シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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*シャルロット姫と食卓外交

むかしばなし

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肌をツンと刺すような冷たい空気。
 ひとりの少年はビニール袋に拾い上げた松笠を入れると立ち上がり暗くなりかけている空を木々の合間から見上げた。

 ……暗くなる前に帰らなきゃ
 ……祖父ちゃんに叱られるな

 そんな事を考えていた。

 松笠でクリスマスリースを作りたいと近所に住む幼なじみの女の子が突然言い出した。
 だから日曜日の今日一緒に山に松笠を拾いに行こう!って約束していたのだが、女の子はあの後体育の授業で跳び箱から落ちて足をくじいてしまったのだ。
 だから少年は一人で山に入った。
 植物学者の祖父に連れられて何百回も山に来ている、もう慣れたものだ。

 だから山の中で消防車よりもぐんと大きいコバルトブルーの毛並みをした狼が伏せて寝ているのを見つけた時は驚愕した。
 どうやら後ろ足を怪我して動けないようだ。
 コバルトブルーの狼は気怠そうに少年を見ると、無視してまた寝た。

『すっげー』

 好奇心旺盛な少年は目をキラキラさせて狼の顔を見上げた。
 コバルトブルーの毛並みは美しく、金箔を散らしたようにチカチカと光り輝いている。
 黄金の瞳はどんな宝石よりも綺麗でうっとり見つめてしまう。

『お前、どうしたの?どこから来たの?動物園から逃げてきたの?それともサーカス?』

 少年が問うと、狼は大きなため息をついた。

『女房と喧嘩して、家出してきた……』

『狼が喋った!?』

『我は狼ではない!!』

 狼はふんっと鼻穴を大きく開いて怒った。
 少年はおかしそうに笑った。

『小僧には説明してもわからんだろうな…まあ、魔人だ。魔人の偉い人だ』

『よくわからないよ。ねえ、怪我したの?大丈夫?祖父ちゃん家からお薬持ってくる?あっ、でも人間のお薬って効くの?動物病院とか薬局はもう閉まってるし…』

 狼はギロッと少年をにらんだ。

『そんなもん我には効かぬ。そうだな、小僧の生命エネルギー三分の一あればすぐに治るわ』

『そうなのー?じゃあ、あげる!』

『即決かよ!もう少し悩めよ!悪徳業者のいい鴨だな』

『あげるから早くお家に帰って奥さんにゴメンナサイしなよ!夫婦生活をうまくやるコツだって祖父ちゃんが言ってた!あ、腹減ってる?これ里緒からもらったマフィンだよ。食べる~?』

 少年は無邪気に笑った。
 そしてリュックからマフィンを取り出して、マフィンの紙型を剥いて狼に差し出す。
 狼は大きな口を開けて、一口でマフィンを食べきった。

『美味しい?』

『うまい』

『元気でた?』

『ああ』

 狼は少年の左胸に鼻を押し当てた。
 その瞬間ふわっと風が枯れ葉を巻き込み空に舞い上がって、眩ゆい白い光が放出された。
 少年が唖然としてると、コバルトブルーの狼はスクッと立ち上がり宙に浮かんだ。

『この借りは必ず返すぞ、小僧』

『うん、三倍返しで!タダより怖いものはないって祖父ちゃん言ってたよ』

『ちゃっかりしておるの、では』

 コバルトブルーは空を駆け上がり、やがて小粒の星のように発光して消えていった。

 少年は屈託ない笑顔をすっかり暮れた空に向けてブンブンと手を振っていた。


  ーーああ、これは子供時代の記憶。

  ーー走馬灯だろうか。


 ああ、身体中が痛い。

 あまりの激痛に気を失ってはまた痛みで目を覚ます。
 
 午後の講義を終えて大学から自宅へ帰っている最中だった。

 交差点で信号無視して突進してきた車に轢かれそうになっていた少女を見掛けて咄嗟に身を乗り出し庇った、そして、この有様だ。

 アスファルトの上には真っ赤な血が流れる。視界の端で自分が身につけていた眼鏡のフレームは大きく曲がってレンズは大破している。
 クリスマスに妻の里緒がくれた腕時計も壊れてしまってる。

 里緒怒るかな。

 身体からどんどん血の気が引いていく、こんなに太陽が照りつけているのに寒い。
 隣で少女がわんわん泣いて僕の身体に縋り付く、何人かの大人が僕を取り囲んで何かを叫んだり慌ただしそうに話してる。

 朦朧とする意識の中で、その声が聞こえたんだ。

『生きたいか?』

 渋いおっさんの声だ。

 生きたい。
 死にたくない。里緒と陽太が家で待ってるんだ。早く帰らなきゃ……。
 でも駄目だ、指も唇も力が抜けていく、ちっとも動かない。

 何とか重たい目蓋を開けると、コバルトブルーの毛並みの大きな狼がこちらの顔を覗き込んでいた。

 ああ、いつか、
 子供時代に出会った狼だ。

 君は死神か何かだったの?

『我は死神ではない、幻狼だ』

 なにそれ。

『我がお前の生命エネルギーを貰った代償でお前の寿命が、本来生きていられる寿命の日数よりぐんと縮まってしまったのだ』

 そんなの、聞いてない。

『我も鬼じゃない。この借りは必ず返すと約束しただろう。今がその時だ。もう一度問う、生きたいか?小僧』

 もう小僧じゃないんだけど。

 でも、生きたい。

『うむ』

 コバルトブルーの狼が頷くと身体から段々と痛みが消えていった。
 そして当たり一面眩ゆい光に覆われる。
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