碧眼の守護者

kakasu

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第17話少女の夢と漆黒の野望⑨

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 湾岸都市ダイバーのアルア神殿は、町の中心部から少し離れた海側に建っていた。教育機関やギルド会館、教会といった施設が中心部に集まり、神殿だけが離れた場所にあるという町のつくりは、他の都市と比べてめずらしいものだった。
「わー、海めっちゃキレイ。エリー見てみろよ、水面が光ってる。あ、カモメが釣り人から餌もらってるぜ」
 ベッドで横になっているルカが、体を起こして窓の外を指さした。
 そばの椅子に腰かけているエリーゼがため息をつく。
「のんきなことを……腕は平気なの?」
「うん。あのとき、すぐにエリーが施術してくれたし、ここでも診てもらったから」
 ルカが元気な笑顔を見せる。
「マイは、大丈夫かしら……」
 エリーゼが不安そうな表情で海を見つめる。
 彼女はクルーガーの指示通り、アルア神殿の騎士団に援軍を要請した。エリーゼがポワール神殿大神官の娘であったこと、そしてクルーガーに渡された委任状と許可証を提示したことにより、援軍要請は速やかに受理された。
「大丈夫だって。そろそろ援軍もダミール島に着くころじゃね? それにさ、ハハハ」
 ルカが言いかけて急に笑い出す。
「なによ? 言いかけてやめないでくれる。自分だけ笑って。気になるじゃない」
「ああ、ごめんごめん。クルーガーの『俺はおっさんじゃねぇ!』て言ったときの面白い顔思い出したらつい」
 ルカがお腹を抱えて笑い出す。
 エリーゼもクスリと笑いながら口元をおさえる。
「そうだったわね。マイには強い従者がついているものね」
「そういうこと。だから心配いらないよ」
 2人はお互いの顔を見合わせてうなずいた。


