十花

ぬくぬくココナッツ

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六章

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「豪将軍!」

 豪与华と浚龙が軍営へ行くと、部下である豪軍の男達が一瞬で群がった。
「おい、むさ苦しいからあまり寄るな」
「豪将軍!ぜひ剣の指導をよろしくお願いします!」
「おいずるいぞ!豪将軍!俺も俺も」

 豪与华は筋肉質な部下たちに囲まれ、喧しい、と顔を顰めるがその口元は薄く弧を描いている。彼は宮廷では常に冷気を纏う、抜き身の剣のように鋭い男だったが、自軍の中ではかなり気さくで、多くの者達に慕われていた。
 彼に取っては貴族や文臣と話すよりも、庶民が多い軍の者達と話す方が好きだった。

 豪与华は目を細め、自ら指導している彼らを端から端まで眺める。とても懐かしい光景だった。
 ──前世は無惨にも彼らの命を背負い切れず、私が死に、そして殺してしまった。今世は一人も欠けさせない。

 密かに噛み締められた歯が、ぎりぎりと擦れ合う。
「将軍?」
 隣に立つ浚龙が様子を窺っていることに気づき、豪与华は強張っていた肩の力を抜いた。着ていた外衣を脱ぎ、浚龙に投げ渡すと持っていた剣を抜く。
 『不挠』と名付けられた豪与华の剣は数え切れぬ程の人を斬り殺し、常に月光を跳ね返すような怪しい眩さと、身も震えるような冷たさを纏っていた。
 そしてそれを握るのは絶世の美人だ。
 浚龙は敬愛して止まない男の姿を目に焼き付ける。
「早くそこに並べ。数刻は相手してやる。一戦ずつだ」
 豪与华は剣先で部下達に指し図して、楽しげに笑った。



「将軍、お疲れ様です」
「ああ」
 数刻後。

 浚龙は甲斐甲斐しく豪与华の汗を拭い、用意した茶器を渡した。
 豪与华は、まだ熱い茶を顔色を変えずに一息で飲み干し、腰掛けていた椅から立ち上がる。
 不挠を浚龙に投げ渡し、軽装で一人歩き出した。
「山に行ってくる。先に戻っていろ」
「……はい。お気をつけて」

 そう返事をした浚龙の顔は複雑だ。
 『山』とは豪家が所有する竟外山の事で、ここに行く時の豪与华は浚龙でさえも連れて行かなかった。つまり豪与华が山に行く時は、完全に外界と遮断され、一人になりたいという事だ。
 しかし唯一、ここに出入りが許されている人物を浚龙は知っていた。
 彼は身を焼く感情に瞼を伏せ、信頼の証でもある不挠を胸元で抱きしめた。

・・・

 豪与华は庭のように把握している竟外山を移動し、見晴らしのいい頂を目指し歩く。
 ところが目的地まであと少し、というところで突然木を挟み背後から声をかけられた。

「与华」

 途端、微かに豪与华の肩が跳ねる。
 まさか二人きりで会うことになってしまうとは、想像もしなかった。
「……阿睿」

 振り向かずに立ち止まった豪与华は、颜睿の名を小さく呼ぶ。すると彼はすぐに朝政のことを謝罪した。
「妹のことで迷惑をかけた」
「いや……きっと小蘭も無事だ」
「ああ」
 恐らく颜睿は既に颜蘭の居場所を掴んでいるのだろう。
 彼もまた、軍神と呼ばれる程名高い将軍だ。

 豪与华は面会を断った手前、何を言えば良いか分からず口篭ってしまう。代わりに颜睿が口を開き、やはりあの男のことを忠告した。
「与华── 戏万には」
「うん。わかっている」
「……将軍の本文は武勲を立てることだ。だが、武勲だけではあの魔窟のような宮廷で生き残ることはできない」
 その通りだ。
 その通りで、前世は宮中の魔物に、阿睿も私も。食い殺された。

 豪与华の翡翠の瞳が暗く影を帯び、引き結ばれた唇が薄くなる。
「……ああ。宮廷で生き残らなければ、甲を解けない」
 彼が歯の隙間から言葉を絞り出した時、そっと手首を掴まれ背後に熱を感じた。
「少し痩せたか」
 豪与华はばくばくと騒ぐ胸を叱りつけ、浅くなった呼吸を隠す。
「いや……自分ではわからない」
「……頂まで行くのだろう。共に行っても良いか」
「ああ」

 ぎこちなく頷いた豪与华は、隣に立った美丈夫に密かに目線を遣る。
 すっと通った鼻筋に、切長の瞳は美しく、上品な口元は緩みがない。そして恵まれた体格は雄々しく、堅牢で清廉な雰囲気が漂っていた。
 ふと話しかけようとした豪与华だったが、隣から香った匂いに気づき指先が震える。
 ──これは宮中で流行っている、娘向けの香の匂いだ。

 そのことに気づいてしまった彼は開きかけていた口を閉じ、ふっと自嘲する。今となっては冷静になった頭が自惚れは止めろと忠告した。
 阿睿があの香袋を一つや二つ持っていても、別に不思議ではない。
 きっと意中の娘から貰ったのだろう……阿睿もまた、浚龙と同じように沢山の娘から言い寄られている。
 引く手数多だ。わざわざ私を選ぶことはない。
 その流れで言えば、なぜ浚龙が私の現実逃避に付き合っているのかは不思議でしょうがないが。
 まあ、浚龙は私に対して絶対的な忠誠心がある。恐らくその延長で、私を抱いているのだろう。奴にも意中の娘ができたら、さっさと解放してやらないと……浚龙も婚期を逃してしまうな。

 豪与华はじっと押し黙り、ひたすら頂を目指して歩いた。颜睿も何も言わずに、ただ彼についていく。
 そして突如開けた視界の中、辿り着いた頂の草の上に豪与华は寝転んだ。

 ぼんやりと空の雲を見上げて、ずきずきと痛む心を無視する。
 今までそうやって生きてきた。前世でできたなら、今世もできないことはない。
 そう己の心を抑圧し、意志そのもののように硬く目を瞑る。そうしている内に重生した疲れが押し寄せ、彼は無防備にも夢路に足を踏み入れてしまった。





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