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*シャルロット姫と食卓外交
二日酔いにはミネストローネ(イラスト有)
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*
早朝の朝焼けの中、シャルロットは侍女服姿で慌ただしく城の中を走っていた。
グレース皇子が王や城の責任者に許可を貰ってくれたので、姫ながら侍女服姿で城内を走り回ってても咎められることはなくなった。
それで、昨夜 料理長から田舎から送られてきたのだというたくさんの熟したトマトをお裾分けしてもらったのだ。
「騎士団のみんなにも分けてあげよう」
そう思い立ち、たくさんのトマトが入った麻袋を両腕に抱えながら城の中を走っていたのだ。
王族が住まう居館から離れた所に騎士団の詰め所はあった。
「お邪魔します」
最近では騎士たち自ら食事の準備もしているし清掃も真面目に滞りなくやっているようで、シャルロットが初めて来た時より食堂も調理場も片付いている。
「そう言えば、今日 騎士団はオフの日って言ってたわね。毎日鍛錬やお仕事頑張ってるし、オフの日の朝くらいゆっくりしてもいいわよね。朝食でも作ってあげようかしら」
とか言いつつ、シャルロット自身がただただ料理をしたいだけなのだが。
最近は城で勉強三昧、レッスン三昧で自由時間も少なく息抜きができなかったのだ。
「そうだ、貰ったトマトでミネストローネでも作ろうかしら」
母国に居る時は夏になるとよく作っていたっけ。
故郷を思い出しふふっと笑みがこぼれる。
「ん?」
食堂に繋がっている寮の入り口に視線を移すと、一番手前の部屋の扉が半分開いていた。
その扉から大型犬が顔をひょっこり出して大きなイビキをかいて眠ってる。
バーニーズマウンテンドッグ、大型犬だ。
「騎士団のペットかしら?ーーお、重い…」
不思議に思いつつも部屋の前まで近付き、眠ってる大型犬を両腕に抱えて部屋の中のソファーの上に寝かしつけた。
無人の部屋のベッドにはぐちゃぐちゃに寄れたシーツや毛布、そして騎士服が脱ぎ散らかされてある。
「可愛いわ」
すぐに出て行くつもりだったのに、ぐっすりと気持ちよさそうに眠ってるワンコの顔を間近で見入ってしまっている。
起こさないようにそっと毛長な胴体部分を優しく撫でた。
その時だ、開きっぱなしの窓から黄色い蝶々がひらひら飛んできてワンコの鼻に乗っかった。
するとワンコは鼻をムズムズさせて、思いっきり豪快なクシャミをした。
それと同時にボフンっと音を立ててワンコが突然人間の男の姿に変わった。
男は目をぱっちり開け、シャルロットの姿を見てさらに大きく目を見開いた。
「ぬわああああっ!?」
絶叫しながらソファーから転げ落ちる。
シャルロットも驚いたが声が出なかった。
男は全裸だった。
男は自分が全裸であると気付きさらに動揺した。
「ごっ、ごめんなさい、ただのワンちゃんだと思って…」
リディが言っていた“獣人”かと、シャルロットは冷静に思い出していた。
男は慌てて服を着ると、改めて目の前の見知らぬ侍女に問う。
「見苦しいところを見せて悪かった、ところで侍女がどうして騎士団の寮へ?」
「えっと、料理長よりトマトを貰ったのでお裾分けに…、あら、あなたも騎士の方?会ったことないですわ」
「俺は第二騎士団・団長 コハン・レーベルトだ。先日帰還した」
コハン団長は頬を赤らめながら名乗った。
「団長さん!?」
*
「そうか…、うちのバカどもが世話になったな」
大まかに経緯を説明すると、コハン団長はすんなり納得した。
「団長さんは獣人なんですね」
「ここに居る輩の大半が獣人だ、アヴィとグレースは魔人だが。弱ったり、調子が悪いとさっきみたいに勝手に獣化するんだよ。獣の姿の方が回復が早いからな」
「あら、どこか悪いんですか?」
「昨夜は飲み過ぎてな、二日酔いだよ。ああ、頭いてぇ~」
私服のラフなシャツに着替え身なりを整えた団長は食堂の椅子に座り、うなだれた。
明け方の食堂はしんと静まり返っている。
「よかったら、食べてください」
シャルロットは団長の席に皿を差し出した。
「ミネストローネ…トマトのスープです、二日酔いに効きますよ。食欲があるようなら、こちらのガーリックトーストもお食べください」
そう言って笑い掛けると、団長はポッと顔を赤くさせ、照れ隠しのつもりかスープにがっついた。
「うまい!!!」
「よかった!」
シャルロットが笑うと団長はまたポポッと顔を赤らめた。
普段むさ苦しい男ばかりの職場で、近ごろ女性に縁の遠い彼は、自分を慕ってくれている無邪気な笑顔を好意だと深読みして、ついうっかりすっかりのぼせ上がっていた。
「団長、と…シャルルさん」
食堂の入り口からユーシンがやってきた。
団長はのぼせ頭から上司の顔にすぐさま切り替え、ゴホンゴホンと咳払いをする。
「ユーシン、おはようございます」
「はよっす。俺もお腹ペコペコ、食べていいすか?」
「今、用意するわね」
シャルロットは楽しげにステップを踏みながら調理場へ向かった。
団長の隣に腰掛けると、団長は鋭い目でユーシンを凝視していた。
「ユーシン!お前、シャルルさんと仲良いのかっ!?」
「へ!?うん。ていうか、シャルルさんはみんなと仲良しっすよ」
「カーッ 」
荒ぶる団長にユーシンは苦笑した。
「え?団長……知らないんですか…?シャルルさんはグレース皇子の婚約者っすけど……」
「え?………」
