シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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オーギュスト国へご訪問〜猫神様の祟り!?もふもふパンデミック大パニック

アマチャのクッキーと贖罪の羊(再投稿)

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 目の前が真っ白になって後頭部が引っ張られるような目眩がした。
 まるで白昼夢のように、ふと前世(昔)のことを思い出していた。

 前世の夫は貧乏院生で私は大学を出て就職をして働きに出たばかりの年ごろで、デートと言えば専ら夫の研究も兼ねて山か森の中だった。
 夫は口を開けばいつも私のことばかりの人だったが、私と同じくらい植物を愛していた。
 山に入れば六時間はずっと飲まず食わず、炎天下も忘れて地面を這って植物を観察したり探している。

『わぁ~綺麗な紫陽花ね』

 沢辺に咲いていた涼しげな青色の花を見つけて駆け寄った私に、夫は木漏れ日の下で笑って言った。

『あれはアマチャって言ってね、ーーー』


「お姫ちゃん?」

 目をパッチリと開けると、そこにあったのはユハの顔のアップだった。
 ベッドの上で何故だかユハに添い寝されていた。
 ユハは微笑みながらシャルロットの背中をポンポンとあやすように撫でていた。

「きゃあ!」

 びっくりして飛び起きる。

「お姫ちゃん、倒れたんだよ?覚えてないの?」

「え?どうして?」

「新薬についての会議の途中で、突然胸を押さえて苦しみだすんだもん。びっくりしたよ~。お姫ちゃんの中にいる、幻狼の赤ちゃんの具合が悪くなったみたいだね」

 シャルロットの顔が青ざめる。
 ユハの言葉を聞いてすぐに胸に手を当てると、ユハは優しく笑った。

「もう大丈夫だよ。お姫ちゃんの飲んだ栄養剤が精霊の赤ちゃんには合わなかったみたいだねー。軽いアレルギー症状みたいなものだと思うよ」

「よ、良かった……」

 ホッとした。

「でも、お姫ちゃんのお陰で謎は解けたかも!」

「え?どういうこと……?」

「栄養剤の中にね、魔力を弾く効能のある薬草が入ってたんだ。栄養剤の矯味剤として使われていたみたい。アマチャって知ってる?」

「アマチャ……!」

 前世の夫の言葉が脳裏を過る。

『アマチャって言ってね、ヤマアジサイの仲間で乾燥させるとすごく甘くなるんだ。大昔はお茶にして飲んだり、お砂糖の代わりに料理に使ってたんだ~。今でもお薬の甘味付けに使われてるよ』

 前世でクロウに教えてもらったことがあった。

「……そういえば魔人や精霊は紫陽花が苦手だってクロウが言ってたわ」

 実家から送られてきた紫陽花も、普通の紫陽花ではなく正式にはアマチャという花だ。

「あっ……!そうだったわ!これ……」

 シャルロットはベッドから降りるとバックの中から茶缶を取り出し、ユハの前に差し出した。

「オリヴィア小国から送られて来た紫陽花のお茶よ」

 ユハは顔を歪め苦笑いしながら後退る。

「正しく……それが魔除けの薬草だね。俺っちも一応魔人だから……それは苦手かも?」

「本当にこれが魔除けになるの?」

「ウン、試してみる?」

 ユハはニッコリと笑うと机の上のココナッツシェルの中にいたスズメを雑に鷲掴みにして、クチバシをこじ開け茶葉をひとつまみ投入した。

「ぎょええ!!何するんだ!ユハ!」

 スズメは絶叫し、のたうち回る。
 やがて部屋の隅で青年の姿へと変化した。
 ユハによくに似たタレ目の青年は茶葉を必死に吐き出し、ユハを睨んだ。

「き、貴様!兄に毒を盛ったな!?」

「リタ兄ちゃん、なんでここにいるの?」

「ガハハハ!バレてしまったのであれば仕方ない…!」

 突然現れたユハの兄と名乗る男は立ち上がると声を出して笑った。

「お前がシャルロット姫と閨を共にしたのをしっかりこの目で見たぞ!公爵家の息子が皇子の婚約者にお手付きとは、とんだスキャンダルだ!父上や陛下へ報告させてもらうぞ!ガハハハ」

