シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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*シャルロット姫と食卓外交

英知の姫シャルロット

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 午前の授業が終わり、シャルロットは大きく伸びをしていた。

 婚約して直ぐにクライシア大国のお城での生活が始まり、花嫁修行に入ったのだ。
 最初の一ヶ月は社交界のマナーにダンスのレッスンと、それからクライシア大国の歴史や文化の座学が中心のようだ。
 小国とは言え一応姫でたまに社交界にも参加することもあるので、マナーやダンスに関しては自国で幼少の頃より徹底して叩き込まれいるから今更学ぶ事も少ないのだが。

「ねえ、リディ、この国には“獣人”がいるのよね」

 シャルロットは隣で紅茶を淹れていた昔馴染みの侍女リディに話し掛けた。

 リディは幼い頃よりシャルロットの世話係兼同年代の友人として仕えていたのだが、シャルロットの要望で一緒にこの国にやってきたのだ。

「ええ、私も実際には見たことないんですけどね~。獣人は丈夫で身体能力も高いですし、半数以上は力仕事に就いたり武官になるそうですよ」

「獣人ってどういう感じなのかしら……想像つかないわ」

「見た目は私達とほとんど変わらないそうですよ。それから、魔人と呼ばれる人種の方もいますね。こちらは王族や官僚に多いそうです」

「魔人?」

 シャルロットにはピンとこなかった。

 シャルロットが生まれ育ったオリヴィア小国には人間が主に住んでいる至って普通の国で、獣人や魔人なんていう存在は物珍しかった。

「魔法が使える人たちです、詳しくはわかんないですけど」

「魔法!本当に存在するのね?獣人に魔人なんてまるでファンタジー小説のようね」

「確かグレース皇子も魔人ですよ?」

「まあ、すごい」

 シャルロットは好奇心に目を輝かせた。
 しかし、途端にしょげる。

「…グレース様、ダンスレッスンにも一度も姿を見せないし……一体どうしたのかしら」

「あの皇子様ね。殆ど騎士団に入り浸っているそうですよ。皇子の教育係が毎日のように嘆いています。どうも自己鍛錬や剣を握っている方がお好きだとか。午前中は早朝から正午過ぎまでもっぱら騎士団の方達と鍛錬だそうですよ」

「…へえ」

 シャルロットは紅茶を一気に飲み干すと、椅子から立ち上がった。
 リディが首をかしげる。

「午後は予定入ってなかったわよね」

「シャルロット様?どちらへ?」

「リディ、お願いがあるの」



「まあ!美味しそう」

 釜の蓋を開けると温かい湯気が立ち炊き上がったばかりの米が銀色に輝き、どうにも食欲をそそる香りが厨房に広がった。
 リディから拝借した侍女服を纏ったシャルロットは炊き上がった米を大きな飯台に移し慣れた手つきで塩をまぶし木ベラで切るように混ぜていく。


 ーーシャルロットは母国で““英知の姫君”と呼ばれていた。

 シャルロットが五歳の時に前世の記憶を取り戻して以降、前世の日本で得た知識を今世で活かしたことによりオリヴィア小国が目まぐるしく発展を遂げた。
 その事を讃えて人々は彼女をそう呼んだ。

「やっぱり白米は最高だわ!」

 この大きな専用の釜も、米も、嫁入り道具の一つとして母国から持ってきたものだ。
 稲自体は東の大陸や一部地域に存在していたのだが、食用の米と言えば水分の少ない細長いタイ米が一般的であり、この大陸で稲は自生しているが家畜の飼料として扱われていた。
   米を食べる文化がオリヴィア小国を含めこの大陸にはなかった。

 前世は生粋の日本人であるシャルロットはどうしても白米が恋しくて、兄の伝手で苗を入手し、十歳の時に城の中に水田を作り自ら稲を栽培していたのだ。

 前世では地方の大学の家政科に通っていた。
 ゼミで稲作の栽培について勉強や農業体験をしていたことが転生してから役に立つとは思いもしなかった。

「リディも手伝ってくれる?」

「“オニギリ”ですか?」

 厨房への立ち入りは入城の際王に直接許可をいただいた。
 だが、厨房の料理人達はどうも落ち着かない様子で先程からチラチラとこちらを見ている。
 男だらけの厨房に侍女服を着た二人の乙女、片方は王族、とても目立っていた。
 リディはそれを横目に見て苦笑していたが、シャルロットは周りの目など気にする様子もなくご機嫌そうに鼻歌を歌いながらオニギリの形を作っていた。
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