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奪われたお城と皇子の愛を取り戻せ!?〜シャルロットの幸せウエディングパレード
幼い頃の約束、再会
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ーー夜。
シャルロットの就寝の支度を、メイはテキパキと慣れた手つきでこなしていく。
「どうも ありがとう、メイ」
「いいえ……。あの…シャルロット様、レイナにはくれぐれも気を付けてくださいね」
「……え?」
「いえ、少しだけ、頭に入れておいて欲しかったんです。それでは、おやすみなさいませ」
そして滞りなく作業を終えると夜の挨拶をして部屋を出て行った。
メイが入れてくれたカモミールティーを飲み終えると、シャルロットは大あくびをした。
「グレイはソファーで眠るの?」
グレイはもうずっとソファーの上から動かない。
シャルロットは何かを思い出したかのように衣装部屋へ行くと、オリヴィア小国にいた頃から愛用していた厚手の大判ストールをグレイに掛けてあげた。
少しくすんだブラウンに緑の生地に、オリーブの葉っぱ柄の金糸の刺繍が可愛らしいストール。
「今夜は冷えるわ、おやすみなさい。グレイ」
「おやすみ、シャルロット」
シャルロットは笑うと寝室へ入った。
白を基調とした清潔感のある天蓋ベッドが中央にある。
「はぁ、ちょっと疲れたかも」
慣れない環境で肩が凝った。
大体のことは自分でも出来るので付き人なんて必要ないのに……、けれど同年代の女の子の友人ができるのは嬉しい。
みんな良い人そうだったし……。
ベッドの上に転がると今日一日を振り返り、シャルロットは小さく笑った。
眠気で目がうとうとしている。
「……ううん、今夜は……お渡りの日……」
グレース皇子は本殿の執務室で今も残業中、終わり次第こちらを訪れると言っていた。
クロウは何故だか朝から姿が見えないしーー。
いつのまにかシャルロットの目は閉じていた。
「……っと、シャルロット」
誰かがシャルロットの名前を呼びながら揺り起こそうとしている。
天蓋ベッドの中に、人の気配がした。
微睡みの中、目をゆっくり開くと……目の前に人影がある。
「グレース様?」
目の前の男はクスッと笑い、まだ寝惚けたままのシャルロットを抱きしめた。
「……グレース様?」
返事はない。
「シャルロット……の……いになってくれる?……」
「…………?」
目の前の男は大きな口を開ける。
白い犬歯がキラリと光るのが見えた。
「ーーーーーー!」
「シャルロット!!!」
バァンッと寝室の扉が開き、グレイとクロウ二匹の幻狼が飛び混んできた。
「……え?」
シャルロットの目がようやく覚めた瞬間、首元に激痛が走った。
「痛っーーーーーー!」
見知らぬ金髪の青年に、思い切り首を噛まれていた。
真っ白なネグリジェが溢れ出た血で真っ赤に染まる。
グレイとクロウはシャルロットを襲う不審な男に飛びかかる。
男は血塗れの唇を手の甲で拭うと、すぐさま幻狼の攻撃をかわした。
「……っ、あ、あなた……一体……?」
首を押さえながら改めて彼の姿を目で捉える。
そしてシャルロットは驚愕した。
「ルエ……!?」
シャルロットがよく知っている従兄弟ルエによく似ていた。
革命が起きた時に幽閉され、そのまま衰弱死したソレイユ国の悲劇の王子様。
だが、従兄弟はもっと小さかったし、それにもう既に死んでいるはずだーーー。
目の前にいるには従兄弟が10歳年を取ったような……、黄金の瞳に金髪の美青年だった。
「久しぶり、シャルロット。会いたかった…!」
「なっ……」
彼を取り囲み威嚇して唸る二匹の幻狼。
彼は人の姿から突然薄黄色の毛並みをしたオオカミの姿に変化した。
「お前だな!城に忍び込んだ不審な幻狼って!」
クロウは叫ぶ。
「シャルロットに危害を加えるつもりか!」
グレイは黄色の幻狼に飛びかかり、噛み付こうとした。
幻狼達の激しい取っ組み合いの喧嘩が始まり、寝室は騒がしくなった。シャルロットは痛む首を抑えながら呆然とそれを見ていた。
数分後にグレース皇子が親衛隊を引き連れて現れた。
「シャルロット!」
「グレース様……?」
(一体……これはどういうことなの?)
