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*シャルロット姫と食卓外交
連れ去られたシャルロット
しおりを挟む「ーーハッ」
クロウが目を覚ますと部屋は真っ暗だった。
同じベッドのすぐ隣でシャルロットが穏やかな顔で眠っている。
「……また里緒に会えるなんて夢みたいだ、それにこの世界には陽太もいる。これって奇跡なのかな?」
コバルトブルーの幻狼コボルトの力でクロウは生き延びた。
だが、それは蒼介という名前の人間の自分としてではなく、幻狼として異世界に転生したのだ。
もちろん大好きな妻の里緒も息子の陽太も存在しない、見知らぬ世界で、ファンタジーな生き物として生を受けたのだ。
幼い頃に偶然出会ったオオカミの精霊に、自分の生命エネルギーを分け与えてしまったから寿命が短くなったらしい。
本来の寿命であれば倍近く長生きできたかもしれない。
転生したばかりの頃はコボルトに泣きながら猛抗議して大荒れだった。
今となっては懐かしい思い出だが。
コボルトは無骨で怖そうな顔して実は面倒見のいい兄貴肌の幻狼だ。
クロウの寿命をもらってしまったことの負い目でもあるんだろう、兄や父のようにクロウの面倒も見てくれた。
だからこんなわけもわからない世界でも今の今までなんとか生きてこれたのだ。
やがてグレース皇子が産まれた。
赤ん坊の彼と契約を結び、以降ずっとそばに寄り添って過ごしてきた。
小さい彼を、前世に遺してきた息子を重ねて、大事に、大事に、たまに喧嘩もしながら。
やがて転生してきた息子のユーシンと出会った、一目見てすぐにわかった。
前世の陽太と同じく母親に似てしっかり者で優しくて、元気な男の子だった。
名乗ることもせず、いつも遠くから見守ってきた。
そして先日、里緒の生まれ変わりの少女に出会えたのだ。
もう絶対に離したくない。
*
夜の帳が下りた頃。
宰相たちや第一騎士団の騎士たちが落ち着かない様子で城の中を右往左往していた。
午後の郊外での公務を終えて帰ってきた何も知らないグレース皇子の顔を見るなり、宰相がすっ飛んできた。
「何だ?どうした?」
「大変です!皇子!姫様が居なくなってしまいました!!」
「何だと?」
「それにこれ……っ」
宰相は封筒をグレース皇子の前に突き出した。
そこには大きな字で“辞表”と書かれてある。
グレース皇子は怪訝そうな顔で封筒を受け取ると中から手紙を取り出した。
『一身上の都合により退職いたします クロウ』
几帳面な字でそう認められている。
「また何の悪ふざけのつもりだ、あいつ」
グレース皇子は苛立ちながらグシャリと紙を丸める。
「グレース皇子、大変なんです!」
グレース皇子の姿を見つけた騎士キャロルが息を切らして駆け寄ってきた。
今度は何だと、呆れながら振り返るとキャロルは言った。
「クロウ様がシャルロット様を城から連れ出しているところを、うちのアダムが見かけたんです!第一騎士団で行方を追っているんですが、魔法で気配を消していて見つからないんです」
「クロウが姫を!?何故だ!?」
好奇心が旺盛で自由奔放、気まぐれな性格の幻狼クロウの奇行は今に始まったことではない。
近隣国から表敬訪問に来ていた幼い皇子を勝手に連れ出した事も過去にあった。
綺麗だったからという単純な理由で国宝を持ち出し趣味部屋に飾り大事件になったり、城のバラ園にダイコンだのキャベツだのを勝手に植えて庭師に怒られた事もあったか。
「グレース皇子!?どこへ?」
グレース皇子はくるりと踵を返し外へ出て行った。
「姫とクロウを連れ戻す、クロウならどうせ王有林の塔に居るだろう」
「えっ、今からですか?あの林に夜立ち入るのは危険です、魔物が多いですから……。我々第一騎士団にお任せください」
外へ飛び出そうとするグレース皇子をキャロルは必死で止めた。
そこへ威勢のいい笑い声とともに大男が腕を組みながら現れた。
第二騎士団のコハン団長と、ユーシンやアヴィら騎士一同だ。
「貧弱第一騎士団なんて現場では役に立たねえよ。王有林なら俺らがよく知ってる、それにシャルルさんにはたくさん世話になったからな、俺ら第二騎士団が連れ戻しに行くわ。うさ公は引っ込んでろ」
「うさ公言うな!貴様らには管轄外だ!部外者は黙ってろ!」
キャロルが言い返すと、後ろでグレース皇子は軽く頭を下げた。
「よろしく頼む」
「グレース皇子!?」
「だが俺も行く。クロウを手に負えるのは俺だけだし、シャルロット姫が心配だからな」
「俺もっ、シャルルさんが心配ですもん」
ユーシンは言った。
一同は結託し、そして王有林へ向かう。
*
ーークロウの塔の中。
シャルロットはしきりに空を見ていた。
時計もない部屋では時間の感覚も狂ってしまいそう。
ベッドの上で本を読んで暇を潰していたシャルロットの膝の上を枕替わりにクロウが無防備にスヤスヤと眠っている。
クロウはあれから片時もシャルロットの傍を離れようとしない。
シャルロットはふっと笑って彼の頭を撫でた。
不思議だ。
姿は全然違うのに、細かい仕草も喋り方もちゃんと蒼介だ。
「でも、このままここにいるわけには…」
空が少しだけ明るくなってきた。
ぼんやりとルーフテラスの向こうを眺めていると、手すりに一羽の綺麗な白い鳩が止まった。
「?」
白い鳩はじっとシャルロットの顔を見つめている。
『姫様、ご無事ですか。第一騎士団のアダムです』
突然シャルロットの脳内に篭ったような男の声が聴こえた。
『こっちです、白い鳩が私です。変化の魔法で姿を変えました』
「え!?」
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