シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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温泉街ハロゲートへ〜シャルロットと騎士団の極楽☆温泉旅行

騎士達の湯浴みと乱入者

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ーー騎士達は早速 はじめての温泉に舞い上がっていた。

 今回東大陸へ出向した騎士は40名ほどーー全員が一度に入浴してもまだ余裕があるほど広い露天風呂だった。
 普段はシモンの領地で働いている従士団が利用することもあるそうだ。


「皇子達より先に風呂をいただいてもいいんだろうか?」

「気にすんな、気にすんな。おらよ、エールだ」

 コハンは風呂場に酒を持ち込んでいた。
 それを第一騎士団の騎士が嗜める。

「浴室で飲酒は禁止って管理人のおじさんが言ってましたでしょ」

「バレなきゃ良いんだよ、真面目だな~。第一騎士団は」

「隣は今、姫様が入浴中だってさ~」

「ここの湯、女風呂と繋がっているよな?ってことはシャルルさんが浸かったお湯なのか」

 下心たっぷりのいやらしい顔をする多感な年頃の騎士達の頭をキャロルは一人一人拳で叩いて回った。

「お前ら!何 邪なこと考えているんだ!それでも騎士か!」

「うるさいな~、ウサギちゃんは」

 ーー突然。

 騎士達3人衆が顔を真っ青にして全裸のまま立ち竦み固まった。
 キャロルは訳がわからず首をかしげる。

「き……、キャロル……後ろ……」

「なんだよ?」

 騎士達がキャロルの背後を指差した。
 キャロルは半ギレしながらも、怪訝そうな顔をしながら後ろを振り向く。

 露天風呂の湯の中を、生気のない真っ白な顔でーー水色の唇の端正な顔立ちをした男の生首がプカプカと浮いていた。
 白藍色の長いソバージュヘアがお湯の表面に浮いて放射状に広がっている。
 生首は白目を剥いていた。

「ギャア~!」

 騎士達の叫び声が浴室中に響いた。

 若い騎士三人衆はその場で腰を抜かし、キャロルは泡を吹いてぶっ倒れてしまった。
 わらわらと他の騎士達が駆け寄る。

「おい、何があった!?…………!?」

 コハンが気絶しているキャロルを介抱しながら露天風呂の方を見ると、そこには真っ白なキトンを着た美しい青年が立っていた。

「あら、やだ、ごめんなさい。びっくりさせちゃったわね」

 青年はくねくねっと女性的な仕草をして、女口調のバリトンボイスを発した。
 言動とは対照的に身体は大男コハン並みに大きく、骨太で筋肉質だった。

「お前は何者だ!?」

「アタシ?アタシはフラー、花の精霊よ!」

 騎士達は皆一斉に固まった。
 花の精霊が存在することは昔から言い伝えで知っていたが、もっとーー例えばクリスティのような儚げな美女をイメージしていたからだ。
 目の前の精霊はどちらかといえば戦さを司る神、剣の精霊、武道の精霊というネーミングの方が似合っている。

 *

 ーーシャルロットが露天風呂から戻ってきても尚、グレース皇子は客間の机に向かっていて書類と睨めっこしていた。

「グレース様、少し休憩してはどうかしら?」

「シャルロット姫……、ああ、そうだな」

 ベッドの隣には小さな丸テーブルがあって、シャルロットとグレース皇子は向かい合って座ると紅茶を飲んだ。
 クリスティが輪切りのオレンジが浮かぶオレンジティーにレモン味の焼き菓子を用意してくれた。

 眉間に皺を寄せて黙々と紅茶を飲んでいるグレース皇子の顔を伺い、シャルロットは自ら椅子を持ってグレース皇子の隣に移動した。

「何かあったの?難しい顔をしてるわ。私で良ければ話してください」

「姫……いや……、ああ…実はここの温泉街を陛下が……お父様が取り壊すと言っててな……」

「え?そんな……、こんなに素敵な場所なのにもったいないわね。まあ、維持費が掛かってしまうなら仕方ない気もするけれど」

「そうだがーー。……ここには幼い頃、よくお祖母様に連れられて来ていたんだ。俺は小さい頃は病気だったから、観光というよりは療養のためにこの施設を利用していた。確かにお祖母様は浪費癖のある王妃様だったがーーーこの温泉街を作った理由は多分孫の俺のためだったんだと思う」

