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1拉致られた精霊

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 北大陸にある比較的暖かで平和なブトン公国には人の数よりも多くの精霊たちがのんびりと暮らしていた。
 花の国とも呼ばれるほど一年中美しい花が国中に咲き乱れている。

 綺麗な海が見える長閑な丘の上でラグドールの子猫は今日もお気に入りのこの場所で日向ぼっこをしていた。
 ブトン公国に棲む“眠り猫”と人間に呼ばれている猫の姿をした眠りの精霊デイジーは大あくびをした。

「ふぁああ~」

 お日様の精霊が空で楽しそうに踊ってる、風の精霊の子供達は追いかけっこをしている。

「今日も平和だなぁ」

 精霊には労働もない学校もない煩わしい人付き合いもない、日がな一日を寝て過ごす。

 眠りの精霊は、夜 枕元に魚の形のクッキーを一つ置いておくと気まぐれに現れて祝福してくれる人々に安眠をもたらしてくれる精霊。
 眠り猫が祝福をすると見たい夢が見れるだとか、幸せな夢が観れるとか、会いたい人に夢の中で会えるだとか、熟睡できる、ぐっすり眠れて疲労回復するなんて言い伝えがあった。
 ただし猫のようにかなり気まぐれな性格なので必ず現れるとは限らない。

「!?」

 デイジーがポカポカ陽気にうとうとしていると突然網のようなものにかかってしまったーー。
 振り返るとそこには人間の男達が不気味に笑いながら網を引いていた。

「ぐへへ、獲れた獲れた」

「大収穫だ」

 必死に抵抗するが、抵抗すればするほど身体は網に絡まる。
 男達に乱暴に木製の古びたケージの中に押し込まれ、デイジーはどこかへ連れて行かれた。

 まだ精霊として一人前になる前の未熟なデイジーには、大人の精霊のように自在に魔法は使えないし飛ぶ事もままならない。
 大人の眠り猫のように人の姿に変化することもできない。
 今のデイジーはただの猫と変わりないのだ。

「おいおい、ただの猫じゃねえのか?」

 連れて来られたのは人がうじゃうじゃいる街の市場だーー。
 デイジーを攫った男達は薄汚い店の主人と話し込んでいる、
 デイジーがただの猫だと疑っている主人の前で木製のケージの中で怯えていたデイジーの細長い尻尾を強引に引っ張りお尻を主人に見せつけた。

「おら、尻の付け根に逆さのハートマークが付いているだろう!これが眠り猫に証だ」

 眠り猫のお尻にはひっくり返ったハートの痣が付いている。
 デイジーは目に涙を溜めて震えていた。

(そういえば精霊を捕まえて売りさばく悪い奴がいるって聞いたことあるわ……!)

 だから近年 精霊達は人間を避けて暮らすようになった。
 この国は割と平和だと思っていたのに、まさか自分が捕まってしまうとは思ってもみなかった。
 恐怖で声も出ない。

「フンフンフン♪」

 どこからか若い男のハミングが聴こえた。
 こちらに近付いてくる。

「げっ……!」

「うきゃ~精霊の密猟者発見!」

 ピンク色の派手な服に身に纏った奇抜な格好の男性が手錠をブンブン振り回しながらこちらにスキップしてきた。
 プラチナブロンドのくせ毛が特徴的な軟派っぽい印象のある青年。

 彼はあっという間に男達を捕まえて、後からやってきた仲間に身柄を預けた。
 そしてチャラ男はケージの中のデイジーを抱き上げる。

「眠り猫ちゃんじゃん、大丈夫?大変~怪我してる!」

「あっ、あの……」

「俺の名前はピアニーだよ。そうだ、お城で手当てしてあげる」

 彼が指差す先には白く大きく聳え立つお城があった。
 デイジーはピアニーという男に抱っこされたまま馬に乗り、城へ行くことになった。

「え!?」

 *

 ドドン!と存在感を放つ巨大なお城の広過ぎる豪華なホールにデイジーは一匹取り残される。
 真っ赤で金糸の刺繍が入った高そうな絨毯、座ってしまうと自分の抜け毛が付いてしまいそうで遠慮して立ったままで待機している。

 やがて重たそうな大きな扉が開き、全身真っ黒な正装姿の無骨そうな長身の男が現れた。
 清潔感のある短く整えられた濃いめのブラウンヘアに透き通ったグレーの切れ長な瞳。
 健康的な小麦色の肌に筋肉質な身体、薄くて大きな唇に太いつり上がった眉毛、目の下には青黒いクマーー身体は筋肉隆々で逞しそうで至って健康的なのに、疲れ切った顔をしている。

 突然現れた見知らぬ男に、デイジーはびっくりして後退る。
 男の背後から先程のチャラ男も遅れてやって来る。

「ここらに生息する眠りの精霊、通称眠り猫だ。なあなあ!眠り猫ちゃん、助けたお礼にコイツを眠らせてくれないか?」

「え?え?……わたし、まだ子供で、半人前の精霊だからそんなことできないわ」

「マジ?でも、動物セラピーにはなるやん!しばらくコイツの世話してくれよ。対価として美味しいご馳走と快適な暮らしをさせてあげる」

「おい……!余計なお世話だ!」

 デイジーは考えた。

 最近やっと親離れして、そろそろ一人前の眠り猫としてやって行かなきゃいけない頃合いだった。
 人間の役に立つと美味しいお菓子がもらえるらしい、まだ食べたことがなかったからきになるし良い機会かもしれない。それに目の前の男はきっと寝不足なんだろう。とてもしんどそうにしている。

「わかった。報酬は美味しいお菓子がいいわ」

「オッケー、城の専属パティシエの作るお菓子は美味しいからね、きっと気にいるよ」
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