シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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*シャルロット姫と食卓外交

グレース皇子と市井デート

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  ーー居城に戻ってすぐ。真っ赤なカーペットが連なる長い廊下の途中でグレース皇子と偶々すれ違って三秒後の事だった。

「シャルロット姫、俺とデートしよう」

 眉間にシワをいっぱい溜めて真顔で唐突にデートのお誘いを受けたのだ。
 グレース皇子の後ろで見慣れない中年の官僚が顔を真っ青にしている。
 シャルロットも突然の出来事に面食らっていた。

「皇子~!!」

 真っ青な顔の官僚は皇子の腕を後ろから引っ張る。
 グレース皇子は怪訝そうに振り返り、彼に言った。

「なんだ?お前がシャルロット姫とデートでもしろと言ったではないか」

「確かに…もうすぐ舞踏会も控えているから、姫を放置して剣の稽古ばかりやってないで婚約者である姫ともう少し懇意に~~って言いましたとも!でももう少しスマートに誘えないものですか!?」

 言われてみればデートに誘うという雰囲気ではなかった。
 シャルロットの笑顔は引きつっていた。

 シャルロットとグレース皇子は初対面の頃よりは幾分か仲も良くなった。

 だが、時折騎士団へ差し入れを持って行ったり、お掃除を手伝いに行ったり、鍛錬風景を見学させてもらうことはあったが、二人きりで会うことはほとんどなかった。

「お誘い、喜んでお受けいたしますわ」

『城下』
 割と城内では放任主義で自由にさせてもらっているが、城下へ出ることはなかなか許可が下りなかった。
 だから誘いを受けた時はデート云々よりも城下へ出られることが何より楽しみだったのだ。

 しかし当日の朝になって急に緊張が増してきた。

「デートって何をするのかしら?」

 婚約済みの皇子と姫の城下町デート…、もちろん護衛の騎士も引き連れてーーシャルロットは紅茶を飲みながら首を傾げた。
 今世で十数年、前世で四十数年生きてるが恋愛経験は乏しいシャルロット。

 “前世”の夫は植物学者で、デートは専ら植物園か山か森でハイキング、キャンプ…ああ、これはあまり参考にならない。

 *

「足元にお気をつけてください」

 白を基調とした上品なデザインの騎士服を身に纏った騎士がわざわざ馬車の扉を開けてくれた。
 プラチナブロンドの髪に碧眼の中性的な面立ちの美少年騎士で緊張する。
 もう一人の騎士も、城で見かけた第一騎士団の騎士たちも例外なくみんな美形で、顔採用でもしてるのか?とシャルロットは突っ込みたくなった。

 その点第二騎士団は筋肉質なスポーツマン風が多い。

「ありがとう」

 豪華な王族専用の馬車にグレース皇子と二人で乗り、そのサイドを白馬に乗った第一騎士団の騎士が護衛している。

「ここがクライシア大国一番の青空市場だ、野菜や果物だけではなく民芸品や絹製品なんかも売っている」

「へえ~。グレース様はよくいらっしゃるんですか?」

「騎士団との巡回でよく来るぞ。姫なら市場に行きたいだろうってユーシンから聞いたから」

「わたしのために?…あ、ありがとうございます」

「うん」

 なんだか嬉しくなって笑ったがグレース皇子は素っ気なく返事をし、しかめっ面のまま市場を見ている。
 シャルロットは目をキラキラさせて市場を見渡した。

 やはり大国ともあって市場も規模が大きい。
 自国では見たこともない食材や民芸品が多く並んでいる。
 そっと並んだ真っ赤なリンゴに手を伸ばすと、突然リンゴがもぞもぞと動きシャルロットは目を点にした。
 ヒョコッと顔を出したのは拳大の大きさの真っ黒い生き物。
 真っ黒いヒヨコ?はシャルロットに飛びつき頭に乗った。

「へ!?」

 びっくりして目を回してると、グレース皇子が後ろからシャルロットの頭に乗ったヒヨコを摘みペッと払った。

「何?」

「魔物の赤ん坊だ、そいつは害はない」

 真っ黒いヒヨコはキーキー鳴きながら地面をひょこひょこ歩いていた。
 よく見たら、ぬいぐるみのように可愛らしい。

「魔物?」

「城は結界の中にあるから殆ど居ないが、城下では珍しいものじゃない。さっきの雑魚から、人に被害をもたらす魔物までピンキリだ」

「第二騎士団がたまに討伐してるって聞いたことありますが…」

 実際に見るのは初めてだった。

 *

「はっ…買い物に夢中で皇子たちと離れてしまったわ」

 沢山の果物や野菜が詰まった紙袋を抱え、シャルロットは辺りをキョロキョロ見渡していた。
 市場の奥ばった所まで来てしまっていた。

 遠くに騎士の姿が見えてホッと胸を撫で下ろしてそちらへ向かって駆け出そうとすると、丁度 目の前を横切ろうとした黒い人影にぶつかって尻餅をついてしまった。

 コロコロと紙袋から買ったばかりのレモンが転げ落ちた。
 シャルロットは尻餅をついたまま慌ててレモンをかき集める。

「ご、ごめんなさい」

「ああ、私こそ、ごめんね」

 ぶつかった相手は全身黒づくめ髪まで漆黒で、肌は青白く、瞳は月のように黄金に輝いている。
不思議なオーラのする二十代後半くらいの男性だ。

 彼から差し伸べられ手を取って、シャルロットは立ち上がった。
 その瞬間、彼と目が合った。

 冷たい手のひら、なんて思っているとピリッと触れた指に静電気が走る。
 シャルロットは思わず手を退けてしまった。

 男の目は見開かれたままだった。

「?、あの、申し訳ございませんでした、それでは」

「待って」

「はい?」

「里緒だよね?」

「えっ?はい…、え、どうして…」

『里緒』はシャルロットの前世の名だ。

 それを何故異世界で初対面のこの男が知っているのか…。
 男はさっきまでビスクドールのように無機質な表情だったのに、それをくしゃっと崩したような顔をしてシャルロットの顔を愛おしそうに見つめていた。

「姫様~~っ」

 遠くで騎士がシャルロットを呼んでいる。
 騎士に注目して視線を再度男に向けるが、男は忽然と姿を消していた。
 頭上で一羽のカラスがバサバサと翼をはためかせている。
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