シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

文字の大きさ
上 下
36 / 262
*シャルロット姫と食卓外交

連れ去られたシャルロット

しおりを挟む

「ーーハッ」

 クロウが目を覚ますと部屋は真っ暗だった。
 同じベッドのすぐ隣でシャルロットが穏やかな顔で眠っている。

「……また里緒に会えるなんて夢みたいだ、それにこの世界には陽太もいる。これって奇跡なのかな?」

 コバルトブルーの幻狼コボルトの力でクロウは生き延びた。
 だが、それは蒼介という名前の人間の自分としてではなく、幻狼として異世界に転生したのだ。
 
   もちろん大好きな妻の里緒も息子の陽太も存在しない、見知らぬ世界で、ファンタジーな生き物として生を受けたのだ。

  幼い頃に偶然出会ったオオカミの精霊に、自分の生命エネルギーを分け与えてしまったから寿命が短くなったらしい。
 本来の寿命であれば倍近く長生きできたかもしれない。

 転生したばかりの頃はコボルトに泣きながら猛抗議して大荒れだった。
 今となっては懐かしい思い出だが。

 コボルトは無骨で怖そうな顔して実は面倒見のいい兄貴肌の幻狼だ。
 クロウの寿命をもらってしまったことの負い目でもあるんだろう、兄や父のようにクロウの面倒も見てくれた。
 だからこんなわけもわからない世界でも今の今までなんとか生きてこれたのだ。

 やがてグレース皇子が産まれた。
 赤ん坊の彼と契約を結び、以降ずっとそばに寄り添って過ごしてきた。

 小さい彼を、前世に遺してきた息子を重ねて、大事に、大事に、たまに喧嘩もしながら。
 やがて転生してきた息子のユーシンと出会った、一目見てすぐにわかった。
 前世の陽太と同じく母親に似てしっかり者で優しくて、元気な男の子だった。

 名乗ることもせず、いつも遠くから見守ってきた。

 そして先日、里緒の生まれ変わりの少女に出会えたのだ。

 もう絶対に離したくない。

 *

 夜の帳が下りた頃。
 宰相たちや第一騎士団の騎士たちが落ち着かない様子で城の中を右往左往していた。
 午後の郊外での公務を終えて帰ってきた何も知らないグレース皇子の顔を見るなり、宰相がすっ飛んできた。

「何だ?どうした?」

「大変です!皇子!姫様が居なくなってしまいました!!」

「何だと?」

「それにこれ……っ」

 宰相は封筒をグレース皇子の前に突き出した。
 そこには大きな字で“辞表”と書かれてある。
 グレース皇子は怪訝そうな顔で封筒を受け取ると中から手紙を取り出した。

『一身上の都合により退職いたします  クロウ』

 几帳面な字でそう認められている。

「また何の悪ふざけのつもりだ、あいつ」

 グレース皇子は苛立ちながらグシャリと紙を丸める。

「グレース皇子、大変なんです!」

 グレース皇子の姿を見つけた騎士キャロルが息を切らして駆け寄ってきた。
 今度は何だと、呆れながら振り返るとキャロルは言った。

「クロウ様がシャルロット様を城から連れ出しているところを、うちのアダムが見かけたんです!第一騎士団で行方を追っているんですが、魔法で気配を消していて見つからないんです」

「クロウが姫を!?何故だ!?」

 好奇心が旺盛で自由奔放、気まぐれな性格の幻狼クロウの奇行は今に始まったことではない。
 近隣国から表敬訪問に来ていた幼い皇子を勝手に連れ出した事も過去にあった。
 綺麗だったからという単純な理由で国宝を持ち出し趣味部屋に飾り大事件になったり、城のバラ園にダイコンだのキャベツだのを勝手に植えて庭師に怒られた事もあったか。

「グレース皇子!?どこへ?」

 グレース皇子はくるりと踵を返し外へ出て行った。

「姫とクロウを連れ戻す、クロウならどうせ王有林の塔に居るだろう」

「えっ、今からですか?あの林に夜立ち入るのは危険です、魔物が多いですから……。我々第一騎士団にお任せください」

 外へ飛び出そうとするグレース皇子をキャロルは必死で止めた。
 そこへ威勢のいい笑い声とともに大男が腕を組みながら現れた。
 第二騎士団のコハン団長と、ユーシンやアヴィら騎士一同だ。

「貧弱第一騎士団なんて現場では役に立たねえよ。王有林なら俺らがよく知ってる、それにシャルルさんにはたくさん世話になったからな、俺ら第二騎士団が連れ戻しに行くわ。うさ公は引っ込んでろ」

「うさ公言うな!貴様らには管轄外だ!部外者は黙ってろ!」

 キャロルが言い返すと、後ろでグレース皇子は軽く頭を下げた。

「よろしく頼む」

「グレース皇子!?」

「だが俺も行く。クロウを手に負えるのは俺だけだし、シャルロット姫が心配だからな」

「俺もっ、シャルルさんが心配ですもん」

 ユーシンは言った。

 一同は結託し、そして王有林へ向かう。


*

   ーークロウの塔の中。

 シャルロットはしきりに空を見ていた。
 時計もない部屋では時間の感覚も狂ってしまいそう。

 ベッドの上で本を読んで暇を潰していたシャルロットの膝の上を枕替わりにクロウが無防備にスヤスヤと眠っている。
 クロウはあれから片時もシャルロットの傍を離れようとしない。
 シャルロットはふっと笑って彼の頭を撫でた。

 不思議だ。
 姿は全然違うのに、細かい仕草も喋り方もちゃんと蒼介だ。

「でも、このままここにいるわけには…」

 空が少しだけ明るくなってきた。
 ぼんやりとルーフテラスの向こうを眺めていると、手すりに一羽の綺麗な白い鳩が止まった。

「?」

 白い鳩はじっとシャルロットの顔を見つめている。

『姫様、ご無事ですか。第一騎士団のアダムです』

 突然シャルロットの脳内に篭ったような男の声が聴こえた。

『こっちです、白い鳩が私です。変化の魔法で姿を変えました』

「え!?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

傾国の悪女、リーゼロッテの選択

千 遊雲
ファンタジー
傾国の悪女、リーゼロッテ・ダントは美しすぎた。 第一王子を魅了して、国の王位争いに混乱をもたらしてしまうほどに。 悪女として捕まったリーゼロッテだが、彼女は最後まで反省の一つもしなかった。 リーゼロッテが口にしたのは、ただの一言。「これが私の選択ですから」と、それだけだった。 彼女は美しすぎる顔で、最後まで満足げに笑っていた。

処理中です...