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*シャルロット姫と食卓外交
荒れた第二騎士団
しおりを挟むこの頃 忙しかったせいもあって、グレース皇子が詰め所に来たのは実に一週間ぶりだった。
「何だ…この有様は」
無人の詰め所を見てグレース皇子は眉をしかめた。
この時間なら皆んな訓練所だろうが、そうじゃない。
乱雑に積まれた書類の山、誰かの食べかけのパン、脱ぎ散らかされた靴下に上着、ここは飲酒禁止だというのに空のワインボトルやグラスが転がっている、それにチェスの駒もあちこちに…。
それに汗や泥や何やが濃縮されたような悪臭と言って差し支えのないほどのむせ返る男臭さ。
詰め所と同じ建物内には騎士の寮舎が併設されてある。
騎士はここで寝泊りをするわけだがーー。
グレース皇子は苛立ちながらも足早に各部屋を覗いて周り絶句した。
どの部屋も汚い・臭い・不衛生、三拍子揃った見事なゴミ屋敷だ。男子便所なんてその最たるもの…。
グレース皇子は目眩を覚えた。
「グレース皇子?久しぶりだなぁ」
詰め所に爽やかな笑顔を浮かべた騎士の青年が入ってくる。
「アヴィ!!これはどういうことだ!?」
グレース皇子が詰め寄るとアヴィは視線を逸らして苦笑した。
それでなにかを察したグレース皇子は呆れたように大きな溜息をついた。
騎士団の詰め所兼寮には今年の春まで騎士達の衣食住を世話する専属のベテラン下女ベッキーがいた。
六十を過ぎ 老体に今の仕事は厳しい、城から退職金をもらってセカンドライフを満喫したいなどと突然言いだし、有無言わさず城を出て行ってしまった。
それからすぐに後任の下女がやってきたのだが…、
「ん~、なにから話せばいいやら……。マイクの飼ってるヘビやトカゲが十匹脱走したんだ、それが洗濯物の中に紛れ込んでてさ~。そしたら下女のおばさん卒倒しちゃって」
「またか」
「それだけじゃないよ、リッキーが今週三度も酔い過ぎて寝ゲロしちゃって!再三注意しても改善しないってんでおばさん大激怒しちゃって~そのまま業務放棄」
この第二騎士団の騎士らは十数年前に新設された騎士団で、大半が平民出身だ。
実績もあり騎士として優秀な人材が揃ってはいるのだが、どいうもこいつも血の気も盛んでやんちゃが過ぎる。
特に団長が国を離れている今、制する者もいない無法地帯。
「飯出来たぞー!グレース皇子!お前も食べていくか~?」
湯気が立つ大鍋を抱えた男が調理場から出てきた。
オレンジ頭に小麦色の肌をした青年は腕捲りした騎士服に、侍女がしているようなエプロンを掛けて呑気に笑ってる。
「ユーシン、なんだそれは」
「最近入ってきたミシェルさんもバックれちゃって飯作る奴もいないから俺が」
「それは騎士の仕事じゃないだろう!お前はそれでも騎士か!?」
「仕方ないだろ、あ、ちゃんと剣の稽古もやってるぞ」
ユーシンはグレース皇子と同年代で身分こそ違えど竹馬の友であり親友であった。
剣の腕ならばグレース皇子や騎士団長とも互角にやり合える腕と体力を持っている。
「聞いたぞ、グレース。婚約したんだってな、“また”」
ユーシンは楽しげに笑ってる。
グレース皇子はまた溜息をついた。
「“前の”婚約者もなかなか面白い子だったよね~、今度はどんな娘?というか、婚約者、城に見えているんだろう?こんなところに来て大丈夫なの?」
アヴィもお気楽そうだ。
「俺と結婚するなら、俺のことも、お前たちのことも認めてもらわないと」
前回の婚約者は宰相の娘で、幼馴染の侯爵令嬢のリリース。かなり気が強くて勝気な少女だった。
グレースは皇子でこそあるが、華やかな社交界より何より幼い頃から騎士団で仲間達と共に剣を振るっている方が好きだった。
だがリリースは違った。
やれ婚約者ならば、どこどこにエスコートしろだのダンスのお相手をしろだのお茶会に同席しろだのうるさかったのだ。
その全てを断って いつものルーティーンで騎士団に入り浸っていると、ついにリリースは大激怒して詰め所に乗り込んできた。
グレース皇子を含め騎士達に向かって暴言を吐き暴れまくったのだ。
結婚する気などさらさらなかったグレース皇子は、そのままそれを理由に婚約破棄を申し出たのだ。
それですべて解決、以前のように剣の稽古や訓練に集中できるのだと思っていた。
安堵したのもつかの間、父はすかさずオリヴィア小国のシャルロット姫との婚約の話を持ってきた。
「…どうせ彼女もリリースと一緒だ」
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