シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

文字の大きさ
上 下
172 / 262
番外編・スピンオフ集

(番外編)幻狼グレイの過去 一匹狼グレイと素敵なお友達〜約束のメロン畑

しおりを挟む
オオカミの精霊、幻狼のグレイは一匹オオカミだった。
何百年も前にどこかの大陸の離島で誕生し、群れではなくて番の幻狼のカップルと極北の氷の山に移住して家族で暮らしていた。

寒さの厳しい氷の山にはグレイ家族しか住んでおらず、周りはペンギンだらけだった。
寡黙なグレイはウスノロ狼と罵られ、意地悪なペンギン達に突かれたり、落とし穴にはめられたり、氷の海に落とされたり度々虐められていた。
それでもグレイは構わなかったし相手にはしていなかった。

本気出せばペンギンなんてオオカミのこの大きな口で丸呑みだ。
子犬に吠えられているような感覚だった。

大人になると、グレイは故郷を出た。

グレイは家族以外の幻狼を見たことがなかったから興味があった。
西大陸の岩山に幻狼が群れで暮らしていると親が話していたので、そこへ向かうことにした。

転移の魔法であちらこちら寄り道をして、やってきた岩山。
幻狼の群れは遠くに見掛けたが、どうやって話掛けたらいいのか?家族以外と関わったことのないグレイは分からず、1匹で行く当てもなくうろついていた。
高い崖の上から下の川を覗くとピンク色のオオカミが溺れていた。

すぐにそこに降りると魔法で助けてあげた。

小石の上にゴロンと横たわったオオカミは飲み込んでいた水を吐いた。
そしてパチクリと黄金の目を見開く。

「はえ?」

「お前、幻狼だろ。なんで溺れてるんだ、そんな浅い川で」

「あ、ほんとだ、そんなに深くない~!なあんだ!」

のんきに笑ったピンク色のオオカミをグレイはじっと見つめた。

「そういや、あんたも幻狼だろ?銀色の毛がキレー!どっから来たの?名前は?」

「グレイ…北の氷山から来た」

「グレイ…うへ、助けてくれてありがとう!オレはフクシアだぜー!」

彼はとても人懐こくグレイの身体の周りをくるっと周りながら毛を舐めてグルーミングしてくれた。
これが幻狼達の愛情表現だと教えてくれた。

フクシアは助けてくれた御礼に獲ったばかりの川魚を分けてくれた。さりげなく大きい魚をグレイに差し出した。
それを一緒に食べた。

「うまいな~」

むしゃむしゃ魚を丸呑みして咀嚼する。

「……」

グレイは黙って頷いた。
尻尾はご機嫌な様子でブンブン揺れてる。

「来いよ、グレイ。群れのリーダーに紹介してやるぜー!お前も仲間に入れてやる」

「……」

グレイはコクっと首を縦に振った。

*

岩山の上、日の当たる場所に幻狼の集団がゴロンとお腹を無防備に晒しながら、寝そべって日向ぼっこしていた。
フクシアはまず紺色の幻狼に声を掛けた。

「コボルト~新入りが来たの!仲間に入れてもいい?」

「ああ」

即答だった。

「グレイって言うんだよ!ワァイ!よろしくな!このひとはコボルトだよ」

「よろしく……」

「ああ、グレイ、よろしく頼む」

この岩山の幻狼達は、かつて魔王オーウェンに仕えていた聖獣のオオカミ達や、その子供たち。

「リーダーは?」

「今は山を降りてるよ、しばらくは戻らないから俺が今代理のリーダーだ」

このオオカミの精霊、コボルトだけは精霊王の聖獣で、普段は精霊王の元で暮らしている。
リーダーが岩山を離れる時には代わって彼が派遣される。

幻狼を始め、精霊の世界は完全なる縦社会であるが、幻狼コボルトはリーダーよりも格上の統括者と呼ばれる偉い精霊である。

「統括者?」

「そう。リーダーが中間管理職なら~コボルトは幹部みたいなものだって~、魔王様と精霊王様はもっと偉くて社長サンなんだって~。オレたちはヒラヒラサラリーマン!グレイはニート?」