親衛隊の騎士によって、本殿の大広間にミモザイエローの毛をした幻狼が運び込まれた。
腹と舌をだらしなく出して目を回している
クロウとグレイは激怒しながらもおとなしく失神している幻狼を見下ろしていた。
クロウはイライラが収まらず肉球でゲシゲシと黄色の幻狼の頭を数度叩いた。
「こっこいつ~!シャルロットの寝込みを襲って番の儀をしようとした!」
シャルロットは既にクロウと番の儀を済ませている。
そこにまた他の精霊が番の儀をしようとすると精霊の身体はショックを受けて痙攣し気を失ってしまうのだ。
「お前らの仲間じゃないのか?」
グレース皇子に問われて、クロウは全力で否定した。
「知らないよ!こんなやつ!」
「……る、ルエ!」
負傷した首を清潔な白い布で押さえたシャルロットが、ネグリジェに厚手の羽織ものを纏っただけの格好で駆けてきた。
宮廷医が来るまでの間、親衛隊に応急処置をされていたはずだがーー。
「シャルロット、来ちゃダメ、危ないよ!」
「こっ、この子はルエなの!」
「ルエ?」
「ええ、ソレイユ国のルエ王子……私の遠い親戚なの」
数年前、ソレイユ国の王と王妃は斬首刑、彼らの子供・マリヤ王女とルエ王子は子供ながら投獄され幽閉されていた。
マリヤは釈放され外国の傍系の親族が身元を引き取った。だが、ルエは獄中でそのまま衰弱死した。
「まさか、生きていたなんて!」
オリヴィア小国はソレイユ国から大昔に独立していたが付き合いも深かった。
シャルロットは親の付き添いでソレイユ国の宮殿を訪れることがあったのだが、同じ年頃のルエ王子とはよく遊んでいた。
明るくて人懐っこい男の子だった。
「シャルロット……?」
やがて伸びていた幻狼が目を覚ました。
「ルエ?貴方……ルエでしょ?」
「昔はルエ・ソレイユーー今はミモザって言うんだ~!」
「ミモザ……?貴方…、幻狼になったの?」
「うん。俺の前に不思議なオオカミの精霊が現れてーー生きたいって願ったら幻狼にしてくれたんだよ」
「ーーーえ」
ルエは魔人でも獣人でもない、シャルロットと同様 魔力のないノーマルタイプの人間だった。
(人間から…死んで、精霊になったってこと?)
考える間も無く、いつの間にか人の姿に変化していたルエに目の前で跪かれた。
そしてルエはシャルロットの手を取り、手の甲にキスをした。
「シャルロット、俺の番になってよ!小さい頃約束したでしょ?大きくなったら結婚して、俺のお妃様になってくれるって!もう王子じゃないけど、お嫁さんになってくれるでしょ?」
「え?」
あれはーーシャルロットがまだ四歳だった頃。
ソレイユ国の王様の誕生パーティーに参加した時だった。
まだ前世の記憶が戻っていなかった時期で年相応の幼女だったシャルロットは、ソレイユ国のルエ王子に出会い、一目惚れされて、パーティー会場のど真ん中で情熱的なプロポーズをされた。
何も分かってない子供だったシャルロットは笑顔であっさりと快諾してしまった。
「あーー思い出したわ、私にプロポーズしちゃって怒ったシーズお兄様にボコボコにされてたわよね」
「あはは、シーズ王子も元気?」
「ええ。今は王子じゃないわ、左王に即位したの」
懐かしいわ。
お日様みたいに明るい笑顔ーー可愛らしい猫目、背丈は大分伸びて大人の男性になったけれど面影は小さい頃のままだ。
「………ねえ、シャルロット、結婚してくれるって約束でしょ?」
「ダメ~~~!!!」
クロウが叫びながらシャルロットの前に飛び出してきた。
オオカミ姿でワタワタと落ち着かない様子でくるくる回ってる。
「シャルロットは私の番だ!私の奥さんなの!お前には渡さない!」
「フン こんなドジでトロそうな幻狼のどこがいいの?そのブタみたいな幻狼より俺の方が百倍カッコいいでしょ!シャルロット」
ミモザは幻狼姿になり美しく輝く毛並みやスマートな身体、引き締まった美脚を自慢するように一回転し、クロウを見て小馬鹿にするように笑う。
クロウはこの頃食べ過ぎと運動不足でお腹がたるんでいた、本人も気にしていたので小馬鹿にされてショックを受けている。
「ウワァァァン」
情けなく泣きながらシャルロットに飛びついた。
シャルロットは苦笑しながらクロウの頭を撫でてあげた。
「ごめんなさい…ミモザ、私はクロウと番ってるの。貴方とは番になれないわ…それとね!私の同意もなしに勝手に番の儀式をしないで頂戴!すごく痛かったわよ」
「……シャルロット、うう……っ」
ミモザは納得できないようで、シャルロットに頭を撫でられていたクロウの身体に思い切り助走をつけて体当たりをした。
本殿の大理石の床の上を勢いよく転がるクロウ。
「何すんのさ!」
「シャルロットの番は俺だ!」
「私だもん!バカァ!」
むくっと立ち上がり怒るクロウにミモザは唸っていた。そこへ険しい顔をしたグレイも加勢する。
睨み合いが終わるとまた三匹は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
三匹の幻狼は周りも見えずに屋内で暴れ回りあちらこちらに身体をぶつけては高級な花瓶を割ったり、壁に大きな穴を開け窓ガラスを大破させた。
「何何?みんなで何遊んでるの~?オレも遊ぶ~!」
遅れてこの場にやってきたマゼンタ色の幻狼フクシアが楽しそうに駆けて来て、喧嘩に加わり破壊力は増すばかり。
暴れる聖獣を止める術もなく、一同はただ呆然としていた。
あっという間に本殿の大広間の中はめちゃくちゃになった。
幻狼の番の奪い合いは凄まじいらしい。
「何をしてるんだ!お前たち!やめんか!!」
突如虚空から紺色の幻狼コボルトが現れ、大きな声で怒鳴った。
コボルトの鶴の一声で幻狼たちの喧嘩はすぐに収まった。
コボルトの放った魔法により、クロウとミモザ、グレイにフクシアーー四匹の幻狼はそれぞれ黒いチワワとレモンビーグル、銀色のポメラニアン、マゼンタ色のパピヨン、小型犬の姿に変化した。
四匹のワンコたちはショックを受けていた。
「しばらくその姿で頭を冷やせ!」
怒った様子でコボルトは魔法で壊れた大広間を修繕し、シャルロットの首の怪我も治癒させた。
「あっありがとうございます!コボルトさん」
グレース皇子はプルプル震えて泣いてるチワワを抱き上げると、レモンビーグルに向かって言った。
「シャルロット姫は俺の婚約者だ、諦めてくれ」
「………」
「ごめんね、ミモザ。でも、貴方にまた会えて嬉しいわ」
優しく笑いかけるとレモンビーグルは嬉しそうに尻尾を振った。
そしてシャルロットの足元に擦り寄った。
「俺もシャルロットにまた会えて嬉しいよ。シャルロット~愛してる~」
「シャルロットに近付くな!おバカ!」
荒ぶるチワワはビーグルのお尻に噛み付いた。
「イタっ…何するんだ!」
レモンビーグルは負けじと肉球でチワワの広いおでこを殴る。
小型犬の喧嘩がまた始まるが、コボルトがひと睨みするとそれも収まった。
「喧嘩はやめて!喧嘩っ早い人なんて大嫌いよ」
シャルロットが怒ってみせると二匹は耳を垂らして落ち込んだ。
「…あ、そういえば、マリヤがこの国に来てるの。ミモザは知ってる?」
マリヤはミモザーールエの姉だ。
彼女の名前を聞いた途端ミモザは複雑そうな顔をした。
「シャルロット、姉さんには俺のこと黙ってて?」
「……え?またマリヤに会えるのに?」
「ルエはもう死んだ。姉さんには俺のことなんか忘れて幸せに生きて欲しい。俺と会えば過去の嫌なことも全部思い出しちゃうでしょ」
「………ミモザ…」
「俺はね、シャルロット。ソレイユ国の民達を恨んでないよ。子供だったから難しいことはわからなかったけれど…民達を怒らせるだけの事をしてきたんだろう」
シャルロットはソレイユ国の事情を知っていた。
外聞的にはソレイユ国の王族や貴族たちが国の金を使い込んだせいで首が回らなくなり税金を大幅に引き上げた。それに怒った国民達が暴動を起こしたのだ。
「で、でもね、あれは……!オリヴィア小国側でちゃんと調査してたのよ、ソレイユ国の税金を使い込んでいたのは王家じゃなかった。周りの貴族の人達だったの……!自分達が使い込んでいたのに最後は全てを王や王妃様に罪を全てなすりつけて……!」