 グレース皇子は目を細めた。

「姫はきっと俺のお祖母様について、城の中で悪い噂ばかり聴いているだろう?……確かに噂通り良い王妃ではなかった、年中あちらこちらでトラブルばかり起こして恨まれていたし、俺のお母様をずっと虐げていた。ーーけれど、孫の俺にはごく普通の優しいお祖母様だった」

「グレース様はお祖母様が大好きなのね」

「ああ」

 グレース皇子は優しく笑う。

「でも……お父様は、お祖母様を嫌っている。お祖母様の忌まわしい遺産である、この施設を取り壊してしまいたいようだ」

「グレース様は反対なのね?」

「ああ。姫は、どう思う?」

「私も反対ですわ。取り壊すにしたって税金がたくさん掛かってしまうでしょ?ここの跡地は更地にしてどうするの?土地の価値も低いって聞いたわよ?ここを管理している方の生活はどうなるの?」

「ーーそうだよな。でも、反対したらお父様は維持費・管理費が掛かる点を改善出来れば、ここの取り壊し計画は白紙にすると約束してくれた」

 また2人は沈黙した。
 グレース皇子は色々な資料をテーブルの上に並べた。

「俺は…この施設を営利目的で運営しようと考えている。だから、前々から何度かこの北の領地に視察に来ていたんだ。シモンからこの施設の運営に掛かる費用の見積書をもらったし、ユハにもアドバイスをもらっていた。……だが、ざっと見積もっても やや赤字だな」

 ため息をつくグレース皇子を見て、シャルロットは笑った。

「グレース様、これから散歩に出かけませんか?温泉街を一緒に回りましょう?」

「え?……」

「部屋に閉じこもっていても良い考えは浮かばないわ!実際にこの辺りの実情を目で見て、耳で聞いて知るべきだわ」

 シャルロットはグレース皇子の手を取ると、部屋を出た。
 部屋の外で伏せて眠っていたグレイがむくりと起き上がり、シャルロットの後ろを付いて歩く。

 手を繋いだまま、温泉施設の門外へ勢いで飛び出た。

「シャルロット~グレース~どこへ行くの?~」

 施設内をぐるぐると見回りしていた幻狼姿のクロウとばったり出くわすと、クロウは半べそかきながら慌てて追いかけてきた。

「クロウ、少しこの辺りを見て回ろうと思ったの」

「あっ、あのね、シャルロット~、こっちこっち」

 クロウはシャルロットのワンピースの裾をくわえて引っ張った。

「なに?」

 施設から徒歩10分ほど歩いたところには6本の道がつながる多叉路があって、真新しい道路が整備されていた。
 北から南へ続く一本の道を小さな可愛らしいぬいぐるみのような姿の精霊たちが行進している。
 きらきら光る不思議なぼんぼりを持った大量のぬいぐるみがせっせと整備された道路の上を陽気にみんなでハミングしながら歩いていて、まるで遊園地のパレードのようだ。
 クロウはたまたまここを発見したようだ。

「まあ、可愛い!クロウ、あれはなに?」

「名無しの精霊だよ、初秋になるとクライシア大国を経由して暖かい南の国へ渡るの」

 名前を持たない下級精霊だそうだ。

「シモンが道路を整備してくれたから移動が楽で、精霊たちも嬉しくって歌ってるんだよ」

「シモンさんがこの道路を整備したのね?」

「ああ、クライシア大国の中心部からは遠いから、比較的近い隣接国から行商人が食料や物資を運べるようにと。ソレイユ国やペレー国と通じる道が短縮されたから物資も入りやすくなった」

「オリヴィア小国へも行き来しやすくなるわね」

「……ふ頭の開発も進めているんだ。今は物資の搬入くらいしかしていないだろう。南大陸の巨大客船が停泊できるようにとエスター国より打診があってな、今はあの国の富裕層の間でこの大陸での旅行が流行っているそうだ」

「じゃあ、これからこの領地を訪れる人も増えるのね。インバウンド対策も練らなきゃいけないわね」

「ーーーあ」

 グレース皇子は突然声を発した。
 シャルロットとクロウは小首を傾げる。

「姫、ここを観光地開発しようか」

「え?……」

「クライシア大国内も今後は貴族だけじゃなく庶民の中産階級が金を持ち始めるだろう、余裕が出来れば個人が国内旅行をするかもしれない。ここの温泉は昔は病気の療養のために使われていたんだ。美容にもいいらしい」

