シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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奪われたお城と皇子の愛を取り戻せ!?〜シャルロットの幸せウエディングパレード

本殿 月守へお引っ越し

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 結婚式を再来月に控え、シャルロットは居城の私室から本殿の“月守”と呼ばれる特別な区域にある御殿に引っ越した。

 この度、グレース皇子やクライシア王の寝室や私室があるかなりプライベートな御殿の空き部屋に移ることになった。
 この区域に入れるのは王族と精霊、公爵家、限られた使用人や親衛隊など一部の人間のみ。
 シャルロットも婚約者として立ち入りの権限があったためグレース皇子の部屋を訪ねたり、グレース皇子の部屋に時折泊まることもあった。

「白の間ーー」

 今後シャルロットが私室として使用する部屋だ。
 居城の私室も広かったが、ここは居城の私室の三倍くらいの広さがある。
 亡くなられた皇太后、グレース皇子の祖母が生前使用していた部屋だそうだ。

 綺麗に掃除や管理がされており、シャルロットの為にいくつかの家具が新調されていた。
 陽当たりもよくて、窓からは薔薇園が一望できて絶景だ。

 入ってすぐの居室にはシックなデザインのテーブルやソファーがあり、暖炉も付いていた。
 隣は寝室、更に奥には衣装部屋、広い軽く湯浴みができるような浴室も別途で付いている。

「シャルロット姫、こっちだ」

 部屋に案内してくれたグレース皇子に手を引かれ、部屋の中を進むとそこには温かみのあるピンク色と優しいブラウンで統一された可愛らしいキッチンがあった。
 シャルロットは驚いた。

「わあ~素敵ね、これ、どうしたの?」

 おさんどんは通常使用人の仕事である、お料理を嗜む貴族の令嬢もいるがーー王族の屋敷にキッチンがあるのは異例だろう。

「姫のために作らせた、隣の部屋を改築したんだ」

「まあ、わざわざありがとうございます」

「結婚したら向かい入れた妻へ贈り物をするのが伝統なんだが……、姫は高価な宝石やドレスや立派な離宮を貰うよりキッチンの方が喜ぶと思ったんだ。今後は自由に食堂の仕事もできなくなるだろうし」

「グレース様……ええ!とっても嬉しいわ!ありがとう!」

 シャルロットは嬉しくなってグレース皇子に抱き着いた。

「でも、グレース様とは別室なのね」

 クライシア大国は基本的に王族も平民も夫婦は別室で、小さい子供であっても部屋は別らしい。
 家族で食卓を囲むような習慣もあまりないそうだ。
 だから同じ御殿で暮らしていても、クライシア王とグレース皇子は食事は別なんだろう。

 オリヴィア小国は家族全員揃ってご飯を食べるし夫婦兄弟で一緒に眠るので文化の違いだろう。

「あ、これって……グレイのソファーね」

「姫がお願いしていただろう?」

「ええ、グレイっていつも床で寝てるから……硬くて冷たくて寝心地悪そうだったもの」

 居室には幻狼用のふかふかのソファーまで用意されていた。
 シャルロットが頼んで作らせていたものだ、完成していたらしい。

 シャルロットの後ろを付いて歩いていたグレイは黙ってそのソファーの上までやってくると伏せ寝した。
 無反応だったが、気に入ってくれたのか尻尾をブンブンと嬉しそうに振っている。
 シャルロットはそれを見て満足げに笑うとグレイの頭を撫でた。

「俺の寝室にも同じものを作らせた。クロウはいつも俺のベッドに入ってきて邪魔だったからな」

「私の私室にもよく来るわ」

 クロウは自分の塔を所有しているものの、夜な夜なグレース皇子やシャルロット、騎士たちの寝床に潜り込んで寝ているそうだ。

「そういえば、コボルトさんて普段はどこで生活しているの?」

「コボルトはバルキリー夫人の離宮か、お父様の部屋だな。この御殿の最上階が全て王の私室だ」

 シャルロットの白の間でも過剰すぎる広さだが、クライシア王の部屋は階ごと全てが私室になっているそうだ。

「へ、へえ……」

「姫様~~っ!」

 人型のフクシアが元気はつらつな様子でやかましく突然ドアを開けて現れた。
 王家の紋章入りのベストに黒いスーツ姿、得意げな顔をしている。

「フクシア?……それに……」

 フクシアの隣には優しげな顔をした小柄な老婦人と貴族の娘らしい2人の女性が居た。

「はじめまして、シャルロット姫様。ミシェル・アウナーでございます。わたくし、現王であるレイメイ様が御生れになる前からこの城に仕えているライカです。これからこの御殿で姫様の身の回りのお世話をさせていただきます」

 感じの良い笑顔で老婦人は名乗った。
 “ライカ”とは、この月守と呼ばれる区域で働く使用人や騎士の呼称である。
 全員 侯爵家以上の上位貴族出身だ。

 続いて初対面のシャルロットと同年代くらいの娘二人が頭を下げた。

「同じく新たにライカに任命されました、レイナ・ゴルソンです」

 この大陸では珍しい艶やかな黒髪ロングにパープルの瞳の可憐な少女ーー貴族院で議員を務めているゴルソン侯爵家の娘らしい。

 その隣で、ふわふわとした茶髪のセミロングに緑色のリボンをつけたソバカス顔の温和そうな少女が笑っている。

「同じく姫様のライカを務めさせていただきます。メイ・ユフェルソンです。よろしくお願いします、シャルロット様!リリースからお話は聞いていて、とてもお会いしたかったわ」

