シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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番外編・スピンオフ集

(番外編)クロウとグレースの陽だまりのたまごボーロ

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 ーー精霊の幻狼に転生してから何十年経ったんだろう?

 クロウは死に別れた愛しい妻や子の生まれ変わりを探すために異世界を旅していた。
 海に沈んだ国、戦ばかり国、大きな川が流れる水の街……どこへ行っても探し人は見つからず途方にくれた。
 虚しくなって、悲しくなって、ぶらりと立ち寄ったのは、異世界へとクロウを導いたーー幻狼コボルトが住んでいるクライシア大国のお城。

 当時はクリシア帝国と呼ばれていた。
 たまにこの国へやって来て数日~数ヶ月ほど滞在してまた旅に出るような生活を送っていた。

 皇帝は戦乱狂な戦好きで、一年中 国を放って遠征して他国を侵略し戦争ばかり。クロウもあまり会ったことはなかった。
 それでもべらぼうに強くって大陸では負け知らず。

 けれど、彼の一人息子は父親とは対極的にとても心が優しくて大人しくて、少し気弱な平和主義者。
 彼の代になれば きっと平和な国になるんだと当時のクロウは思っていた。
 しかし、王へと即位した彼の結婚した相手が悪かった。気が強くて強欲で金遣いの荒い王妃様だった。王妃様の尻に敷かれていた王に成すすべはない。

 長年栄えていた国は傾き、戦の才能なんて全くなかった新しい王は戦にも連敗、膨らむ国債、増え続ける税金、地に落ちた王への支持……

「私も、生まれ変わったらクロウやグレイのような幻狼になりたい。そして自由に世界中を冒険してみたい。私は生まれてから殆どこの城から出たことがないのだ。この狭い鳥籠の中で飼い慣らされ、そして死ぬのだ」

 王は晩年、悲しそうな顔で そのような言葉を吐いていた。
 彼の息子が現在のクライシア大国の王レイメイだ。

 レイメイは子供の頃から聡明で美しい皇子だった。
 コボルトは彼のことを一目で気に入り、契約を交わしたそうだ。
 貴族の大人も口で負かすほど弁が立ち、戦に出征すれば初陣から次々に連勝、若干12歳でこの世界にはなかった銀行や保険会社というものを作ってしまった天才少年。


 ーーそして、レイメイの一人息子がグレース。
 母親であるカメリア妃にそっくりな、可愛い赤ちゃんだった。

 クロウはグレイと並んでベビーベッドで眠っていた、産まれたばかりの赤ん坊のグレースの顔を覗いていた。
 2匹のオオカミは尻尾をブンブンと振っている。
 それをカメリア妃は微笑みながら見ていた。

 王位継承者が産まれると、岩山から王族との契約を望んでいる野良幻狼がひっきりなしに会いに来る。
 赤ちゃんのグレースの元にも幻狼達が連日会いに来ていた。

「生命エネルギーも弱い、今にも死んじまいそうな貧弱なガキだな」

 幻狼達はガッカリしながらそのままUターン。
 グレースはとても病弱な赤ちゃんで体重も順調には増えなくて、頻繁に熱を出していた。

 それから、母親のカメリア妃は、王妃と対立していた。
 なので本殿月守ではなく、乙女椿宮という離れで生活をしていた。

「熱は下がったみたいだな……」

 レイメイは赤ちゃんのグレースを抱っこして、窓辺のソファーに座るとグレースの額にキスをした。
 魔人はこうしたスキンシップで魔力を相手に送れるのだ。
 カメリア妃は彼の隣に座った。

「うふふ 怖い顔のオオカミたちを見ても泣かないんだもの。きっとレイメイみたいに強い子になるよ」

 クロウは笑った。

「そうだな、あまりぐずったりもしないし……良い子だな」

 レイメイは我が子を抱いて、愛おしそうな顔をした。

「ねえ、カメリア、おっぱいはちゃんと出るんでしょ?母乳をあげたほうがいいよ。赤ちゃんに必要な栄養が入ってるの。病気にも強くなるんだから」

 クロウはカメリアに言った。
 その頃 国では人口ミルクが流行ってて、ミルクで子育てをする母親が増えていた。

 クロウが前世いた世界の物とは比べ物にならないくらい劣悪なもので、添加物や衛生面に問題があって、赤ちゃんが感染症にかかって死んでしまう事故もあった。
 カメリアも最近使い始めたのだが……。

「まあ、そうなの?」

「それからね~」

「詳しいのね、クロウ」

「えっへん、私にも昔 子どもがいたの。子育てのセンパイだよ?」

 それから、クロウは率先してグレースの面倒を見るようになった。
 グレースが2歳になった辺りから、オオカミ姿で背中に小ちゃなグレースを乗せて庭を散歩する様子を多くの使用人らは微笑ましそうに遠目から見ていた。

「あはは~、子連れオオカミだ~☆」

 城に遊びに来ていた公爵家のやんちゃな末っ子ユハがケラケラ笑いながらクロウの周りをうろつく。
 見た目は普通の7歳の子供だったが中身は大人ーー彼も転生者で前世の記憶を持っていた。クロウと同じ世界に住んでいたそうだ。