 グレース皇子の提案にクロウは微妙な顔をした。

「観光って言ってもね~、この辺って名所のような名所もないし~、クライシア大国って隣のソレイユ国に比べてグルメも弱いし、冬は寒いし殺風景だよ~?温泉だけじゃ押しが弱いかなあ」

 お隣の美食の国ソレイユ国と比べて食事がお粗末。

 ここ数年は不作が続き農家を辞めて都市部へ出稼ぎに移住する領民が増え買い手のつかないまま更地になった畑が点在している。

 賑わっているのは旅人向けの飲食店や宿を営む人々かーーその旅人も観光というより中継点としてこの土地へ来る。

 クロウの隣で、グレイが同意するように頷いた。
 シャルロットとグレース皇子は顔を見合わせてため息をついた。

 *

 日が暮れて温泉施設へ戻ってきたシャルロットの目に白藍色のソバージュヘアをした不思議な大男が真っ先に浮かんだ。
 周りにいる騎士たちは皆ゲッソリとしている。

「あ、あら?どちら様かしら……」

「ヤダっ、クライシア大国の皇子様!?いっけめーん!」

 大男はグレース皇子を見るなり興奮して椅子から立ち上がった。
 クロウとグレイは彼に心当たりがあるようだ。

「フラー?……なんでここにいるの?」

「花の精霊フラーだよ、シャルロット」

「花の精霊……、火の精霊ウェスタみたいなものかしら?」

「ウン、フラーはね、美形な男の人が好きなの!」

「そうよ、美しいものを愛でるのがアタシの趣味なの♪花の鑑賞と一緒よ」

 舞台役者のような仰々しい台詞回しに声の張り方、すごく賑やかな性格の人だ。
 ずっと接待させられていたのだろう、騎士たちはげんなりしていた。

「あんたがシャルロット姫ね、噂は聞いてるわ!お会いしたかったわよ」

 フレンドリーに話しかけられ戸惑うシャルロット。

「えっと……はじめまして、フラー」

「どうも~、またシモンとこの従士団が合宿に来たのかと思って風呂を覗きにーーいいえ、気になって山から降りてきたら……まさかクライシア大国の騎士団なんて!ラッキーだったわ~」

 フラーはキャーキャーと乙女のように舞い上がっていた。
 ポッポッとフラーの周りに花が咲く。
 そしてボトリと絨毯の上に落ちた。

「……フラーか、そうか、ちょうどよかった」

 グレース皇子は少し考えた後でフラーに向かって言った。

「花の精霊であるお前ならこの不毛な荒地に花を咲かせることもできるだろう?」

「ふふん、そんくらい朝飯前よ」

「どうか契約を交わし、この領地の管理をしてもらえないだろうか?」

 グレース皇子は花の精霊フラーに向かって頭を下げた。
 皆は固唾を飲んでそれを見守ったーー。

 フラーは驚いたような顔をした後で、ふんっとそっ方を向いた。

「アタシと契約交そうっての?魔人の坊やが頭が高いこと。お断りするわ。疲れちゃうんだもの、疲労は美容の敵よ。それにね、この地に留まることになったら世界中のイケメンを探索しに行けなくなっちゃうわ」

「フラー……そこをなんとか」

「んーまあ、騎士たちがアタシにお酌してくれるなら一考するわ」

 グレース皇子はくるっと騎士たちの方を振り返った。
 騎士たちは顔面蒼白して首を横に激しく振った。

 花の精霊フラーと契約すれば花を咲かせて殺風景な領地の景観を改善できるかもしれない。

 だが、フラーは渋ってる。


「私がお酌をさせていただくわ」

 突然 上品そうな笑顔を浮かべながら領主シモンの妻クリスティが現れた。
 フラーはがっくりしている。

「オンナにお酌をされても楽しくないわぁ」

「ふふふ、お客様をお迎えするのは領主の妻の務めです。きっと有意義な時間になることをお約束いたしますわ、それなりの対価も払います。ですからフラー、私と契約していただけないかしら?」

「そこまで言うならいいわよ、満足できる対価ならアンタと契約してあげる。ただし、つまらなかったらすぐ帰るわよ?騎士を何人か見繕って、ね」

 騎士たちに悪寒が走る。

「それでは宴会場にご馳走を用意させますわ」

 すごい自信たっぷりだ。
 何か策があるのだろうか?こめかみに汗を滲ませながら、シャルロットは目の前の2人を見ていた。

 無事に契約できるといいのだけどーー。
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