「?」

グレイは首を傾げた。
フクシアもよくわかっていないので首を傾げた。

精霊は不老不死。ご飯も睡眠も必要ないが、魔力や生命エネルギーが必須。枯渇すればガス欠の車のように動かなくなってしまうし、下手したら消えてしまう。
魔王や精霊王に帰属すると生命エネルギーを対価として受け取ることができる。
魔力の強い魔人からも同じようにエネルギーがもらえる。

ーーグレイはそのまま何百年もフクシアと共に、幻狼たちの群れで暮らした。
そして、冬のある日。

「グレイ、来いよ。良いエサ場を教えてあげる」

フクシアはグレイを連れて岩山を降りた。
そこには人間が住む街があった。郊外にある小さな宮殿の庭に潜りこむと、内気そうな男の子が木陰で本を読んでいた。

「その子はアレグレット、クリシア帝国の皇子様だ」

「フクシア……?隣は君の友達?」

「うん、グレイだよ!オレのパートナーなの!」

グレイとフクシアはついこの前、番の儀式を済ませたばかり。

「わあ!毛が銀色だ!綺麗~」

「アレグレット、友達が欲しいって言ってたろ!グレイ、友達になってあげなよ」

「……うん」

「いいの!?」

「……」

「紹介料としてお菓子をくれ!」

フクシアはいつの間にか、この小さな皇子に餌付けされていたようだ。

「良いよ!今日も来ると思って、侍女たちに用意させていたんだ!天気が良いから庭で食べようよ。グレイもおいで!」

陽のあたる美しいガーデンにグレイは毎日通った。
グレイは甘い果実が好きだからと、皇子は大陸中から季節のフルーツを取り寄せてはグレイに与えていた。

「メロン……うまい……」

「ねえ、グレイ、僕と契約を交わしてくれない?僕、弱っちいから幻狼達はだれも契約してくれないんだ」

「……メロン」

「グレイ?」

「メロンくれるなら、お前と契約してあげる」

それから数ヶ月後ーー。
グレイは正式に、この皇子様と契約を交わすことになった。

*

そして、この優しい皇子との別れは あっという間にやってきた。

半壊した城の中で横たわる既に息絶えた王妃達、肩を負傷し大量の血を流し怯えた顔で壁にもたれかかりながら腰を抜かすゴルソン侯爵……。

大人になり、一国の王となったアレグレット皇子。

彼は、大切なカメリア妃の死にショックを受け、怒りと憎しみに目を赤く光らせて暴走した幻狼グレイを必死で抑え込む。

我を失ったグレイは何度も王や助けに入った騎士達を次々と投げ飛ばし牙で噛み付いた。
左腕は折れ、血塗れになりながら、何度も起き上がっては必死で王はグレイをなだめた。

そこに光を纏いながら魔王オーウェンが現れた。
黒い光の手綱でグレイの身体を容易く拘束した。

ーー人間を殺めるという、重罪を犯したグレイは罰として魂を消滅させる。

魔王は淡々と申し上げた。

虫の息で地面に倒れ込んだ王は、グレイを許してやってくれと魔王に懇願した。
王は最後の力を振り絞り、グレイをブロンズ像に変えた。

「…君はいつでも僕を思って助けてくれていたのに、僕は君の良い友達ではなかった……」

王はグレイの忠告に耳を傾けず、悪事を働く王妃らを庇い続けていた。
そのツケが回って来たんだと青白い顔で笑う。

「傷付いた君がまた誰かを愛したいと思い、その人と心から友達になりたいと思えるような日が来ればーー、そして君にとって最良な人と巡り合ったら、きっとこの魔法は解けるだろう」

王は死に際にグレイに呪いを掛けた。


ーー死んだ王夫妻の墓は王有林の奥にあった。
エスター国へ渡る前に、グレイはシャルロット、グレース皇子、クロウ、フクシアや騎士らと共に墓参りに訪れていた。

「まあ、メロン畑!」

墓のすぐ近くにはメロン畑があった。
クロウが植えたものらしくて、ドーム状に小さな結界で覆われていた。

「昔ね、アレグレットに頼まれていたの!自分が死んだら、グレイのために墓前にメロンを植えてくれって」

「……アレグレット……」

グレイは冷たい暮石の上に、口に咥えていたライラックの花束を添える。
そして静かに泣いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...