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五章
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ぎっと音を立てて、部屋の扉が開く。
「どうした?」
豪与华は、手ぶらで部屋の中に戻って来た浚龙に首を傾げた。
桶を取りに行ったのではなかったのか、と。
彼は少し悩んでいるのか、豪与华を見た後僅かに逡巡し、困ったように口を開く。
「その……颜将軍がいらっしゃっています」
すると豪与华は眉を寄せ、翡翠の瞳が影を帯びた。
「追い返せ」
「……よろしいのですか?」
豪与华は何かを言いたげな浚龙に目線を遣って、軽く圧をかけた。
「何がだ」
「いえ、申し訳ありません。面会はお断りしておきます」
失礼しました、と再び部屋を出て行った浚龙を見送り、豪与华は榻に腰掛ける。片膝を立て肘を置き、庭に視線を移した。
前世はこんなことは起こらなかった。
彼の方からわざわざ会いに来るなんて、考えもしなかった。
やはり朝政前に、私が前世と違う行動をしたからか──しかし会う訳にはいかない。どこに人の目があるかわかったものではないからだ。
豪与华はぼんやりと窓の外を眺め、熱った体を撫でる風に身震いした。すると、肩に真紅の外衣を掛けられる。
彼が振り向くと桶を置いた浚龙が、与华様、と甘く呼んだ。
「お待たせしました」
「ああ」
立ち上がった豪与华は榻から滑るように降り、浚龙に手伝わせる。彼の手によって肌が顕になった。戦場で刻まれた数多の傷が現れ、浚龙は目を細める。それは彼の敬愛する男が強かに生き抜いた美しい証だった。
裸体になった豪与华は視線を気にすることなく、桶に足を踏み入れる。湯面が跳ね、ちゃぷりと音を立てた。
衝立を開いた浚龙は新しい衣を用意し、部屋から去ろうとするが、袖を掴まれ立ち止まった。
「お前も入れ」
「ですが──」
「?二度手間だろう」
首を傾げる美しい男を前に、浚龙は『目に毒ですから』と断ることはできず、ぎこちなく頷く。彼も桶を跨ぎ、豪与华と距離を縮めた。
豪与华の気怠げな眼差しは上気し、色香が漂う。浚龙は目に焼き付けるように、じっと見つめていた。豪与华は徐に口を開き、濡れた髪を払う。
「……颜妹は無事だろう。恐らく右丞相の信頼を失墜させたいが為に左丞相か、もしくは左丞相側の人間がやった筈だ」
浚龙は瞬時に顔を上げ、わずかに考え込んだ。
「右丞相の謀に見せかける為に与华様に疑惑を?」
「ああ。父は右丞相と懇意だったからな」
「颜家は中立だからこそ、今回狙われたと」
豪与华は肩まで湯に浸かり、立ったままの浚龙の膝を軽く蹴って座らせた。共に肩まで浸かった浚龙は、政に関わっている人間を思い浮かべる。今や宮中の勢力は入り乱れていた。
「ここ最近、奴らは私の弱みを血眼になって探している。颜将軍には迷惑をかけられない。既に彼の妹も権力争いの餌食になっている。お前も気をつけろ」
「はい。今まで以上に気を引き締めます」
ふぅ、と息を吐いた豪与华は両腕を桶の縁にかけ、対面に座る浚龙を見つめた。
「……それで、それはどうするんだ」
「え?」
浚龙は予想外の質問に目を瞬かせるが、伸ばされた白い爪先に体を強張らせた。豪与华の右足が凹凸している腹部を撫で、少しずつ下に下がっていく。
硬く反り返っている肉棒に足先が当たり、浚龙はぎゅっと唇を噛み締めた。
「っ与华様!」
「若いな。いや、それはそうか」
お前は私より六も下だったな、とぼやいた豪与华は腰を上げ、彼の膝に乗り上げる。
「抜いてやる」
「今日は軍営に行きませんか?」
「どうせ私がいなくてもあの脳筋共は勝手にやってるだろう。後で見に行く」