シャルロットは必死で否定した。
王族が処刑された後、ソレイユ国の貴族の一味が多額の税金を当時敵国だったエスター国へ流していることが発覚した。
その中に革命を先導していた人物も居た。
王は何も関与してなどいなかった。
「ソレイユ王や王妃は何もしてなかったの……」
(王様や王妃様が処刑される必要なんてなかったのに……)
シャルロットは遣る瀬無い気持ちになった。
「ううん、シャルロット。俺の父や母は 王族でありながら王族の務めから逃げていたーー『何もしなかった』……それこそ罪だったんだ。処刑されても仕方なかった。あんな結果になっても文句なんて言えない」
ミモザの言葉にシャルロットはボロボロと大粒の涙をこぼした。
これにはミモザもグレース皇子も驚く。
「シャルロット姫、どうした!?」
「いいえ…」
小さい頃に会ったソレイユ国の王と王妃様はとても温かくて優しい人で、とてもよくしてもらった記憶がある。
シャルロットはそれを思い出していた。
レモンビーグルはシャルロットの膝に乗りかかり、シャルロットの白い頰を伝う涙をぺろぺろと優しく舐めて拭った。
「………仕方がなかった事だったとしてもーー貴方だけはご両親が死んだことは仕方のない事だって言わないであげて」
「うん……、俺の父さんや母さんのために泣いてくれてありがとう。シャルロット」
ミモザの瞳は黄金色に美しく輝いている。
シャルロットはその瞳を見つめていた。
「でも、いつまでも悲しみや憎しみに囚われていてはいけないーー。俺も一度は死んだから身だからよくわかる」
「ミモザ……」
しんみりとした空気の中、グレース皇子が声を発した。
ヒョイっとチワワとビーグルを腕に同時に抱えて歩き出す。
「姫、今日はもう遅い、宮廷医が到着したようだから首の怪我を診てもらえ。ミモザは俺の部屋に連れて行く」
ミモザはバタバタと暴れた。
「いやだー、シャルロットの部屋がいい!」
「ダメ~、グレースの部屋で私が監視するからね!ふんだ」
やっぱりチワワとビーグル二匹は相性が悪いようだ、グレース皇子の腕の中で睨み合っている。
シャルロットの就寝の支度を、メイはテキパキと慣れた手つきでこなしていく。
「どうも ありがとう、メイ」
「いいえ……。あの…シャルロット様、レイナにはくれぐれも気を付けてくださいね」
「……え?」
「いえ、少しだけ、頭に入れておいて欲しかったんです。それでは、おやすみなさいませ」
そして滞りなく作業を終えると夜の挨拶をして部屋を出て行った。
メイが入れてくれたカモミールティーを飲み終えると、シャルロットは大あくびをした。
「グレイはソファーで眠るの?」
グレイはもうずっとソファーの上から動かない。
シャルロットは何かを思い出したかのように衣装部屋へ行くと、オリヴィア小国にいた頃から愛用していた厚手の大判ストールをグレイに掛けてあげた。
少しくすんだブラウンに緑の生地に、オリーブの葉っぱ柄の金糸の刺繍が可愛らしいストール。
「今夜は冷えるわ、おやすみなさい。グレイ」
「おやすみ、シャルロット」
シャルロットは笑うと寝室へ入った。
白を基調とした清潔感のある天蓋ベッドが中央にある。
「はぁ、ちょっと疲れたかも」
慣れない環境で肩が凝った。
大体のことは自分でも出来るので付き人なんて必要ないのに……、けれど同年代の女の子の友人ができるのは嬉しい。
みんな良い人そうだったし……。
ベッドの上に転がると今日一日を振り返り、シャルロットは小さく笑った。
眠気で目がうとうとしている。
「……ううん、今夜は……お渡りの日……」
グレース皇子は本殿の執務室で今も残業中、終わり次第こちらを訪れると言っていた。
クロウは何故だか朝から姿が見えないしーー。
いつのまにかシャルロットの目は閉じていた。
「……っと、シャルロット」
誰かがシャルロットの名前を呼びながら揺り起こそうとしている。
天蓋ベッドの中に、人の気配がした。
微睡みの中、目をゆっくり開くと……目の前に人影がある。
「グレース様?」
目の前の男はクスッと笑い、まだ寝惚けたままのシャルロットを抱きしめた。