第二騎士団・団長 コハン・レーベルト 四十三歳 バツイチ
久方ぶりにやってきたと思った春は何も始まらないまま呆気なく終了した。
早朝の朝焼けの中、シャルロットは侍女服姿で慌ただしく城の中を走っていた。
グレース皇子が王や城の責任者に許可を貰ってくれたので、姫ながら侍女服姿で城内を走り回ってても咎められることはなくなった。
それで、昨夜 料理長から田舎から送られてきたのだというたくさんの熟したトマトをお裾分けしてもらったのだ。
「騎士団のみんなにも分けてあげよう」
そう思い立ち、たくさんのトマトが入った麻袋を両腕に抱えながら城の中を走っていたのだ。
王族が住まう居館から離れた所に騎士団の詰め所はあった。
「お邪魔します」
最近では騎士たち自ら食事の準備もしているし清掃も真面目に滞りなくやっているようで、シャルロットが初めて来た時より食堂も調理場も片付いている。
「そう言えば、今日 騎士団はオフの日って言ってたわね。毎日鍛錬やお仕事頑張ってるし、オフの日の朝くらいゆっくりしてもいいわよね。朝食でも作ってあげようかしら」
とか言いつつ、シャルロット自身がただただ料理をしたいだけなのだが。
最近は城で勉強三昧、レッスン三昧で自由時間も少なく息抜きができなかったのだ。
「そうだ、貰ったトマトでミネストローネでも作ろうかしら」
母国に居る時は夏になるとよく作っていたっけ。
故郷を思い出しふふっと笑みがこぼれる。
「ん?」
食堂に繋がっている寮の入り口に視線を移すと、一番手前の部屋の扉が半分開いていた。
その扉から大型犬が顔をひょっこり出して大きなイビキをかいて眠ってる。
バーニーズマウンテンドッグ、大型犬だ。
「騎士団のペットかしら?ーーお、重い…」
不思議に思いつつも部屋の前まで近付き、眠ってる大型犬を両腕に抱えて部屋の中のソファーの上に寝かしつけた。
無人の部屋のベッドにはぐちゃぐちゃに寄れたシーツや毛布、そして騎士服が脱ぎ散らかされてある。
「可愛いわ」
すぐに出て行くつもりだったのに、ぐっすりと気持ちよさそうに眠ってるワンコの顔を間近で見入ってしまっている。
起こさないようにそっと毛長な胴体部分を優しく撫でた。
その時だ、開きっぱなしの窓から黄色い蝶々がひらひら飛んできてワンコの鼻に乗っかった。
するとワンコは鼻をムズムズさせて、思いっきり豪快なクシャミをした。
それと同時にボフンっと音を立ててワンコが突然人間の男の姿に変わった。
男は目をぱっちり開け、シャルロットの姿を見てさらに大きく目を見開いた。
「ぬわああああっ!?」
絶叫しながらソファーから転げ落ちる。
シャルロットも驚いたが声が出なかった。
男は全裸だった。
男は自分が全裸であると気付きさらに動揺した。
「ごっ、ごめんなさい、ただのワンちゃんだと思って…」
リディが言っていた“獣人”かと、シャルロットは冷静に思い出していた。
男は慌てて服を着ると、改めて目の前の見知らぬ侍女に問う。
「見苦しいところを見せて悪かった、ところで侍女がどうして騎士団の寮へ?」
「えっと、料理長よりトマトを貰ったのでお裾分けに…、あら、あなたも騎士の方?会ったことないですわ」
「俺は第二騎士団・団長 コハン・レーベルトだ。先日帰還した」
コハン団長は頬を赤らめながら名乗った。
「団長さん!?」
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「そうか…、うちのバカどもが世話になったな」
大まかに経緯を説明すると、コハン団長はすんなり納得した。
「団長さんは獣人なんですね」
「ここに居る輩の大半が獣人だ、アヴィとグレースは魔人だが。弱ったり、調子が悪いとさっきみたいに勝手に獣化するんだよ。獣の姿の方が回復が早いからな」
「あら、どこか悪いんですか?」
「昨夜は飲み過ぎてな、二日酔いだよ。ああ、頭いてぇ~」
私服のラフなシャツに着替え身なりを整えた団長は食堂の椅子に座り、うなだれた。
明け方の食堂はしんと静まり返っている。
「よかったら、食べてください」
シャルロットは団長の席に皿を差し出した。
「ミネストローネ…トマトのスープです、二日酔いに効きますよ。食欲があるようなら、こちらのガーリックトーストもお食べください」
そう言って笑い掛けると、団長はポッと顔を赤くさせ、照れ隠しのつもりかスープにがっついた。
「うまい!!!」
「よかった!」
シャルロットが笑うと団長はまたポポッと顔を赤らめた。
普段むさ苦しい男ばかりの職場で、近ごろ女性に縁の遠い彼は、自分を慕ってくれている無邪気な笑顔を好意だと深読みして、ついうっかりすっかりのぼせ上がっていた。
「団長、と…シャルルさん」
食堂の入り口からユーシンがやってきた。
団長はのぼせ頭から上司の顔にすぐさま切り替え、ゴホンゴホンと咳払いをする。
「ユーシン、おはようございます」
「はよっす。俺もお腹ペコペコ、食べていいすか?」
「今、用意するわね」
シャルロットは楽しげにステップを踏みながら調理場へ向かった。
団長の隣に腰掛けると、団長は鋭い目でユーシンを凝視していた。
「ユーシン!お前、シャルルさんと仲良いのかっ!?」
「へ!?うん。ていうか、シャルルさんはみんなと仲良しっすよ」
「カーッ 」
荒ぶる団長にユーシンは苦笑した。
「え?団長……知らないんですか…?シャルルさんはグレース皇子の婚約者っすけど……」
「え?………」
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