「皇子ちゃま可愛い~!ねー、クロウ、俺っちにもグレース抱っこさせて?」

「ダメだよ!ユハってば、らんぼうなんだもん」

「ちえっ~ケチんぼ~!」

「でも、オヤツは分けてあげる~!一緒に食べよう?」

 クロウが魔法で小さな包みを宙に浮かせた。
 中庭の真ん中、絹で出来た正方形の大きな布を敷いた芝生の上に座って包みを広げた。

 真っ白なナプキンに包まれていたのは『たまごボーロ』。

「おお~、乳ボーロだ!めっちゃ懐かしい」

 ユハは笑顔になった。

「たまごボーロだよ~、私が作ったの」

 グレースは人型になったクロウの膝の上に座り、笑顔でボーロを食べていた。
 クロウはニコニコ笑いながら一緒に食べる。

「おいちいね~?これ大好きだもんね~グレース~」

「うんっ、しゅき~」

 2歳になったグレースは身体も強く大きくなっていた。
 クロウによく懐いており、クロウも忙しいレイメイや脚が悪くて部屋にこもりがちなカメリアに代わってお世話をしたり、我が子のように可愛がった。

「あら」

 突然 遠くから感嘆の声が聞こえて目線をやると、王妃が侍女を引き連れ回廊からこちらを見てるのが見えた。

「ユハに、グレースじゃない!」

 孫達に会えて嬉しそうな顔をしている。

「ごきげんよう、お祖母様」

 ユハはニコニコ笑って、立ち上がると礼儀正しくお辞儀をした。

「ユハ、お城へ来ていたのね。お祖母様とお茶しましょう?クロウ、グレースをこっちに連れて来なさい」

 クロウはグレースを抱き上げると、後退した。
 そして王妃を睨んだ。

「やだもん。王妃様にグレースを近付けるなってレイメイと約束してるんだもん」

「まあ、そんなこと言ってるの?レイメイは……。まったく……。わたくしはグレースのお祖母様なのですよ?孫を可愛がる権利があるわ」

「とにかくダメなのっ!」

「貴方達、グレースを連れてきてちょうだい」

 王妃様が怖い顔をしながら横にいた親衛隊の騎士らに命じた。
 騎士2人はクロウにジリジリと近付いて、グレースに手を伸ばした。

「ダメ!やめて!」

 無理矢理クロウからグレースを奪おうとする騎士らに、クロウは必死で抵抗した。

「うわぁん」

 グレースは怖がって泣き出してしまった。

「イヤ~~!」

 グレースをギュッと強く抱き締めクロウが叫ぶと、晴れていた空を重たい黒雲が覆いチカチカと稲光がしーーそして轟音とともに中庭に雷が落ちた。
 一同は驚愕してた。

 中庭の地面が割れ、土が剥き出しになってる。

「なっ……、何やってるんだ!」

 レイメイが駆け付けた。

「レイメイ……!」

 王妃の顔を見るなり、レイメイは険しい顔をした。

「お母様、グレースに何をしたんですか?」

「言い掛かりよ……、ユハとグレースをお茶に誘っただけじゃないの!貴方ったら、全然 孫にも会わせてくれないんだもの!非情だわ!」

「フン、お母様は害でしかない!もう俺の子供に関わらないでくれ!」

 レイメイはグレースを抱き上げると、王妃に言い放った。
 王妃も負けじと息子を睨み、叫ぶ。

 この母と息子の親子関係は破綻しており、特にレイメイは母である王妃をかなり嫌っていた。

「貴方っ……実の母に向かって害なんてっ……!それに……グレースはこの国の大切な王位継承者なんですのよ?あんな低脳で教養もない忌々しい女の元に置いておく方が有害だわ!ーー」

「黙れ!」

 カメリア妃は生れつき脚に障害があり杖がなければ長く歩けない。
 立ち上がったり少し歩く程度なら問題のないので日常生活には支障はない程度だったが、王妃は彼女を『カタワ』と侮辱し、差別し、忌み嫌っていた。

 交際や結婚も認めてもらえなかったが、彼女との間にグレースが出来てしまったので渋々許可された。

「帰るぞ、クロウ。ユハもおいで」

 片手にはグレースを抱き、もう片方の手でユハの手を握って引っ張った。

「う、うん…」

「レイメイ!?お待ちなさい!」

 レイメイは王妃を無視して中庭を退散した。

 *

「ふん  ふん ふ~ん♪」

 オオカミの姿で微睡むグレースに寄り添いハミングを口ずさむクロウ。
 窓辺に毛布を敷いてグレイも一緒にお昼寝をしていた。
 窓からは暖かな春の陽気が眠りを誘う。

 椅子に座っているレイメイとカメリアは微笑ましそうにクロウ達を見ていた。

「ねえ、クロウ。あなたがグレースの幻狼になってくれない?」

 カメリアは言った。

「ほえ?」

「そうだな。お前らは相性も良さそうだ」

「私がグレースの幻狼に?」

「……お前は死別した妻を探しに世界を回ってるって言っていたな……やっぱり難しいだろうか?」

 契約してしまったら、自由に世界を旅することもできなくなるだろう。
 クロウは少し悩んだが、笑って答えた。

「ウン……、私がグレースと契約する!この子と一緒にいたい」

 転生してから、こんなにも誰かを思ったり心が安らぐのは初めてだ。
 それに最近は毎日が楽しいのだ。きっとグレースのおかげ。

「よろしくね~!グレース~」

「すう……」

 グレースは眠りながら微笑んでいた。
 そして季節は初夏になり、晴れてクロウはグレースと正式に精霊の契約を結んだのだったーー。
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