12 / 19
十二章 牡丹的内
しおりを挟む「王の器とは、一つ目は岁族で誰よりも力があること。二つ目は神器に認められることだ。最終的に、岁王の髪色には紅が混じるようになる」
敖暁明は口元に手をやり、ゆっくりと朱丽の言葉を飲み込む。
数秒考えた結果、口を開いた。
「……二つ目と三つ目が気になるんだけど」
「神器はまあ、呪われた武器のような物だ。初代岁王が使っていた物でな。代々の王に合わせて形が変わる。つまり神器を扱えるのはその代の王のみ。他の人間には使えない。三つ目だが、これも呪いだろう。初代岁王の髪は紅一色だったらしく、後々の王の髪にも紅が混ざるようになったというだけだ」
敖暁明は朱丽の艶やかな紅と黒の長髪を見つめ、手を伸ばす。
「そうなんだ。中原では見ない髪色だから、ずっと不思議だった。綺麗だね」
はらはらと流れ落ちていく絹糸を指に巻きつけ、敖暁明がはにかむ。
朱丽は、そうか? と興味がなさそうに大きな欠伸をした。
「そして強い力の代償に、代々岁王は殺戮衝動が強く出る。それを抑える為に、数年に一度心抱の香を焚く必要があってな。つまり岁王がああいう類いの香を嗅ぐと、催淫効果よりも先に興奮によって殺戮衝動が刺激されてしまうのだ」
──だから、腕一本で済んだのは運が良い、ということか。
敖暁明は银义に言われた言葉を反芻し、やっと納得した。
朱丽の力があれば、私の首なんてそこらの木を折る感覚と変わらないだろう。
彼は想像を絶する馬鹿力だ。
朱丽は考え込む敖暁明を興味深そうに眺めた後、手を振り银义を下がらせた。
彼と朱丽には、暗黙の了解があるらしい。
银义は心得たように頷き、部屋から出て行った。
敖暁明はこれが朱丽と話す良い機会なのか、二人の仲を見せつけられただけなのか、密かに逡巡してしまう。
朱丽はその事に気づかず、手持ち無沙汰なのか敖暁明の髪を指に絡めて遊んだ。
朱丽の吐息が頸を撫でる。
敖暁明は唇を引き結んだ。
私の気も知らないで、この年上の男は……
「本王がなぜ、そなたの復讐を手伝ってやることにしたかも気になっているであろう」
「それも教えてくれるの?」
朱丽は首を縦に振り、肯定したもののやや気が進まないようだった。
そして彼は、驚くべきことを言い放つ。
「実は少ししくじってな。中原の皇族に神器を奪われてしまった。そなたの親戚にな」
「え?」
流石に予想外だった話題に、敖暁明は驚かざるを得ない。
岁王にしか使うことができない、重要であろう武器を? と。
朱丽は敖暁明の微妙な反応に、苦虫を噛み潰したような顔をする。
どうやら不愉快極まりなかったらしい。
「若気の至りだ」
「若気って……」
敖暁明はちらりと絶色の容姿を眺め、今も十分若いだろう、と言いそうになるのを堪えた。
多く見積もっても、彼は三十代前半くらいにしか見えないからだ。
「まあ、これでそなたも安心しただろう?理由のない人助けほど、恐ろしいものはないからな」
「……私が一族郎党皆殺しにすれば、朱丽の神器も戻ってくるってこと?」
「ああ。城に忍び込んで、堂々と武器庫を荒らすわけにもいかない」
つまり、朱丽が私を池から救った時城に居たのは皇族と縁があったからで、神器を探す為に银义を三年間忍び込ませていたのか。
しかしそこで敖暁明は気づく。
三年も探して手ぶらで帰って来たということは、隠されていた……? 中原の人間には使えもしない、飾りのような武器を?
貴重な物なのだろうから、厳重に保管されていても不思議ではないが……少し気になるな。
「ねえ朱丽。もっと詳しく聞きたいな」
「ほお。話したところで、本王にどんな得がある?」
紅と黒の長髪が、敷布に広がる。
朱丽はいつも通り牀に頬杖をついて、だらしなく横になった。
長く白い足が投げ出され、肌蹴た裾から見え隠れしている。
「今は何もあげられないけど……私が全てを灰にしたら、朱丽が欲しいものを全てあげる」
「それは確かに魅力的だなあ。何でもか?」
「何でも」
あなたが望むなら。
三千世界の全てを贈る。
まるで業火のように燃える敖暁明の瞳に、朱丽が映り込む。
彼の薄い唇が弧を描き、ふうん、と声を漏らした。
「来い」
手招きをした朱丽に誘われて──敖暁明は牀に上がり、這いつくばってうつくしい男に近寄る。
朱丽の伏せられた長い睫毛が、目元に影を落としていた。
下げられていた細い顎が上がり、白い指が敖暁明の方へ伸ばされる。
「ゔっ!」
呻いた敖暁明の口端から、唾液が溢れ出した。
逆光になった朱丽の鮮やかな花鈿は鮮血のように鮮やかだ。
敖暁明の舌を引っ張り出した朱丽は、親指で表面を摩る。
──まるで愛撫のような仕草だ。
敖暁明は喉を鳴らし、強烈な欲を嚥下した。
唾液が朱丽の指を汚す光景に、ぞくぞくとした興奮が腰を走る。
朱丽の目尻が下がった桃花眼が細められ、色付く唇が薄く開いた。
「約束を違えた時は、躾としてそなたの舌を抜いてやろう。ゆめゆめ忘れるな」
──忘れられるわけがない。
月光よりも明るい、牡丹のようなひととの約束を。
私の舌を掴み出し、薄く笑みを浮かべる朱丽は国が傾く程の眩さだ。
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜
𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。
だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。
そこで出逢った簫 完陽に料理人を料理を教えてもらうことに。
そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?!
料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる