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八章
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榻に移動し寝転がった朱丽の前に、银义が跪いた。
敖暁明も朱丽の頭の隣に腰掛け、わざとらしく名を呼ぶ。
「朱丽~」
すると银义はちらりと敖暁明を見遣り、刺々しい言葉を発っした。
「不敬だぞ」
「そう。でも別に朱丽は私がこう呼ぶのを許してるよ。ねえ朱丽」
敖暁明は榻に広がる長髪を掬い、ちゅっと毛先に唇を寄せる。
「そなたらな、今し方会ったばかりだというのに何がそんなに気に入らんのだ」
頬杖をつき目を細める朱丽に、敖暁明は笑いかけた。
「全部?」
「本王の前ではほどほどにしろ。それで?宮中はどうなっていたのだ」
朱丽が银义に話を促すと、彼も頷き簡素な勢力図を取り出す。
「やはりそう簡単に二人の皇子の勢力は変わりそうにありませんでした。太子の方は予想通り皇后の力が強いです。しかし第二皇子の方には帝師が。太子の方はかなり外面がいいですね。表に出ていないだけでかなり女遊びが激しいようです」
「隙が多そうだ。贔屓の妓楼でもあるのか」
朱丽がちらりと目線を敖暁明にやる。察した彼は頷き、顎に手を当てた。
「あると思う。あれは三年前から女癖が悪かったし」
「──じゃあ、何か面白い話が掴めるかもしれぬな」
敖暁明は意外な言葉に目を瞬かせ、あざとく首を傾げる。
「偵察?」
「ああ、明日京に行くぞ。準備しておけ」
朱丽は懐から銀が入った袋を取り出し、敖暁明に放り投げた。
慌てて受け取った彼は、何かお使いかと口を開きかけるが、朱丽がもう行けと手を振る。
「小遣いだ。京で本でも買うと良い」
敖暁明は朱丽の優しさに端正な顔を綻ばせた。
「ありがとう、朱丽」
敖暁明が部屋を出て、しん、と静寂に満ちた部屋の中。
青年の足音が遠ざかっていくのを確認した朱丽は、目配せのみで银义を呼び寄せる。
朱丽の吐く息が耳にかかる程側に寄った彼は、跳ねる鼓動を抑え付け、微かな声で話した。
「申し訳ありません。宮に潜っている間、どちらとも見つけることができませんでした」
「構わぬ。本王もそんなに早く見つかるとは思っておらん。そういえば、そろそろ香を焚く時期か」
朱丽も特に期待していなかったのか、気怠げに投げ出した足を組み替える。
「本日焚きましょう。申し訳ありません、前回焚いてから周期がずれてしまいました」
「気にするな、葉を切らしているだろう。明日ついでに京で買えば良い」
银义はちらりと扉に目を遣った後、再び彼の王に目線を戻した。
「……朱丽様、僭越ながら本当に敖暁明を皇帝の座に押し上げるつもりですか」
「ああ」
「ですが、もしまたあのようなことが──」
長い指が、银义の言葉を遮る。
それ以上言うな、と唇を抑えられた彼は顔を赤くした。
「心配するな。もう二度と、同じ轍は踏まぬ」
朱丽は邪魔な面を外し、類稀な美貌をあらわにする。
はらはらと二色の髪が流れ落ち、長い睫毛が目元に影を落とした。蠱惑的な垂れ目が細められ、鮮やかな唇が言葉を紡ぐ。
「だからこそ、わざわざ面をしているのだ」
すると银义は素早く頭を下げ、許しを乞うた。
「朱丽様、失言をお許しください。俺が命をかけて、あなたをお守りします」
「银义よ、それこそ失言ではないか?本王は守られるようなか弱き存在ではない」
はっと笑った朱丽は京の方角を見つめ、冷たく囁いた。
「本王は今代で取り戻す。己の命も、神器も全て」
・・・
「……朱丽は秘密が多すぎるな」
扉の外に立っていた敖暁明は密やかに呟く。
彼は二人の会話を盗み聞きしていたが、その声は小さ過ぎて特に収穫はなかった。わかったのは、やはり朱丽にも何か目的があるということだけだ。
そんなことは、银义を宮に潜り込ませていたという時点でわかってはいたが。
今度こそ自室に向かった敖暁明は、渡された銀が入った袋を大事に抱えながら、じっと考え込む。
朱丽は一体、何が欲しいのだろうか。
領土? 地位? 金?
否、そのどれでもないだろう。
この三年間共に居てわかったが、彼は俗物的な人間ではない。では何故──敖暁明は自室の扉を開け、胸の内を吐露した。
「言ってくれればいいのに」
朱丽が側にいてくれるなら、全てあげるのに。
敖暁明は殺風景な部屋の中でぼんやり立っていたが、ふと口の中がむずむずとして顔を歪める。
歯茎に鈍痛を感じ、飾り棚の上にある銅鏡を覗き込んだ。
そして映り込んだ咥内に、唖然とする。
上の歯にある犬歯は普通、二本しかない筈だ。しかし、敖暁明の上の歯の犬歯は、更に二本生えかけている。つまり、犬歯が上の歯だけで四本存在していた。
そのことに気づいた途端、歯がむずむずして何かを噛みたくなってしまう。
敖暁明は銅鏡を見るのをやめ、大人しく牀に寝転がった。
明日は京に行くのだ。
犬歯の数を数えていたって、仕方がない。
*以下設定
敖暁明も朱丽の頭の隣に腰掛け、わざとらしく名を呼ぶ。
「朱丽~」
すると银义はちらりと敖暁明を見遣り、刺々しい言葉を発っした。
「不敬だぞ」
「そう。でも別に朱丽は私がこう呼ぶのを許してるよ。ねえ朱丽」
敖暁明は榻に広がる長髪を掬い、ちゅっと毛先に唇を寄せる。
「そなたらな、今し方会ったばかりだというのに何がそんなに気に入らんのだ」
頬杖をつき目を細める朱丽に、敖暁明は笑いかけた。
「全部?」
「本王の前ではほどほどにしろ。それで?宮中はどうなっていたのだ」
朱丽が银义に話を促すと、彼も頷き簡素な勢力図を取り出す。
「やはりそう簡単に二人の皇子の勢力は変わりそうにありませんでした。太子の方は予想通り皇后の力が強いです。しかし第二皇子の方には帝師が。太子の方はかなり外面がいいですね。表に出ていないだけでかなり女遊びが激しいようです」
「隙が多そうだ。贔屓の妓楼でもあるのか」
朱丽がちらりと目線を敖暁明にやる。察した彼は頷き、顎に手を当てた。
「あると思う。あれは三年前から女癖が悪かったし」
「──じゃあ、何か面白い話が掴めるかもしれぬな」
敖暁明は意外な言葉に目を瞬かせ、あざとく首を傾げる。
「偵察?」
「ああ、明日京に行くぞ。準備しておけ」
朱丽は懐から銀が入った袋を取り出し、敖暁明に放り投げた。
慌てて受け取った彼は、何かお使いかと口を開きかけるが、朱丽がもう行けと手を振る。
「小遣いだ。京で本でも買うと良い」
敖暁明は朱丽の優しさに端正な顔を綻ばせた。
「ありがとう、朱丽」
敖暁明が部屋を出て、しん、と静寂に満ちた部屋の中。
青年の足音が遠ざかっていくのを確認した朱丽は、目配せのみで银义を呼び寄せる。
朱丽の吐く息が耳にかかる程側に寄った彼は、跳ねる鼓動を抑え付け、微かな声で話した。
「申し訳ありません。宮に潜っている間、どちらとも見つけることができませんでした」
「構わぬ。本王もそんなに早く見つかるとは思っておらん。そういえば、そろそろ香を焚く時期か」
朱丽も特に期待していなかったのか、気怠げに投げ出した足を組み替える。
「本日焚きましょう。申し訳ありません、前回焚いてから周期がずれてしまいました」
「気にするな、葉を切らしているだろう。明日ついでに京で買えば良い」
银义はちらりと扉に目を遣った後、再び彼の王に目線を戻した。
「……朱丽様、僭越ながら本当に敖暁明を皇帝の座に押し上げるつもりですか」
「ああ」
「ですが、もしまたあのようなことが──」
長い指が、银义の言葉を遮る。
それ以上言うな、と唇を抑えられた彼は顔を赤くした。
「心配するな。もう二度と、同じ轍は踏まぬ」
朱丽は邪魔な面を外し、類稀な美貌をあらわにする。
はらはらと二色の髪が流れ落ち、長い睫毛が目元に影を落とした。蠱惑的な垂れ目が細められ、鮮やかな唇が言葉を紡ぐ。
「だからこそ、わざわざ面をしているのだ」
すると银义は素早く頭を下げ、許しを乞うた。
「朱丽様、失言をお許しください。俺が命をかけて、あなたをお守りします」
「银义よ、それこそ失言ではないか?本王は守られるようなか弱き存在ではない」
はっと笑った朱丽は京の方角を見つめ、冷たく囁いた。
「本王は今代で取り戻す。己の命も、神器も全て」
・・・
「……朱丽は秘密が多すぎるな」
扉の外に立っていた敖暁明は密やかに呟く。
彼は二人の会話を盗み聞きしていたが、その声は小さ過ぎて特に収穫はなかった。わかったのは、やはり朱丽にも何か目的があるということだけだ。
そんなことは、银义を宮に潜り込ませていたという時点でわかってはいたが。
今度こそ自室に向かった敖暁明は、渡された銀が入った袋を大事に抱えながら、じっと考え込む。
朱丽は一体、何が欲しいのだろうか。
領土? 地位? 金?
否、そのどれでもないだろう。
この三年間共に居てわかったが、彼は俗物的な人間ではない。では何故──敖暁明は自室の扉を開け、胸の内を吐露した。
「言ってくれればいいのに」
朱丽が側にいてくれるなら、全てあげるのに。
敖暁明は殺風景な部屋の中でぼんやり立っていたが、ふと口の中がむずむずとして顔を歪める。
歯茎に鈍痛を感じ、飾り棚の上にある銅鏡を覗き込んだ。
そして映り込んだ咥内に、唖然とする。
上の歯にある犬歯は普通、二本しかない筈だ。しかし、敖暁明の上の歯の犬歯は、更に二本生えかけている。つまり、犬歯が上の歯だけで四本存在していた。
そのことに気づいた途端、歯がむずむずして何かを噛みたくなってしまう。
敖暁明は銅鏡を見るのをやめ、大人しく牀に寝転がった。
明日は京に行くのだ。
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