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*シャルロット姫と食卓外交
息子と再会
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明くる日。
シャルロットは騎士達を一度詰め所へ集めていた。
全員分の席はないので、奥で立ち見をしている騎士も複数人いる。
「~~ですので、騎士団の詰め所及び寮の管理は今後は当番制にしたいと思います!」
たくさんの騎士の前に侍女服姿のシャルロットは怯むことなく背筋を伸ばして立ち、ハキハキと発言していた。
その隣にはグレース皇子の姿もあった。
先日 騎士団の詰め所や寮の惨状を目の当たりにして放って置けなくなったシャルロットは、前述の当番制をグレース皇子に提案した。
今までは食事も洗濯も自室の清掃でさえ全て下女が一人でやっていたらしい。
剣の腕は立つし騎士としては有能な彼らは身の回りのことには無頓着で、せいぜい野営ができる程度の生活能力しかない。
この前オニギリを差し入れして以降、シャルロットはすっかり騎士達と打ち解け仲良くなっていた。
シャルロットは前世から世話焼きな性分なのだ。
特に第二騎士団は若い騎士が多い、つい前世の息子と重ねてしまって放って置けないのだ。
精神年齢ではざっと一回りふた回り年上とは言っても、現世では十五歳のシャルロットが最年少なのだがーー。
騎士達はシャルロットのことを面倒見のいい妹のように優しく接してくる。
「騎士団の寮はフロアごとにA・B・C・Dで分かれていますよね、なのでAフロアの騎士さん達は食事担当、Bフロアの騎士さんは食堂の掃除係、Cフロアの騎士さんは洗濯係、Dフロアの騎士さんはお手洗いと湯浴み室の清掃をお願いします。これをローテーションで行いましょう。それから寮の個室に関しては各々で清掃をお願いします」
「はーい」
野太い複数の返事が返ってくる。
グレース皇子はその様子を奇妙なものでも見るかの目で見ていた。
血の気が多くガサツでやんちゃ盛りの騎士達が素直に従っている。
普段は皇子であるはずのグレースにも気さくに接し扱いも軽く、騎士団長の言うことにしか従わないはずなのに。
「それから、今日のお昼ごはんは“カレーライス”です」
これも“前世”でよく作っていた料理だ。
この料理を作りたくて、お城の料理人や行商人に頼んでスパイス集めをしていたのだ。
前世で死んだ夫がよく作っててレシピも教えてもらっていた『海軍カレー』。
昔ながらの軍隊食で栄養豊富だし騎士団にもうってつけだろう。
一度に大人数分作れるし簡単だし…作り方も騎士の皆んなに後で教えよう、シャルロットはウキウキしていた。
「ただのシチューかと思ったが辛いな、スパイスが入ってるのか?」
「オニギリも美味しかったけどカレーとやらもなかなか美味しいね~」
グレース皇子とアヴィも食べてくれた。
ほかの騎士達にも大変好評で、おかわりをする者までいる。
「……」
カレーを一口だけ口に運んだまま、ユーシンはグレース皇子の隣で黙り込んでいた。
シャルロットは気になり声をかける。
「ユーシンさん、どうしました?お口に合いませんか?」
「この料理はシャルルさんが考えたんすか?」
「?、ええ、考えたって言うか、まあそうですね…」
「『桃割山』、『キャンプ』…」
ーーこれは日本語か。
脈絡もなくユーシンが並べたワードに、シャルロットは目を見開いた。
「………!」
シャルロットの反応を見てユーシンも驚いた。
固まった二人を見て、グレース皇子は不思議そうに二人の顔を交互に見ていた。
前世で死んだ父親はキャンプが趣味だった。
ユーシンは幼い頃からよく父親と母親に連れられてキャンプや山登りをしていた。
父親は大学教授。山や自然が好きで山岳フォーラムを開いたり、自分の教え子たちともゼミの一環でキャンプをしていた。
その時によく作ってくれたのがカレーライスで、まさに今 口にしたこのシャルロット手製のカレーライスだ。
「もしかして、…まさか……母さん?」
「…えっ?」
ユーシンとシャルロットは顔を見合わせ、困惑していた。
ユーシンは二十歳の青年、向かいにいるシャルロットは十五歳の少女。
その少女に向かって『母』など…、グレース皇子は不思議そうに二人を凝視する。
「俺、『陽太』だよ」
ユーシンは自らを指差して食い入り気味にそう名乗った。