 彼女はユフェルソン侯爵の娘。リリースや、シャルロットの義姉となったビオラとは同い年で幼い頃からの大親友らしい。

「ええと……よっ、よろしくお願いします。シャルロットですわ」

「オレはフクシアだぜー!今日から姫様専用のバトラーだ!よろしく!」

 無邪気に決めポーズをしているフクシア、やる気はたっぷりなのだがーーなんだか幸先が不安になってくる。

「よろしくお願いします、グレース皇子」

 レイナはシャルロットには目もくれず、グレース皇子に向かってニッコリと無邪気に笑って頭を下げた。
 それをグレース皇子は冷たくあしらった。

「お前が仕えるのはシャルロット姫だろう」

「そっそうですけど~、一国の皇子に先にご挨拶をと……」

「ふん、不要だ」

 そっけないグレース皇子に彼女は目を潤ませていた。
 鈴のような可愛らしい声に、小動物系の庇護欲をそそる雰囲気だ。
 そんな彼女を隣のメイは呆れたような目で見ていた。

「姫、俺は公務に戻る」

「あーーはい、ありがとうございます、グレース様」

 シャルロットはグレース皇子を扉の前まで見送った。

「では、姫様、何かご用があれば何なりとお申し付けください」

 ミシェルは気さくにシャルロットに笑いかけ、軽くお辞儀をすると退室した。

「はぁ~緊張した~!あれがグレース皇子様かぁ」

 突然目の前でレイナは大きく伸びをした、そしてソファーに座って脚をブラブラとさせる。
 それにはシャルロットも目を点にした。
 レイナはそんなシャルロットを見て首を傾げてる。

「ちょっと!レイナ様!無礼ですわよ!シャルロット姫様の前で!それにまだ勤務中でしょう!」

 ライカは王族の付き人で、彼女たちはシャルロットに仕える侍女のようなものだ。
 主人の断りもなく、主人の部屋のソファーに座るなどあり得ない行動だろう。
 けれどレイナは口を間抜けに開けてポカンとしている。

「ごめんなさぁい、先輩~」

「さっさと立ちなさい!姫様にお茶をお出しするのよ!」

「あ、あの、良いのよ。気楽にしてちょうだい?そうだわ、みんなでお菓子でも食べない?今朝カスタードパイを焼いたのよ」

「わぁい~、あたし、パイ大好きです~!」

「こら!」

 メイは紅茶を淹れてくれた。
 シャルロットはパイを切り分けて、小皿に盛るとメイやレイナ、フクシアに差し出した。

「うわぁ~美味しそう!」

 レイナは笑顔になる。

「フクシアがくれたクルミを砕いてトッピングしたの、美味しいわよ」

「グレイも一緒に食おうぜー?」

 グレイは余程シャルロットがくれたソファーが気に入ったのか、そこから降りてこない。
 ずっと伏せたまま眠ってる

「ねえ、そこに何がいるの?」

 レイナの言葉にメイとフクシアが驚いたような顔をする。

「貴女、侯爵家の娘なのに魔力がないの?」

 レイナは魔人ではないようだ。
 魔力がないと幻狼の姿は見えない。
 ゴルソン侯爵家は代々魔人の家系で、クライシア大国の官僚や議員などを輩出してきた名家。

「……あたしはゴルソン侯爵家の養子だもの、遠い親戚なのよ…。あたしの両親はあたしが小さい頃に病気で死んじゃって、修道院にいたところを引き取ってくれたの」

 レイナは泣きそうな顔をしていた。
 シャルロットは思わず同情してしまう。

「ま、まあ、そうだったの……」

「……」

 メイは鋭い目で観察するようにレイナのことを見ていた。

 近年ではお城で勤める下位貴族や平民も増えてきた。
 けれど、ライカになれる特別な使用人にはいくつか条件があって、誰でも簡単になれるものではない。
 まず大前提として貴族であること、実家以外の貴族からの推薦状と身元の調査も行われる。それを経て宰相や上部、最終的には陛下の承認が必要だ。
 また実務経験や確かな能力や実績も問われる。

 王族のお気に入りならば面倒な審査もなく容易くライカに就任できる例もあるが…。

(レイナ……、恐らくゴルソン侯爵が無理やりシャルロット姫様の世話係にねじ込んだわね)

 メイは察した。
 ゴルソン侯爵は前代の宰相を務めていた経緯もあり、貴族院や城の中でも今も尚 権力があった。

 レイナは半年前ゴルソン侯爵が自らこの城に連れて来て、侍女として働き始めた。
 メイは彼女の指導係になったのだが、まともに読み書きもできないし礼儀作法もなっていない、ある程度は出来ているが付け焼き刃なのがあからさま。
 ゴルソン侯爵は男系家系と聞いているし、娘がいるとは聞いていない。周りには生き別れの私生児を引き取ったと説明しているがーー。

 ゴルソン侯爵が背後に居るので他の使用人達も彼女には厳しく口出しできずにいた。
 彼女に強く出れるのは今のところ、クライシア王と付き合いが長く懇意にしているミシェル婦人か王直属のライカくらいしかいない。

「美味しい~!シャルロット様、もう一個食べても良い?」

 レイナはシャルロットに向けて皿を突き出した。

「レイナ様!」

 メイが咎めるが、シャルロットはニコニコ笑ってる。

「メイ、気にしないで。いっぱい食べてちょうだい。余ったパイは包むから、ミシェルさんへも渡してくれる?」

「は、はい、シャルロット姫様…」

「オレももっと食べる~!」

 フクシアもおかわりを要求した。
 幻狼のグレイはソファーの上から置物のように動かない。

「今度シュークリームを作るわね」

「ありがとう~!シャルロット様」

 非常識過ぎて目に余る。
 もっと適任者がいたはずなのに、なぜこのような子がライカなのか。

(何かあるんじゃ……?)

 メイは不穏な空気を察知し、ぎりっと奥歯を鳴らした。

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