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奪われたお城と皇子の愛を取り戻せ!?〜シャルロットの幸せウエディングパレード
仕送りの干し鱈と、やさしさのコーヒー染め
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昼下がりの食堂で陽気にシャルロットへのラブソングを口ずさむレモンビーグル犬の姿があった。
食事中の侍女たちがワンコを取り囲み、黄色い声を上げてはしゃいでいる。
この数日、お城の庭園で手折ったバラを一輪咥えて食堂に毎日顔を出すミモザ。
シャルロットが休憩に入ると自作のラブソングを歌い始めるのだ。
ソレイユ国は情熱的でキザでロマンチストな気質がある国民性だ。
熱心な求愛行動ーーだが見た目は普通の小型犬なので実に可愛くて微笑ましかった。
「ぼえぼえぼえ~真っ赤なカエル~は~げろマズイ~♪ガマガエルは泥の味~♪ぼえ~♪」
パピヨン姿のフクシアまでミモザにつられて、楽しそうに変な曲を歌い出す。
「な、何?その歌」
「『おいしくないカエルの唄』だよ。岩山で流行ってるんだ~」
「ふふ、面白い歌ね」
シャルロットの背後でユハが爆笑している。
ツボに入ってしまったようだ。
「シャルロットーーお前宛に荷物が届いている」
アルハンゲルが大きな箱を抱えて現れた。
シャルロットは心当たりがなくて首を傾げるがーー、受け取った手紙を読んで目を見張る。
「オリヴィア小国のーーお母様からだわ!」
実家からの仕送りだった。
手紙はクライシア大国へ輿入れした娘を気遣う母親の温かいメッセージ、中盤は数枚に渡る父や息子達への愚痴、結婚式についての内容だった。
大きな箱の中に入った食品を見てシャルロットはまるで宝石箱でも開いたかのように目を輝かせた。
「なになに?お姫ちゃん」
「干し鱈ですわ!」
「おお!」
オリヴィア小国の海で獲れた鱈を塩漬けにして干した伝統的な保存食品。
クライシア大国のお城ではなかなか新鮮な海鮮が食べられないので魚が恋しいと手紙に書いて実家へ送ったところ、気を利かせて送ってくれたみたいだ。
「俺っちも好き~!いっぱいあるね、早速水に戻して使おうか」
「うげえ~マズい~」
「海の匂いがする」
干し鱈を齧ったフクシアの顔が歪む。
その隣でポメラニアンのグレイが物珍しそうに干し鱈の入った箱の中を覗きながら匂いをフンフン嗅いでいる。
「ふふ、塩抜きしないととても食べられないわよ」
箱の中をもう一度覗くとーー。
「まあ、精霊竹……」
お願いしていた精霊竹も送ってくれている。
「お姫ちゃん、なにそれ?」
「オリヴィア小国の森に生えてる精霊竹の竹ひごよ。オリヴィア小国の王族では結婚を迎える女性が家族や大切な仲間のために手作りで御守りを作って贈る風習があるの。精霊王の加護が受けられるのよ。みんなにも作ってあげるわね」
「俺も欲しい~」
「ええ、ミモザにもあげるわ」
手先は器用じゃないけれど頑張って作ろう、シャルロットは意気込んだ。
結婚式まで、あと数ヶ月……。
食堂の窓から薄い水色の空を見つめてシャルロットは小さく笑った。
*
ガッシャーン
シャルロットの私室。主人が不在の部屋の中、レイナは絨毯の上にすっ転んでいた。
抽出中だった、コーヒーの抽出器が倒れてしまった。
「あ~あ~……」
日中、シャルロットは食堂の仕事をしている。
間も無く戻ってくる頃合いだから、コーヒーを淹れる準備をするように先輩のライカ・メイに言われていた。
「でもよかった……、ソファーの上にひっくり返したから……下は濡れてないっと、器具も無事ね」
ソファーの上の大判ストールがコーヒー塗れ。
しかし、絨毯や下のソファーは無事だ。
「年季の入ったボロボロなストールね、姫様の私物?ああ、古いからあの飼い犬にあげたのかしら。備品室に使ってない新品の毛布があったわ。あれと交換しよう」
レイナはさっと部屋を拭き掃除すると汚れた大判ストールを持って月守を出た。
*
「ただいま~、あれ?誰もいないわ」
私室へ帰って来たが、ライカの姿が見えない。
外では以前のようにリリーが付き人をしてくれており、ライカは月守での仕事が主なので いつも大体一人は部屋で待機しているのだがーー。
部屋に入るなり、シャルロットの腕に抱かれていたポメラニアンのグレイが慌てた様子で飛び降りた。
血相を変えて自身のソファーに走って行く。
ポメラニアンはソファーを見つめたまま動かなくなった。
「シャルロットがくれた布……ない」
グレイは見るからに落ち込んでいた。
シャルロットがあげた大判ストールをとても気に入っていて、毎晩それに包まって眠っていた。
