シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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*シャルロット姫と食卓外交

差し入れは、塩おにぎり

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二十数分ほど経ってピカピカになった食堂に鍛錬終わりの騎士達が汗をぬぐいながら一人一人気だるそうにやってきた。
 そこそこ広い食堂だが平均身長百八十超えで筋肉質なガタイの良い騎士達が全員揃うと少し圧迫感がある。

「なんじゃこりゃあ!食堂が輝いているぜ!」
「どうしたもんだ!」

 次々と感嘆の声が聞こえる。
 シャルロットは満足げに笑った。

「シャルロット姫!?こんなところで何をしてるんだ?」

 血相を変えて騎士達の間を縫うようにこちらに駆けてきたのはグレース皇子だ。
 シャルロットの目の前に立って、いつもは不機嫌そうな顔をするのだが今日はそれよりも動揺の方が強いようだ。

「グレース様がこちらで稽古していらっしゃるって聞いて……。グレース様の誼(よし)みの騎士団の方達にご挨拶でもとお邪魔致しました。それから、お近付きの印に“オニギリ”を皆さんに食べていただこうかと思いまして」

「食堂の掃除も君が?」

「ええ、私と私の侍女リディとそちらのユーシンさんと頑張りましたわ」

 グレース皇子はシャルロットの顔をまじまじと観察するように見ていた。
 シャルロットは小首を傾げた。

「姫の手を煩わせてしまって申し訳ない。礼を言う。しかし、一応 君は賓客だからな。その賓客に騎士団の掃除をさせたなど…、宰相や侍女長に知られたらタダじゃすまないな」

「私もそう考えたので、リディから侍女服を借りたんです。騎士の皆さんを萎縮させたくないので、私のことはしばらく黙っててください」

「しかし…」

 グレース皇子が困惑していると、背後で騎士達がはしゃぐ声が響いた。

「なんだこれ!うっめ~!」

 みんなでオニギリをがっついていた。
 どうやら騎士の皆さんには好評のようで、シャルロットはホッとした。
 前世の日本ではポピュラーな料理なのだが、この大陸に昔から存在していた陸稲はパサパサで人間には美味しくないので食用することは殆どなく、家畜の餌というのが万国共通の認識であった。

 オリヴィア小国が独自に栽培している水稲うるち米は、前世の日本で食べていたお米と殆ど変わりない。
 あれだけ沢山握ったオニギリもあっという間に底をついてしまいそうだ。

「よろしければグレース様もどうぞ」

 グレース皇子にオニギリを差し出してシャルロットはハッとした。
 皇子様は食べるのかしら?
 以前米といえば家畜の餌という固定概念のある貴族に振る舞った時は訝しげな顔をされ手をつけて貰えなかった。
 それが悔しくて、シャルロットは米食文化を広めようと密かに躍起になっていたのだ。

「…ありがとう」

 グレース皇子が戸惑いながらもオニギリを受け取ろうとした時だ、グレース皇子の背後から長い腕が伸びオニギリが掻っ攫われてしまった。
 そしてその腕の持ち主、切れ長の目をした騎士らしき細身の男が大口開いてパクッと食べてしまった。

「アヴィ!?」

「毒味だよ~毒味~♪皇子様が口にするものだもん」

「お前…」

 アヴィと呼ばれた騎士はひと口…どころじゃなく食べられたオニギリをグレース皇子の手に戻した。
 
    皇子と騎士なのに、かなり砕けた会話をしている。

「うん、美味しい♪ねぇ、俺の分もある?」

「ええ、えっと…」

「俺、アヴィ。そこの皇子の幼なじみです。君は?」

 心地の良い爽やかな笑顔、眩しい。
 だが、目が眩んでいる場合ではなかった……。

「アヴィさん、はじめまして。私たちはオリヴィア小国から奉公に来ました。シャ…シャルルと、リディでございます。騎士の皆さんにお食事の用意をさせていただきました」

「下女のおばさんの代役か何か?侍女の君達が?」

 侍女はこの城の中では主に王族たちの世話係だ。
 不思議に思うのも無理はない。

「ぐ、グレース皇子に頼まれまして…」

 嘘だけど、大ごとにしたくないらしいグレース皇子も肯定するように首を縦に振った。

 *

 ユーシンはオニギリをひと口ふた口、口に含むと半ば放心状態で目を潤ませていた。
 “この世界では”初めて口にするオニギリだったが、ユーシンには懐かしい味がした。

「母さん……」

 この拳大に大きなゆるいシルエットのオニギリと少し強めの塩加減、確かに“前世”でほぼ毎日食べていた母の味だ。

 “前世”のユーシンは中高校と剣道部に所属していた。

 母は毎日の弁当とは別に、放課後は小腹も空くだろうと塩オニギリも作ってくれていた。
 オニギリの塩味が強いのも、塩分補給を兼ねてらしい。
 運動部で汗も沢山かくだろうから水分と塩分補給はしっかりしなさいってよく言われていたっけ…。

 ユーシンは関心していた。
 そしてチラッと向こうでグレース皇子やアヴィ達と談笑している少女に目をやった。

「まさか、ね」

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