 リタが空中に映し出した静止画にはベッドに横たわるシャルロットとユハが映っている。
 念写の魔法のようだ。

「こいつを見せたら、もう言い訳など出来ないぞ!」

 ユハは黙ったままリタを真面目な顔で凝視している。

「誤解ですわ!そのような事実はございません!勝手なことしないでください!」

 シャルロットは全力で否定する。

「ガハハハ!」

 リタは笑うと転移魔法を使い部屋の外へ出て行ってしまった。
 シャルロットはその後を見て呆然としていた。

「大丈夫だよ、お姫ちゃん。お城を追い出されたら俺っちと駆け落ちしてどこか北の遠い街でレストランでも開こう!」

「もう!何が大丈夫なの!そもそも貴方が紛らわしいことを……っ」

 シャルロットはユハに抗議をする。
 しかしユハはふざけるばかりだ。

  「そりゃ……目の前で可愛い女の子が寝てたら……添い寝するよね?☆」

 真面目な顔で断言した。
 シャルロットは呆れて言葉も出ない。

「ははっ、兄ちゃんのことなら心配しないで?それより、早くその茶葉をみんなに配らないと」

「……そ、そうね。あの、クッキーを焼いてもいいかしら?お茶はすぐ冷めちゃうし手間がかかるでしょ?クッキーなら国全体にすぐ配布できるわ」

「オッケー!それなら俺っちも手伝うよ!」

 *
 *

 日の出前、久しぶりに足を踏み入れた神殿の空気が淀んでいた。
 アルハンゲルは手に持っていた漆塗りのトレーを定位置に置くと、辺りをキョロキョロと見渡した。
 見渡す限り真っ白で何もない無機質な室内に供えられた花は枯れ、干からびた饅頭が地面に転がっている。

 王配になる前、少年だった頃からアルハンゲルは宮殿を訪れるたびにこの神殿にやって来てお祈りをしていた。

 ここには数千年前から猫神様が祀られている。
 オーギュスト国の王族の遠い祖先で、大昔起きた大規模な干ばつを鎮めるために幼くして人柱になった王女の霊が神に昇格したという伝承がある。
 普段は三毛猫の姿をしていて、大変気まぐれな神で気が向いたときくらいしか顕現されない。

「……そりゃ、猫神様も怒るだろう……」

 神殿の中に入れるのは限られた神官と王族のみ。
 王配を辞めてクライシア大国へ来る前に、アルハンゲルは神殿の管理についてヴェルに念を押していたのだ。
 近年では白竜の琥珀が現れたことにより国民の間でも猫神様への信仰心が薄れていた。

 猫神様は精霊の一種であるが、国に対しては何もしない。
 それを不親切な神だと言う民も少なくなかった。
 だが 猫神様は神様ではなく、国の安泰を願う人柱。彼女という犠牲の上で王族や民たちは平和に暮らせているのだ。

 アルハンゲルは軽く神殿の掃除をすませると、ため息をつきながら 本人不在の猫神様がいつも座っているエンジ色のふかふかなクッションの前に皿を置いた。

 さっき厨房へ顔を出したら、シャルロットとユハとリリースがクッキーを焼いていた。
 精霊である猫神様にお供えする分だと、シャルロットが魔除けの薬草抜きのクッキーまでわざわざ焼いて準備してくれていたのだ。

 猫の形をした可愛らしいクッキーだ。

 クッキーだけじゃない、白いハンカチで作った花も。

「本当に……おせっかいな姫だな」

 思わずクッキーを見つめながら唇がほころんでしまう。

「なんじゃ。お前もそんな風に笑うようになったんじゃのう」

 三毛猫がいつのまにか背後に立っていた。
 アルハンゲルは緩んでいた眉間に皺を寄せて後ろを振り返った。

「猫神……」

「なんじゃその菓子、わしの姿を模したつもりか?わしはそんなブサイクじゃないぞ!」

 猫型のクッキーに不満げだ。
 だがその声はいつもより弾んでおり、尻尾は嬉しそうに揺れている。

「そうだよな。本物の猫神はもう少し膨よかだ」

「なんじゃと!?」

 猫神はクッキーに近寄り、クッキーに鼻を当てすんすん匂いを確認すると、ムシャムシャと食べ始めた。
 バターと卵たっぷりのサクサク食感の美味しいクッキーに食らいつく猫。

「うまうま」

 美味しそうにクッキーを食べている。

「にゃ!?」

 アルハンゲルは無言で、猫の首を摘むと持ち上げた。

「にゃ!何をする!?」

「猫神様~ゲット~☆」

 物陰から隠れていたユハが飛び出してきた。
 驚いて逃げようにも首を掴まれては身動きが取れない。
 アルハンゲルはユハが手に抱え準備していた精霊を折檻する魔法の檻の中に猫神を閉じ込めた。

 猫神は檻の中で暴れ抵抗した。
 だが特別な魔法がかけられた檻はビクリともしない。

「この度の騒動は全て貴女の仕業ですか?」

 アルハンゲルが問う。

「ふん!自業自得だ!わしを蔑ろにするからバチが当たったのだ!その上、檻の中に入れるだと!?」

「これ以上被害が広がらないように隔離しただけです。国民達もシャルロット姫が持ってきた薬草のおかげで、貴女の掛けた魔法は解かれています」

「……猫神様、こんな おいたをしちゃうとねえ、余計に国民からは邪神だの悪神だのいう扱いされて疎まれるだけじゃないの?」

「…………っ、ふ、ふん……」

 強がってはいたが、耳が垂れてションボリとしている。
 猫神様は国民を困らせたいわけじゃない、もう少し自分に関心を持って欲しかっただけなのだ。

「猫神様は、ただ寂しかったんだよね?……シャルロット姫が猫神様をあまり叱らないであげてってお願いしてたんだ」

「変わった姫君じゃのう……」


「猫神様っ……ご!ごめんなさぁい」

 ヴェルが大泣きながら神殿に駆け込んできた。
 気まずそうな顔をしている神官も複数人後ろに連れている。

「神官達も業務中に飲酒したりゴルフをしたり、職務怠慢で神殿の管理を怠っていたそうだ。彼らはちゃんと処罰をしよう。王族の務めである神殿のお祈りを半年もサボっていたヴェルにも罰を与える。いいな?」