 自分の危機に合わせたかのように現れた本物のクルーガーを目の前に、マイは感動のあまり、神に感謝の祈りを捧げる。
「おいチビ、神じゃなくて俺に感謝の祈りを捧げろ」
「この罰当たりな発言、間違いなく本物のクルーさんだぁ。おお神よ、この者の無礼な発言を許したまえ」
「お前、俺にぜんぜん感謝してねぇだろ!」
 クルーガーがキレのあるツッコミを口にしながら、2本のダガーナイフを構える。
 ロウリーの放った闇の球体が2人に襲い掛かる。クルーガーがそれをナイフで切り裂く。真っ二つに両断された闇の球体は煙となって消滅した。
「ふむ、いい反応だ。さすがはリミット・ブレイカー」
 ロウリーの言葉にクルーガーが眉をひそめる。
「……リミット・ブレイカー?」
 マイがクルーガーを見上げて首をかしげる。
「おや、自分の従者が何者なのか理解していないのか? マイ、君は従者から信頼されていないんじゃないか?」
「黙れよ、クソ魔族」
 クルーガーが一気に間合いを詰めて、ロウリーの首にナイフを突き立てる。ロウリーがナイフの刃を握りしめた。手から黒い血が流れ落ちる。クルーガーが力を込めるがナイフはピクリとも動かない。
「ぐぐぐっ……」
 細身の体からは想像もできない腕力で、ナイフが押し返されていく。クルーガーが歯を食いしばり抵抗するが、びくともしない。
「そらっ!」
 クルーガーの体が持ち上げられ、まるでボールを投げるかのようにロウリーは彼を軽々と投げ飛ばした。
「くっ!」
 クルーガーが体をしなやかに丸めて転がり、ダメージを最小限におさえる。
「クルーさん!」
「俺は平気だっ」
 マイがクルーガーに駆け寄った。
「別に隠してたわけじゃねぇんだ」
「えっ?」
「リミット・ブレイカー……限界突破の超越者って呼ばれてた。昔の話だけどな」
「そ、そーなんですか。それがクルーさんの強さの秘密……」
 マイは何となく気がついていた。クルーガーが普通の人間ではないことを。
 都市バルサで魔族のレイマーと闘うクルーガーを見て、その圧倒的な戦力差にマイは驚いた。それと同時に1つの疑問が頭に浮かんだ。クルーガーはほとんど魔力が無く、魔術が使えない。しかし彼は、人間の身体能力をはるかに凌駕する力で魔族を単独で討伐した。彼の力は一体何だったのかという疑問を、マイは口に出さずそっと胸にしまい込んでいた。
「人の能力のほとんどは、脳内のリミッターによって制御されてる。表に出てる力は、ほんの一部さ。俺は、そのリミッターを意識的に解除することができる」
「クルーさんは、潜在能力を解放できるということですね……」
「ま、そういうこった」
 クルーガーが苦笑いする。
「えっと、私なんとなく分かってたんです。クルーさんは普通の人と違うって。私の知ってるクルーさんは、優しくてとても強くて、だけどHでお金に意地汚くて罰当たりで……」
「おい! 最後の褒めてねーだろ」
「笑顔の素敵なクルーさんを、信じたかったんです! クルーさんが自分のこと、話してくれるまで待とうって思ったんです!」
 クルーガーは「ありがとな」と言いながら、マイの頭をそっと撫でた。
「おいガーリン、こいつら連れて港へ逃げろ。船乗ってこの島から離れろ!」
「わかりましたっ」
 ガーリンがパトラとブーケの手を借りて、倒れているクロエを背負った。
「そんなに安々と逃がすわけがないだろ」
 ロウリーのかざした両手から、続々と悪魔が飛び出してくる。黒い大群が聖海騎士団へ襲い掛かり、あちこちで鮮血が飛び散った。
「趣味のわりぃ真似しやがって。ガーリン、ガキども連れてこっち来いっ!」
「はっ、はいぃぃぃ」
 慌ててよろめきながら走るガーリンをパトラとブーケが横から支える。
 4人が自分の後ろに来たことを確認したクルーガーが目をつむる。
「ファースト・ブレイク!」
 クルーガーの立つ場所を中心に小さな衝撃波が発生し、群がってきた悪魔たちを消し去った。
 目を開けたクルーガーが青みの濃くなった瞳でロウリーを見据える。
「ほう、それがリミット・ブレカーの本当の姿か。面白い!」
 ロウリーがまばたきした瞬間、クルーガーはすでに彼の目の前でナイフを振り上げていた。人の目でとらえることはできないほどの素早いナイフ捌きを繰り出す。しかし、ロウリーはその動きをすべて見切り、的確にクルーガーの腕を払いのけていく。
「見える! すべて見えるぞっ。お前の攻撃速度では、私を傷つけることなどできはしない! そらっ!」
 クルーガーの胸にロウリーが手を触れる。彼の手の平から黒い光が発するとともに、クルーガーが吹き飛ばされて地面に転がった。
 クルーガーが苦しそうにせき込むと、地面に血が飛び散った。
「さあ、もっとあがいて見せろ。そらっ」
 ロウリーが両手をかざし、さらに多くの悪魔を呼び出した。黒い大群がマイたちを囲む。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ」
 クルーガーがナイフを一振りするたびに、悪魔たちの黒い血が飛び散る。マイたちを暗黒の闇で包み込んだ悪魔の大群は、ほんの数秒で煙と化した。
「はあ、はあ、はあ……」
 クルーガーが胸を押さえながら、乱れた呼吸を必死で整える。
「クルーさん、すぐに神の癒しを――」
「俺は平気だっ」
「でも……」
 施術しようとするマイの手をクルーガーが押し返した。
 マイが言葉を呑み込んでうつむく。
 誰の目から見てもクルーガーは深手を負っていた。彼の衣服の胸部は大きく破け、火傷のような傷跡か出血している。呼吸は乱れ、首筋には汗がにじんでいた。
「チビ、俺もお前を信じてるぜ」
「えっ?」
 驚いたマイが顔を上げ、大きな目でクルーガーを見つめる。
「お前には、大切なやつらを守れる力がある。魔族にも屈しない強ぇ心がある。今はなるべく温存して、術は防御に専念しろ」
「クルーさん……」
 マイの目頭が熱くなる。
「お前も俺を信じてんだろ?」
「ハイッ!」
 マイが元気な返事で答えた。
 クルーガーが立ち上がり、ナイフを構えなおす。
「やせ我慢はやめたらどうだ? 本当は戦う力なんて残ってないんだろう? 水没した採石場から、何人救い出せた? 1人か? それとも2人か?」
「てめぇにゃ、関係ねぇ」
 クルーガーが唾を吐く。
「どういうこと?」
 マイが大声で問い詰める。
「転移の魔法陣で兵を送り込み、火の魔術を仕込んだ魔法陣を起動させたのさ。奴隷もろとも海に沈めてやったわけさ。お前が人を見捨てられるはずがない。ずいぶん体力を消耗したようだなあ、リミット・ブレイカー」
「卑怯者!」
 声を荒げるマイに、ロウリーは笑いながら首を横に振った。
「策士と言ってくれないか? さあ、もがく姿をもっとみせてくれ! そらっ」 
 ロウリーによって呼び出された悪魔の大群が庭園を抜け、市街地へむかって羽ばたいていく。
「クソ野郎がっ」
 クルーガーは怒りで顔を赤くした。
「さあ、選びたまえ。君がここに残れば町の人間が死ぬ。逆に町に向かえばマイたちが死ぬ。面白いだろう? ハハハハハッ」
 ロウリーの笑い声が庭園に響く。
 クルーガーに選択の余地はなかった。

