十花

ぬくぬくココナッツ

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三章

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 豪与华は将軍府の書斎に戻ると、椅子に腰掛け目を瞑った。
 彼のことをよくわかっている浚龙が、その間に話しかけることはない。静かに豪与华の側に立っていた。


 豪与华は今は何もない胸元を触り、死んだ時の感覚を思い出す。

 私の胸に貫通した箭の羽は白だったが、私の軍では黒の物を使っていた。颜軍の羽の色は赤だった。
 羽が白い物を使っている人間は多く居るが、殆どは乳白色。しかしあの羽は白過ぎた……

 豪与华はぱっと目を開き、浚龙に向かって無言で手を差し出す。
 浚龙は素早く紙と筆を手にし、卓上に並べた。

 豪与华は、己の胸に刺さった鏃の形を紙に書き出して行く。
 あの時は矢を引き抜いて確認する暇がなかった。
 故に、自分の肉を切り裂いた感覚を、何度も何度も繰り返し思い出す。
 常人の人間であれば耐えられないことだったが、彼にとっては慣れた物だった。

 豪与华は書き上がった鏃の形を見て、再び考え込む。
 この形は、私の知っている限りでは軍で使われていない。つまり私用に開発されたか、貿易品か……

 恐らく射程距離からして、弩に射られたのだろう。
 まあ難しく考えることも、焦る必要もない。犯人は宮廷の誰かと決まっている。

 前世起こったことは、きっとまた今世も起きるだろう。
 私を殺した者は、その命を持って必ず精算させる。
 そして何故私が重生したのか──物事には必ず因があり果がある。これもまた、突き止めなければならない。

「浚龙」
「はい」
 豪与华は筆を卓上に転がし、気怠げに頬杖をついた。
「お前は私が死んだらどうする」
「殉じます」

 女人から大変人気のある甘い顔が、とびきり甘い笑みを浮かべ、さらりと答える。
 豪与华はわかりきっていたことだと、そうか、とだけ答えた。

 彼は手持ち無沙汰に浚龙の髪を指に巻きつけ、猫のように遊ぶ。
 浚龙は立ったまま身を屈め、辛い体勢にも関わらずにこにこと笑っていた。すると豪与华の長い指が彼の鼻を摘み、無表情のまま部下の苦しそうな顔を眺める。満足すると手を離し、息苦しさから涙目になっている浚龙に問うた。

「豪の軍規はなんだ」
「あ、はい。疑わしきは処する」
「……あの豚は近い内に殺す」
 豪与华は左丞相の脂ぎった顔を思い出し、チッと舌打ちをした。

 左丞相が私を殺した──いや、颜睿を殺そうとした犯人であってもなくても、あんなのは早めに処理しておくに限る。

「浚龙。普段からこの形の鏃をそれとなく探しておけ」
 豪与华は書き出した紙を彼の前に突き出し、ほんの僅かな間確認させた。
「はい」
 浚龙は受け取った紙を眺め、そっくりそのまま記憶すると蝋燭に近づけ証拠を燃やす。
 灰になったのを確認し振り向くと、聡い彼は豪与华の顔色が悪いことに気づいた。

「将軍」
「気にするな」
 立ち上がった豪与华だったが、額を押さえ卓に体重を乗せる。
 彼は異常に記憶力が良い所為か、昔から頻繁に頭が痛くなるのだ。

 折角重生したならついでに治してくれればいいものを、と思うが、そんな事を言ってもどうしようもない。

 頭痛が襲ってくる度に、幼い頃の記憶が蘇る。
 あの頃はよく、阿睿が看病してくれていた。看病と言っても、共に手を繋いで眠るだけだったが。
 心配してくれる彼は優しくて、嬉しかった。あの頃は純粋に、ずっと共に在れるのだと思っていた──この陰謀渦巻く宮廷で、弱みを見せたら終わりだというのに。

 豪与华は側に来た浚龙にもたれかかり、目を閉じる。
 彼よりも背が高く、鍛えられている浚龙は危なげなく支え、直ぐに主人の意図を汲んだ。

 彼は豪与华を抱き上げ牀に向かおうとした。が、ここでいい、と静止される。
「しかしお体に触りま……」
「構うな」


 長い指が浚龙の腰帯にかかり、しゅるりと解けた。
 ばさりと音を立てて、床に落ちる。

 濡羽色の絹糸が黒檀の卓に広がり、肌蹴た裾から白い足が覗く。
 豪与华は爪先でいやらしくなぞるように、浚龙の下肢を撫で上げた。

「口答えをするなどいい度胸だな。それに忘れたのか?二人の時は与华で良い」

 艶かしい眼差しが浚龙を捕らえ、薄い唇が蠱惑的に彼を誘う。
 浚龙は、豪与华に対する複雑な感情の間で身動きが取れなくなった。

 絶対的な忠誠と敬い。
 それから、不敬にも好きだという気持ちと、切なさに身が千切れそうになる。

 浚龙はそれを誤魔化すように、白い太ももに手を這わせゆっくりと押し倒した。

「申し訳ありません。不出来な部下をどうか罰してください」






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