 アルハンゲルはヴェルや神官達に厳し表情を向ける。

「は……はぁい」

「……わしも。わしも。ちょっとだけ申し訳ない……。ちょっとだけだぞ!」

 猫神様は渋々といった感じで謝った。

「ちょっとどころじゃないよ?国民達の不満や精神的苦痛は~。それに、外交パーティーを間近で控えているのに準備もめちゃくちゃだ!外交にも影響が出たし~、民の反感も買って、宮殿や国の守り神に対する反発心はすごいだろうね」

 ユハは笑顔のまま厳しい言葉を投げかける。
 猫神もヴェルも顔から血の気が引いてる。

「そこで、俺っちから提案があるんだけど~、この事態をうまく収束しつつ猫神様の信頼度や好感度を爆上げする方法があるって言ったら、どうする?」

「ニャ?そんな方法があるのか!?」

「うん!国民的守護獣の座を白竜から取り戻せるチャンスだよ!」

「なんだ?もったいぶってないで、さっさと教えろ」

「それはねえ……」

 *

「終わったぁ……!」

 朝早くから騎士総出でオーギュスト国を馬や馬車で駆け巡り、獣化の解けない国民達に特効薬クッキーを配布していた。
 一時クッキーが足らず追加で作ったため時間が押してしまった。
 全ての国民に配り終えた頃には空はもう真っ暗で、疲労感はピークに達していた。

「みなさん、お疲れ様です!早く宮殿へ帰りましょう!」

 山道を下っていると、山の麓の方で動物姿の民達が坂道を勢いよく下っていた。

「ギャアアアアアア!」

 動物集団に追われて絶叫しながら逃げていたのはユハの兄たち二人。
 動物集団の先頭には勇ましい三毛猫の姿。彼らが何故オーギュスト国の人達に追われているのか……。

「ヤッホー☆お姫ちゃん、もうクッキーの配給は終わったの?」

「え、ええ……。ねえ、ユハ、あれ……」

 シャルロットはユハの兄達とオーギュスト国の人々の追いかけっこを指さした。

「俺っちの兄ちゃん達が獣化を解けなくする魔法を掛けて、オーギュスト国を乗っ取る計画をしていた黒幕だってことにして~、兄ちゃん達には悪いけど国民らが怒りをぶつけるスケープゴートになってもらったの☆そんで~、猫神様はうちの兄ちゃん達から国民を救ったヒーローなんだよ!」

 ユハが黒い笑みを浮かべている。

「……えっ、冤罪ね…」

「後は、変装してお姫ちゃんの部屋に侵入したっていう余罪を上乗せして公爵家に送るつもり☆」

「や……やり過ぎじゃないかしら?」

「スキャンダルで俺っちを蹴落とそうとしたのは向こうが先だからね!返り討ちにしたまでだよ?」

 ユハの兄達はオーギュスト国の民達に捕縛され、パンツ一枚に剥かれて柱に括り付けられて河原に晒されていた。

「ハハッ、野蛮な獣人どもめ!公爵家の私達にこんな真似をして!ただで済むと思うなよ!お前らなど一人残らず丸焼きにしてくれるわ!」

 見事な悪役顔に三流悪役のような言動。
 これは何も聞かされて居なければ犯人だと思ってしまうかもしれないと、シャルロットは思った。

「ユハ!早くこいつらを捕まえろ!俺の縄を解け!何をぼさっとしている!」

 兄達は弟のユハを見つけ助けを求めるが、ユハはその場で泣き崩れてしまった。

「……うう、お兄様、どうしてこのような事を……っ!あんなに心優しかったお兄様が……!もしかして悪魔に取り憑かれていらっしゃるのでは……っ!アマチャのお茶には悪魔払いの効果があるそうです!皆で彼らにお茶を浴びせて悪魔を追い払おう……!」

 迫真の演技だ。
 オーギュスト国の人々はすっかりユハを信じ切っている。
 ユハはいつの間に用意して居たのか、木製の桶に煮出した甘茶を手にしており躊躇もなくそれを兄達にぶっ掛ける。

 高位精霊でさえ顔を青ざめて遠巻きにする魔除けの薬草。魔人にとってはナメクジに塩を掛けるのと同様の行為、とてつもない拷問だ。

 シャルロットの前にいるユハは、天使のような慈悲深い顔を兄達に向けて、オーギュスト国の民達を扇動してエゲツない拷問を平然と行なっている。

「ふふん!正義は勝つのだ!」

 猫神様は満足そうに笑っていた。

 その日は日没までユハの兄達の悲鳴が街中に響いていた。
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