シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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奪われたお城と皇子の愛を取り戻せ!?〜シャルロットの幸せウエディングパレード

辿り着くところ

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ーー晩秋、極寒のハロゲート。
コート一枚に帽子を目深に被った女性は建物の影に身を潜めていた。
彼女が凝視する先には この地の領主シモン夫妻とレイター公爵、その息子のユハ、そして土地を私的に購入したいと下見に訪れたソレイユ国の元首リシュー公と秘書の男が固まって歩いていた。

「素晴らしい場所ですね、こんな場所があったとは…」

「そうでしょう、そうでしょう。出城を建てるにはぴったりでございますよ」

レイター公爵はおおらかに笑っていた。

「父ちゃん~俺っち寒い~」

ユハは震えていた。
レイター公爵はユハの頭を叩いて怒鳴った。

「コラ、リシュー公の前だぞ!」

「ユハ、見学が終わったらレストランへ行きましょうね。美味しいビーフシチューの店があるの。温まるわ」

クリスティは弟を宥める。
姉弟の様子をリシュー公はニコニコしながら見ていた。

「仲がよろしいですね、結構なことじゃありませんか」

「はは、すみません」

リシュー公がレイター公爵らと少し距離を取った時だった。
物陰に隠れていた女は長刃のナイフを手に狂ったように叫びながらリシュー公の前に飛び出した。
驚いたように振り返るリシュー公、シモンが咄嗟にリシュー公の身体を自分の方へ引っ張った。

ナイフを持った女の手首を、後ろにいた金髪に金色の目の若い男が出てきて強く取り押さえる。

「…………えっ……?……」

「やめて!姉さん!」

女は自分の手首を握る男の顔を見て、化け物でも見たような顔で驚いていた。

「るっ……ルエ……!?……なの?」

女ーーマリヤは手に持っていたナイフを地面に落とした。
マリヤの前には、幼くして死んだはずの弟ルエがーー青年に成長した姿で立っていたのだ。

「どうして……?」

「もうやめて……!そんなことしちゃダメだ!誰も幸せにならないっ!」

「ひっ……!」

リシュー公はシモンの背中に飛び付いて顔面蒼白しながら震えた。
マリヤは張り詰めていたものが弾けるように、へなへなと凍った地面の上に腰を抜かしてしまった。
ルエは微笑し、姉の手を取ると立たせてあげた。

ソレイユ国のリシュー公は、かつて反王派の貴族だった。
彼が先導して革命を起こしたが為、マリヤとルエの両親である王夫妻は処刑されてしまったのだ。

マリヤは長年、このリシュー公の事を恨んでおり、彼に復讐することばかりを考えて生きてきた。
今日、クライシア大国に彼がプライベートで現れると聞き付けて、夫に遺書まで残して1人ここまでやってきた。

ーー彼を殺して、家族の仇を取る為に……。

「な!なんだ!お前は……お、お前は……!」

リシュー公はマリヤの正体に気付いたようだ。
大問題になりそうだったが、ユハが機転をきかせてくれた。

「リシュー公、そういえば~ここに建てる出城って~愛人さんのために建てるんだよね?」

「ひい!なんでそれを……」

「あ!申し訳ございません~言葉を間違えてしまいました。奥さんに買ってあげるんですよね~?さっきリシュー公が泊っている宿で奥さん見かけたんですけどー20歳代くらいですか?すごっく若くて綺麗な人ですね!幼妻で羨ましいです!」

ユハは笑って言った。

「何言ってるんだユハ……リシュー公の奥様は、彼と同い年だろう。以前、社交界で会ったではないか」

レイター公爵は首をかしげる。
リシュー公は顔をますます青くさせた。

「え?あ、そうだったんだ~!俺っち、早合点……てへぺろ!ってことは~彼女はやっぱり愛人さん?あ、不倫を責めるつもりはないよ?ただ、元首って職業上、スキャンダルだよね
?新聞記者にネタ売ったら~いいお小遣い稼ぎになりそうだなぁ」

