことを思い出した。

 彩が一ヶ月前に警察に自首してから二週間後にすぐ裁判が始まった。本人の希望により弁護士はつけずに裁判は進められた。放火という重い罪であったが、自首したということもあり、そして明らかな反省がみられる彩には執行猶予が与えられた。しかし彩は執行猶予を放棄し、非現住建造物等放火罪で懲役三年の刑に伏すのを望んだ。犯人逮捕には半年の月日が掛かったが、逮捕から異例のスピードで裁判は幕を閉じた。そして現在、彩は天里刑務所で服役中だった。

(彩……僕の一つ上で二十二歳だったんだね。あれから何度かあの日のことで警察に事情聴取を受けたりしたけど、当然アドレスのことは話さなかったよ。僕達は変化したんだ。彩……頑張ってね)

 その時、デカイ声が修一の耳ををつんざく。

「修一! またお前はボーッとして!」

 修一はせっかく想いにふけっていたのにと言いたそうな顔を村野に向けた。

「ああ、ごめんごめん……ちょっと、また考えごとを」

「修一はボーッとすることが多いよな。悪いクセだぜ。みんなでワイワイしてんのによ。なぁ、お前ら」

「修一さんにも考えごとがあるのよ。でもワイワイは大事ね」

「そうよぉ。ワイワイは大事よぉ。修一ちゃん」

(別にワイワイはしてなかったよね)

 四人でここに来たが、来たところですることはなにも無かった。 仕方なく修一は意味もわからずワイワイしながら暇を潰す。

(てか、ワイワイって……?)

 修一は本心からそう思った。

 そうしながら時間は過ぎ、辺りは暗くなりかけていた。街灯もほとんど無いだけあって、改めて不気味な場所だと実感する。

「だいぶ日も落ちてきたな」

 村野は辺りを見回しながら言った。

「でも、良いんじゃない? 私、暗いとゾクゾクするわ」

 蒼太は少し興奮気味に辺りを見て言った。

「僕は少し前までは暗い部屋の中とかダメだったな。暗闇に覆われる感じが苦しくって」

「暗いのが怖いなんて可愛いわぁ! それじゃ、私がくっついててあげるわぁ!」

 そう言うと紅太は修一のそばに行き、自分の腕を修一の体に絡ませた。

「ひっ!」

 修一は石のように固まった。

「それじゃ私も」

 蒼太は村野に絡もうとしたが、軽くあしらわれた。

「やめろ! 俺は女が大好きだ。お前ら軽く髭生えてるぜ」

 キッパリと言った。

「ヒッドーイ! ちゃんと毎朝手入れしてるのよ! ちょっとだけ剃り残しただけよ! ねぇ、紅ちゃん」

「蒼ちゃんの言う通りよぉ! 今日だってシッカリと手入れしたのよぉ! 油断したのよぉ!」

 蒼太と紅太がお互いくっつきながら言った。

「まぁ二人は男性なんだし髭なんて気にすることないんじゃない」

 修一はすかさず慰めた。

「それこそヒッドーイ! 修一さんよく見て、私は女の子よ!」

 蒼太が詰め寄る。

「修一ちゃん知ってるぅ? 歌舞伎の世界じゃ女より女らしいのが華なのよぅ」

 紅太も詰め寄り、二人で修一の体に腕を絡め力を入れた。

「痛い! 痛いか、から……」

 オカマ達に締め付けられもがく姿を村野は笑いながら見ている。

「乙女には気遣いが大事よ! 修一さん!」

「くっ……苦しい……」

「そうよぉ! 乙女は傷つきやすいのぉ!」

「くっ……っ」

「ナメんじゃないわよっ!」

 オカマ達は修一を締め付けながら同時に怒鳴って言った。

「は……はい……」

 オカマ達は力を緩め修一を解放した。

「可愛いわあ、痛かった?」

「修一ちゃんをからかっただけよぉ」

「ハハハ! お前はいじられキャラだな」

 村野は笑い続けて言った。

「堪んないよ……。もうダメかと思った……」

 そう言って修一は地面に仰向けになり、空を見上げた。

 その時、敷地の外で車が停まる音がした。そのあと廃墟ビル跡の敷地に入ってくる人間達が目に映った。

「あれ、誰か来たよ。僕達以外にもこんなところに来るんだね」

「んっ? ああ、ホントだな」

 村野が振り向き言った。

「よっぽど暇なんだろうな」

「まあ、僕達も人のことは言えないけどね」

「でも、なにをしに来たのかしら? 私達みたいにワイワイ?」

「あらぁ、ワイワイなんて良いわねぇ。絡んじゃおうかしらぁ」

 そんな会話をしている修一達に気付き、相手はこっちに向かってきた。すでに辺りは暗くなっていたのでシッカリと姿は見えなかったが近づいて来るにつれ姿が明らかになった。

 修一達の前には危なそうな二人の男と一人の女が立っていた。
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