シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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番外編・スピンオフ集

(前世編)白竜とパパのオムナポリタン

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 初夏のある日、少年の母親が虫垂炎に罹り一週間ほど入院することになった。

 夏休みを間近に控えた七月のとある日曜日。
 今日は幼稚園もお休みで。病院前の花屋さんで買った一輪の向日葵の花を持って父と一緒に母のお見舞いへ行った。

「母さん、お早う!」

 元気いっぱいに病室の中に飛び込んだ。
 母はベッドの上で病衣姿で静かに本を読んでいた。

「陽太、蒼介、おはよう。わあ!ひまわり」

「里緒~うふふ」

 父は母に会えて嬉しそうにニコニコ笑うと、すぐに駆け寄っていつものように仲睦まじく頰にキスをした。
 母は困ったように笑ってる。

「これあげるから早く元気になってね!母さんが好きなひまわりだよ!」

 少年は母に向日葵の花を手渡した。
 母は嬉しそうだ。

「ありがとう、陽太」

「里緒、だいじょぶ?もうお腹痛くない?」

「うん、大丈夫。今日から普通にご飯も食べれるの。ごめんね、急に入院なんて……。大変だったでしょ?」

「俺が母さんの代わりにお洗濯も皿洗いもやってるんだよ!父さんはゴハン係りとゴミ出し当番なんだ~」

「そうなの、偉いわね~」

 母は得意げに笑う少年の頭を優しく撫でてあげた。
 少年は嬉しそうだ。

「明後日には退院できるから、蒼介、陽太、お家のことよろしくね」

 母が数日入院で家を空けて、母の偉大さを思い知る。

 家の家事や炊事は全て母が担当していた。朝は五時起床、家事をしたり少年や父のお弁当や朝食を作って、日中はフルタイムで働き、夜も家事、手の込んだ美味しい夕ご飯を作ってくれる。
 たまにお手伝いをしていたけれど、ここまで大変だとは想像していなかった。

 ーー病院からの帰り。
 父と手を繋いで近所のスーパーへと立ち寄った。

「ねえ、陽太、陽太、アイス食べようよ」

 父は子供のようにはしゃぐ、高いアイスを両手に持ってぴょんぴょん跳ねていた。
 少年は淡々と返した。

「そんな高いアイス……母さんが怒るよ?」

「うふふ~。ママには内緒だよ?ねえ、いいでしょ?ママの代わりにお手伝い頑張ったご褒美だよ。バチは当たらないよ~。パパが内緒で買ってあげる~」

「…………」

 少年は黙ってコクコクと頷いた。

「そうだ!ご褒美だから~、晩ごはんはステーキにしよっか~?」

 調子に乗ったハミングしながら精肉コーナーで一パック五千円程するブランド牛のサーロインステーキを手に取った父。
 少年は父の手からブランド牛を没収し、売り場に戻した。

「ダメだよ。母さんが怒るよ?」

「陽太~う~、あっじゃあこれ買うー」

 ロボットアニメの食玩を見つけた父は手を伸ばした。
 少年はジロッと父を睨む。

「ダメだよ!戻してきて!余計なものは買っちゃだめだって母さんがいつも怒ってるでしょ」

「ふえぇ~」

「トイレットペーパーとタマゴが無かったよね」

「パパがとってくるよ~」

 子供っぽい父にしっかり者の息子、どっちが親で子か分からない。
 少年は小柄な体には大きなカゴを持って、父の後ろを歩いた。

 *

 駅近の真新しいマンションに少年は住んでいた。
 父は帰ってきて早々にキッチンへ直行し、上着を脱ぐとエプロンに着替えた。
 機嫌が良さそうに鼻歌をうたってる。

「陽太、待ててね~、パパが美味しいお昼ゴハン作ってあげる~」

「うん、じゃあ俺、ベランダの花に水あげてくる!」

 少年はダイニングから広いルーフバルコニーに出るとジョウロに水を溜めた。

 父は植物学者、南向きの陽当たりのいいバルコニーには様々な鉢植えの植物が植えられてあって小さな花壇もあった。
 ガーデニングは父の趣味で、少年もたまに水やりを手伝っていた。