「え……?陽太……?」
最初は戸惑っていたシャルロットが突然涙をボロボロ流し泣き出した。
グレース皇子はギョッとして固まる。
「本当に陽太なの!?」
シャルロットは感動のあまり泣きながらユーシンに抱きついた。
ユーシンは驚いてすぐ彼女を自分から引き剥がす。
周りの騎士団たちの視線が痛い…。
アヴィに至ってはニタニタ笑ってる。
「母……否、シャルルさん」
「ごっ、ごめんなさい。つい……感激してしまって…!……でも、うれしい!会いたかったわ」
「俺もっす」
突然『さよなら』も言えず死に別れてしまった息子と、こんな異世界で奇跡的に再会できたシャルロット。
お互い姿形、年齢も立場もすっかり変わってしまったが、それでも嬉しかった。
*
「なんだ、ユーシンと知り合いだったのか」
「ええ、まあ」
シャルロットとユーシンは、一先ずそういうことになっている。
魔法というものが存在して魔人が当たり前にいる世界でも、異世界からの転生者なんて荒唐無稽だと思われるだろう。
午後の訓練も終わり、グレース皇子と肩を並べて居館へ戻っていた。
居館へ戻る前に侍女服からワンピースに着替えてある。
「もう一生会えないと思っていました」
「そうか…、よくわからないが、会えてよかったな。まあ、また会いに行ってやれ。騎士団の奴らも喜ぶだろう」
グレース皇子はシャルロットに振り返り、優しい顔で笑いかけた。
シャルロットは少し照れて、それから元気に笑いかえす。
「え、……良いんですか?今更ですけど、私なんかが気軽に詰め所へ立ち入っちゃっても…」
「陛下と騎士団長に俺から許可をもらってやろう」
「本当に?嬉しいわ!みんな、本当に美味しそうに食べてくれるから…料理も作り甲斐があって、私も楽しいの」
「珍しい姫君だな」
庭園の前の長い渡り廊下で、グレース皇子は突然立ち止まった。
「…お前は、俺が騎士の真似事をしていても変に思わないんだな」
「へ?それを言ったら、お姫様なのに使用人の真似事をしてる私も変ですわよ」
「それもそうだな」
(なんだろう。前より、私へ向ける態度も表情も柔らかくなったかも?)
シャルロットはそれが嬉しくなって軽やかなステップで廊下を歩き鼻唄を口ずさんだ。
その後ろをグレース皇子は続き、ひっそりと唇をほころばせていた。
シャルロットは騎士達を一度詰め所へ集めていた。
全員分の席はないので、奥で立ち見をしている騎士も複数人いる。
「~~ですので、騎士団の詰め所及び寮の管理は今後は当番制にしたいと思います!」
たくさんの騎士の前に侍女服姿のシャルロットは怯むことなく背筋を伸ばして立ち、ハキハキと発言していた。
その隣にはグレース皇子の姿もあった。
先日 騎士団の詰め所や寮の惨状を目の当たりにして放って置けなくなったシャルロットは、前述の当番制をグレース皇子に提案した。
今までは食事も洗濯も自室の清掃でさえ全て下女が一人でやっていたらしい。
剣の腕は立つし騎士としては有能な彼らは身の回りのことには無頓着で、せいぜい野営ができる程度の生活能力しかない。
この前オニギリを差し入れして以降、シャルロットはすっかり騎士達と打ち解け仲良くなっていた。
シャルロットは前世から世話焼きな性分なのだ。
特に第二騎士団は若い騎士が多い、つい前世の息子と重ねてしまって放って置けないのだ。
精神年齢ではざっと一回りふた回り年上とは言っても、現世では十五歳のシャルロットが最年少なのだがーー。
騎士達はシャルロットのことを面倒見のいい妹のように優しく接してくる。
「騎士団の寮はフロアごとにA・B・C・Dで分かれていますよね、なのでAフロアの騎士さん達は食事担当、Bフロアの騎士さんは食堂の掃除係、Cフロアの騎士さんは洗濯係、Dフロアの騎士さんはお手洗いと湯浴み室の清掃をお願いします。これをローテーションで行いましょう。それから寮の個室に関しては各々で清掃をお願いします」
「はーい」
野太い複数の返事が返ってくる。
グレース皇子はその様子を奇妙なものでも見るかの目で見ていた。
血の気が多くガサツでやんちゃ盛りの騎士達が素直に従っている。
普段は皇子であるはずのグレースにも気さくに接し扱いも軽く、騎士団長の言うことにしか従わないはずなのに。
「それから、今日のお昼ごはんは“カレーライス”です」
これも“前世”でよく作っていた料理だ。
この料理を作りたくて、お城の料理人や行商人に頼んでスパイス集めをしていたのだ。