――町に走れば、こいつらが瞬殺される。先にロウリーを片付けるしかねぇ。体力削られてけっこうキツイが、やるしかねぇ。

 クルーガーが深呼吸してロウリーにナイフを向けた。
 踏み出そうとした瞬間、飛んで行った魔族の断末魔の叫びが聞こえ、足を止める。
「何事か?」
 ロウリーも庭園入り口に目を向ける。
 そこに現れたのは甲冑を身にまとった1人の女性兵士だった。
「アルア神殿所属、海竜騎士団団長ジャンヌ・フォーカス参上つかまつった!」
「小癪なっ!」
 ジャンヌに向かって、ロウリーが暗黒の球体を放つ。
 瞬時にその間へ滑り込んだクルーガーが、球体を切り裂いた。
「レオン様、遅くなり申し訳ございませんっ」
「しいっ! 声でけぇよ」
「は?」
「あと名前、クルーガーって呼べ」
「は、はあ……」
 ジャンヌが頭を下げながら、クルーガーの思わぬ発言に戸惑う。
「援軍は?」
「我が海竜騎士団1個連隊および、ダイバー領主シャルク様の私兵、百花騎士団1個大隊、市街地に配置済みであります!」
 ジャンヌが早口で答える。
「おっ、シャルクも出してくれたのか」
「ハッ、快く承諾してくださりました」
「悪魔のせん滅は頼んだ。こっちは俺が片付ける」
「ハッ!」
 ジャンヌは胸にバシッと拳を当てて敬礼した後、マントをひるがえし走り去った。
「おいおい、せっかくの援軍を返してよかったのか? 加勢してもらえば、少しは生きながらえることもできたというのに」
「正直、援軍は助かったぜ。お前をぶっ殺してから、悪魔どもを片付けるにしても、多少の犠牲は覚悟してたからな」
 皮肉を口にするロウリーをクルーガーが真っすぐに見つめる。
「私を殺すだと? はったりもたいがいにしておけ。体力の消耗したお前では、私には届かぬ。悪あがきはよせ。力の限界を認めよ! リミット・ブレイカー」
 ロウリーが怒声を上げた。
「力の限界だって? その壁をぶち破るのが、リミット・ブレイカーなんだぜ」
「なに……」
 クルーガーの笑みに、ロウリーの顔色が変わった。
 クルーガーが静かに目を閉じる。
「セカンド・ブレイクッ!」
 彼の叫び声とともに、強い突風が吹き抜けた。
「な、なんだと……バカな……」
 先ほどまでとは比べ物にならないほどの覇気をまとったクルーガーに圧倒され、ロウリーが後ずさりする。
「おいクソ魔族、覚悟はいいか?」
 クルーガーがナイフの柄をギュッと握りしめた。

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