「今日は太陽が強いから喉乾いたでしょ。今、水をあげるからね」

 少年は花に語りかけながら水を与えた。

「ん?」

 朝干した真っ白なシーツが少し強めな夏風にはらはらとはためいている。
 その奥の、大きな鉢の後ろ側ーー、少年は地面に横たわっている真っ白な肌の不思議な男を見つけた。

「ぎゃ!」

 死体かと思って思わず悲鳴を上げたが、白い手指がピクピク動いてる。
 顔は上気していてうなだれていた。

「暑い~死ぬ~」

 真っ白で長い髪に赤い瞳の妖艶な男が行き倒れていた。

「暑いの?」

 少年は持っていたジョウロを差し出すと、干からびている男の顔に水をかけた。
 男の顔の赤みが少し引いた。

 男はふうっとため息を吐くと、むくりと気怠そうに身体を起こした。

「あなた、誰?ふしんしゃ?」

「私は琥珀だ。ドラゴンだ」

「どらごん?」

 男はニッコリ笑うと、突然真っ白な竜に姿を変えた。
 全身を覆うワニのような硬いウロコ、大きくて長い立派な尻尾、背中にはゴツゴツとした大きな羽根が生えている。
 立派な角と爪が生え、目は真っ赤に光ってる。巨大なアルビノのドラゴン。

「わぁ~かっこいい~」

「ふん、そうだろう?私は強くてかっこいいのだ」

「父さん~!」

 少年は家の中に駆け込み、料理中の父の腕を引っ張ってバルコニーに連れてきた。
 バルコニーに現れたドラゴンを見て、父は目を丸くした。

「ほえ~、スゴーい!竜だ!」

 エプロン姿の父は無邪気にはしゃいだ。
 父子にキラキラとした瞳で見上げられ、機嫌が良さそうなドラゴンは変身を解いて先程の人の姿へ戻った。

「…私を見て驚かないのだな?『この世界』の民どもは私を見るなり絶叫して逃げるのに、肝が座ってるな」

「僕ね~、子供の頃に大きなオオカミのお化けを見たことがあるんだ。君の仲間?」

 父は尋ねた。

「恐らくはそうだろう。お化けじゃなくて精霊だ」

「へえ~精霊……」

 父は好奇心満々といった様子でマジマジと精霊の男を観察していた。

「精霊さんもゴハン食べる?」

「私は琥珀だ」

「うん、琥珀!外は暑いでしょ、ほら中に入って~」

 父は精霊の腕を引っ張り、家の中に入れた。

「ふむ、部屋の中はひんやりしてるな。あの箱から冷気が出てるのか」

 精霊は物珍しそうにエアコンを見つめる。

「今日はイタスパだよー今作ってるから待っててね」

 イタスパーー父はナポリタンを作っているようだ。
 父はキッチンへ戻ると熱した大鍋の湯の中にパスタを投じた。
 茹でている間にまな板の前に立ち、ピーマンや玉ねぎ、ウインナーを包丁で切っていく。

 琥珀はダイニングのふかふかのソファーに腰を掛けた。

「はい、麦茶」

 少年はグラスに麦茶を注いで、琥珀に差し出した。
 よく冷えた麦茶を琥珀は一気飲みした、そしてふうっと大きく息を吐く。

「礼を言うぞ、童よ。生き返ったわ」

「夏なのにそんなにたくさん服を着てるからだよ」

 精霊は真っ白で重たそうな着物を幾重にも纏っていた。

「琥珀はどこから来たの?」

「遠いとこからだ、お前にいってもわからんだろう」

「なんでここに?」

「ーー私がまだ人間だった頃、この世界に住んでいたのだ。久しぶりに来てみたがーー跡形も無いな」

「ここに住んでたの?」

「ああ。嫌な思い出しかない場所だ」

 気が遠くなるほど大昔の話。
 白竜琥珀の前世は白髪頭で赤い目をした奇妙な見た目の男の子だった。
 産みの親には化け物と呼ばれ捨てられて、小さな村では鬼の子だと迫害を受け続け、大洪水や窃盗被害などがあるたびに全て鬼の子の仕業と疑われ拷問も受けたーー最期は生きたまま土の中に埋められーー。