その言葉に、浚龙はにこりと笑って甘えるように細腰を抱く。そして桃色の蠱惑的な唇を塞いだ。
「どうした?」
豪与华は、手ぶらで部屋の中に戻って来た浚龙に首を傾げた。
桶を取りに行ったのではなかったのか、と。
彼は少し悩んでいるのか、豪与华を見た後僅かに逡巡し、困ったように口を開く。
「その……颜将軍がいらっしゃっています」
すると豪与华は眉を寄せ、翡翠の瞳が影を帯びた。
「追い返せ」
「……よろしいのですか?」
豪与华は何かを言いたげな浚龙に目線を遣って、軽く圧をかけた。
「何がだ」
「いえ、申し訳ありません。面会はお断りしておきます」
失礼しました、と再び部屋を出て行った浚龙を見送り、豪与华は榻に腰掛ける。片膝を立て肘を置き、庭に視線を移した。
前世はこんなことは起こらなかった。
彼の方からわざわざ会いに来るなんて、考えもしなかった。
やはり朝政前に、私が前世と違う行動をしたからか──しかし会う訳にはいかない。どこに人の目があるかわかったものではないからだ。
豪与华はぼんやりと窓の外を眺め、熱った体を撫でる風に身震いした。すると、肩に真紅の外衣を掛けられる。
彼が振り向くと桶を置いた浚龙が、与华様、と甘く呼んだ。
「お待たせしました」
「ああ」
立ち上がった豪与华は榻から滑るように降り、浚龙に手伝わせる。彼の手によって肌が顕になった。戦場で刻まれた数多の傷が現れ、浚龙は目を細める。それは彼の敬愛する男が強かに生き抜いた美しい証だった。
裸体になった豪与华は視線を気にすることなく、桶に足を踏み入れる。湯面が跳ね、ちゃぷりと音を立てた。
衝立を開いた浚龙は新しい衣を用意し、部屋から去ろうとするが、袖を掴まれ立ち止まった。
「お前も入れ」
「ですが──」
「?二度手間だろう」
首を傾げる美しい男を前に、浚龙は『目に毒ですから』と断ることはできず、ぎこちなく頷く。彼も桶を跨ぎ、豪与华と距離を縮めた。
豪与华の気怠げな眼差しは上気し、色香が漂う。浚龙は目に焼き付けるように、じっと見つめていた。豪与华は徐に口を開き、濡れた髪を払う。
「……颜妹は無事だろう。恐らく右丞相の信頼を失墜させたいが為に左丞相か、もしくは左丞相側の人間がやった筈だ」
浚龙は瞬時に顔を上げ、わずかに考え込んだ。
「右丞相の謀に見せかける為に与华様に疑惑を?」
「ああ。父は右丞相と懇意だったからな」
「颜家は中立だからこそ、今回狙われたと」
豪与华は肩まで湯に浸かり、立ったままの浚龙の膝を軽く蹴って座らせた。共に肩まで浸かった浚龙は、政に関わっている人間を思い浮かべる。今や宮中の勢力は入り乱れていた。
「ここ最近、奴らは私の弱みを血眼になって探している。颜将軍には迷惑をかけられない。既に彼の妹も権力争いの餌食になっている。お前も気をつけろ」
「はい。今まで以上に気を引き締めます」
ふぅ、と息を吐いた豪与华は両腕を桶の縁にかけ、対面に座る浚龙を見つめた。
「……それで、それはどうするんだ」
「え?」
浚龙は予想外の質問に目を瞬かせるが、伸ばされた白い爪先に体を強張らせた。豪与华の右足が凹凸している腹部を撫で、少しずつ下に下がっていく。
硬く反り返っている肉棒に足先が当たり、浚龙はぎゅっと唇を噛み締めた。
「っ与华様!」
「若いな。いや、それはそうか」
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「抜いてやる」
「今日は軍営に行きませんか?」
「どうせ私がいなくてもあの脳筋共は勝手にやってるだろう。後で見に行く」
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