「あれ?本当だわ。……ストールが失くなってる?朝はあったわよね?」
「シャルロット様、おかえりなさい~」
部屋にレイナが入って来た。
見たことのない高価そうな白い花柄の毛布を持っている。
「ごめんなさい~、さっき、そこにコーヒーをこぼしちゃって~。あ、これ替えの毛布です」
ポメラニアンはすぐにレイナを睨んで威嚇した。
レイナは目を点にして、今にも襲いかかって来そうな気迫の犬を見て後退り、苦笑する。
「こっちにあった布はどこだ!?シャルロットの……私の布だっ」
グレイは大声で叫ぶ。
「だからコーヒーをこぼしちゃったの!もうだめよ、水で洗ってもシミが広くて落ちないもの!」
レイナも慌てて叫んだ。
「どこへやった!?」
「どこって、焼却炉の中よ……何よ、ほら、ちゃんと替えの毛布なら持って来たじゃない!」
グレイはすぐに空いているドアから外へ走り出した。
シャルロットはグレイの後をすぐに追い掛けた。
「グレイ!待って!」
凄いスピードで走ってる。
本殿の月守を出てーー、居城と騎士の寮舎付近の奥ばった場所にある使用人達の作業舎。
その更に奥に焼却炉があった。
「え?」
ちょうど使用人が火を放っていたタイミングだった。
山盛りのゴミや枯れ葉や枯れ枝の1番上に、シャルロットが故郷から持参してグレイにあげた大判ストールが乗っかっていた。
コーヒー塗れで色も変色し、一瞬分からなかったが……。
グレイは迷うことなく焼却炉の中に飛び込もうとした。
シャルロットは慌てて腕を伸ばしポメラニアンを捕まえて、それを止める。
幻狼の姿だったらまだしもーー今は多少魔法が使える程度の、ただの犬に等しい。
丸焦げになってしまう。
「私の……、私の布……っ、シャルロットがくれた布…」
いつも寡黙で大人しいグレイが、珍しく感情的になっている。
シャルロットはグレイを地面に下ろすと深呼吸をして、焼却炉に向かって手を翳した。
ゴミの山に燃え広がる炎。
「私の火の魔法でどうにかできないかしら?」
火を放って燃やしたり温める事ができるが、もしかしたら火のコントロールもできるかもしれない。
思い切って炎に向かって魔法を発してみた。
必死に念じると、シャルロットが集中した部分から綺麗に火が引いた。
「よいしょ!」
すぐさま焼却炉の中に手を突っ込んで、ストールを回収する。
「姫様!?」
側にいた使用人が顔を青くして驚愕している。
見回りをしていた騎士も慌てて駆けつけた。
「あちちっ……、ふう、良かった、ちょっと端っこが焦げちゃったけど燃えてないわよ、グレイ」
グレイは目を潤ませながら、ホッとしたような顔でストールにすり寄った。
シャルロットは優しく微笑んでポメラニアンの頭を撫でた。
「姫様~!もう!無茶はしないでください!姫様に何かあったら……もう!」
使用人は軽くパニックになっていた。
シャルロットは苦笑いをして、謝る。
*
シャルロットとグレイが月守へ戻ると、レイナは老婦人ミシェルにこっ酷く叱られていた。
泣きそうな目でシャルロットに助けを求めて来た。
「シャルロット様ぁ~、ごめんなさぁい~わざとじゃないの~!ほんとですよ~!」
甘えるような声と目線。
グレイはまだ怒っているようで少し唸っていた。
「レイナさん、うん、わかってるわ。次から気をつけてね。それと…グレイに謝って」
「ご、ごめんなさい……」
シャルロットは胸に抱いていたグレイをレイナへ向けた。
レイナはグレイに頭を下げた。グレイはフンっと機嫌が悪そうにそっ方を向いた。
シャルロットは苦笑すると、水と、豆腐を作るために用意していた豆乳を入れてよく混ぜた樽の中にストールを入れた。
それをテーブルの上に置いた。
「えっ?シャルロット様?何を!?……ますます汚れてしまいますわ」
ミシェルとレイナが声を上げた。
「どんなに洗っても落ちないし、もういっそのことコーヒーで染色しようと思って」
豆乳に1時間ほど漬け込んでから干してよく乾かして、それからコーヒーで漬け込むと良く染まる。
幸い水洗いもできる生地だし、金糸が汚れたり痛んじゃうかもしれないけれど……、今の状態よりはマシかもしれない。
*
数日後、城仕えのお針子に色止めを頼んでおいたストールが戻って来た。
シミも目立たず、臭いも消えてる。
ほつれていた刺繍もきちんと補修もされており、以前よりずっと綺麗になっている。
「グレイ、見て。戻って来たわ。優しい色合いになって、これもなかなか良いわね」
「……」
グレイは嬉しそうに尻尾を振ってた。
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