 死ぬ間際、『生きたい』と強く願った。

 ーー生きて、自分を虐げ続けた村の連中を皆殺しにしてやると強く思っていた。

 そうしたら異世界でドラゴンに生まれ変わっていたのだ……。

「……ムカつくから村の奴らに復讐しに、ここまでやって来たのだ」

「ふくしゅう?」

「……うむ、だが村の奴らはみんな死んでしまったし、時代も、村の様子もガラッと変わっていた……せっかくここまでやって来たのに、拍子抜けだった」

「?」

 どこか寂しげな表情の琥珀を、陽太は不思議そうに見つめていた。

「怒ってたが、お前のフニャフニャした間抜けな顔を見てたらどうでもよくなったわい」

「ふにゃふにゃしてないよ!」

 時計の針が正午を過ぎた頃、料理が出来上がった。

 冷房の利いたダイニングのテーブルの上に料理を運んでくる父。
 真っ白なお皿の上には薄く焼いた卵焼き、その上にはナポリタンが乗っている。
 父がよく作ってくれる手料理だ。
 それに冷蔵庫にあったスイカも父が一口大にカットしてガラスの器に盛って出してくれた。

「いただきます!」

 元気に叫ぶと、父と少年はガツガツと美味しそうにナポリタンを食べ始めた。
 ドラゴンも箸で食べ進める。

「おお、美味いな」

 ケチャップ味のパスタに琥珀の顔が緩む。

「気に入ってもらえてよかった~」

「精霊もゴハン食べるんだね~」

「ニンゲンだって栄養にならないタバコを吸って酒をたらふく飲むだろう、それと一緒だ!美味い飯は美味いから食うのだ」

「ふうん?ねえ、精霊って太らないの~?」

「太らんし、餓死もしない!」

「ほえ~」

 精霊を交えた昼食は終わり、食後のデザートに父が冷凍庫から取り出し持ってきたのはアイスクリーム。

「はい、どうぞ、琥珀の分だよ」

「ほう、これがあいすくりーむ。精霊界で噂の甘味」

 ドラゴンは手に持ったカップのアイスを食い入るように見ていた。
 ニコニコ笑ってる。

 精霊は甘い物を好むらしい。

「んん……!これは……!口の中で溶けて……まるで甘露のようだ!」

 大絶賛だ。

「みんなで食べるとおいしいねえ」

「アイスクリーム、もう一個残ってるから、帰ってきたら母さんにあげよう?」

 少年は父に言った。

「うん、そうだね、こんなに美味しいもの僕達だけで食べるのはズルいもんねえ」

 父は朗らかに笑う。
 そして太陽が雲の後ろに隠れて日差しが和らいだ夏空を窓越しに見つめて、呟いた。

「……里緒、早く帰って来ないかなあ」

 寂しげに笑っていた。

 *

 太陽が落ちて涼しくなった夕空の下、白いドラゴンは羽根をパタパタと動かして準備運動をしていた。

「ソバとあいすくりーむ、美味だったぞ!感謝する」

 ドラゴンはぺこりと頭を下げた。
 ドラゴンの前に立った父子はニコニコ笑って彼を見送る。

「童、これをお前にやろう」

「へ?」

 ドラゴンから水晶をもらった。
 少年の手のひらよりも大きな、虹入りの水晶のクラスターだ。

「飯代だ、受け取るが良い」

「わ~綺麗!ありがとう!琥珀」

「精霊の私が加護をくれてやろう」

 キラキラと光る粒子が少年を包んだ。

「なにこれ?」

「願い事があれば私が一回だけだが叶えてやろうーーなににする?」

「うーん、今は保留する!思い付いたら教えるね!だって一回きりなんだもん、ちゃんと考えて決める!」

 少年は笑った。

「ははは、わかった」

 ドラゴンはオレンジ色の空に向かって飛んだ。

 ーーこの最悪な世界で、些細だが、新しく出来た楽しい想い出を反芻しながら満月に向かって飛んだ。

 空の切れ目から異世界へと帰還した。

 *

「綺麗な石ね」

 退院して帰ってきた母は、玄関に飾られてあった水晶のクラスターを見つけて微笑んだ。

「ドラゴンからもらったんだ」

「ど、ドラゴン?」

 母は苦笑していた。
 子供の戯言だと思っているようだ。

「ドラゴンがうちに遊びにきたんだよね?父さん」

「ねー」

 父子はお互いの顔を見つめて楽しそうに笑い合っていた。

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