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十二章 牡丹的内

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「王の器とは、一つ目は岁族で誰よりも力があること。二つ目は神器に認められることだ。最終的に、岁王の髪色には紅が混じるようになる」

 敖暁明は口元に手をやり、ゆっくりと朱丽の言葉を飲み込む。
 数秒考えた結果、口を開いた。
「……二つ目と三つ目が気になるんだけど」

「神器はまあ、呪われた武器のような物だ。初代岁王が使っていた物でな。代々の王に合わせて形が変わる。つまり神器を扱えるのはその代の王のみ。他の人間には使えない。三つ目だが、これも呪いだろう。初代岁王の髪は紅一色だったらしく、後々の王の髪にも紅が混ざるようになったというだけだ」

 敖暁明は朱丽の艶やかな紅と黒の長髪を見つめ、手を伸ばす。

「そうなんだ。中原では見ない髪色だから、ずっと不思議だった。綺麗だね」

 はらはらと流れ落ちていく絹糸を指に巻きつけ、敖暁明がはにかむ。
 朱丽は、そうか? と興味がなさそうに大きな欠伸をした。

「そして強い力の代償に、代々岁王は殺戮衝動が強く出る。それを抑える為に、数年に一度心抱の香を焚く必要があってな。つまり岁王がああいう類いの香を嗅ぐと、催淫効果よりも先に興奮によって殺戮衝動が刺激されてしまうのだ」

 ──だから、腕一本で済んだのは運が良い、ということか。
 敖暁明は银义に言われた言葉を反芻し、やっと納得した。
 
 朱丽の力があれば、私の首なんてそこらの木を折る感覚と変わらないだろう。
 彼は想像を絶する馬鹿力だ。

 朱丽は考え込む敖暁明を興味深そうに眺めた後、手を振り银义を下がらせた。
 彼と朱丽には、暗黙の了解があるらしい。
 银义は心得たように頷き、部屋から出て行った。

 敖暁明はこれが朱丽と話す良い機会なのか、二人の仲を見せつけられただけなのか、密かに逡巡してしまう。
 朱丽はその事に気づかず、手持ち無沙汰なのか敖暁明の髪を指に絡めて遊んだ。

 朱丽の吐息が頸を撫でる。
 敖暁明は唇を引き結んだ。

 私の気も知らないで、この年上の男は……


「本王がなぜ、そなたの復讐を手伝ってやることにしたかも気になっているであろう」
「それも教えてくれるの?」

 朱丽は首を縦に振り、肯定したもののやや気が進まないようだった。
 そして彼は、驚くべきことを言い放つ。

「実は少ししくじってな。中原の皇族に神器を奪われてしまった。そなたの親戚にな」

「え?」

 流石に予想外だった話題に、敖暁明は驚かざるを得ない。
 岁王にしか使うことができない、重要であろう武器を? と。

 朱丽は敖暁明の微妙な反応に、苦虫を噛み潰したような顔をする。
 どうやら不愉快極まりなかったらしい。

「若気の至りだ」
「若気って……」

 敖暁明はちらりと絶色の容姿を眺め、今も十分若いだろう、と言いそうになるのを堪えた。
 多く見積もっても、彼は三十代前半くらいにしか見えないからだ。


「まあ、これでそなたも安心しただろう?理由のない人助けほど、恐ろしいものはないからな」
「……私が一族郎党皆殺しにすれば、朱丽の神器も戻ってくるってこと?」
「ああ。城に忍び込んで、堂々と武器庫を荒らすわけにもいかない」

 つまり、朱丽が私を池から救った時城に居たのは皇族と縁があったからで、神器を探す為に银义を三年間忍び込ませていたのか。

 しかしそこで敖暁明は気づく。

 三年も探して手ぶらで帰って来たということは、隠されていた……? 中原の人間には使えもしない、飾りのような武器を?
 貴重な物なのだろうから、厳重に保管されていても不思議ではないが……少し気になるな。


「ねえ朱丽。もっと詳しく聞きたいな」
「ほお。話したところで、本王にどんな得がある?」

 紅と黒の長髪が、敷布に広がる。
 朱丽はいつも通り牀に頬杖をついて、だらしなく横になった。
 長く白い足が投げ出され、肌蹴た裾から見え隠れしている。

「今は何もあげられないけど……私が全てを灰にしたら、朱丽が欲しいものを全てあげる」

「それは確かに魅力的だなあ。何でもか?」
「何でも」

 あなたが望むなら。
 三千世界の全てを贈る。

 まるで業火のように燃える敖暁明の瞳に、朱丽が映り込む。
 彼の薄い唇が弧を描き、ふうん、と声を漏らした。

「来い」

 手招きをした朱丽に誘われて──敖暁明は牀に上がり、這いつくばってうつくしい男に近寄る。
 朱丽の伏せられた長い睫毛が、目元に影を落としていた。
 下げられていた細い顎が上がり、白い指が敖暁明の方へ伸ばされる。

「ゔっ!」

 呻いた敖暁明の口端から、唾液が溢れ出した。
 逆光になった朱丽の鮮やかな花鈿は鮮血のように鮮やかだ。

 敖暁明の舌を引っ張り出した朱丽は、親指で表面を摩る。
 ──まるで愛撫のような仕草だ。
 敖暁明は喉を鳴らし、強烈な欲を嚥下した。
 唾液が朱丽の指を汚す光景に、ぞくぞくとした興奮が腰を走る。

 朱丽の目尻が下がった桃花眼が細められ、色付く唇が薄く開いた。

「約束を違えた時は、躾としてそなたの舌を抜いてやろう。ゆめゆめ忘れるな」

 ──忘れられるわけがない。
 月光よりも明るい、牡丹のようなひととの約束を。


 私の舌を掴み出し、薄く笑みを浮かべる朱丽は国が傾く程の眩さだ。






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