「わっーーわかった!この件は不問にする!見逃してやる!」

「お願いね!これは事故、ちょっとした事故だよ、いい?」

「ひぃ~」

リシュー公は冷や汗をたっぷりかいて足早に立ち去った。
ユハはマリヤに向かって茶目っ気たっぷりにウインクをした。

*
あれから、北の領地にある寂れた海を見ながら姉弟は砂浜を歩いていた。

「……そうなの、あなた、精霊に生まれ変わったの……」

「驚いた?」

「ふふ、でも……精霊でも、またあなたに会えてよかった」


たくさんのことを話し合った、楽しい話も悲しい話も辛かった話も未来のことも…。
寒さで手はかじかむが、しかし心はなんだかとても温かかった……。

「帰ろう?姉さん、義兄さんが心配してるよ」

「ええ……」

砂の上、二つの影が長く伸びていた。

*

つつがなく外で食事会を終えた後、シモンの屋敷に戻ったユハに父からのガミガミお説教タイムが待ち受けていた。
ユハは泣き真似をして姉に助けを求める。

「姉ちゃん~」

「お父様、もう良いじゃない。ユハが泣いてるわ」

「く、クリスティ……」

レイター公爵は大きくため息をつくと、切り出した。

「まあ、東大陸の件といい、今回のゴルソン侯爵の件といい、陛下がお前の能力を高く買っていたぞ。官僚の道に進むつもりはないかと直々に訊かれた。お前はちゃんと将来のことを考えているのか?」

「考えてるよ。俺は絶対に料理人になる!!それ以外に道はない!」

「ふざけるのも良い加減にしろ!料理人など、獣の血に塗れた不浄な仕事ではないか……なぜ由緒正しい公爵家の息子であるお前がそんな下賎な仕事を!」

この世界では料理人の印象は一般的に悪いものだった。
料理の際に屠殺をするからーー生き物を殺すから血生臭い下劣な仕事だと、イメージはとても悪かった。

「父ちゃん、今日行ったレストランのビーフストロガノフが大好きだよね?めちゃ笑顔で食べてて気に入ってたじゃん」

「それがなんだ?」

「そのビーフストロガノフも料理人が一生懸命作ってるの。食べた人に喜んで欲しくって、笑顔になってほしくて。それのどこが下劣な仕事なの?」

ユハは強気な顔をしていた。

「官僚の仕事も、料理人もかわんない!人のために汗水流して働くんだ、どっちも無くては困る、立派な仕事だよ。そんで、俺っちは何が何でも料理人になりたいんだ!公爵家なんてどうでも良いね。好きで貴族に産まれたわけじゃない!俺の人生だ、俺自身が何をしたいのかーー道は自分で選択する!」

前世も、今世も、ユハの想いは揺るぎない。

「もう良いじゃない、お父様」

「………ユハ……、私はお前の事を思って……」

「俺っちのこと思うなら好きにさせて!」

レイター公爵は俯いて黙り込んだ。
そして落胆するように肩を落とし、息を吐き出す。

「……わかった、やるなら公爵家の名に恥じない成果を残せ!」

「父ちゃんに言われなくても、俺は絶対に世界一の料理人になるよ!」

ユハは胸を張って言った。

「父ちゃん、認めてくれんだね?」

「お前が頑なだからな……もう仕方ないさ」

「ありがとう☆認めてくれたお礼に~先週可愛いお姉ちゃんたちの居る酒場に遊びに行って、お店の女の子のお尻撫でたこと、母ちゃんに黙っててあげるね☆」

「なっ……!お前…親まで脅すのか?」

「俺っち、父ちゃん想いの優しい息子だから、黙っててあげるんだよ~」

やはり、ただの料理人にするにはもったいない奴だとーー傍観しながらシモンは思っていた

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