前世で死んだ夫がよく作っててレシピも教えてもらっていた『海軍カレー』。
昔ながらの軍隊食で栄養豊富だし騎士団にもうってつけだろう。
一度に大人数分作れるし簡単だし…作り方も騎士の皆んなに後で教えよう、シャルロットはウキウキしていた。
「ただのシチューかと思ったが辛いな、スパイスが入ってるのか?」
「オニギリも美味しかったけどカレーとやらもなかなか美味しいね~」
グレース皇子とアヴィも食べてくれた。
ほかの騎士達にも大変好評で、おかわりをする者までいる。
「……」
カレーを一口だけ口に運んだまま、ユーシンはグレース皇子の隣で黙り込んでいた。
シャルロットは気になり声をかける。
「ユーシンさん、どうしました?お口に合いませんか?」
「この料理はシャルルさんが考えたんすか?」
「?、ええ、考えたって言うか、まあそうですね…」
「『桃割山』、『キャンプ』…」
ーーこれは日本語か。
脈絡もなくユーシンが並べたワードに、シャルロットは目を見開いた。
「………!」
シャルロットの反応を見てユーシンも驚いた。
固まった二人を見て、グレース皇子は不思議そうに二人の顔を交互に見ていた。
前世で死んだ父親はキャンプが趣味だった。
ユーシンは幼い頃からよく父親と母親に連れられてキャンプや山登りをしていた。
父親は大学教授。山や自然が好きで山岳フォーラムを開いたり、自分の教え子たちともゼミの一環でキャンプをしていた。
その時によく作ってくれたのがカレーライスで、まさに今 口にしたこのシャルロット手製のカレーライスだ。
「もしかして、…まさか……母さん?」
「…えっ?」
ユーシンとシャルロットは顔を見合わせ、困惑していた。
ユーシンは二十歳の青年、向かいにいるシャルロットは十五歳の少女。
その少女に向かって『母』など…、グレース皇子は不思議そうに二人を凝視する。
「俺、『陽太』だよ」
ユーシンは自らを指差して食い入り気味にそう名乗った。
「え……?陽太……?」
最初は戸惑っていたシャルロットが突然涙をボロボロ流し泣き出した。
グレース皇子はギョッとして固まる。
「本当に陽太なの!?」
シャルロットは感動のあまり泣きながらユーシンに抱きついた。
ユーシンは驚いてすぐ彼女を自分から引き剥がす。
周りの騎士団たちの視線が痛い…。
アヴィに至ってはニタニタ笑ってる。
「母……否、シャルルさん」
「ごっ、ごめんなさい。つい……感激してしまって…!……でも、うれしい!会いたかったわ」
「俺もっす」
突然『さよなら』も言えず死に別れてしまった息子と、こんな異世界で奇跡的に再会できたシャルロット。
お互い姿形、年齢も立場もすっかり変わってしまったが、それでも嬉しかった。
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「なんだ、ユーシンと知り合いだったのか」
「ええ、まあ」
シャルロットとユーシンは、一先ずそういうことになっている。
魔法というものが存在して魔人が当たり前にいる世界でも、異世界からの転生者なんて荒唐無稽だと思われるだろう。
午後の訓練も終わり、グレース皇子と肩を並べて居館へ戻っていた。
居館へ戻る前に侍女服からワンピースに着替えてある。
「もう一生会えないと思っていました」
「そうか…、よくわからないが、会えてよかったな。まあ、また会いに行ってやれ。騎士団の奴らも喜ぶだろう」
グレース皇子はシャルロットに振り返り、優しい顔で笑いかけた。
シャルロットは少し照れて、それから元気に笑いかえす。
「え、……良いんですか?今更ですけど、私なんかが気軽に詰め所へ立ち入っちゃっても…」
「陛下と騎士団長に俺から許可をもらってやろう」
「本当に?嬉しいわ!みんな、本当に美味しそうに食べてくれるから…料理も作り甲斐があって、私も楽しいの」
「珍しい姫君だな」
庭園の前の長い渡り廊下で、グレース皇子は突然立ち止まった。
「…お前は、俺が騎士の真似事をしていても変に思わないんだな」
「へ?それを言ったら、お姫様なのに使用人の真似事をしてる私も変ですわよ」
「それもそうだな」
(なんだろう。前より、私へ向ける態度も表情も柔らかくなったかも?)
シャルロットはそれが嬉しくなって軽やかなステップで廊下を歩き鼻唄を口ずさんだ。
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