「……グレース様?」
返事はない。
「シャルロット……の……いになってくれる?……」
「…………?」
目の前の男は大きな口を開ける。
白い犬歯がキラリと光るのが見えた。
「ーーーーーー!」
「シャルロット!!!」
バァンッと寝室の扉が開き、グレイとクロウ二匹の幻狼が飛び混んできた。
「……え?」
シャルロットの目がようやく覚めた瞬間、首元に激痛が走った。
「痛っーーーーーー!」
見知らぬ金髪の青年に、思い切り首を噛まれていた。
真っ白なネグリジェが溢れ出た血で真っ赤に染まる。
グレイとクロウはシャルロットを襲う不審な男に飛びかかる。
男は血塗れの唇を手の甲で拭うと、すぐさま幻狼の攻撃をかわした。
「……っ、あ、あなた……一体……?」
首を押さえながら改めて彼の姿を目で捉える。
そしてシャルロットは驚愕した。
「ルエ……!?」
シャルロットがよく知っている従兄弟ルエによく似ていた。
革命が起きた時に幽閉され、そのまま衰弱死したソレイユ国の悲劇の王子様。
だが、従兄弟はもっと小さかったし、それにもう既に死んでいるはずだーーー。
目の前にいるには従兄弟が10歳年を取ったような……、黄金の瞳に金髪の美青年だった。
「久しぶり、シャルロット。会いたかった…!」
「なっ……」
彼を取り囲み威嚇して唸る二匹の幻狼。
彼は人の姿から突然薄黄色の毛並みをしたオオカミの姿に変化した。
「お前だな!城に忍び込んだ不審な幻狼って!」
クロウは叫ぶ。
「シャルロットに危害を加えるつもりか!」
グレイは黄色の幻狼に飛びかかり、噛み付こうとした。
幻狼達の激しい取っ組み合いの喧嘩が始まり、寝室は騒がしくなった。シャルロットは痛む首を抑えながら呆然とそれを見ていた。
数分後にグレース皇子が親衛隊を引き連れて現れた。
「シャルロット!」
「グレース様……?」
(一体……これはどういうことなの?)
親衛隊の騎士によって、本殿の大広間にミモザイエローの毛をした幻狼が運び込まれた。
腹と舌をだらしなく出して目を回している
クロウとグレイは激怒しながらもおとなしく失神している幻狼を見下ろしていた。
クロウはイライラが収まらず肉球でゲシゲシと黄色の幻狼の頭を数度叩いた。
「こっこいつ~!シャルロットの寝込みを襲って番の儀をしようとした!」
シャルロットは既にクロウと番の儀を済ませている。
そこにまた他の精霊が番の儀をしようとすると精霊の身体はショックを受けて痙攣し気を失ってしまうのだ。
「お前らの仲間じゃないのか?」
グレース皇子に問われて、クロウは全力で否定した。
「知らないよ!こんなやつ!」
「……る、ルエ!」
負傷した首を清潔な白い布で押さえたシャルロットが、ネグリジェに厚手の羽織ものを纏っただけの格好で駆けてきた。
宮廷医が来るまでの間、親衛隊に応急処置をされていたはずだがーー。
「シャルロット、来ちゃダメ、危ないよ!」
「こっ、この子はルエなの!」
「ルエ?」
「ええ、ソレイユ国のルエ王子……私の遠い親戚なの」
数年前、ソレイユ国の王と王妃は斬首刑、彼らの子供・マリヤ王女とルエ王子は子供ながら投獄され幽閉されていた。
マリヤは釈放され外国の傍系の親族が身元を引き取った。だが、ルエは獄中でそのまま衰弱死した。
「まさか、生きていたなんて!」
オリヴィア小国はソレイユ国から大昔に独立していたが付き合いも深かった。
シャルロットは親の付き添いでソレイユ国の宮殿を訪れることがあったのだが、同じ年頃のルエ王子とはよく遊んでいた。
明るくて人懐っこい男の子だった。
「シャルロット……?」
やがて伸びていた幻狼が目を覚ました。
「ルエ?貴方……ルエでしょ?」
「昔はルエ・ソレイユーー今はミモザって言うんだ~!」
「ミモザ……?貴方…、幻狼になったの?」
「うん。俺の前に不思議なオオカミの精霊が現れてーー生きたいって願ったら幻狼にしてくれたんだよ」
「ーーーえ」
ルエは魔人でも獣人でもない、シャルロットと同様 魔力のないノーマルタイプの人間だった。
(人間から…死んで、精霊になったってこと?)
考える間も無く、いつの間にか人の姿に変化していたルエに目の前で跪かれた。
そしてルエはシャルロットの手を取り、手の甲にキスをした。
「シャルロット、俺の番になってよ!小さい頃約束したでしょ?大きくなったら結婚して、俺のお妃様になってくれるって!もう王子じゃないけど、お嫁さんになってくれるでしょ?」
「え?」
あれはーーシャルロットがまだ四歳だった頃。
ソレイユ国の王様の誕生パーティーに参加した時だった。
まだ前世の記憶が戻っていなかった時期で年相応の幼女だったシャルロットは、ソレイユ国のルエ王子に出会い、一目惚れされて、パーティー会場のど真ん中で情熱的なプロポーズをされた。
何も分かってない子供だったシャルロットは笑顔であっさりと快諾してしまった。
「あーー思い出したわ、私にプロポーズしちゃって怒ったシーズお兄様にボコボコにされてたわよね」
「あはは、シーズ王子も元気?」
「ええ。今は王子じゃないわ、左王に即位したの」
懐かしいわ。
お日様みたいに明るい笑顔ーー可愛らしい猫目、背丈は大分伸びて大人の男性になったけれど面影は小さい頃のままだ。
「………ねえ、シャルロット、結婚してくれるって約束でしょ?」
「ダメ~~~!!!」
クロウが叫びながらシャルロットの前に飛び出してきた。
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「シャルロットは私の番だ!私の奥さんなの!お前には渡さない!」
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クロウはこの頃食べ過ぎと運動不足でお腹がたるんでいた、本人も気にしていたので小馬鹿にされてショックを受けている。
「ウワァァァン」
情けなく泣きながらシャルロットに飛びついた。
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「ごめんなさい…ミモザ、私はクロウと番ってるの。貴方とは番になれないわ…それとね!私の同意もなしに勝手に番の儀式をしないで頂戴!すごく痛かったわよ」
「……シャルロット、うう……っ」
ミモザは納得できないようで、シャルロットに頭を撫でられていたクロウの身体に思い切り助走をつけて体当たりをした。
本殿の大理石の床の上を勢いよく転がるクロウ。
「何すんのさ!」
「シャルロットの番は俺だ!」
「私だもん!バカァ!」
むくっと立ち上がり怒るクロウにミモザは唸っていた。そこへ険しい顔をしたグレイも加勢する。
睨み合いが終わるとまた三匹は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
三匹の幻狼は周りも見えずに屋内で暴れ回りあちらこちらに身体をぶつけては高級な花瓶を割ったり、壁に大きな穴を開け窓ガラスを大破させた。
「何何?みんなで何遊んでるの~?オレも遊ぶ~!」
遅れてこの場にやってきたマゼンタ色の幻狼フクシアが楽しそうに駆けて来て、喧嘩に加わり破壊力は増すばかり。
暴れる聖獣を止める術もなく、一同はただ呆然としていた。
あっという間に本殿の大広間の中はめちゃくちゃになった。
幻狼の番の奪い合いは凄まじいらしい。
「何をしてるんだ!お前たち!やめんか!!」
突如虚空から紺色の幻狼コボルトが現れ、大きな声で怒鳴った。
コボルトの鶴の一声で幻狼たちの喧嘩はすぐに収まった。
コボルトの放った魔法により、クロウとミモザ、グレイにフクシアーー四匹の幻狼はそれぞれ黒いチワワとレモンビーグル、銀色のポメラニアン、マゼンタ色のパピヨン、小型犬の姿に変化した。
四匹のワンコたちはショックを受けていた。
「しばらくその姿で頭を冷やせ!」
怒った様子でコボルトは魔法で壊れた大広間を修繕し、シャルロットの首の怪我も治癒させた。
「あっありがとうございます!コボルトさん」
グレース皇子はプルプル震えて泣いてるチワワを抱き上げると、レモンビーグルに向かって言った。
「シャルロット姫は俺の婚約者だ、諦めてくれ」
「………」
「ごめんね、ミモザ。でも、貴方にまた会えて嬉しいわ」
優しく笑いかけるとレモンビーグルは嬉しそうに尻尾を振った。
そしてシャルロットの足元に擦り寄った。
「俺もシャルロットにまた会えて嬉しいよ。シャルロット~愛してる~」
「シャルロットに近付くな!おバカ!」
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「イタっ…何するんだ!」
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「喧嘩はやめて!喧嘩っ早い人なんて大嫌いよ」
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「…あ、そういえば、マリヤがこの国に来てるの。ミモザは知ってる?」
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「シャルロット、姉さんには俺のこと黙ってて?」
「……え?またマリヤに会えるのに?」
「ルエはもう死んだ。姉さんには俺のことなんか忘れて幸せに生きて欲しい。俺と会えば過去の嫌なことも全部思い出しちゃうでしょ」
「………ミモザ…」
「俺はね、シャルロット。ソレイユ国の民達を恨んでないよ。子供だったから難しいことはわからなかったけれど…民達を怒らせるだけの事をしてきたんだろう」
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外聞的にはソレイユ国の王族や貴族たちが国の金を使い込んだせいで首が回らなくなり税金を大幅に引き上げた。それに怒った国民達が暴動を起こしたのだ。
「で、でもね、あれは……!オリヴィア小国側でちゃんと調査してたのよ、ソレイユ国の税金を使い込んでいたのは王家じゃなかった。周りの貴族の人達だったの……!自分達が使い込んでいたのに最後は全てを王や王妃様に罪を全てなすりつけて……!」
シャルロットは必死で否定した。
王族が処刑された後、ソレイユ国の貴族の一味が多額の税金を当時敵国だったエスター国へ流していることが発覚した。
その中に革命を先導していた人物も居た。
王は何も関与してなどいなかった。
「ソレイユ王や王妃は何もしてなかったの……」
(王様や王妃様が処刑される必要なんてなかったのに……)
シャルロットは遣る瀬無い気持ちになった。
「ううん、シャルロット。俺の父や母は 王族でありながら王族の務めから逃げていたーー『何もしなかった』……それこそ罪だったんだ。処刑されても仕方なかった。あんな結果になっても文句なんて言えない」
ミモザの言葉にシャルロットはボロボロと大粒の涙をこぼした。
これにはミモザもグレース皇子も驚く。
「シャルロット姫、どうした!?」
「いいえ…」
小さい頃に会ったソレイユ国の王と王妃様はとても温かくて優しい人で、とてもよくしてもらった記憶がある。
シャルロットはそれを思い出していた。
レモンビーグルはシャルロットの膝に乗りかかり、シャルロットの白い頰を伝う涙をぺろぺろと優しく舐めて拭った。
「………仕方がなかった事だったとしてもーー貴方だけはご両親が死んだことは仕方のない事だって言わないであげて」
「うん……、俺の父さんや母さんのために泣いてくれてありがとう。シャルロット」
ミモザの瞳は黄金色に美しく輝いている。
シャルロットはその瞳を見つめていた。
「でも、いつまでも悲しみや憎しみに囚われていてはいけないーー。俺も一度は死んだから身だからよくわかる」
「ミモザ……」
しんみりとした空気の中、グレース皇子が声を発した。
ヒョイっとチワワとビーグルを腕に同時に抱えて歩き出す。
「姫、今日はもう遅い、宮廷医が到着したようだから首の怪我を診てもらえ。ミモザは俺の部屋に連れて行く」
ミモザはバタバタと暴れた。
「いやだー、シャルロットの部屋がいい!」
「ダメ~、グレースの部屋で私が監視するからね!ふんだ」
やっぱりチワワとビーグル二匹は相性が悪いようだ、グレース皇子の腕の中で睨み合っている。
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エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
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